「黄泉姫と話していると、
還内府殿と話しているような気がする事があるぞ。」
「・・・・・・・え?」

小さな帝が純粋な大きな目をキラキラさせながら私を見上げて言った。
黄泉姫。
それはこの平家での私の呼び名。
そしてある意味で、地位。
今は還内府と呼ばれる将臣が、この世界に来たのが今から3年前。
私は丁度その2年後にここへ来た。
彼が平家の人たちに迎え入れられた同じ日、同じ時刻に。
そのせいで、いつの間にか私は『還内府が黄泉から召喚した姫君』
と言う意味で、『黄泉姫』と呼ばれるようになっていた。
どうやらそれには『還内府に仕える巫女』と言う意味も含まれているらしい。
おかげで、私は彼の片腕として随分と信頼を得る事が出来た訳ではあるのだけど。
そしてこの幼い安徳天皇も将臣に懐くのと同じ位、
私にも接してきてくれる。

「それは私が彼と同じような世界に居たからじゃない?」

笑顔を浮かべてそう言うと、彼は少しだけ考えるような素振りを見せた。

「そうかもしれんな、私はどちらも好きだぞ!」
「有り難う。」
「へへっ。」

照れくさそうに、誇らしそうに笑って、小さな帝は尼御前の居る方へと駆けて行った。

「クッ・・・良かったじゃないか、敬愛して止まない重盛兄上と似ているとは・・・
この上ない褒め言葉を賜ったものだな、黄泉姫様も。」

帝の背中を見送っていた私のすぐ傍で、皮肉めいた口調でそう声をかけてきたのは、知盛だった。
ここに来たばかりの頃は、彼に直に会えた喜びよりも、
この言い草にいつも苛々していた。
顔が綺麗なだけに、あの冷たい眼差しとその口調が余りにピッタリ来すぎていて、
どうしても素直に返事をする気になれなかったから。
今はもうそれにも慣れてしまった。
将臣曰く、
『こいつは元々こういう奴だ、歯向かうだけ馬鹿見るぜ。皮肉なんか適当に聞き流しとけ、適当にな。』
確かに、その通りではあった。
いちいち知盛の言う事に苛ついてたら会話なんか成立しない。

「君まで黄泉姫って言うのは止めてって、言ってるでしょう。
気持ち悪い。」
「そう言うところまで有川とそっくりじゃないか、
お前は気付いてないのだろうが、話し方だけじゃなく、考え方まで似ていると思う事がよくあるぜ?」
「・・・もういいわよ、その話は。
で、知盛、君は私に何か用だったんじゃないの?」

私がそう言うと、知盛はまたその唇の端を上げて笑った。

「俺はお前に用などない。だが、有川が捜していたようだったがな。」
「将臣が?分かった。」

彼に1度背を向けて、私はまた振り向く。

「何だ?」
「知盛、君の・・・・・・・。」

言って、私は片手で彼の首筋に触れた。
男にしては、白い、透き通るとも言える、その首筋に。

「これ、尼御前や経正には見せないようにね?」

逢瀬の証。
キスマーク。
彼ならそんなものがあっても不思議じゃない。
だけど、こんなに目立つところにそれが残っているのは珍しいことだ。
今までそれらしい雰囲気で女の人と一緒に居るのを目にしたことはあっても、
決定的なものというのは見たことがなかった。

クスリ。
思わず私は知盛に負けないくらい皮肉に笑ってしまっていた。
自分が女の人の体に痕を付けることはしても、
その逆は絶対に許さないイメージがあるから。

「・・・、何が可笑しい?」
「ううん。君でもそんなところに痕つけて許す相手がいるんだなって。」
「クッ・・・興味があるか?俺に。なぁ・・・・・・。」

色白の長く骨ばった知盛の指が、突然私の顎をグイと掴んだ。
そして、私の首筋をもう片方の手で、つ、と、なぞる。

「知盛っ・・・!?」
「この細い首筋に、俺が今すぐ刻んでやろか。
黄泉姫様の柔肌は、どれ程に甘いか・・・・試してみたいと常から思っていたところだぜ?」
「・・・冗談は止めて・・・、知盛、この手を離してよ・・・。」

迂闊だった。
いくら慣れたとは言っても、相手は知盛。
この手の皮肉を彼が聞き流してくれる訳がない。
射すくめられそうな位、鋭い、知盛の冷たい視線。
私が怯え始めたのを悟って、楽しげに、その瞳が細められた。
そして私が抵抗しよとうと両手を上げた、瞬間。

「お前たち、何やってんだ!?」

私の背後から、そう声がした。

「将臣・・・!」

言って、私は知盛の傍から素早く離れる。

「知盛の悪ふざけよ、いつもの。」

動揺を隠して私は言った。
知盛が喉を鳴らして笑う。

「俺はそろそろ御前を失礼するとしようか、
黄泉姫様のご機嫌を損ねてしまったようだからな。」
「ったく、知盛、お前の場合はわざとだろ?
焦る相手の顔見て楽しむなんて悪趣味なやつだぜ。」
「言えてるわ。」

私は小さく溜息を吐いて将臣に同意した。
知盛はニヤリと口元に意味深な笑いを浮かべ、
そのまま部屋を出て行った。

「将臣、私を捜してたって聞いたけど、何か用があったんじゃない?」
「ん?あ、いや、特に用事があった訳じゃねぇよ。
・・・・・・・おい、、お前の首・・・。」

言いかけた将臣が、私の丁度喉元、
さっき知盛が触れた辺りに視線を止めた。

「え?」
「血が出てるぞ。」
「・・・・血が・・・?」

下を向いても分かるはずがない。
私は人差し指で自分の喉元に軽く触れてみた。

キン。
ほんの一瞬、痛みが走る。
指先が、赤く、擦れて染まった。
そのまま指先に視線を落としていると、
将臣が呟くみたいに口を開く。

「・・・・・・・・知盛の奴か・・・ったくあいつは・・・。」
「私、気付かなかった。」
「・・・相当鈍感だな、お前も。」
「君は相当失礼ね、将臣。」

言って、私は軽く、彼を睨んだ。
将臣は、はは、と、声を出して笑って、でも何故かすぐに真顔になった。

「何?」
「痛くないのか?それ。」
「え?この程度なら平気。」
「そっか。」

彼は視線を私のその小さな傷に向けたままだ。

「お前塗り薬持ってたろ。あれ塗っとけよ。すげぇ利くって話だぜ?
何でも特別な水を使ってるらしい、その位の傷なら消えちまうだろ。」
「薬を塗るほどでもないわ、これなら何もしなくても治ると思うけど。
痛みもないし、気にしなきゃ、こんな所触らないから。」

「俺が気になるんだよ。」

「・・・・・・・・え?」

珍しく不機嫌そうに言った将臣の口調に、私は思わず聞き返した。
気のせいか、彼が苛ついて見える。

「将臣?君、もしかして怒ってる?」
「別に。ただ、目立つんじゃねぇのか、その傷。」
「血が止まれば大丈夫だと思うけど。」

私は指の腹でもう1度喉元にある小さな傷の血を拭った。

「ほらね?・・・って、私には見えないから分からないけど。
気にしない、気にしない。」

軽く笑って私は言った。

「・・・少しは気にしろよな、お前は。」
「いつもおおざっぱな君にそんなこと言われるとは思わなかった。
・・・・・でも、私たちって似てるらしいけど。」

クスリ。
私は肩をすくめて苦笑いしてみせる。

「俺とお前が?」
「そう、君と私が。」

私が繰り返して言うと、将臣は少し考えるような顔をした。

「ま、そうかもな。」
「え?」
「軍議で俺の意見を取り入れる前にお前の話聞いたりすると、
殆ど俺と同じ事考えてるってのが結構あるだろ。」
「・・・でもそれは、君も私も『歴史』を動かそうとしてるからじゃないの?」
「いや、それだけじゃねぇだろ。根本的にどっか似てるんだと思うぜ。
だから俺は、お前と動く時が1番楽なんだ。大抵何考えてるのか分かっちまうからさ。」

そう言って将臣は微笑んで、また続けた。

「ま、そーゆう意味じゃ、お前と居るとアイツの事思い出しちまったりするんだけどな。」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・。」

アイツ。
聞き返さなくても、分かってる。
君の、大事な幼馴染。
そして、君が、守るべき神子。
半年後、必ず会う、
八葉である君の大事な白龍の神子。

「髪の毛・・・・切ろうかな・・・・・・・・・・・・。」
「ん?何だよ、急に。」
「・・・別に。」

子供っぽい。
今の私。
ふてくされたような声を出してしまった。
実年齢は、君よりも、1つ、年上なのにね。
だけど、『彼女』の話が出ると、私はいつもこうだ。
どうしても、素直に言えない。
本当の理由を。

「どうした?。」
「ううん。・・・・・・・あ、私、刀の手入れしようと思ってたんだけど。」
「ああ、んじゃ、準備すっか。」

私は将臣に頷いて、自室へ道具を取りに行こうと彼に背中を向けた。

。」
「何?」
「ついでに薬、持って来いよな。俺が塗ってやるよ。」
「・・・・・・・・・・・分かった。」

ふ、と、私は思わず苦笑してしまった。
もうその話は終わったものだと思っていたのに。

君と私。
似ているのかは分からないけど、
私も、君と居ると1番安心できる。
私の1番の理解者。


そして、特別な・・・・・・・・人・・・だから。


(終わり)


後書き
長かったですね・・・。しかも前半知盛夢??な流れに。
と言うか、やっぱりイマイチ知盛も将臣も掴めない。
でも好きなんだぁぁ!!書き慣れる位書きたいと思っている辺り、
もうハマりきってしまっている・・・・・・・。
固定ヒロインで他の八葉との話も書いてみたいな・・・・・。
因みにヒロインは18でこの世界に飛ばされましたが、
将臣の2年後にここに来たので年齢は1つ下になってしまっています。
実年齢は1つ上。しかし、無双で『鬼姫』遥かで『黄泉姫』って(苦笑)


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