突然振り出したその雨は、私が雨宿りをする暇さえ与えずに、
あっという間にどしゃ降りになった。
ぬかるんだ足元に、身体に張り付く衣服。
鍛錬の為に手にしていた刀を鞘に収め、無意味だと分かっていながら、
私は傍に在る巨木の下に駆け込んだ。
ザァー・・・・
森全体の木々から、地面から、雨の音が大きく響き渡る。
空を覆う雲は、見るからに厚く、雨がそう簡単に止んでくれないのだと分かった。
「・・・参ったわね・・・。」
溜息をひとつ、吐く。
この小さな森は御所のすぐ傍、走れば大した距離は無い。
だけどさすがにこの雨で森を抜けるのは中々勇気が要る。
既にずぶ濡れの自分の身体を両手で抱きしめるみたいにしながら、
私は結局少しの間ここで雨足が弱まるのを待つことにした。
「黄泉姫殿、ようやく見つけたかと思えば・・・、随分と色気の有る姿をしておいでじゃないか。」
「なっ・・・知盛!?どうしてここに・・・。」
私の立っている巨木の反対側、つまり私の背後から彼は突然現れた。
気配さえ読めなかったことが、悔しい。
「クッ・・・、こんなに、無防備に背後を取らている様じゃ、いつ誰に襲われるか知れないぜ?」
「・・・君も人が悪いわね、気配を殺して来るなんて・・・。
ま、知盛の悪趣味なんていつものことだけど。」
私はそう言って軽く知盛を睨み付けた。
そしてまた先を続けようと口を開けた、その時。
「っ・・・クッシュ!」
私の口から出たのは言葉ではなく、くしゃみ。
雨で濡れた着物が、重くなり、その上身体に張り付いて、
芯から冷やす様にひんやりとした空気に私は思わず身震いする。
「ねぇ、知盛、君、傘とか持ってきてないの?私を探しに来たんでしょう?」
「生憎と俺はそこまで気が利く男じゃない・・・さ。
ここを通りかかったところに、運良く雨が降り出しただけだ。」
「そう。」
短く答えて、私は小さく溜息を吐くと、空を見上げた。
「お役に立てず誠に心痛の至り・・・。黄泉姫殿、今俺に出来るのは、これ位だが?」
「え・・・?」
突然。
知盛が私の背後に回る。
そして私が振り向くと、彼はそのまま私を後ろから抱きしめた。
「ちょっ・・・ちょっと、知盛!?」
「暴れるなよ、。俺はお前の身体を気遣ってやっているんだぜ。
自身で身体に腕を回すより、効率よく暖を取れる、そうだろう?」
彼は私の肩から耳元へ唇を寄せて囁く様に言った。
吹きかかる知盛の吐息。
ぞくり、と、背筋に何かが走る。
寒気とは違う、何か。
「・・・君の服まで濡れるわよ・・・。風邪を引くかもしれないし・・・。」
「クッ・・・、お優しいことで。俺の事を案じてくれるのか、黄泉姫殿。
だが、それを言うならお前の方だろう。」
背中が、じんわりと温かな彼の体温を感じ取る。
ほんの少し前まで、震えそうな程、寒かったのに。
鼓動が、自分でもおかしい位に、早くなっているのが分かった。
「。」
「っ!?何・・・!?」
耳元。
低くて、どこか特徴のある知盛の声。
私の名を呼んだ彼に、咄嗟に体がビクリと反応する。
「随分と硬くなっているじゃないか。俺がお前を、このまま取って食うとでも・・・思っているのか?」
「そっ・・・そう言う訳じゃないわ・・・。」
「ほぉ・・・、それは男の腕に抱かれる事に、慣れていると言う意味か?
クッ・・・中々に、黄泉姫殿もやり手だな。」
「君にはそう見えるの?もういい、離して、知盛。」
言って、私は彼から離れる為に身体に回された腕を解こうとした。
だけど、知盛は私を放そうとする様子はない。
全く動かない、彼の腕。
「知盛・・・!」
「そう、ムキになるなよ。」
「・・・なっ・・・・!」
知盛の片手が、私のお腹辺りから、ゆっくりと、上へと移動する。
まるで、私の体の線を確かめるように、撫で上げる様に、ゆっくりと。
「知盛、君は・・・っ・・・ァ!」
唇。
彼の湿った熱を持った唇が、唐突に私の首筋に当てられた。
半分、噛み付くみたいに。
彼の頭が邪魔で、私は振り向くことさえ出来ない。
「何を・・っ・・・・?!」
「耳まで赤いぜ。相変わらず純情なことだ。」
すぐ後ろから、クックック、と、喉の奥で哂う知盛の声。
「、お前のご期待に答えて、このままここで・・・俺が直に暖めて差し上げても結構だが?」
「何言ってるの!?君は・・・離して、離しなさい・・・・・・・・!」
雨の中だと言うのに、もう全く寒さを感じない。
濡れた着物は、生ぬるい温かみを帯びていた。
「・・・、ひとつ、聞かせてくれよ・・・。何度も俺から逃れようとしながら、
それでもお前は俺を拒絶しきれずに居る・・・。俺を焦らして、楽しんでいるつもりか?」
どくん。
と、その瞬間に心臓の音が不自然な位、耳に大きく響いた。
からかう様な、皮肉めいたいつもの口調の知盛の台詞。
だけどそれは、嫌になるほど、私の心の、的を射ていた。
ザァー・・・・
雨音。
更に強まった雨脚に、森全体に響き渡る。
「お答えを、頂けるかな?黄泉姫殿。」
無言の私に、耳元で囁く知盛。
とっくに寒さを感じなくなった体が、逆に熱を持ち始める。
理由なんて、言える訳、ない。
本当は、知盛が欲しくて、欲しくて堪らない。
あの冷たい眼差しも。
皮肉な笑みも。
無造作に私を引き寄せる腕も。
低く、甘い、声も。
それを、全部、私のものに出来るなら。
全部、受け入れるのに。
だけど、私じゃ・・・・・・・・・・・・・・。
「言えない・・・今は・・・・まだ・・・言わない・・・。」
彼の腕を振りほどく事も忘れて、小さな声で、やっとそれだけ答える。
熱い体と反対に、ぬかるんだ足元だけが、頼りなく、妙に冷たく感じた。
不意に、知盛が私の顎を掴んで、強引に自分の方を向かせる。
「・・・知盛・・・!?」
「ならば今は聞かないでいてやるさ・・・。代わりに、その唇を頂こうか。
悪いが、選択権はないぜ?」
「とも・・・・・・・・・・・・・っ・・・!」
唇。
瞬間、重ねられる熱。
ぬらり、と、私の唇を割って挿しいれられた知盛の舌。
いつもなら、絶対に抵抗するはずなのに。
私は、自分からそれを、受け入れた。
絡めた舌は、独特の感触と柔らかさ。
ぬらぬらと私の口内を動いて、隅々まで、荒らしまわる。
重なった唇の奥から聞こえる、雨音とは違う、水音。
艶かしくて、眩暈がする。
―雨が止めば・・・消える、ただの泡沫の縁だ。
浮かんだ台詞。
それは知盛が、熊野で私の分身であった彼女に、言った、あの台詞だった。
雨はまだ降り続けている。
せめて、今だけはこの感覚に酔っていたい。
君の腕に抱かれて、君に唇を貪られながら。
例え、これが、泡沫の夢、だとしても。
(終わり)
後書き
明らかに最初に書こうとしたのと結末が違う・・・何故でしょうか。
やっと知盛2本目。・・・・・・知盛、になっていて欲しい。知盛であって欲しい。
難しいぞ、知盛(涙)ではでは、この作品を読んで下さった方、誠に有難うございます。失礼します。
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