―お前は俺が居なくても大丈夫だろ・・・、けど・・・アイツは・・・・。
安っぽいドラマみたいな別れ話の常套句。
目の前の『彼』の顔には、何故か薄ぼんやりとフィルターがかかっていて、
どんな顔をしているのかよく分からない。
ただただ、響き渡る声。
私の耳に、頭に、胸に、反響するように。
―もっと俺のこと見て欲しかった・・・。
結局お前、俺のこと・・・好きじゃなかったんじゃねぇのか・・・?
呆然と話を聞いている私をチラリと一瞥し、「彼」は席を立った。
灰皿の中でもみ消された煙草の匂いが鼻を突く。
私はジッと『彼』の背中を見つめた。
『彼』はどんどん私から離れていく。
そして、霧の奥に消えて行った。
***********
「・・・・・・・・・ん・・・・。」
目覚めた布団の上。
ふぁ。
私は薄っすらと瞳を開けて、欠伸をひとつ、漏らした。
ゆっくりと体を起すと、寝癖のついた頭をボリボリと掻く。
「よ!ちゃん、外はいい天気だぞ!そんな所で寝ぼけてねぇで、さっさと起きた、起きた!」
「・・・・・・誰?」
何の前触れもなく、襖がズパンっ!と勢い良く開けられる。
それから私の寝ていたこの部屋にズカズカと踏み入って来る派手な男が一人。
更に言えば、派手な着物姿の、肩に小猿を乗せた男。
私は未だにハッキリ覚醒しきれていない頭を働かせようとしながら、その男をボンヤリと見上げる。
彼は私の布団の前まで来ると、私の視線に合わせてその場にしゃがみ込んだ。
「ははっ!アンタどうやらまだ寝惚けてるみてぇだな。」
「・・・・・・あ、ああ、慶次・・・。そっか・・・私・・・変な夢見たから・・・。」
言いながら、私は額に手を当てる。
「お!恋のお相手の夢でも見たのかい?そりゃもしかして、こんな顔してたんじゃねぇか?」
彼は嬉々としてそう言うと、自分の顔を指差した。
「・・・・違います!でも原因は貴方ね・・・最悪、ホントに。」
溜息と一緒に返事をして、私はゆっくり布団から立ち上がる。
「何だ、何だァ?その辛気臭い顔は。それに俺が悪夢の原因ってのはどう言う意味だい?」
「貴方が毎日毎日私の傍で愛だ恋だ騒いでるからよ。」
「恋の話をすることが、どうして悪夢繋がんだ?」
「・・・それは・・・・。」
慶次の切り返しに、私は思わず咄嗟に答えることが出来なかった。
どうやって誤魔化そうかと迷っていると、タイミングよく飛んでくるまつさんの声。
「これ!慶次!女子の寝床に足を踏み入れるとは何事です!」
「ゲッ!まつねえちゃん!いや、だってちゃんがあんまり起きんの遅ぇからさ。
大体まつ姉ちゃんだっていっつも俺のこと叩き起してるだろ!?」
「まぁ!?殿は慣れぬ土地での生活で疲れていらっしゃるのです、
それを少々遅くなったからと押しかけるとは!お説教ですよ!」
慶次はまつさんにそう言われ、慌てて私の部屋から出て行った。
まつさんは部屋の襖を閉める途中、私に視線を向けて笑顔で口を開いた。
「申し訳ございませぬ、殿。
ごはんの準備が出来ておりまする故、どうぞ召し上がって下さいませ。」
「はい、有難うございます。まつさん。」
「いえ、では、また。」
言って、彼女はゆっくりとまた襖を閉めた。
私は布団を畳み始めながら、またひとつ、大きな溜息を吐く。
戦国時代の有名武将の名前がゴロゴロと転がっているこのおかしな世界に私が迷い込んだのは数日前。
丁度前田家の夕餉の時間だった。
利家さん曰く「某がまつに4杯目の飯を頼んだ時だったぞ!」らしい。
とにかく皆がご飯を食べている最中に、私は天上から前田家の食卓に落ちてしまった。
(天上に穴は空いてない)
と言っても、落ちたのは慶次の上だったと言った方が正しい。
慶次は間一髪、片手に持っていた芋の煮物を私にぶちまけずに済んだ、と、後で話していた。
前田利家そして妻のまつ。
前田慶次。
歴史上では有名な武将の名前。
だけどここに落ちてきて数日間、
どうしてもここが本当の戦国時代だとは思えない気がしてきている。
何故かは、自分でもよく分からないけど。
「なぁ、ちゃん、飯食い終わったら俺と散歩にでも行かねぇか?」
「・・・・いいけど、散歩って何処に行くの?」
「ん?ま、それは行ってみてのお楽しみってやつだね。な、夢吉。」
「キキッ」
小猿の夢吉が彼の言葉に答えるようにして鳴いた。
そして、彼の肩から私の膝へと飛び乗る。
「夢吉、ちゃんはまだ飯食ってんだ、邪魔するんじゃねぇぞ。」
「別に、膝位なら構わないわよ。但し、つまみ食いとかは厳禁だけど。」
「キッ、キキッ!」
私の言っている事を理解したのか、夢吉は私の膝の上で大人しく座り込んだ。
動物は嫌いじゃないし、夢吉は可愛らしい。
だけど、正直私が動物に懐かれる類の人間だとは思っていなかった。
「しかし夢吉がこんなに早くアンタに懐くとはねぇ、俺と趣味が似てんのかな?」
「キキキッ。」
「ははっ!好敵手ってヤツかい。いいねぇ、恋の花火も益々燃えるってっとこか?」
「・・・・ハァーーーー。」
私はお茶碗の中の最後の一口のご飯を口に運びながら、大きな溜息を吐いた。
ここに来て数日、慶次の口から恋だの愛だのその手の話が出なかった試しがない。
実際朝起されてから今までの短時間に、既に3回目。
だから慶次は苦手なのよ・・・。
このおかしな世界に来るまでは、と言うよりは慶次と出会うまでは、忘れてた、忘れられてた。
あの別れ話の記憶。
―もっと俺のこと見て欲しかった・・・。
結局お前、俺のこと・・・好きじゃなかったんじゃねぇのか・・・?
今思えば、これで何度目だろうと、思わずには居られない台詞。
まるでコピーした様に、同じ様な理由で私から離れてく。
―お前は俺が居なくても大丈夫だろ・・・、けど・・・アイツは・・・・。
馬鹿にしないでよ・・・・・・、私はいつだって・・・『アイツ』になりたくて必死だったのに・・・。
(続く)
後書き
きゃー!!とうとう慶次までシリーズ始めてしもうてる、私!
しかも初っ端から長くなってしまいそうだったので、無茶苦茶中途半端だと思いつつもぶった切りました。
しかし最近10代なヒロインが書けない・・・。今回のヒロインは年齢はハッキリ決めてないですが、
一応10代後半〜20代前半(また微妙過ぎる位置(笑)のつもりです。
け、慶次は相変わらず難しくて苦労してます。精進、精進!
ではでは、ここまでのお付き合い、誠に有難うございました!失礼致します!
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