「おーい、ちゃん!急にボケっとしちまってどうした?そろそろ着くぜ。」
「・・・・え!?着く!?・・・あ、そうか、そう・・・だったわね。」

意識を飛ばしすぎた。
食事を済ませてすぐ、慶次の申し出通り散歩に行くことになり、
前田家の邸を出て、歩く事数十分。
その間に記憶が、ない。

「そら、ちゃん、見てみなよ。」

前方を指差して、笑顔を見せる慶次。
私は彼の指先に視線を向けた。
瞬間。

「え・・・・・・?・・・・・・・・・・・・・・・・!?」

目の前に広がる光景。
それは、満開の桜。
目を見張るほど見事な桜が、街路樹の様に立ち並んで、薄紅色の花弁が、
ちらちらと地面に降り積もっている。
ふわり。
鼻をかすめる桜の香り。
桜吹雪。
息を呑むほど、綺麗な、それは綺麗な。
私はかなりの間その光景に言葉を奪われてから、やっと、口を開く事が出来た。

「凄い・・・・って、ここは・・・今・・・春なの・・・?」
「キキキキッ!」
「どうだい、どうだい?こんだけ見事な桜は、京でしか見られねぇってもんだ!」

自慢げに言った慶次が、再度、満面の笑みを浮かべる。
彼のことは苦手だけど、この笑顔は嫌いじゃない。
純粋で無邪気な、小さな子供みたいな笑顔。

「うん、やっぱりアンタ、笑った顔が一番いいや。」
「・・・・・・・・・・・・え!?」

彼の言葉で、私自身もいつの間にかその笑顔に釣られてしまっていた事に気付く。
しかも何の恥ずかしげも無くよくそんな台詞が言えるものだと思うと、
言われた私の方が照れてしまって咄嗟に顔を赤くした。
何て初々しい反応をしてしまっているんだろう、私は。

「お!いいね、その真っ赤な顔も可愛いぜ、ちゃん。」
「や、止めてよ!・・・大体、慶次、貴方もよくそう言う事平気で言えるわね。」
「へへっ、俺、思ったことは素直に口にすることにしてんだ。」

だからそれが恥ずかしいと言ってるのよ。
返すはずの言葉を、桜の並木を吹き抜けるやわらかな風に奪われた。
ひらひらと舞う桜が幻想的とさえ思えて、私は再度、それに見惚れる。
と、またも慶次が口を開いた。

ちゃん、夢吉、あそこの二人を見てみなよ。この桜並木を仲睦まじく歩いてるぜ。
恋の桜も満開ってところだろうな・・・・。
やっぱ恋ってのはいいねぇ、見てる俺まであったかい気分になっちまう。」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。」

慶次の示す場所に視線を向ければ、彼の言うとおり、
手を繋いで楽しそうな笑い声を上げる若いカップルの姿。
どうやら、彼氏に簪でも買って貰った後みたいだった。
彼女の方が髪に挿した簪を何度も触って気にしている。

不意に、フラッシュッバックする、私の記憶。

桜の並木道。
手を繋いで歩いている、私と『彼』
あの時買って貰った指輪は、何処へやってしまっただろうか。


ああ、まただ・・・。
慶次、だから私は貴方が苦手なのよ。
嫌なことばっかり・・・・・・・・・・思い出させてくれる・・・・・・・・・・・・・・・。


「・・・楽しいのなんて、一時だわ。どうせ、あの二人も夢から醒めて終わりよ。」
「・・・・・・・ちゃん・・・?」
「・・・ゴメン、何でもない・・・。」

言葉にして、後悔した。
結局こんなのは、妬みにしかならない。
最低。
最低だ。

「ゴメン・・・・・・・・・・・・・・。」

繰り返した声が、掠れる。
私は幸せそうなその二人から目を逸らして、慶次に背中を向けた。

「・・・なぁちゃん、ちょいと俺に付き合って、あの川べりに降りてみないかい?」
「・・・・・・・・・・・何?急に・・・・・・。」
「いいから、いいから。そら、行くぜ!」
「って、私まだ返事してな・・・ちょっと!慶次・・・!」

彼の意図が分からず声を上げる私を無視して、
慶次は私の手を取ると強引に桜並木のすぐ傍にある川の方へと引っ張っていった。

「ここからの眺めも絶景だろ?川の流れがゆるやかだからさ、
水面に映る桜も、川に流れる花弁も、ホント、綺麗だ。」

彼はそう言いながら、そっと私の手を放してくれた。

「・・・・・・・・・・・・・・・・。」

確かに、慶次の言うとおり、ここから見える風景も並木道と同じ位綺麗だ。
だけど、問題はそこではなくて、何故彼が急にこんな所まで私を引っ張って来たのかだった。

「なぁ、ちゃん・・・確かに恋は始まりもあれば終わりもある・・・。
それがどんな形かは・・・人それぞれだとしてもね・・・。」

突然語り始める慶次に、私は黙って視線を彼へと向ける。
と、いつものん気な雰囲気の筈の彼の瞳に、
妙な切なさと哀しさの入り混じった表情が滲んでいるみたいな気がして、私は彼をジッと見つめた。
その間も慶次は先を続ける。

「けどさ、お互いの想いが通じていたその間の月日まで否定しちまうってのは、
ちょっと哀しすぎやしないかい?
・・・・ああ、・・・ちゃん、もしかしてアンタ、恋に傷ついた経験があるんじゃねぇのか?」
「私は・・・・・・・・・・・・・・。」

否定の言葉を口にしかけて、私は何故かすぐ、その口を閉じた。
慶次の足元では夢吉がひらひらと舞う花弁を捕まえようと、ウロチョロと走り回っている。


―サァー。


強めの風が吹いて、花弁がますます次々散っていった。
それはとても綺麗で、でも、やっぱり何処か物悲しい気分になってしまう。
ふ、と、私は小さく息をひとつ、吐いた。

「・・・もっと可愛げのある女なら、
あんなこと口にする状況には陥ってないわね、きっと。」


不意に、私は妙に素直にそんな台詞を零してしまった。

「・・・一人でも立って歩いて行ける様に見えるらしいし、
ご期待に沿って、今はもう恋愛には興味を持たないことにしてるわ。」

まるで自分に言い聞かせるみたいにして、ペラペラと口を突いて出る言葉。
私はそこで固く唇を結んだ。

「・・・ちゃん。」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。」

彼の呼びかけに無言で答え、私は瞳を少し離れた場所にある一際大きな桜の木に移した。
他の桜の木よりも存在感のある、その桜に。

「そいつぁ・・・、器の小っせぇ男だったんだな。」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・え?」

少し長めの時間を空けた後、突然に、慶次が言った。
私はまた、桜の木から、彼へと目を移す。

「だぁってさ、そうだろ?ちゃんみてぇに寂しがり屋で可愛いコを、
袖にしちまうなんざ器が小せぇ証拠ってね。」
「さ・・・寂しがり屋・・・って・・・。」
「なぁ、アンタ、さっきあの仲睦まじい二人を見た時、自分でどんな顔してたか気付いてたかい?」
「え・・・?」

言われて聞き返した私。
知らず知らず、声が、震えてしまっていた。

「泣きそうだったぜ・・・、一瞬・・・ホントに泣いちまうかと思った・・・。」
「・・・・・っ・・・・!?」

私の中の何かを、見透かされてしまった、そんな気がする。
私は咄嗟に顔を赤くして、俯いた。

「ホントは、構って欲しくて仕方ねぇんじゃないのかい?
俺ならアンタの言葉に裏にある寂しさ、読み取ってやれると思うぜ。」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。」


ああ、やっぱり苦手だわ、前田慶次。
その心地いい言葉とか、その優しげな声とか、ついつい、甘えたくなる。
だけど・・・・・・・・・・・。


「キキキ!キッ!」
「どわっ!夢吉!って、おい!?」


と、唐突に、慶次の足元で遊んで居た夢吉が、素早い動作で彼の脚を駆け上り、
慶次の顔に張り付くみたいな格好になっていた。

「ブッ・・・!」

その姿がおかしくて、私は思わず吹き出してしまう。
さっきまでの妙な気分は一瞬で何処かへ行ってしまった。

「・・・夢吉?何だ何だァ!?ちゃん、笑ってねぇで助けろって!」
「キッキキキ!」
「あはははっ!夢吉、可愛い!」

益々慶次の顔にしがみつく夢吉に、私は耐え切れなくなって声を上げて笑った。
暫くの間二人のおかしな葛藤は続き、それからやっと、
夢吉はいつものように慶次の肩にちょこんと腰を落ち着けた。

「・・・おいおい、夢吉、何か気に入らねぇことでもあったのかい?」
「キッ!」
「ふふ、いいじゃない。私は結構楽しめたわよ。」
「ええ!?・・・あー、そんじゃ、ま、いっか。」

答えた慶次が苦笑する。
私は彼と夢吉に笑顔を向けると、さっきの桜の並木道を指差した。

「ねぇ、もう少し散歩しない?私の世界じゃ滅多に見られないわ。」
「ん?ああ、いいぜ。そんじゃ、ついでに茶でも飲むか!」
「賛成。」

言って、私は並木道に向かって足を速める。
そのすぐ後を、夢吉が嬉しそうに追いかけてきた。


「あーあ、こりゃ今回は夢吉に1本取られちまったかなァ・・・。
・・・・ま、いっか、まだまだほころび始めの蕾の恋だ、これから育てろってな!
おーい!二人とも、俺を置いてくなって!!!」



ひらひら、と、舞う薄紅色の、綺麗な綺麗な桜吹雪。
慶次と私、そして夢吉。
揃って歩く、桜の並木道。


そうね、少しは慶次に感謝してもいいかもしれない。
桜の木の下で、私に『彼』のものとは違う、楽しい思い出をくれたことを。

ほんの、少し。

そう、少しだけ。


(終わり)



後書き
珍しくほのぼの系で終った・・・・!慶次の性格を掴むのに四苦八苦しているのですが、
どうにか前後編書き終わって良かったです。
とりあえず、ヒロイン、少しだけ慶次を見直した、ってな感じにしたかったので。
ではでは、ここまでのお付き合い、誠に有難うございました!失礼致します。


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