触れる指先は、こんなにも温かいのに。
語りかけてくれる言葉は、こんなにも嬉しいのに。
見つめるその瞳は、こんなにも優しいのに。
だけど、ねぇ将臣、今も私は、
素直に君に言えない台詞が、ずっと胸の中にある。
しとしとと、降る雨。
濡れた地面から漂う独特の雨の匂い。
現代で感じるアスファルトの物とは違う、自然の空気。
いつかの雨の日を思い出して、私はぼんやりと空を眺めた。
あの時。
将臣はまだ譲や望美とも再会してなくて、
離れ離れになった、あの日の事を思い出してて。
そこに声を掛けた私を、将臣は、彼女と見間違えた、あの時。
だけど今は。
「ったく、傘位持って出ろよ、お前は。白龍の奴が的確な予報してたじゃねぇか。
何でそれでずぶ濡れになって帰って来れるんだ?望美。」
「ちょっと急いで出たんだよ、それに雨が降るのはもっと先だと思ってたし。」
「兄さん、もういいじゃないか。
それより先輩、早く濡れた服をどうにかしないと風邪を引いてしまいますよ。」
玄関先。
将臣の呆れた様な声と望美の拗ねた子供みたいな声。
そして相変わらず彼女に甘い譲の声。
私は思わず苦笑しつつ、大判の布を手に持って、彼ら3人の所に向かう。
「望美、ほら、これ使って。」
「あ、さん。」
振り返った彼女の頭に、私は、パサリ、と、布を被せた。
「有難う、さん。」
「ううん、でも譲の言うとおり、早く着替えた方がいいんじゃない?
このままじゃホントに風邪引きそうだしね。」
言いながら、私は望美に被せた布で軽く彼女の髪を拭く。
「ははっ!、お前まるで世話焼好きなおばちゃんだな。」
声を上げて笑った将臣に、私はジロリ、と視線を向けた。
「君はまたそう言う事を、言う?普通それ。」
「兄さん、失礼だろ。さん、気にしないで下さい。
どっちかって言うと春日先輩のお姉さんって感じですよ。」
「あ、それいいかもしれないな。わたし、さんみたいなお姉さんなら欲しいもの。」
嬉しそうに言って、彼女はまた私に笑いかけた。
ふうわりと柔らかくて、それでいて、
何処か凛とした、綺麗な、綺麗な笑顔。
「・・・・・・・・うん、有難う・・・・。」
悔しいけど、望美、私は貴女を嫌いになれない。
それどころか、こうして近くで接するようになって、
私は貴女にもっともっと、好感を持ってしまってる。
「じゃあ、わたしは着替えて来るね!」
「望美、足元濡れてんだ、滑ってこけたりすんじゃねぇぞ。」
駆け出そうとした彼女に、将臣が笑いを含んだ声でそう言った。
ピタリ。
足を止めると、望美が彼に視線を向ける。
「もう将臣君!幾らわたしでもそんなドジしないよ!」
「ははは、どうだかな。」
「しないってば・・・・・・・・・・っ・・!?」
―ズルッ
望美が最後まで言い終わる前に、急に彼女の頭が低くなった。
咄嗟に手を出そうとした私。
だけど、それよりも早く伸びた、長くて、逞しい腕。
将臣の、腕。
「わっ!!」
「ったく、お前コントやってんじゃねぇんだぞ?このタイミングでこけるか普通?」
支えた望美に吹き出すみたいに笑って、彼が言った。
どくん。
大きく、鳴る、私の、心臓。
目に焼きついたその一瞬の光景は、那智の滝、あのシーンを思い出させる。
崖から滝に落ちてしまいそうになった彼女を、今みたいに、両腕で支えた将臣。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。」
不意に、隣から感じる、複雑な空気。
チラリと視線を移すと、譲の顔はやっぱり複雑極まりない。
多分、今、私と似たような心境にある筈の彼。
だけど譲、君は捨てたもんじゃないよ。
君には君の彼女との運命がある。未来がある。
だけど私は・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。
今度こそ、と言って、奥に向かって歩いて行く望美。
その背中を見つめながら、私は思わず溜息を吐いた。
私が彼女を羨ましがってしまう要因は、それこそ挙げたら切がない。
この世界の主役は彼女で、この世界の中心は彼女。
私はただの迷い子で、『呼ばれた』訳でもなんでもなくて。
だけど、私が1番羨ましいのは、1番やるせないのは。
本当の意味で、異世界の人間の、私。
私は全てが、彼らとは根本的に違うから。
本当に、異質過ぎる、存在。
「さん、どうしました?部屋に戻らないんですか?」
「えっ・・・!?」
「ん?何か難しい顔してるな、。悩み事でもあるのか?」
「・・・ううん、何でも。・・・ごめん、ちょっと出てくるわ。」
「え!?さん?」「おい、!」
二人の呼び止める声も聞かず、私は傘を片手にさっさと屋敷を抜け出した。
雨脚はさっきよりも強くなっていて、どこもかしこも水溜りだらけ。
それを避けもしないでバシャバシャと足を進める私。
「!!おい!聞こえてねぇ訳じゃないだろ!?待てよ、!」
「っ・・・つっ・・・将臣・・・!?」
唐突に後ろから腕を掴まれて、グイと引っ張られる。
思った以上に力が強くて、私は思わず眉間にしわを寄せた。
「何・・・!?それに痛い・・・。」
「急にあんな態度になりゃ誰だって心配になんだろ。
何かあるならまず俺に相談しろ。お前、そうやってすぐ一人になりたがるの、悪い癖だぞ。」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・別に、悩みなんかないわよ・・・・・・・・。」
段々小さくなりそうになる声を必死で普通のふりをして、私は答えた。
将臣は掴んだ腕の手の力を少しだけ緩めると、大きな溜息を吐く。
「お前嘘下手過ぎだろ。ったく、泣きそうな顔してよく言うぜ。」
「・・・なっ!?泣きそうなんて・・・!」
「してんじゃねぇか。」
傘も差さずに追いかけてきた彼は、そう言って苦笑した。
私は彼に傘を傾ける。
「・・・将臣、君、濡れてるわよ・・・・・・・・。」
「この位どうってことねぇよ。・・・・そんなことより、マジで何かあるなら言えよ。」
「・・・・・将臣・・・。」
「ん?・・・!?」
ドンッ。
半分、体当たりするみたいに、私は彼の胸に自分の体を押し付けた。
瞬間、手放してしまった傘が、飛んでいく。
同時に感じる、体を濡らす、冷たい雨の感触。
「おい、?お前まで濡れちまってどうすんだよ。」
「不安なのよ・・・・。」
「・・・・・・・・え?」
聞き返した将臣が、私を見下ろす。
彼の濡れた髪から滴る雫が、数滴、私の顔に落ちてきた。
私は俯くと、両腕を彼の体に回して力を込める。
「君とずっと一緒に居るには・・・私の存在は不安定過ぎる・・・。
だから・・・不安なのよ・・・・・・・・・・・。」
望美とは違う。
彼女の様に用意されたハッピーエンドは存在しない。
君を選べば保障される運命も、一緒に歩いていける未来も。
この世界で特異過ぎる私には。
「・・・・。」
濡れた着物が肌に張り付いた。
だけど、寒いと感じないのは、将臣、君の体温を感じられるから。
彼の腕が、ゆっくり上がって、私を包み込むみたいに抱きしめてくれた。
「・・・俺には、お前のその不安を完全に取り除いてやる事は出来ない・・・。
けど、これだけは言えるぜ・・・、
俺はお前の傍に居たいと思うし・・・・、居て欲しいと思ってる・・・。
この先の事なんか分からねぇけど・・・それが俺の本心だ。」
「将臣・・・・・・・・・・・・・・。」
やっと彼の名前だけを口にして、私はまた顔を上げた。
―サァー・・・・
雨の降り注ぐ音が、さっきより、少しだけやわらかく感じる。
彼は瞳を微かに細めて、私が泣きそうになる程優しい眼差しを向けてくれた。
「・・・私は君に・・・甘えてばかりね・・・・・・・・・・・・・・・・・。
君はいつも、そうして、私が欲しい言葉をくれるんだから・・・。」
「台詞のタイミングってのは大事だよな。」
「・・・・・・・そうね・・・・・・・・・・・・・・・・。」
クスリ。
思わず、笑う、私。
軽い冗談じみた君の言葉。
だけど、決してそうじゃない事、私には、分かる。
じんわりと、濡れた衣服から感じ取れる、彼の体温。
優しく、優しく、私を包み込む。
「・・・・。」
名前を呼ばれて、上げた視線が絡んだ。
見つめあう瞳と、重なる、君と、私の吐息。
濡れてひんやり冷たい唇が、自然と、触れ合った。
口内に、雨の雫が、入り込む。
悲観的に考えれば、きっともう、それこそ限りなんかない。
望美のこと、私と言う存在、君の心の奥。
不安は大きく、果てしなくて。
だけど、同じほど、希望も、あっていいんじゃないだろうか。
なんて、君の言葉がなければ、考えもしなかったのかもしれない。
私を抱きしめる君の腕の力強さも、触れ合う唇の熱も、重なり合う体温も、
全部、これは紛れもない現実。
その全てが、私の気持ちを強くしてくれる。
「・・・・・・・雨の日ってのは、お前と出会った日を思い出しちまうんだよな・・・・・・・・。」
「・・・・・・・・・・・・・・・え?」
唇と唇、触れ合わせたスレスレの状態で、不意に、囁くように、将臣が言った。
「マジで、今更・・・だけどな。」
「将臣・・・・・・・・・。」
照れ隠しみたいに笑って、彼はまた、私の唇に、自分の唇を押し付けてきた。
私は黙ってそれを受け入れながら、
本当は、今にも泣きたくなる程、嬉しくて堪らなかった。
降る、雨の音が、耳に優しい。
―将臣、私は誰より君が大好きです。
今はまだ、素直に言葉にしては伝えられないけれど。
いつかきっと、君に伝えたい。
私の不安を、いつも真正面から受け止めてくれる君に。
(終わり)
後書き
支離滅裂・・・っぽい感じになってしまった・・・。
ちょっと最初と中間と最後の文章の繋がりがイマイチまともに表現できず、
申し訳ございません・・・・・・・・。これでもかなり頭捻ったんですが。
しかも何気に幼馴染トリオ(笑)書くの好きだったりします。
では、ここまでのお付き合い、誠に有難うございました。失礼します。
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