あまいあまい、日


「・・・・・・・・どうしよ・・・、これ・・・。」

いや、どうしようって言うか、どうしようもないんだけど。
もうどう再生しようもないって言うか。
明らかに無理って言うか。
さすがにこれを渡す勇気はあたしにはない。
これ。
つまり、バレンタインデーのチョコレート。
今日この日の為にらしくもなく手作りなんかして。
その上ラッピングにも力を入れまくった訳だけど。

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・。」

あたしの手に有るその箱は。
無残にもベコボコに凹んでいて、リボンはヨレヨレ。
しかも砂だか土だかで汚れてしまっていた。

「・・・・・・・義理チョコの大袋と分けてたのが裏目に出たか・・・。」

ボソリ。
独り言を呟いて、あたしはその後、深く深く溜息を吐いた。
同時に、無性に悲しくて悔しくて、遣る瀬無い気持ちが押し寄せてくる。
B6目当てにバカサイユ前に集まっていた女子生徒のあの数は、本当に尋常じゃなかった。
彼らが姿を見せる前からその場は混乱状態。
彼女達からは妙な殺気染みた空気すら漂っていた。
あたしは一応バカサイユの中に入ることを許されてたから、
極力目立たないようにバカサイユに近づこうとしてたんだけど、
何と、その途中でカバンからチョコの入った箱を落としてしまったのだ。
当然、慌てて拾おうとした訳だけど、タイミング悪くそこに翼と一の登場。
もう既に興奮状態だった女子生徒達は更に更にボルテージを上げ、その場は超の付く混乱状態に陥り、
あたしの落としたチョコは彼女達の足もとで無残にもぐちゃぐちゃに踏みつぶされてしまった。
その後どうにかチョコを拾ってバカサイユに向かい、B6全員に用意していた義理チョコを彼らに渡し、
すぐに帰宅する気にもなれず、校舎内に忘れ物をしたと言う理由を作って教室に戻ってきた。
(勿論そんなものはないんだけど)
そして現在に至る。
とは言え、見回りの先生も来る頃だし、早々長居も出来ない。
頭では分かっては居るものの、自分の机に腰掛けたまま、
あたしはまたぼんやりと手元のズタボロチョコに視線を落とした。


中身・・・、変形はしてるだろうけど、食べられないことはない・・・はず。
だったらこの際自分で食べる、とか・・・・?
けど・・・・・・・・・、ああああ、無理!!それ悲し過ぎる!!空し過ぎるから!!


心の中。
自分自身で思い浮かんだ考えを、即座に却下する。
チョコを本命相手に渡して振られたとかだったら、ある意味涙味なそのチョコを自分で頬張るってのも有りだと思う。
それならそれで悲しくても落ち込んでもまだ分かるし、納得がいく。
だけど渡すことすら叶わなかった、人に踏まれてズタボロになったこのチョコを、
自分自身で食べて処理するなんて、余りにも悲しいと言うか、痛々しいと言うか。

「・・・・・・・・・・・・・、・・・・・・・・・・・・・、どうしよ、コレ。」

ついさっき呟いた同じ言葉を繰り返し呟いた後、あたしはボコボコに凹んだ箱をぎゅっと両手で握った。
このまま渡すのもインパクトあるかもしれない。
南先生のあの兵器とも言えるうにチョコ爆弾には敵わないにしても。
なんて南先生に失礼かつ下らないことを考えた後、あたしは無意識にもう一度、深く大きな溜息を吐いていた。


「捨てる、・・・・・・・・しかないか。」


もうとっくに出してた筈の結論。
だけど、結論として認めたくなかった事。
これを本命チョコとして渡すなんて無理。
だからって自分で食べるのもやっぱ無理。
だったらもう、捨てるしかない。
何て分かりやすい結論だろう。


あーあ、あーあ!あああーーーあ!!
・・・・・・初めて、だったんだけど・・・。チョコ手作りすんのなんか・・・。


学校のゴミ箱に捨てて帰るのも微妙、あ、でも家に持って帰って捨てんのはもっと微妙かも・・・。


「・・・・・・・・・、・・・・・・・、ああーーもーーー!きーめた!途中で捨てる!よし!帰ろう!」


あたしはようやく重い腰を上げて、椅子に置いていた荷物に手を伸ばす。
そして、片手に持っているチョコをバッグの中に突っ込んでしまおうとした、その時。


「よぉ仔ウシちゃーん!なーにこんなトコで一人でモーモー鳴いてンですかァー?」

「っ!!??キヨ!?あ、あんたいつの間に!?」
「キシシシシッ、仔ウシは超ニブだからなァー!オレ様の気配に気付きもしねェでやンの!」

言いながら、いつの間にか教室内に姿を見せたキヨがあたしの傍まで近寄ってくる。
あたしは咄嗟に手にしていたズタボロのチョコをさっと後ろ手に隠した。
そして、いつも通りを装って返事をする。

「あんたの気配なんて大抵の人間が読めないから!!
てか何でキヨがここに居んの?それにあの大量のチョコは?」
「アア、あれか。カベん奴に車で家まで運ばせてやったぜ。」
「まぁあれだけあれば持っては帰れないか。・・・・で、キヨは結局何でこんなとこに居るの?何か用事?」
「アー?オレ様がこんな場所に用事があるわきゃねェーだロ!
オマエの方がオレ様に用事があるだろうと思ってナァ、ワザワザ探してやったンだよ。感謝しやがれー。」

キヨはついさっきまであたしが座っていたあたしの机の上に座ると、ニヤリと笑って見せた。

「な、何が・・・?何で、あたしが・・・あんたに用事・・・。」
「オレ様に渡す物があるンじゃねェーの?仔ウシちゃーん?」
「っ!!??」


ギ ク リ。


キヨの台詞に、あたしは無意識の内に、背後に隠し持っているチョコを持つ手に力を込めた。
今のところキヨがこのチョコに気付いてる様子はない。
それに、これを差し出す様な真似は出来ない。
こんなボロボロのチョコ、渡せるわけがない。

「チョ・・・、チョコならさっきバカサイユで渡したでしょ。」

奴から極力視線を逸らしながら、あたしは言った。
微かに手元が震える。
本当は、渡したかった。
ただの義理チョコじゃなくて、この日の為に特別に用意した、手作りのチョコを。


「あンな義理チョコでオレ様がマンゾクするとでも思ってンのかァー?」
「・・・・・・、ビビる位の量の本命チョコ、山ほど貰ってる奴がよく言う・・・・・。」

返す言葉が思った以上に刺々しい口調になってしまう。
B6が、キヨが、女子生徒達に人気があるのなんか転校初日から知ってる。
どんなにどぐされた悪戯をしても、結局は憎めない、それどころかムカつく程に好きになってく、小悪魔の魅力。
キヨにとってはあの大勢の女の子から受け取ったチョコに大きな意味はないだろう。
あたしがチョコを渡してたとしても、きっと一緒だ。
その他大勢と一緒。
だけど、それでも渡したかった。
素直になれない想いを、あたしなりにチョコに込めて、らしくもなくどこかはしゃいで緊張して今日を迎えた。
なのに。

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・、あたし、そろそろ帰る。忘れ物取りに戻っただけだから。」
。」
「っ!?な、何?」

キヨに唐突に名前を呼ばれ、あたしは不意を突かれた形で返事をする。
奴は滅多にあたしの名前をまともに呼んだりはしない。
だからいきなり名前を呼ばれたりすると妙にどきどきしてしまい、そして同じ位構えてしまう。

「ケケッ、スキありィーーー!!ってなァ!!」

言いざま、キヨはあたしが隠し持っていたズタボロチョコを素早くあたしの手から奪い取った。

「ちょっ!!キヨ!!返してよ!!あんたいつの間に気付いてた訳!?
あああもうーー!そんなことより返せ!!」

余りのことに咄嗟に反応できなかったあたしは、悲鳴に近い声を上げてそれを取り返そうと必死に手を伸ばす。
キヨはひょいひょいと身を交わしながらそれを嫌味な位に見事に避けた。

「キシシシシッ!ヴァーカ!あンな下手な隠し方でこのオレ様の目を誤魔化せると思ってンじゃねェーってェーの!
お前のキョドーフシンな動きを見てりゃ分かるンだよ!」
「きょっ、挙動不審ってあんたねぇっ!もういいからそれ返して!!」
「アアー?どうせオレ様に渡す筈の物だったんなら問題ねェだロ!」
「だっ、誰がいつあんたに渡すなんて言った!?返して!」

会話をしている間も奴は器用にあたしが伸ばした手を避け、ニヤニヤと笑い続けている。
それからチラリと自分が手にしているズタボロチョコに目を向けた。

「おいおい、仔ウシー。オマエ、自分の顔がぐちゃぐちゃだからってこのチョコの箱はねェーだロ。
・・・・・・・・・、・・・・・・・・、つーか・・・もしかしてなンかあったのか?」

からかうみたいな口調だった最初の言葉とは違い、後半の質問。
ほんの少しだけトーンが低くなったキヨの声。
気のせいか、あたしを心配してくれてるようなものが感じられて、
あたしは戸惑いながらも結局素直に返事をしていた。

「・・・た、・・・・・・・・・単にあの女子生徒の足もとに落としてそうなっただけ、で・・・。
あたしの不注意よ・・・・・・・・・・・・・・・。」
「はーァ!?チョコをあの女共の群れの足もとに落としたァ!?それでこンなぐちゃべちゃになっちまったのか。」
「・・・・・・・・・・・・、・・・・・・ん。」

あたしはキヨに短く答えると、小さく頷いて見せた。
何だか凄く惨めな気分だ。
キヨに渡されたチョコの数々。
その一部を少しだけ目にしたけど、中には有名店の高級チョコなんかも混じってた。
勿論、手作りの物もあったに違いなくて。
そしてその殆どが綺麗にラッピングされた物だった。
当然だ。
だって、そのチョコには彼女達の想いが詰まってんだから。
対してあたしのチョコは人の足元で踏まれまくって汚れて変形してしまっている。
自業自得とは言え、情けなくて、悲しくて。
しかも、そのズタボロチョコを渡す筈だった本人の前に晒されてしまった。
いつもは次々と出てくるはずの憎まれ口も、今回ばかりは全く思い浮かばない。

「・・・・・・・・・ねぇ、キヨ、もういいでしょ。返して。」
、もうひとつ答えろ。」
「な、何・・・?」

名前を呼ばれ、どくり、性懲りもなく心臓が大きく高鳴る。
キヨは未だにあたしにチョコを返してくれようとせず、聞き返したあたしを見下ろして先を続けた。

「このチョコ、・・・もし女共に踏まれてなかったら、誰に渡すつもりだったンだ?」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・え?」
「答えろ。そしたら返してやってもいいゼ?」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・、それは・・・・・・・・・。」

ヤなヤツ。
ヤなヤツ。
ヤなヤツ。


キヨの手にあるズタボロのチョコ。
本当は、今日、あたしに最高の勇気と素直さをくれる筈だった代物。
それがこんな惨めな状況で。
だけど――――――――――――――




「・・・・・・・・・・、せん・・・う、・・・・・・・・・・よ・・・る。」
「はーァ?オイオイ、声が小ちゃ過ぎて全然聞こえねェーぜ!」

言ったキヨの顔は妙にニヤニヤニヤニヤしてる。
コイツ、絶対聞こえてた。
聞こえてて、分かってて、聞き返してるんだ。
本当に、最低、最高に、どぐされてる。


「仙道清春!!!」


あたしはもう殆ど自棄みたいに大声で叫んだ。
ニヤリ。
それと同時に、さっきよりも更に、キヨの口角がつり上がる。

「やっと言いやがったか!おせェーンだヨ!!ヴァーカ!」
「なっ!!」
「っつーことで、ぐちゃべちゃでオマエそっくりのこのチョコはオレ様の物決定だな。」
「え!?ちょ、ちょっと、待ってよ!話がちが・・・・、っ!!!???」

慌ててあたしが制止するのも聞かず、
キヨは手にあるズタボロのチョコの箱のヨレヨレなリボンを乱暴に解くと、
砂だか土だかで汚れて破れかけた包装紙を取り去り、ひしゃげた箱の蓋を片手で開いた。

「ナカミも箱に負けてねェなァ。仔ウシとおそろいのツブれっぷりだゼ!」

言いざま、キヨは変形した箱の中に入っていた同じ位変形した生チョコの一粒を、
何の躊躇いもなく指先で摘まんで口に頬張った。

「キヨっ!!!???」
「仔ウシが作ったにしてはマトモな味してンなァ・・・。」
「あ、・・・・キヨ、あんた・・・・・・・・。」


茫然。
ぽかんと馬鹿みたいに口を開けて、それ以上の言葉を無くしてしまうあたし。
だって。
まさか。
キヨが、あのズタボロのチョコを自分から食べてくれるなんて。
そんな。

「アア、そう言やオマエ、このチョコ返してくれっつってたなァ?返してやってもイイゼ。」
「・・・・・・・・・・、・・・・・・・・・・・・・・・え?」

予測のつかない展開に、頭が全くついていかず、茫然としたままだったその一瞬。

「オラよ。、返してやンぜ?」
「っ・・・ぅン・・・っ!!」

言葉と一緒に、あたしの唇に押し当てられたキヨの唇。
あたしは両目を思い切り見開いたまま、硬直する。
キヨはあたしの腰に腕を回し、少し強引に自分の方に抱き寄せると、
重ねた唇からぬるりとあたしの口内に舌を侵入させた。
同時に甘いチョコの味があたしの口の中にほんのりと広がる。
キヨはあたしの舌と自分の舌を執拗に絡み合わせ、
まるであたしにチョコを味合わせるみたいにねっとりとそれを蠢かせた。
少しずつ、少しずつ、あたしの口内で、生ぬるい唾液と甘いチョコがとろみを帯びて混じり合う。
体が小刻みに震えて、脳内が痺れて、何も考えられない。

「・・・ふ、・・・・・・・・、ン・・・。」
「・・・なァ、どうだ?甘ェか?オマエのぐちゃチョコの味は。」

唇と唇。
軽く触れ合わせたまま、囁くみたいにキヨが言った。

「・・・・・・・、キヨ・・・・・・・・。」
「安心しロ。どんなにぐちゃぐちゃだろーが関係ねェ。ゼンブ食ってやるよ。
オマエのチョコも、オマエの気持ちも、・・・・・・・・・・トーゼン、、オマエもなァ?」
「なっ!?」

ビクン。
余りにも恥ずかし過ぎる台詞の内容に、あたしは反射的に大きく体を震わせていた。

「たった今からオマエはオレ様だけのモンだ。・・・キスが終わったらバレンタインの告白ってヤツをさせてやンぜ。
それまでは・・・・・・・・・、目ェ閉じて、オレ様のことだけ考えてロ。オレのことだけ、感じてロ。」
「・・・、え?ちょ、ちょっと、ま、待って、キヨ。順番がおかし―――――

言いかけたあたしの言葉は、最後まで言わせては貰えなかった。
キスがいつ終わるかなんて考えられない位に、思考がかき乱されて、チョコの甘さに酔ってしまう。
キヨの踊るような舌先が脳内を蕩けさせる。


溶けた思考で口走る告白がどんなものになるのかなんて正直恥ずかしくて考えたくもないけど、
これだけは言える。
今日は、あたしにとって最高のバレンタインデーだってことは。


(END)



あとがき

超久々に会話夢以外の夢を執筆しました。しかも清春はかなり久々。
何ですか、スランプの時は何故かビタ夢書きたくなります。
折角だからバレンタイン部屋で執筆。清春の口調を忘れてしまってて、
途中で公式サイトに行って確認とかCD聞いて妄想とかしてました(笑)
結局出来あがったのは王道ネタ、チョコ口移し(笑)
とにもかくにも、ここまでお付き合い下さった姫様!!
誠に、誠に有難うございます。失礼致します。