ひらひらと、薄紅色の桜が舞う。
桜吹雪。
風で舞い散っている筈の桜が、何故かずっと満開のようで、
際限なく花弁を落としている様でもある。
ここは、この世界は本当に何処か不思議だ。

私は桜並木の傍の茶屋で一人、団子を頬張りながら、慶次の帰りを待っていた。
口に入れた草色のよもぎ団子の程よい甘みと弾力を噛み締めながら、
私はふと、正面に座っているその人に目を向けた。
私の居る場所から少し離れた所に座って無心に団子を食べ続けている、
一見全身真っ赤としか言いようのないその彼に。


ま、まさか・・・『あれ』を全部一人で食べてる訳じゃないわよね・・・!?
それに・・・気のせいじゃないなら私が来る前にここに居た気も・・・・


そうだ、慶次にお金を渡されてすぐに私はこの茶屋に来た。
桜並木を眺めながら団子を食べることにして、席を茶屋の出入り口付近に決め、
それからお店の奥に居る女の子に声を掛けた。
女の子は返事と一緒に出てきてくれたけど、その手に団子と饅頭が山盛りに乗った大皿を持っていた。
あの時、一瞬、冗談かと思った。
それが誰かが注文したものだなんて。
だけど女の子は特に気にする様子も無く、少し待ってくださいね、
と、私に一言だけ言って、それを私が決めた席の少し離れたその人の所に持って行った。
上下とも真っ赤な色の鎧か着物かを身につけて、頭には赤い鉢巻のその人。
すぐ傍に置いてある彼の武器らしき物、(多分槍だろうと思う)これも同じく真っ赤だった。
それからチラリと見えたんだけど、彼の手元には既に空になったお皿があった様に思う。
だから私はこれからまた彼のお連れさんでも来るのかと思っていた。
なのに、だ。


・・・半分以上減ってる・・・。しかも未だに一人だし・・・。


桜に見惚れていて気付かなかったけど、彼はずっと一人だった。
その上あの食べっぷりからして、『これから来る誰か』に気を遣う様子も無い。
彼に視線をチラチラと向けながら、私はまた串団子を口に運んだ。
と、瞬間的に、思う。
これ以上食べたら、絶対『美味しい』と思える線を超える。
私は自分の膝に乗っている皿に視線を移した。
残りの団子は後2本。


無理だわ、これ。食べられない・・・。


とは言っても、包んでもらうには中途半端過ぎる。
せめて3本あれば、慶次や利家さん、まつさんに持って帰ることも出来たけど。
不意に、私は少し離れた正面の席に座っている彼を見た。
未だに衰えを見せない見事な食べっぷり。
余ほど甘い物が好きなのだとしか思えない。
私は残った2本の串団子が乗ったお皿を片手に、彼の傍まで近付いた。

「あの、突然すみません・・・。」
「ぬ・・・!?」

そう声を掛けると、無心で団子を頬張っていた彼が顔を上げる。
傍で見ると中々綺麗な顔をしていたし、思った以上に若かった。
歳は17,8位だと思う。

「私もお団子頼んだんですけど、食べ切れなくて、良かったら召し上がりませんか?」

言いながら、自分の行動が信じられなかった。
私の居た世界だったら私は絶対にこんなことはしない。
食べ切れなかった団子は、きっとさっさとゴミ箱行き。
だけど、どうしてか、この世界ではそんなことはしたくなかった。
理由なんか、分からないけど。

「おお!かたじけないでござる!」

私の差し出したお皿を目にして、彼の顔がより一層輝く。
例えるなら尻尾をぶんぶんと嬉しそうに振り回す子犬。
もっと言うなら犬っころと言う感じだった。
思わず私の口元もほころぶ。

「これも何かの縁ぞ!某は真田幸村。そなた、名は何と申す?」
「・・・・・・・・ええ!?」

真田、幸村!?

思わぬ有名武将の名前に私は咄嗟に声を上げて驚いた。
前田利家にまつ、そして前田慶次。
その上真田幸村。
やっぱりこの世界、どこか変だ。

「どうしたのだ?」
「あ、いいえ。私は・・・、と言います。」

この世界で苗字を名乗るのはきっと得策じゃない。
日本の戦国時代と同じなら、身分の高い人間でもない限り、苗字を持ってはいない筈だから。
私はあえて名前だけを口にした。
それにこの真田幸村と名乗った彼、明らかに私よりは年下に見えるけど、
『侍』に滅多な口の聞き方は出来ない。

殿か、良い名だ。いつまでも立っていては話も出来ぬ、某の隣に掛けると良い。」
「じゃあ、座らせて頂きます。」

言って、私が彼の隣に座ろうとした、瞬間。


―フッ


「真田の旦那、今戻ったぜ。って、おっと!
旦那が女の子に声かけちゃってる!?ヤバ、俺様もしかしてお邪魔だった?」


突然、私と幸村君の目の前に、ふって湧いた様に誰かが姿を見せた。
咄嗟の事に驚いて、私はその「誰か」に視線を向ける。
迷彩柄の忍び服に、オレンジ色がかった髪、そして顔にはペイントまでしてある。

「佐助!」

と、私の隣に座ったままだった彼が、腰を上げてその忍者(?)らしき彼に声をかけた。
私は呆然としながらも、そこでハッと我に返る。
真田幸村が佐助と呼ぶなら、これはもう一人しか居ない。
真田十勇士の長『猿飛佐助』と言えば、歴史に疎い私でも知っている。
最も実伝は不明と言うことらしいけど。
彼の服装から見ても、やはりここは私の居た世界の戦国時代ではないとしか思えない。

「よ、真田の旦那、少ーし時間より遅れちまったけど、
なぁんか女の子引っ掛けちゃったりして楽しそうだねぇ。」
「なっ・・・!!何を申すのだ!俺はその様な破廉恥なことはせぬぞ!」
「ああ、あの、佐助さん?真田・・・さんには私から声を掛けました。」

何だか妙な感じだけど、私は恐る恐るそう口にした。
慶次や利家さんたちの名前を呼ぶのにはもう慣れているけど、
やっぱり歴史上の人物の名を現実的に呼びかけるときに使うなんてしっくりこない。

「旦那ってばこんな可愛いコに声かけられちまったの?羨ましいこって。」
「ち、違う!!殿は俺に団子をすすめてくれただけだ!」

真っ赤になって必死に否定する幸村君。
多分この佐助さんの方は殆どからかうつもりでこんな方向に話を持っていっているに違いない。
その証拠に、口元にニヤニヤとした明らかにこの状況を楽しんでいる様な笑いが浮かんでいる。
佐助さんは幸村君の手元にある私の渡した団子の皿と、
元々彼が食べていた団子や饅頭の乗っていた皿とを見比べた。

「うげっ、旦那・・・幾ら長期遠征で糖分が不足してたからって、
これだけ食って人様の物まで貰っちまってる訳?
どうせこの空のヤツの前にも腹に収めてたりするんだろ。」

半分呆れた様にそう口にする佐助さんだが、言っていることはまさに図星だった。
現についさっき私も空のお皿を目にしている。
この様子だと、あの山盛りの団子や饅頭は後から来る佐助さんを配慮してという訳ではなさそうだ。
あの食べっぷりから考えても、重度の甘味好きと言った方が納得がいく。

「・・幸村君のあの顔は可愛かった。」

と、思わず呟いて、私はハッとして二人に視線を向けた。
案の定、二人の目が驚いた様に私を見ている。
ヤバイ、お侍に対して可愛いと言った上に、心の中そのままの呼び名を口にしてしまった。
なんて思って内心青くなっていたら、幸村君の顔がボフン!と、
いきなりまた更に火を噴いた様な赤さになった。
どうやら、怒って赤くなった訳ではないみたいだ。

「まーた真田の旦那は天然で女の子惹きつけちゃって、まぁ・・・。」
「なっ、お、俺は、かっ・・・!」
「あーはいはい、落ち着いて、落ち着いて。旦那、深呼吸しような?」

すーはー、すーはー。

幸村君は佐助さんに言われた通り、肩を上下させながら深呼吸を始めた。
その様子に、私は何だかお笑いのコントか何かを見せられているみたいに思えて、
また吹き出して笑い出しそうになってしまった。
勿論、今度は我慢したけど。

「すみません、可愛いなんて言ってしまって・・・。
それに真田さんのこと、馴れ馴れしく呼んでしまいました。」

謝りながら、私は幸村君に向かって軽く頭を下げる。
彼は一瞬ビクリとまた驚いた様に私に視線を移すと、顔を赤くしたまま口を開いた。

「い、いや、某は構わぬ・・・、その・・・そなたが先程口にした呼び名の方で・・・。」
「・・・・え?」
「あらら、真田の旦那、ちゃんに『幸村君』って呼ばれたいっての?いやー青い春だねぇ。」
「なっ!?佐助!!俺は別に!!!」

何故か大慌ての幸村君に、嬉しそうに頷く佐助さん。
幸村君は佐助さんに対しては『俺』になるんだ、なんて私が考えていると、
不意に私の背後から聞きなれた声が降ってきた。

「アンタに恋をしろって勧めたのは俺だけど、ちゃんは譲れないね。」

「っ!慶次!」「お、あんたは前田家の風来坊。」「ま、前田慶次!」

3人同時に彼に気付き、私たちはそれぞれに声を上げた。
と、今耳にしたばかりの彼の台詞に、私は思わず軽く眉間にしわを寄せる。

「慶次、貴方、幸村君達にまで変なこと言わないでよ。」
「変な事?俺は思ったままのことを言ったまでだぜ。
なぁ、真田幸村、俺、以前アンタに恋をしろって言ったけど、
生憎ちゃんは俺の惚れた女なんだ、
それでも・・・ってんなら俺達は『恋敵』ってことになっちまうぜ。」
「なっ!?そ、そそそ某はその様な・・・!」
「慶次、貴方ねぇ・・・・!大体幸村君と私は初対面なのよ?」

私は咄嗟に立ち上がり、彼の方へと体を向ける。
ことの成り行きを見ていた佐助さんは、面白そうに口笛を吹いた。

「〜♪これはこれは、真田の旦那、宣戦布告されちまったぜ?さぁ、どうする?」
「佐助さん!煽らないで下さい!そんな事有りえないんですから!」
「あれ?何でだい?この世にはひと目惚れってもんだってあるんだぜ。」


ああ、この恋愛にすぐに結びつける慶次の癖(?)だけはどうにかして欲しい。


頭痛がしそうなやり取りに半分呆れながら、私は可哀想な幸村君に目を向ける。
彼はこの手のことには本当に弱い様で、気が動転したみたいにどもり続け、
殆ど何を言っているのか聞き取れない状態だった。
不謹慎にも、それが微笑ましくて可愛らしいと思ってしまう。

「そ、某は初めて会う女子に心を・・・心を奪われる様な破廉恥な真似はせぬっ・・・!
・・・だが、殿・・・!そなたは・・・その・・・・」
「お!旦那、もしかして告白しちゃう気?だったらこれで恋敵決定なんじゃね?」
「違う!!佐助!そなたは黙って居ろ!慶次殿、某は・・・!」
「幸村、アンタが本気だってんなら、俺も受けて立つぜ。」

堂々巡りだわ。

ハァーーー。

深い溜息を吐いて、私は額に手を当てる。
頭痛がしそう、を通り越して、頭痛がしている、状況だ。

「げっ、遊びすぎたわ。真田の旦那!お館様に報告しに行かねぇと!」

不意に、佐助さんがそう声を上げる。
そこでやっと、幸村君は正気に戻った様にハッとして立ち上がった。

「いかん!早々に団子を食してお館様の元へ向かうつもりが・・・!
すまぬが慶次殿、殿、某たちはこれにて失礼致す!行くぞ!佐助!」
「はいはいっと。ってことで、急に御免な、ま、楽しかったわ。またな!」

言って、二人は慌しく私と慶次の前から走り去って行った。
私は呆然と二人の背中を見送った後、ジロリと慶次に視線を移す。

「慶次、貴方あの二人と知り合いだったみたいだけど、
幾らなんでもあれは幸村君が可哀想よ。無茶苦茶動揺してたじゃない。」
「分かってねぇなー、ちゃん。アイツは元々根っからの戦馬鹿なんだぜ、
ああいう奴が恋に目覚めると同じ位の情熱が恋に傾いちまう。
恋敵になったら厄介な相手なんだ、宣戦布告位したって普通だろ?」
「・・・・・・・・・ハァーーーーー、私の言ってること、聞いてる?」

会話にならない。
慶次は何故か幸村君が私に一目惚れをしたんだと決め付けている様だった。
確かに幸村君は言葉にならない声を発するほど慌てては居たけど、
それは単に恋愛事の内容に弱いと言うだけで、私が絡んでいた訳ではないだろう。

「・・・なぁちゃん、例え幸村がアンタに本気だったとしても、俺は絶対ぇ負けねぇ自信が有るぜ。
勿論幸村以外が相手でも、誰にも負けやしねぇ自信がね。」
「・・・・・・・・・貴方ね、まだその話し――――」

言いかけて、私はそこで口を閉じた。
慶次の目。
驚く程、真剣だった。
そこでふと、私は初めて慶次にこの桜並木の場所に連れて来て貰った時のことを思い出す。


―――――確かに恋は始まりもあれば終わりもある・・・。
それがどんな形かは・・・人それぞれだとしてもね・・・。


自分の過去の恋愛の辛さを回想して、
桜並木を幸せそうに歩くカップルが羨ましくてついついキツイ言葉を口にした私に、彼はそう言った。
あの時。
慶次の表情に、切なさと哀しさが薄っすらと見て取れた。
今彼は、その時と同じ瞳で私を見下ろしている。


・・・何・・・?何で、そんな顔・・・・。


「今度惚れた相手が出来た時は・・・必ず守ると決めてたんだ・・・。だから俺は、絶対ぇにこの想いを貫く。」
「・・・・・・・・え?慶次・・・?」

殆ど聞き取れない位小さく、そしてまるで自分自身に言っている様に彼はそう呟いた。
それから不意に、ふっ、と、優しい眼差しで私を見つめる。
彼の肩にはいつの間にか夢吉が姿を見せていて、つぶらな瞳を私に向けていた。

「さぁて、ちゃん、桜並木を散歩がてら、そろそろ家に戻るとするか。
団子食った後の腹ごなしも必要だろ!」

急に何かを振り切るように、慶次は大声を張り上げて言った。
そして、私に手を差し出す。

「へへっ、ここは男女仲良く手ぇ繋いで歩くのが一番絵になる場所だ。
嫌じゃなかったら、俺の手握ってくれるかい?」
「・・・断ったら繋がないの?」
「げ!断る気か?そうはさせないってね。」

言って、彼は差し出していた手で私の手を掴んだ。
丁度良く繋がった慶次と私の腕の上を、橋代わりみたいにして夢吉が駈ける。
そして慶次の肩から私の肩へと移動した。
夢吉は私の頬へふわふわとした自分の体を摺り寄せてくる。

「夢吉の毛って、気持ちいいわね。」
「キキキッ!」

私の言葉に答えるように、夢吉が嬉しそうに声を上げて鳴いた。
慶次が拗ねた子供のような顔をして私と夢吉を見比べる。

「何だ、何だァ?やっぱり俺より夢吉かい?もしかして結局俺の最大の恋敵は夢吉ってことか?」
「キッキッ!」
「あははは・・・!」


穏やかに流れる時間は気持ちいい。
心にも、体にも優しい時間。
ここには、私の世界にはない何かがある。

私の手を握る慶次の手はとても温かくて、繋ぐ事に抵抗を感じなかった自分自身に少しだけ驚いた。

今はやっぱり恋愛になんて興味を持つつもりは無いけど、
ただ、気になるのは、見ていてこっちまで切なくなる様な慶次のあの瞳。


慶次が本気で私を好きだとはさすがに思えない。
だけど。


だけど、そんなことは抜きにしても、
ただ、あの瞳の訳が、私にはとても気になってしまった。

今は聞かない。
今は聞けない。


この優しい時が、今はただ、続けばいいと思った。


(終わり)



後書き
・・・・・・・って、前半全然慶次登場してないし!と、ツッコミを入れたお話(苦笑
元親連載で伊達軍だったので、此方は武田の二人を出してみました。
漫画&ゲームの幸村を目標に(あくまで目標)今回は一人称「某」「俺」で。
ですが結局お笑い的な働きになってしまって・・・何、私の書く幸村はどうしていつも・・・。
ではでは、ここまでのお付き合い、誠にありがとうございました。
このシリーズは、これからもしつこく桜並木が登場しますが、スルーの方向でお願い致します(笑


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