あの日、文字通りを連れ去っちまったあの嵐は、
俺にとって特に予想外の出来事だった訳じゃねぇ。
何故なら、と初めて出会った嵐の時と同じく、
俺は繰り返しアイツが居なくなっちまう夢を見たからだ。
クソったれな夢だったぜ。
当然目覚めは最悪だ。
その上たかが夢だと笑い飛ばす事も出来やしねぇ。
何度夢に見ようと、俺がアイツを手放す覚悟なんざ出来る筈もねぇってのによ。
そして結局、あの嵐の中、は自分の世界に戻ることを選んだ。


俺の生涯最高、極上のお宝は、もう2度とこの腕に抱ける事はねぇだろう。


それでも、と別れ際に交わした会話の内容が、
俺にはどうしても忘れられなかった。


―――チカ・・・さっきキミ、言ったわよね。

・・・アン?

―――この嵐は私が自分の世界に帰れる最初で最後の機会だって。

・・・・・・・・・・・・ああ。


―――きっとその逆もあるわ。


、女々しいと思うか?俺はどうしても、
その言葉に望みをかけちまわずには居られねぇんだ。




「ヨーホー!!アニキ!もう少しで陸ですぜ!」
「ん?おぅ、そうか・・・久しぶりだな。」
「そう言や、あの港はアニキが初めてさん連れてった・・・。」
「――――・・・・・・・・・。」
「馬鹿野郎!!それは禁句だろうが!!さん居なくなってアニキがどれだけ・・・。」
「あ!!す、すいやせん!!アニキィ!!」
「へっ、ばぁか、余計な気遣ってんじゃねぇよ、気色悪ぃ。
おら、さっさと持ち場につきやがれ!!」

野郎共を一喝し、俺は船のへさきへ移動する。
野郎共にまで心配される様な面を晒していた俺自身が酷く情けなく感じた。
だが、気落ちしてんのは俺だけじゃねぇ。
アイツらだって同じだ。
は、それ程に俺達にとって特別な存在だった。
いや、これはこれから先もずっと、変わらねぇだろう。
だが、だからと言っていつまでも情けねぇ面を晒しっぱなしじゃ鬼の名が泣くってもんだ。

「いっちょ気合い入れて行くか!!」
「モトチカ!モトチカ!」
「おうよ!!おめぇも久々に羽休めて――「モトチカ!ケダモノ!」

バサバサッ

俺の耳元でオウムの羽音が響く。
ヤツはいつものように俺の肩に留まった。

「モトチカ!ドハツテン!」
「ちぃっ・・・オメェはよ・・・、結局覚えちまったのか・・・。」

下らねぇ言葉ばっか覚えさせやがって。
俺は思わず苦笑する。


  わお、ぴーちゃんってばお利口さん♪


今にも、そんなの呑気な軽口が聞こえてきそうだった。

「モトチカ!ケダモノ!モトチカ!ドハツテン!」
「だぁー!!るせぇ!!」

オウムは再び俺の肩から離れると、頭上を何度か旋回する。
俺は無意識の内に、それをぼんやりと眺めていた。
そして、それはその瞬間に起きやがった。


―――――嵐だ。

青く澄んだ空は一瞬にして灰色の雲に覆われ、凪いでいた筈の海が、
突然のおおしけに見舞われた。
大粒の雨が俺の横っ面を叩く。
嵐。
だが、当然普通の嵐じゃねぇ。
そして俺は知っている。
これが3度目だ。
間違いねぇ。
考えるより早く、俺は野郎共に向かって声を張り上げていた。


「野郎共!!配置に着け!!何が何でもを見つけるんだ!!
アイツは必ずこの付近に居る!!」






■□■□■□■□■

チカ。
チカ。
チカ。

ねぇ、何度呼んでも、あの世界に君は居ない。
私にとって、勿論あの現実世界も大事な人の沢山居る大切な場所だけど、
でも、どうしても私は諦めきれなかった。
だからもう一度、手を伸ばしてみた。
大好きな君が居る、この世界への扉に。




ハァハァハァ。
はぁはぁはっ。

私は浅い息を繰り返しながら、ずぶ濡れの体を震わせて、
どうにか視線を周囲に彷徨わせた。
誰かが私の身体にバサリと大判の布をかけてくれる。

さんだ!!!さんが帰って来た!!」
「おおおお!アニキィ!!のアネキが!!」

雨音と風の音に混じって歓声があがるのが聞こえた。
嵐はまだ納まっていなくて、視界が曖昧で人の声がよく聞き取れない。
だけど。


っ!!!」


やっぱり私は現金な女だ。
だって、チカ、君の声だけは、
何の音にも混じらず私の耳にハッキリきっちり聞こえたんだから。
彼は私に駆け寄ると、今までで一番、力強く、私を腕の中に抱きよせた。

「・・・おめぇって奴は・・・っ・・・!」

チカは言葉に詰まった様にして、そのまま私の肩口に顔を埋める。
チカの声。
チカの匂い。
チカの腕。
キミと別れたあの日から、数か月。
欲しくて、欲しくて堪らなかった。
私が現実世界に帰る直前の、あの、嵐の日。
あの時も彼はこうやって強く抱きしめてくれたけど、
あの時とは全然違う。

「チカ・・・・・・・・・・・・。」
・・・・。」

私が彼の名を呼ぶと、チカは顔を上げて私と視線を合わせた。
背中に腕を回し、私は満面の笑みを向ける。
さぁ、見ろ、チカ。
キミと出会えた事が嬉しくて嬉しくて堪らない、このさん最高の笑顔を。
キミだけにしか引き出せない、このさんの最高の笑顔を。


「チカ、私はキミに会う為にこの世界に来たのよ。」


一瞬―――
チカは、黄金色の隻眼を驚いたように見開いた。
そして。

「はっはー!!!当然だ!!、言っただろう!?おめぇはこの鬼、
生涯ただ一人の最高の女なんだぜ!
俺以外の誰に会いにここに居るってんだ!!!」

私の大好きなチカの笑い声。
豪快、快活、そして無邪気。
キミはやっぱり、このさんの見込んだ男。


「野郎共!!さえ戻ってくりゃこんな場所はとっととオサラバだ!!
嵐なんざ屁でもねぇ!!!進めぇぃ!!」

オオオオオオオオ!!アニキィィ!!!!


野郎共がチカの声に一斉に反応する。
荒れ狂う海。
吹きすさぶ風。
大粒の雨。
あの日、あの時と同じ嵐。
だけど私はもう、全く怖いとは思って居なかった。
だってこの嵐は、私とチカを引きあわせてくれたものだから。






「モトチカ!ケダモノ!モトチカ!スキモノ!!」
「ほっほ!いいぞ、ぴーちゃん!」
「・・・って、!!オメェまた何をふざけたこと覚えさせてやがんだ!!
誰が好き者だ!!!誰がぁ!!!」

青い海。
澄み切った大空。
心地よい潮風。
穏やかな空気。
甲板で私の頭上を旋回するぴーちゃんは、予想以上の賢さで、私の言葉を吸収する。
うんうん、本当に利口なコだ。
チカは青筋を立てて怒鳴ってるけど、それはそれで可愛いじゃないか。

「毎晩毎晩激しくって、さん身も心もボロボロよ。」
「るせぇ!!テメェが自分の船室から荷物持ち出して俺んとこに移ってきたんだろうが!!
あんな状況で普通に眠ってられっか!!」
「ええー?だって、私の胸まだねぇ胸だから、もう少しだけ頑張って貰おうと思って。
でもあんなに激しいとさすがに死ぬかもしれないけど。」

ケラケラ。
声を上げて笑う私。
チカはがしがしっと頭をかきむしった。

「オメェいい加減しつけぇ女だなぁ!!その話はとっとと忘れやがれ!!」
「ほっほ!」

「モトチカ!スキモノ!」


船が進む先は海と空の境界線さえ見えない蒼。
海賊船が目指す地点は風の向くまま気の向くまま。
だけど君の隣にはこの先もずっと、私が居る。
明日も明後日もそしてその先もずっと。



ねぇ、チカ、今なら言える。
キミは口にしてくれたけど、ずっと私が言えなかった言葉を。
チカ。


「元親!」
「っ!?な、んだよ!?」

滅多にまともに名前を呼ばない私の言葉に、彼が一瞬戸惑いの色を見せる。
私は構わずチカの側まで走り寄った。
潮風を肺一杯に吸い込み、どこまでも青い空を仰ぐ。


「私は君が君だけが、大好きだから!!」



真っ赤になった君の顔に、私からキスをしてあげよう。
ずっとずっとこの先もいっしょだという、最高の証に。
私の愛しい可愛い鬼に。


大好きな海と、空。
そして野郎共に船。

誓いを立てる、その証に。


君だけに、極上のキスを。




(終わり)



後書き
終わったよおおおおおお!!ってコレやっぱり連載だったの(苦笑)
自分でツッコミ入れましたからね。シリーズって誤魔化してる、誤魔化してる。
その内番外編的に何か書くかもしれないし、書かないかもしれない。
予定は未定です(いつも)アンケートで一番票が入ったシリーズだったんですが、
このヒロインを大きな心で受け止めて下さった方々に深く感謝いたします。
前半元親視点・後半ヒロイン視点と言う微妙な最終話になってしまいましたが、
ここまでお付き合い下さって本当に本当に有難うございます。
ではでは、失礼致します。


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