「・・・・・・・姫君、俺は悪い夢でも見てるのかな?まさかお前が平家側に居るなんてね・・・・・。」
「ヒノエ、これは夢なんかじゃないわ。君も、もう分かってる筈よ。
熊野別当、藤原湛増殿・・・・・・・・・・・・・・・。」
答えたの声は酷く冷静で、その表情からは何も読み取る事は出来ない。
戦場。
平家側から放たれた怨霊が飛び交い、
そこここで源氏、平家の兵達が入り乱れて戦闘を繰広げている。
血と硝煙の臭い。
鬨の声。
兵達の怒声、悲鳴。
幾度となく刃の合わさる金属音。
ヒノエは彼女の姿を正面から捉えたまま、僅かに唇を歪めて哂った。
「黄泉姫様には何もかもお見通しだったって訳か。
だけど俺はお前が平家側の人間で、
その上還内府に仕える巫女姫だったなんて・・・、全く知らなかったぜ・・・。」
「でしょうね・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。」
返した彼女の口元が、哀しく笑みを形取る。
現在起こっている事の全てが晴天の霹靂であるとしか思えない彼らに対し、
は一部始終を把握し尽くしていた。
人間関係、平家、源氏、両軍の動き、そしてその行く末に至るまでを。
結末は決して一つではないと言う事。
そしてと同じくこの世界の行く末を熟知している人物が居ると言う事実も、
彼女は良く理解していた。
この世界の救世主とも言える少女。
白龍の加護を受け、その逆鱗で時を越える力をもつ、神子。
幾度となく運命を上書きし、そしてその度に生み出される結末。
それら全ては彼女によってしか動かない。
白龍の神子であり、源氏の神子である春日望美。
そして・・・ヒノエ、君の神子・・・。
瞳を伏せ、彼女は心の内で小さく呟く。
やがて彼女は視線をヒノエへと戻し、静かに口を開いた。
「もうすぐここに君の仲間が・・・神子達が来る事は分かってるわ・・・。」
「それで?・・・、お前は俺達を・・・俺を・・・どうするつもりだい?」
歪めて哂った口元をそのままに、彼はそう問い返した。
は彼に気付かれぬ様に、微かに息を吸い込んだ。
そして再び表情を無くし、彼女は腹の奥から凛とした声を発する。
「私は平重盛『還内府』に仕えし巫女、黄泉から召喚されし者。
平家一門存続の為・・・ここで貴方と神子達を斬らせて頂きます!!!」
―ジャキッ。
は言葉と共に抜刀し、それをヒノエに向けて突きつけた。
その彼女の姿に彼は、フッ、と、瞳に寂しげな影を滲ませる。
「せめて、もっと早く知りたかったぜ・・・。お前の正体・・・。」
常に冷静に周囲の状況を見極める事の出来る見事な手腕を持った熊野別当であるヒノエ。
されどこの局面で、彼はこの上なく動揺していた。
故郷、熊野で出会ったその日から、不思議な程に心を惹かれた彼女。
霊地。
隠野黄泉の国と繋がっていると言われるあの地で黄泉姫と恐れられるに出会った事に、
思わず運命の皮肉を感じてしまう。
ヒノエが幾度彼女に尋ねても、彼女は自らの身元を明かすことは無かった。
彼がを求めれば求めるほど、彼女が己が内に壁を作っていた事も彼は悟っていた。
その全てがこの事実に繋がっていたのだと、最悪の形で知らされたのだ。
「ヒノエ、武器を構えなさい!私は・・・「黄泉姫殿!!撤退命令です!」
の言葉を遮るように、平家の兵が声を上げてその場に駆けて来る。
彼女は驚いた様子で目を見開き、命を伝えに来たその兵に視線を向けた。
「撤退・・・!?」
「はっ!これ以上戦いが長引けば悪戯に兵の消耗を招くのみ、急ぎ、撤退をとの事!!」
続けられた答えに、彼女は眉根を寄せる。
「・・・行きなよ、。どうせこの分じゃこっちも体勢立て直さなきゃいけないしな・・・。」
呟く如く小さな声で、ヒノエが言った。
は彼を一瞥し、兵に向けて声を上げる。
「全軍!速やかに撤退!!負傷兵を優先的に先へ!!」
彼女の言葉に反応し、平家の兵が撤退を開始した。
そして、彼女はヒノエに向けていた刀を、再び鞘へと収める。
は僅かに瞳を伏せると、彼にのみ届く声音で告げた。
「・・・・・・ヒノエ・・・・・・次に戦場で会ったその時は・・・、君も覚悟を決めて。
私も容赦はしないから・・・・。だから、君も・・・・・・・・・。」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。」
無言のヒノエを残し、彼女は身を翻してその場から離れる。
彼はの背中が小さくなって見えなくなるその時まで、その場から動けずに居た。
未だ正常に働かぬヒノエの思考。
幾度肌を重ねようとも、想いを言の葉にしようとも、埋まる事の無かった互いの距離。
が逢瀬の際に時折彼に見せた複雑な表情の奥の真実は、余りにも酷なものだった。
―これを理由にお前をすぐに諦められる程の想いなら、
俺もこんなサイテーな気分にならずに済んだのにね・・・。
ふっ、と、知らず知らず、哀しげに歪んで笑んだヒノエの唇。
彼はそこでようやく、その場から離れる為、足を踏み出した。
程なくこの場所に神子が到着する筈だ。
彼は空に視線を移し、憂いを残した表情のまま、仲間たちの元へと足を運んだのだった。
(終わり)
後書き
・・・・・・・・・・・・・・れ、連載モードMaxな物が出来上がってしまいました(苦笑)
ですが、続きは考えていません。うふふ、ただこのシーンだけが書きたかったんです。
ではでは、ここまでのお付き合い、誠に有難うございました!失礼致します。
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