小悪魔の意地悪な優しさ


「うう・・・・マジ最悪・・・。」

放課後。
貧血でふらつく足をどうにか動かしながら、あたしは廊下を進んでいた。
進んで、―――居ればいいな。
どう見てもこれ多分数メートルくらいしかさっきと変ってないんだけど、
でも今はお腹と腰の痛みも手伝って、普通に歩ける状態じゃなかった。
数時間前までは軽く痛い程度だったのに、2日目はいつもこうだ。
鎮静剤は飲んだものの、それも間に合わない始末。
こんな時はとにかくさっさと帰って休むに限る。
さっさと。
さっさと、帰れれば、の話。

「ンだァー?コブタ、とうとうジブンの重さでまともに歩けなくなったンかよ?
壁にへばり付いてなァーに遊んでんだァー?キシシシシッ」


ああもう。
ああもう。
あああああああもおおおおおおおおおおおお。
よりによってこんな時に出やがったこのドグサレ小悪魔!!!


俯いて床を睨むようにして移動していたあたしの視線の先。
生足丸出しの男子生徒。
視線を上げなくてもこれが誰なのか分かってしまう自分が嫌だ。
学園内でこんな半ズボン野郎なんか一人しかいない。

「・・・・キヨ・・・・。」

げんなりしつつ顔を上げれば、案の定、あたしの天敵とも言える仙道清春の姿。
最悪だ。
マジでド級に最悪。
この世には、神も仏もないらしい。


「・・・今あんたに構ってる余裕ないから・・・、頼むから放っといて・・・。」
「うっわ、コブタ、すっげぇぶちゃいく面じゃねェか。オマエ顔色真っ青だぞ。」

あたしの顔を見下ろしたキヨが失礼極まりない台詞を口にする。
もっとも、キヨが失礼なのなんていつものことだし、寧ろコイツの場合失礼以前の問題だ。

「だから放っておいてつってんの・・・。」

お腹を押さえたまま、壁に寄りかかる様にして立っていたあたしは、ジロリと奴を睨みつけて言った。
本当に、今回ばかりは特に勘弁してほしい。
男のキヨにあたしの今の状況がどんなものか分かる訳もないし、
と言うかここに居るのが仙道清春だと言う時点でもうあたしの状況を分かれって事の方が無理な話だ。
あたしはキヨの横をすり抜けようと壁際を離れた。
それとほぼ同時にふらりと体が傾く。
咄嗟にまた壁に手をつこうと伸ばした腕の付け根を、キヨがガシリと掴んだ。

「ンなフラフラしてっとォー、正門まで辿り着くのに夜までかかんじゃねェーの?
しゃーねェからこのオレ様がアバズレなコブタを運んでやンぜェー!感謝しやがれー。」

アバズレじゃなくて哀れだろうが!!!!!
いつもなら入れるツッコミも、今回ばかりは受け流した。
って言うか、それ以前にキヨの言った文章解読に時間がかかってしまった。


キヨがあたしを運ぶ・・・。
キヨがあたしを・・・運ぶ・・・。
運ぶ・・・・ううう????


結果、解読不可能。
と言うか、どっちかと言うと意味不明。
混乱しかけて本人に直接話しかけようとしたその瞬間。
ふわりとあたしの体が浮き上がり、足が床から離れる。
咄嗟に何が何だか状況理解が出来ず、呆然としたままのあたし。
気づけば、あたしは奴の腕に抱きかかえられていた。
つまり俗に言う姫ダッコ状態完成な訳だけど、あたしとしてはちっとも嬉しくない。
寧ろ恥ずかしすぎる。
しかも相手はキヨ。
幾ら放課後で人気のない校内とは言え、どんな羞恥プレイだ、これは。
あたしは未だに痛むお腹をどうにか庇いつつ、顔を顰めて抗議した。

「・・・ちょっと・・・これ、いや・・・ま、マジ何・・・!?降ろしてよ・・・!」
「キシシシシッ、それそれ、オマエのその辛い上にイヤそーうな顔っ!
マジ笑える!マジ受ける!イヤがってンのに自力じゃ降りれねェーってのが楽しすぎるゼ!」
「・・・・・・・・・・・・さ、最悪・・・。」

奴の言うとおりだった。
体調がいつも通りならまだしも、今は無理に暴れると腰に響く、しかも視界もぐらんぐらんだ。
そんな余裕も体力も全くない。
ハッキリ言ってこの状況はあり得なさすぎると思ってるのに、あたしには抵抗する術がない。
いつもなら力の限り反撃してやるのに、それどころかあたしは奴の肩に頭を預けているような態勢だった。

「諦めて大人しく運ばれてやがれ、コブタ。オマエの今の顔、マジ見られたモンじゃねェーぜ。」

言われた台詞は毎度のことながらムカつく程の憎まれ口。
だけど、ぼやけた視界に入ったキヨの表情は、
気のせいか、いつもと違って本気であたしを心配してくれてるようにも見えた。





その後連れて行かれた先はバカサイユ。
帰る前に休んで行けってことだったらしいけど、
余りにキヨが、奴にしてはまともな行動を取るもんだから、あたしはかなり警戒しまくっていた。
でも結局、何だかんだでいつの間にかソファでうたた寝何かしてしまってて、
気付いた時には結構な時間が経っていた。

「・・・やば、寝過ぎた・・・。ハッ!?って言うか、鏡・・・!」

あたしは目覚めたと同時に自分の荷物から鏡を取り出して顔を確認した。
勿論、キヨの奴に何かされていないかを確認するためだ。
前にバカサイユで眠ってて顔に落書きされると言う、
超ベタベタな悪戯をされた事があったから、今回も油断ならないと思った訳なんだけど。

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。」

鏡に映ったあたしの顔。
特に悪戯された形跡なし。
敢えて言うなら、顔色悪いって事くらい。
でも休む前よりはお腹の痛みが少し和らいでいた。

「ンだァ?コブタ、やーっと起きたと思ったらなァーにジブンのグチャ顔見てんだ?」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・あ、あんたねぇ・・・!」

言いかけて、あたしは口を閉じた。
何だかんだでここまで運んでくれたのも、休ませてくれたのもキヨなのだ。
凄く凄く信じられないけど、それは事実で。
それに、腰やお腹の痛みもさっきよりマシになったとは言え、
いつもの元気がないのには変わりなく、怒鳴る気力も殆ど残されてなかった。

「・・・・なンだよ・・・、いつものバカでけェ声は出せねェってか?
まぁいいや、どっちにしろ今日のオマエには期待してねェ・・・。それよりさっさと帰るぞ。
カベん奴に車出させたからな、正門までなら歩けるだロ。」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・え?って・・・な、何言って・・・・?」
「アア?とうとう日本語まで通じなくなったンかよ、オマエは。
オレ様のコトバガワカリマスカァ?
――――・・・・・・・・チッ、ああー、もういい、オラ、来いよ。」

言いざま、キヨはあたしの体に無造作に腕を回し、
片手であたしの荷物を引き寄せてあたしの胸元にボンっと置いた。
そして再度、姫ダッコ完成。

「あ、あたしは歩く位なら・・・!」
「コブタのトロくっせェ足に合わせンのはオレ様が面倒くせェ。
今日はトクベツ何もしねェでやるから大人しくしてロ、バァーカ。」

乱暴な言葉遣いも失礼な態度もいつも通り。
なのに。

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。」

今度はさっきよりも思考も視界もハッキリしてる分、分かってしまう。
どぐされ小悪魔のはずのキヨが、何故かあたしを真剣に心配してくれてるらしいって、こと。

「何なの・・・マジ意味分からん・・・。」
「アア?なァーんか言ったか?コブタ。」
「・・・・・・・・・・・・別に。」
「あっそ、なら黙ってロ、ヴァーカ。」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・。」

ムカついてるのに言い返せないのは、体調のせいだけじゃない。
それが分かってるからまたムカついてしまう。
いつもあり得ない悪戯ばっか編み出しては人に嫌がらせしまくりのくせに。
心底コイツが分からない。
あたしは軽く唇を噛みしめて、キヨの背中に回している掌で奴の服をぎゅうっと握りしめた。





「おら、コブタ、オマエん家の前着いたぞ。ここまで付き合ってやったオレ様に感謝しやがれ。」
「え?もう・・・!?」
「もう!?じゃねェーよ。オマエ、さっきからマジで寝過ぎだロ。
車ン中でもずっと眠りコケやがって。お寝坊チャーン?頭起きてますカァー?」
「・・・っ!」

視線を上げるとすぐにキヨの視線とぶつかって、しかもその距離の近さに思わずあたしは硬直する。
奴はニヤリと口角を上げて意地悪く笑った。

「おかげでオマエの間抜けな寝顔たァーっぷり、じっくり見せてもらったゼ。」
「な・・・!」

抗議の声を上げようとあたしが口を開きかけたその瞬間。
キヨがずっとあたしの腰に回したままだった腕に急に力を込めてあたしを自分の方に一層引き寄せた。

「っ!?」

唇と唇。
触れ合う、スレスレ。
ほぼ寸止めの超至近距離。
キヨが囁くように、言った。

・・・、勘弁してやンのは今日だけだ。明日っからまたたっぷり遊んでやっから覚悟しとけよ。」
「・・・き、キヨ・・・?」

あたしの唇が小刻みに震える。
その度、奴の唇に微かに触れた。
身動きの取れない状況。
全身が心臓になったみたいだ。
体調の悪さなんか、この一瞬、吹き飛んでしまっていた。


「だからさっさと調子直しとけ、オレ様の為にも・・・な。」


言いざま、押し付けられて、触れ合う、唇。
あたしは瞳を見開いて、瞬間的に呼吸を止めていた。
そう、運転手さんの存在さえ忘れて、抵抗する事も出来ず、ただ、キヨのキスを受け入れていたのだった。
キヨからのキスは。
思っていた以上に、やわらかくて、優しくて。
それが無性に、ムカついて、同じ位、嬉しかった。



そしてあたしは気づけば自分の家の玄関で呆然と立ち尽くして居た。
あれからキヨがあたしを車から降ろしてあたしが家の中に入って行くまで確認してた、
ような気がする。多分。
実のとこ殆ど覚えてないけど、でも多分そうだ。
そしてあたしは今、こうして家の中に居る訳で。
ふらり。
一歩、踏み出した所で足もとが傾いて、あたしは慌てて壁に手を着く。


「・・・・・・・・・・・・・バカキヨ・・・・・・・・・・・・・・。」


明日、どんな顔で会えばいいのか分からない。
アイツは絶対いつも通りで、最悪な悪戯をしかけて待っていて。


でも。
それでも。
どうにかして、お礼だけはきちんと言わなきゃいけないと思った。
今日の優しさが嘘じゃない事、あたしはもう、分かってるから。


(END)


あとがき

ふははははは!キスシーン入れる予定なかったのに入れたら「不意打ちKiss〜」被りました(苦笑
しかもそのせいでえらく長くなってしまいました・・・。
取りあえず同じネタで他のキャラも攻めてみようと思います(笑)
アンケで2位だった二階堂先生をどうにか書きたいなぁ・・・。
ではでは、ここまでお付き合い下さった貴重な姫様に感謝しつつ、失礼致します。