―ギギ・・・ギ・・
「そう・・・、貴方は故郷に許婚が居たの・・・。」
深夜。
平家の敷地内の一角。
私の目の前には怨霊と化したかつての平家の武将が一人、立っていた。
怨霊。
平清盛が還魂の儀式で生み出した悲しい存在。
「・・・苦しい・・・?ごめんね、私は貴方の話を聞いてあげることしか出来ないのよ・・・。」
―ギギギ・・・
胸が、痛い。
元々霊感なんかとは全く無縁の私が、
何故かこの世界に来て彼らの声が聞こえる様になっていた。
それがより一層黄泉姫と呼ばれる今に繋がっている訳だけど、
私には理由が分からない。
彼らの悲鳴、苦痛、そして『人』だった頃の記憶や声。
それら全てを私が感じ取ることの出来る理由が。
本当なら、これは黒龍の神子、朔の能力の筈だ。
だいいち、怨霊たちの痛みを和らげることも、浄化してあげることも、私には出来ない。
それが出来るのはこの世界で唯一人、龍神の神子。
彼女だけなのだから。
「おい、そこに居るのか?。」
「・・・えっ!?」
声を掛けられて振り返ると、そこには見慣れた二人の姿。
将臣と、そして知盛が立っていた。
「君達・・・どうしたの?こんな時間に。」
「クッ・・・、それは此方の台詞だと思うが、
黄泉姫殿こそこんな時間に今更敷地内をご散策か?」
いつものように皮肉めいた口調で知盛が言った。
私は思わず溜息を吐く。
「違うわ、ほら、怨霊使いから逸れてるところを見つけたのよ。」
―ギギ・・・・
「・・・怨霊か。」
「それで?お優しい黄泉姫殿はこの怨霊を保護した上、
人生相談にでも乗って差し上げていた最中だったか?」
口の端に益々皮肉を込めた笑いを浮かべる知盛。
私は思わず、彼を睨み付ける。
「知盛、お前のはいちいち嫌味にしか聞こえねぇんだよ。」
「クッ・・・それは失礼。」
「・・・いいわ、もう慣れてるから。」
私は知盛から目を逸らし、怨霊の傍まで近寄った。
「それよりそろそろ彼を・・・怨霊使いの元に・・・。」
「彼・・・ね。念の為にお聞きするが、その怨霊のことか?」
「知盛!マジでいい加減にしとけって。」
言った将臣が、ジロリと彼に視線を向ける。
知盛は口元に笑みを残したまま、答えた。
「どうやら俺はお邪魔らしいな。
ここから去るついでだ、怨霊使いの奴に声を掛けておくさ。」
「サンキュ、知盛。俺もすぐ戻る、尼御前達に俺達の居場所も伝えといてくれ。」
「気が向けば・・・な。」
背中を向けた知盛は、そう言ってそのまま私たちから離れて行った。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。」
「どうしたんだ?。」
知盛の背をぼんやりと眺めていた私に、将臣が声を掛ける。
「・・・自己満足・・・。」
「何だって?」
聞き取れなかったらしい将臣が、私の傍まで近づいてきた。
私はもう1度、同じ言葉を繰り返す。
「自己満足・・・だって、思われてるんだろうね、私のやってることは。」
「?何だよ、突然・・・。」
私は視線を彼に合わせて、それからすぐ、また俯いた。
「・・・怨霊の言葉が理解できても・・・、痛みが分かっても・・・、それに何の意味も無い・・・。
君だって分かってるはずよ、怨霊たちを本当の意味で救える事が出来る人間は一人しか居ないって。
私のやってることはただの・・・・・・・・・・・・・・」
自己満足。
呟いて、自分で、自分が、情けなくなる。
黄泉姫。
そんな呼び名に、何の意味があると言うんだろう。
「そんなことねぇだろ。お前の優しさはコイツ等に届いてると思うぜ、俺は。」
「・・・・・・・・・・・・・え?」
将臣の思わぬ台詞。
私は顔を上げて彼を見つめる。
「少なくとも一人は、怨霊たちの気持ちや声ってやつを酌んでやれる優しさを持ってる奴がここにも居る。
それだけでコイツらだって救われる部分はあると思うけどな。
ま、俺には全くコイツらの声なんて聞こえねぇし、
お前の気持ちを分かってやれるなんて軽々しく言えねぇけどな・・・。」
ふっ、と、将臣が優しく微笑した。
その途端、私の胸が、妙な、圧迫感を覚える。
ぎゅ、と、潰されそうに、苦しい。
やだ・・・泣きそう・・・・・・・。
「ん・・・・・・有難う・・・将臣・・・・・・・。」
涙。
ぎりぎりに、浮かんだ雫を、必死に、抑える。
搾り出すように、やっと一言、将臣に言った。
「・・・泣いてんのか?」
「・・・・・・・・・・・・・泣かないわよ・・・。」
答えてすぐ、私は両手に、拳を握った。
「還内府殿、黄泉姫殿。」
それぞれ呼ばれ、私と将臣は同時に其方に視線を向ける。
そこには知盛が事情を伝えてくれたらしい、怨霊使いの姿。
―ギギ・・・
「よもや逸れている怨霊が居るとは気付かず、ご迷惑をお掛け致した。」
顔色の悪い行者姿の怨霊使いはそう言って、『彼』の傍まで近づいていく。
「わざわざ迎えに来てもらっちまって悪かったな。」
「いえ、我等の手落ち故。では、こやつは連れて参ります。」
「ああ、頼んだぜ。」
そう言った将臣と、隣で見ていた私に頭を下げて、
怨霊使いが『彼』と一緒にその場を後にしようとした、その時だった。
―・・・ギギギ・・・グ・・ギッギギ・・
「・・・・・・・・・え?」
私と『彼』
それ以外の第3者には、決して理解できない言葉。
板が軋む音にすら聞こえてしまいそうな『彼』の声。
だけど、私にはハッキリ分かった。
彼が、私に、何と言ったのか。
言ってくれたのか。
だけど怨霊使いは気付かずにそのまま彼と一緒に行ってしまった。
「おい、、どうしたんだ?」
「・・・・・・・・・・・・・。」
「?」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・っ・・・。」
「おい!、お前・・・・泣いて・・・・・・・・・・・・。」
「・・・・え?」
言われて、私はやっと我に返る。
頬に伝う、温かい雫の伝う感覚。
思わず、自分で自分の目元に手をやった。
「・・・・あ・・・・・・・・・・。」
「・・・どうした?急に。」
心配そうに私を見る将臣に、私は彼へ視線を移した。
「やだ・・・・ごめん・・・・・・・。あの・・・さっきの『彼』が・・・・」
「何か言ってたのか?」
「・・・・・・・『こんな私の話を聞いてくれて有難う・・・』って・・・・・・っ」
口にしたその瞬間、自分でも、信じられない位、ぼろぼろと涙が溢れてきた。
私は咄嗟に口元を押さえて、俯く。
「ごめ・・・っ・・・・・泣くつもり・・・ないのに・・っ・・・」
「・・・。」
私を呼んだ将臣の手が、突然私の肩を掴んだ。
そのまま驚いて声を上げる暇なく、すぐに私は彼の胸に押し付けられる。
「将・・・臣・・・・・・・。」
「無理すんなって。お前のことだ、どうせ今まで腹に溜め込んじまってたクチだろ。
・・・その上怨霊の言葉がダイレクトに心にきちまって、我慢できなくなったって事だ。
・・・・・・・・・良かったな、お前の気持ち、通じてたんだぜ。」
私を腕に抱いたまま、いつものように彼が私の頭に掌を乗せ、髪を梳く様に動かす。
「・・・君は・・・・・・そう言うことされると・・・涙・・・止まらなく・・なる・・・っ・・・。」
「だから無理して止めんなよ。俺は全然気にしてねぇぞ。
安心しろ、その間胸くらい貸してやるって。」
「・・っ・・・・・・ふ・・・っぅ・・・!」
後から、後から流れる涙は、もう、自分でも制御なんて無理で。
それでも嗚咽が漏れそうになるのだけは必死で堪えた。
小刻みに震えだした私の身体を、将臣が優しく抱きしめてくれる。
「どうせ誰もいないんだ・・・遠慮なく泣いちまえ・・・。
溜めすぎなんだよ、お前は、色々と。」
「・・・・・っうっ・・・く・・・・。」
「俺の前で位・・・お前はお前で居ろ・・・。お前一人位・・・支えてみせるさ。」
「っ・・・将臣・・・っ・・ぅ・・・」
怨霊。
彼等の痛みは、苦しみは、悲しみは、憎しみは、大きくて、大きすぎて。
耳にするだけで受け止めきれない自分が、ただ情けなかった。
龍神の神子。
どうして今、私は貴女じゃないんだろう。
本気で何度もそう思った。
私の分身だったはずの彼女。
龍の加護があれば、少なくとも、封印という形で彼等を救えるのに、と。
だけど。
−こんな私の話を聞いてくれて有難う・・・
これからも、平家の生み出す悲しい死霊達は、悲鳴を上げ続けるだろう。
苦痛を訴えて、憎しみに嘆きながらも。
それでも。
「将臣・・・・・・・・・・・私の存在は・・・・・少しでも・・・彼等の癒しになれると思う・・・・・・・?」
涙で掠れた、震え気味の私の声。
見上げた将臣の瞳は、信じられない位優しい。
「もうなってんだろ。」
「・・・・・・・ん、有難う・・・・・・・。」
ぎゅ、と、私は自分からも彼の背中へ腕を回して言った。
悲しい、哀しい、怨霊たち。
ねぇ、将臣、平家の存続を願いながら、彼等の安息を願ってしまう私は、
やっぱり矛盾しているんだろうね。
龍神の神子。
彼女の封印という安らぎが、彼等を救ってくれるんだと。
そんな事を考えてしまうこと。
だけど今は、その矛盾から目を逸らさせて。
どうか、彼等の苦しみが、一刻も早く消えるように。
どうか、彼等の魂が、これ以上けがされてしまわないように。
将臣、君の、腕の中で。
(終わり)
後書き
・・・将臣夢以外書く気が本当にあるのか謎な位に将臣夢ばかりですみません(苦笑)
おかしい、知盛は勿論、ヒノエや景時も書く気満々なんですけどね(遠い目)
ではでは、今回この夢を読んで下さった方、誠に感謝です!失礼します。
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