「おい」
背後から声を掛けられたのと同時、地面に座り込んでいたわたしは、その背中に強い衝撃を感じた。
返事をする間もなく、その瞬間に背が弓なりにそり、ぐぇっと小さく呻き声を上げる。
突然の奇襲攻撃。
ぼんやりし過ぎて背後に人が近付いて来てることさえ全く気付いてなかった。
だけど仕掛けてきた相手が誰かなんて、確認するまでもない。
「汚ぇ声を出すな」
「リ、ヴァイ・・・兵長」
たった今蹴られたばかりの背中を片手で撫でるように抑えつつ、
わたしは上半身を捻ってその人を見上げる。
立ち上がればどちらかと言うとわたしの方が少し身長が高い位だというのに、
小柄な筈の兵長から溢れる威圧感は今日もやっぱり半端ない。
流石人類最強と謳われるお方だ。
その上月を背にわたしを見下ろす彼の青白い顔は、ご機嫌麗しいとはお世辞にもいえない表情をしていた。
いや、寧ろ殺気立って居るようにさえ見える。
青白い顔に鋭い瞳が静かにわたしを見据えていた。
兵長は常に不機嫌なように見えるけれど、それは単に感情が表に現れ難いからで、
彼だっていつもいつも機嫌が悪い訳じゃないのだとわたしは知っていた。
だけど、今は間違いなく本当の意味で兵長が相当不機嫌なのだと分かる。
でなければ幾らリヴァイ兵長でも毎度相手に声を掛けるたび蹴りを入れてきたりはしないのだ。
つまり突然の奇襲にはそれなりに訳がある。
これはもう嫌な予感しかしない。
さっきの最初の一撃だけでこれから始まる会話が最後まで終われるかどうかもかなり怪しいところだ。
下手したら後2,3発お見舞いされるかもしれない。
「ルイ」
「は、はい」
「ここ最近、随分こそこそと逃げ回ってくれてるじゃねぇか」
「!!」
びくり。
兵長の言葉に、わたしの体が大げさに震えて反応する。
ああ、馬鹿だ。
こんな分かりやすい態度を取ったら、この先誤魔化すことも出来なくなってしまう。
ここはもっとこう、自然な感じで何のことですか?みたいな表情をすべきだったってのに。
だけどまぁ、あのリヴァイ兵長相手に下手な誤魔化しなんぞ通用するとも思えないけど。
寧ろわたしがそんなスゴ技を繰り出せる人間なら、
まずこんな状況に陥る前にそれこそ自然と上手くやり過ごせてる筈だ。
つまりリヴァイ兵長と顔を合わせて数分で、既にわたしに逃げ場はない。
それでも、わたしはどうしてもこの先を追及されることだけは避けたかった。
「逃げ回ったりなんてしてないですよ。
その、そう言えば今日はちょっと間が悪くて余りお会いしませんでしたね、兵長」
「そうか、だったら廊下で俺と鉢合わせる直前にお前が全力疾走で部屋に戻って行ってたのも、
相当間が悪かったんだろうな」
「・・・っ!!」
彼の予想外の返事に思わずわたしは絶句する。
確かに今日の朝方にそう言うことがありはしたけど、あれはギリギリ兵長と顔を合わせる前だったから、
どうにかバレずに済んだとホッとしていたのだ。
「へ、へへ、部屋に・・・忘れ物を取りに行ったんです」
動揺しすぎてどもったせいでおかしな笑いみたいになってしまった。
しかも咄嗟に口に出した理由が白々しいことこの上ない。
こんな言い訳を彼が信じるなんて到底思えなかった。
(と言うか、誰だろうがこの状況でこれを信じる人間なんていないだろうが)
寧ろ、更に機嫌を損ねることになることは目に見えてる。
分かってはいても、わたしはリヴァイ兵長を避けていたことを素直に白状する気にはなれなかった。
「・・・・・・」
そして案の定、わたしを見下ろすリヴァイ兵長様の眼光が更に鋭さを増した。
数年前に比べればこれにもある程度耐性はついたけれど、だからと言って平気な訳じゃない。
やっぱり怖い、怖すぎる。
「昼食前や会議後にお前がぶっ飛んで出て行ったのも、
クソでもするつもりだったからだとでも言いたいのか?ルイよ」
「そ、そそそそ、そうです」
兵長の眼力と冷えた空気にビビり過ぎて、
わたしはさっき返事をした時よりも一層どもりまくってしまった。
本気で冷や汗まで出てきそうな勢いだが、ここで逃げ出そうとしなくなっただけ、
昔よりは随分進歩したほうじゃないかと思う。
以前は本気でそれを実行に移した結果、
毎度そのほんの数秒後にリヴァイ兵長に捕らえられ、ズタボロにされたものだ。
もっとも、今回は逃走を図った場合は勿論、
この場に留まっても似たような状況にしかならない予感しかない。
そう、わたしが兵長を避けていたことを認めて、その理由を素直に口にしない限りは。
「ルイ」
「っっ!!!」
不意にこちらに伸ばされた彼の片手が、容赦なくわたしの両頬を捕らえる。
加減なく捕まれたせいでわたしの顔は大きく歪んで口元が前に突き出していた。
女子にあるまじき形相になってるのはまず間違いない。
だけど今はそんなことを気にしてる余裕はなかった。
そんなことよりとにかく痛い。
当たり前だが相当痛い。
地面に腰を下ろして振り向いたと言う形のまま、頬を捕まれて持上げられてるような状況だ。
体勢的にも最悪。
もう何だか、色々な意味で痛い。
痛い、痛い、助けて。
「い、い゛だい゛っ!りばいへいぢょうっ!!い゛だ、いだいれ゛す!!」
両頬を捕まれて口の形どころか口内の形まで変形してるせいで、まともな発音も出来ない。
それでもわたしは涙目になりつつ必死でリヴァイ兵長に訴えた。
だが、彼はそんなわたしを見下ろしたまま一言。
「汚ぇ面だな」
誰のせいだああっっ!!
年頃の娘をこんな目に合わせておいて、その元凶がこの発言。
だったら速やかにただちに即刻すぐさまその手を離して頂きたい
勿論そんな反論は口が裂けても出来ない、出来るはずがない。
乙女の悲痛な叫びに耳を傾けることなく、兵長はいつもと同様静かな口調で続けた。
但し、その中には確実に不機嫌さと苛立ちが含まれてるのが分かる。
「それで?本当の理由を言ってみろ。先に言っておくが、これ以上下らねぇ言い訳はするなよ。
もっとも、お前が今以上の『躾』を望んでいるなら話は別だがな」
「っっ!!!!」
今以上の『躾』なんて、そんな恐ろしいものを望む訳がない。
最初の蹴りも、今のコレも、それでも彼なりに手加減してくれているのは分かる。
だが、当然痛みはそこそこ感じる訳で。
これ以上になるとそこそこどころか本格的に泣きが入る痛みだ。
遠慮したいなんて程度じゃなく断じて止めて頂きたい。
とは言え、それを阻止する為にはわたしがリヴァイ兵長を避け続けていた理由を口にしなきゃならない。
「どうした?」
リヴァイ兵長はそう問うと同時に両頬を挟んでいる手にまた少しだけ力を加えた。
有り得ない。
この上まだ乙女の顔面を変形させるなんて。
「いががががっ!」
今のこの状況から少しでも解放されたい。
それは間違いない。
痛いわカッコ悪いわ情けないわ、とにかく逃げ出したい。
でもだからって簡単に口に出来る訳がなかった。
―――兵長のことが好きだと気付いたら、今まで通りじゃいられなくなりました。
なんて、一体どの口でそんなことをのたまえるのか。
幾らリヴァイ兵長への気持に気付いたからって、10代やそこらの女の子じゃあるまいし、
まさか自分がこんな極端な態度に出てしまうなんて思いもしなかった。
彼への想いに気付いたのは一月程前だ。
特に大きなきっかけがあった訳じゃない。
ただ、こんな世界で人類最強と謳われる彼の下、
自分の命ある限りは共に戦い続けられればいいと自然に考えるようになったわたしが居た。
その中にある恋心から、わたしはずっと目を逸らし続けて気付かないふりをしようとしてた。
この数年間は、それは凄く上手くいってたと思う。
でも本当はいつだって、あの背中に手を伸ばして触れたいって衝動と戦ってた。
そして多分、じわじわ溜まってしまったその想いが、
気付かないふりをし続ける限界を、超えてしまったのだ。
なかったことにしてた恋心。
それが視界に入った瞬間から、リヴァイ兵長を尊敬しつつ、それでも怯えてた昔とは違う意味で、
彼を見るとその場から逃げ出したくて堪らなくなってしまった。
自分でも制御できない位に、溜め込んでいたってことだ。
彼がわたしの行動を妙に思うのも仕方ない。
「・・・ふん」
「っ!?」
不意に、リヴァイ兵長はわたしの頬から手を離した。
両方から圧迫されていた頬は解放され、痛みが遠のいてく。
同時に、不自然だった体制のまま前にぐらついたわたしの体を兵長が軽く支えた。
わたしはそれに甘えて一度地面に片手をついて、ゆっくりとその場に立ち上がる。
その間彼は無言でわたしを見下ろしていた。
「ありがとうございます・・・。あの、リヴァイ兵長・・・」
「もういい・・・。さっさと部屋に戻ってクソして寝ろ」
「え?でも・・・」
わたしが先を続けるより早く、彼はわたしに背中を向けた。
そして、スタスタと足早にその場から立ち去ろうとする。
わたしは数秒間、兵長の後姿を見つめ、それからハッとして思わず声を上げた。
「ま、待って、待って下さい!」
彼を引き止めた直後に、自分でも少し驚く。
引き止めた所で、自分で自分が何を言おうとしてたのかも分かってなかった。
ただ突然わたしを解放してくれた兵長が何を考えてるのか不安で、
このまま別れてしまいたくなかったのは確かだ。
明日から、きっと兵長は今まで通りの態度を崩さない。
そしてわたしも、今日この時彼が声を掛けてくれたから、
明日からは今までみたいに逃げずに居るように努力できる。
それならそれでいいじゃないかと思う一方、それだけじゃ不満だと駄々をこねるわたしが居る。
「何だ?」
わたしの声に足を止めた彼が振り返る。
ここでおやすみなさいとでも言って誤魔化せば、
兵長はまたふんと小さく鼻を鳴らしてすぐに立ち去るだろう。
そうすればいい。
わざわざ彼の足を止めてまで言う言葉じゃないかもしれないけれど、
きっと追求はしないでいてくれる。
そう思うのに、何をトチ狂ってるのか、何に緊張しようとしてるのか、
わたしの心音は恐ろしい勢いで鼓動を刻み始めていた。
緊張なんかする必要はない。
何も考えずに引き止めてしまったんだから、大それた何かを言う必要なんてないのだ。
分かってる。
だけどその一方で、リヴァイ兵長を目にするたび、
逃げ出したい程の衝動に駆られる位に抑えつけてきた気持ちが暴走する。
巨人との戦いで、沢山の仲間が命を落として、その度に自分の死も当然のように意識して、
そして、ふと思うのだ。
もしもこのまま彼に告げずにわたし自身も食われてしまうことがあったら、
わたしは、後悔せずに終われるだろうか。
巨人に食われて死ぬ間際は、恐らく後悔する暇さえないだろうけど、
それでも何度そんなことを考えたか知れなくて。
やめろやめろやめろやめろ。
考えるな、考えるな、考えるな。
それを今ここで考えるべきじゃない。
そんなことを、考えて、ヘタなことを口にするべきじゃない。
折角顔面変形と痛みから解放されて、今まで通りに過ごせるはずだったのに、
ここでそれをぶち壊すなんて馬鹿げてる。
本当に、心底、馬鹿げてると思うのに――――――
ドクン、ドクン、ドクン。
「すみません」
どくん、どくん、どくん。
「?何を謝る」
「わたし、リヴァイ兵長が好きです」
ド クンっ
自分の声が、予想外に落ち着いていて、そしてよく通って驚いた。
口にした瞬間から、後悔は始まっているのに、それでもどこかでホッとしてる。
この言葉を、彼に告げられたこと。
わたしの視線の先に居るリヴァイ兵長は、ほんの一瞬瞳を見開いた後、
けれどすぐにいつものむっつりとした表情に戻った。
ああこれは、バッサリ切り捨てられるかもしれない。
最初から告白なんかするつもりはなかったから、彼の反応は全く予想していなかったし、
その後自分がどうするつもりかも当然のように考えてない。
だから当然振られる覚悟なんてしてなかった。
失恋がどの程度心に痛みを残すか位は分かる年齢だ。
それでも、この後に起こるだろう事を考えると泣きたくなった。
リヴァイ兵長は数秒ほど無言でわたしをあの鋭い視線で捕らえた後、
スタスタと足早にこちらに向かって近付いてきた。
わたしは反射的にすぅと小さく深呼吸して身構える。
別に彼のあのおみ足が飛んでくると思った訳じゃない。
ただ、そうしないと今にも逃げ出してしまいそうな自分が居たからだ。
わたしの正面。
ピタリと、リヴァイ兵長の足が止まる。
僅かにわたしより下にある彼の瞳。
心臓が、さっきとはまた違う意味で速度を増して脈打つ。
「ルイ」
「は・・・」
い。
短い返事を口にしようとしたその直後。
リヴァイ兵長がわたしの胸倉を掴んだ。
少し驚いたけど、抵抗はしない。
殴られるかもしれないとは思わなかった。
視線を外さず、兵長を見つめる。
怖い。
この先、彼が口にするだろう言葉を考えると、それを受け止める痛みを思うと、怖くて堪らなかった。
以前までの、彼自身の力に対しての怯えとは違う性質の恐怖だ。
だけど、そこでリヴァイ兵長は余りにわたしの予想を超えた行動に出た。
わたしの胸倉を掴んだ手を乱暴に自分の方へと引き寄せて、そのままわたしに口付けたのだ。
「っ!?」
瞬間的に思考が停止した。
呼吸も、多分反射的に止めてたと思う。
驚きすぎて見開いた視界一杯に広がった兵長の青白い顔と、
唇のやわらかな感触にだけ一気に意識が集中する。
ほんの数秒、自分が何をされているのか本当に分からなかった。
少し荒っぽく押し付け、重ねられただけの口付け。
わたしが何の反応も示すことが出来ないまま、リヴァイ兵長はゆっくりとわたしを解放した。
「り、リヴァ・・・」
「二度と謝るんじゃねぇ」
トンっと、軽く押すようにしてわたしの胸倉から手を離し、彼は一言わたしにそう告げた。
未だに状況を理解できないわたしは、呆然とした表情で兵長を見つめる。
二度と謝るなと言うのは、つまり、さっきのわたしの告白の前のことを指してるんだろうか。
つまりそれは――――
「・・・・・・」
彼はそれ以上何も告げず、近付いてきた時と同じ程の速度でわたしから離れて行った。
わたしはその背中が遠くなり、建物の中に消えて行くまでずっと彼を見届けた。
頭の中は当然のように混乱してて、唇に残るリヴァイ兵長の口付けの感触に戸惑いを隠せない。
頭を整理しようにも何から考えていいのか全く分からなかった。
濃紺の美しい夜空には月が浮かび、一人、その場に取り残されて突っ立ったままで居るわたしを、
優しく見下ろしていた。
(END)
勢いで書いた初・進撃リヴァイ夢でしたー。名前変換なくて申し訳ありません。
でもこれ以上増やせる自信ナッシングなんですけど\(^O^)/
と言うか兵長難しすぎるよ。大好きだけども。
ちょっといきなり蹴りから始まってますけど、
別に兵長が暴力ふるいまくりな単なるドSだと思ってるとかじゃないです。
でも蹴られたいと言う私の願望が形となった結果ですが^p^
しかしギャグ調から始まったはずなのに途中から流れ変わりすぎて、毎度の事ながら反省。
後、ジャンル変えつつキャラ変えつつ同じパターン何度も書いてる自覚ありますすみません
ではでは、ここまでお付き合い下さった貴重な姫様!(進撃は凄い人気ですけど、
拙宅は乙女ゲ中心サイトですからね 笑)大変有難うございます。感謝感謝です〜