深夜。
何故かどうしても眠る事が出来なくて、私は布団を抜け出した。
特に寝苦しい訳でも、夢見が悪い訳でもない。
最近はあの夢も見なくなっていた。
あの夢。
元彼との別れ話の時の夢。
とは言っても相変わらず慶次は私の傍で愛だの恋だの騒いではいるのだけど。


「・・・・ん?あれっ?ちゃん、こんな時間にどうした?」
「え?慶次・・・?」

特に考えも無く部屋を出て、長い廊下を歩いて居たその途中。
少し離れた前方から、縁側に座っている慶次に声をかけられた。
私は少しだけ歩く速度を速めて彼に近付く。
それから慶次の隣に座ってから返事をした。

「慶次こそ、こんな所で何やってるの?」
「俺かい?俺はお月さんを眺めてたのさ。
見なよ、ちゃん。今夜は満月だ。
あのまんまるで綺麗なお月さんに、なァんか呼ばれちまってね。」

言って、慶次は瞳を空に浮かぶ月へと移した。
つられて視線を空に向ければ、確かに綺麗な満月が見える。
今夜の空は星が少なく、そして雲も余り見当たらなかった。
だからだろうか、いつもよりももっと月明かりが眩しく思える。
私はふと慶次の横顔に視線を移動させた。
彼はまるで月に魅入られたみたいに空を仰いでいて、
私が傍に居る事さえ忘れている様にも見えた。

「月に呼ばれる・・・なんて、かぐや姫みたい・・・。」

私は半分独り言に近い位の声でそう呟いた。
と、慶次がピクリと反応して、月から私へと視線を向ける。

「かぐや姫・・・?何だい?そりゃ。」
「え?ああ・・・昔話よ。竹取のお爺さんが竹林で光る竹を1本見つけて、
その中に小さな女の子が入ってるの。
それで子供の無かったお爺さんとお婆さんはその子を育てるんだけど、
その女の子は実は月から来たお姫さまで、成長した女の子は最後には月に帰ってしまう・・・って、
凄く凄く簡単に言うとそんなお話。
かぐや姫は年頃になると毎晩月を眺めていたって部分があったから、思い出したんだけど。」

そこまで一気に話してから、私は一息ついて、また続けた。

「貴方は余り好きな話じゃないかもしれないわね、慶次。
かぐや姫は自分が月に帰ることを知ってたから、
数ある求婚者が現れても無理難題を押し付けて、結局全部断るの。で、月に帰ったって訳。」
「へぇ・・・そりゃ、そのお姫さまには好きな相手が居なかったってことかー。
求婚者の中に好きな相手でも居れば、きっと月には帰ってなかったろうさ。」
「・・・貴方って、どうしても色恋に話を持って行きたがるわよね。」

半分呆れながら苦笑する私。
慶次は少しの間何故かジッと私を見つめると、いきなり立ち上がって言った。

「なぁ、ちゃん。これからちょいと出かけないか?」
「・・・・・・・・え?ええ!?だって、こんな夜中に・・・?」
「ああ。あ、でももう眠いってんなら話は別だぜ。」
「眠くはないけど、・・・何処に行く気?」
「夜桜見物に行かねぇか?夜の桜も綺麗だぜ、昼とはまた違った景色が見られるからな。」

慶次は笑顔でそう言い、極自然に私に片手を差し出した。

「けど、いいの?こんな時間に抜け出して・・・。」
「構やしねぇって、俺なんかしょっちゅう抜け出してるぜ・・・・と、言いてぇとこだけど、
ちゃんまで連れ出したって知られたら、まつねぇちゃんは多分かんかんになるとは思うね・・・。」
「やっぱり。」
「けど、門番の奴には口止めしとくし、バレる前に戻りゃいいじゃねぇか。
それとも、深夜に俺と出かけるってのは、やっぱり抵抗あんのかい?」

尋ねられて、私は思わずクスリと小さく笑った。

「ま、今更それはないわね。・・・行くわ、一緒に。」
「やりぃ!」

私が慶次の手に自分の手を重ねると、彼は嬉しそうに腕に力を入れて私を立ち上がらせてくれた。
本当に、子供みたいに無邪気な顔で笑っている。
いつもの様にそれにつられて口元を緩めてしまう私。
私は慶次のこの笑顔には本当に弱い。


その後すぐ、私達は二人してこそこそと前田の邸を抜け出した。
こそこそとは言っても、慶次が抜け出すことに慣れているから結構すんなり外へ出られたけど。
そして向かった先は、彼の提案通り、あの桜並木の場所。
到着してすぐに、私はその場で息を呑んだ。
昼間とは違う景色が見られると言った慶次の台詞。
それは確かに本当だった。
辺りを包む闇を月明かり照らし、その下で満開の桜が花弁を落としている。
花弁が桜吹雪に相応しい程沢山散っている筈にも関わらず、ここの桜はいつ来ても満開だ。
暗闇の中、月の光を浴びた桜たちは、桜自身まで発光している様に薄紅色の花弁を輝かせていた。
蛍が舞っているのかと、本気で錯覚してしまいそうな桜吹雪。
少し視線を上げれば、桜と桜の間から、満月が顔を覗かせている。
私は並木道の真ん中辺りまで走っていくと、そこで足を止めて空を仰いだ。
余りにも綺麗で、とても綺麗で、言葉を口にすることさえ忘れていた程。
と、突然、本当に突然に、急に後から慶次に抱きすくめられた。

「えっ!?ちょっと・・・慶次!?何・・・!?」
「あんまりあんたが月に夢中だから、かぐや姫・・・思い出しちまった・・・。」

慌てて抵抗をする私の肩口に、慶次が頭を押し付けてそう呟く。
私は一瞬、動きを止めた。
慶次の口調が、いつもと全然違う。

「・・・ちゃん・・・あんたは・・・俺を置いていかないでくれよ・・・。」
「慶・・・・次・・・?」
「行っちまわないでくれ・・・。」

母親に縋り付く頼りない子供の様に、彼はそう言って私を抱きしめる腕に力を込めた。
どうしてか、彼の言葉に、私の胸が、ギリ、と音を立てる。
慶次の表情、この状態では見ることも出来ないけど、
何故か私には今彼がどんな顔をしているのか分かってしまった。
極稀に見せる、慶次の哀しい位に切ない瞳。
きっと彼は、今もあの時の表情を浮かべている。
そう思うと、抵抗する気も失せてしまって、代わりに私はそろそろと彼の頭を撫でていた。
慶次は一瞬驚いた様に顔を上げて、それから私をジッと見つめた。

「・・・悪ぃ、ちゃん・・・俺・・・・・・・・。」
「別に、嫌じゃなかったから。」

咄嗟に出た言葉と一緒に、ふてくされたみたいな顔をしてしまう私。
彼はまた少しの間私を見つめて、何か言いたそうに口を開きかけた。
でもすぐに軽く左右に首を振ると、私から体を離して笑顔を見せた。

ちゃんってやっぱ女の子だよな、あったかくて、いい匂いがしたぜ。」
「・・・・慶次、貴方ねぇ・・・!人が心配してれば・・・!」

言った私に、慶次が笑って、悪ぃ悪ぃ、と謝る。
もうさっきまでの頼りない彼は何処かへ行ってしまったみたいで、
私は少し複雑な気分になってしまった。
それから私と慶次は桜並木をゆっくりと散歩しながら、
とりとめのない世間話をして時間を過ごした。

「さぁて、そろそろ戻るとすっか!
邸に入るときゃ厠に行く途中の利に見付からねぇ様にしとかねぇと・・・、
実は前にそれでバレてまつねぇちゃんに朝飯抜かれちまったんだよなー。」

言いながら、彼が私の手を取って歩き始めた。
その動作が余りにも自然だったから気付かなかったけど、
最近、彼とこうして手を繋いで歩くことが多い気がする。
こんなのまるで恋人同士みたいじゃないか、と思いながらも、特に嫌な気分はしなかった。

「なぁちゃん、酒飲めるんだったら、今度俺と一緒に月見酒といかねぇかい?」
「え?まぁ、お酒は嫌いじゃないけど。」
「よし!じゃ、今度とびきりの酒を用意しとくよ。
まつねえちゃんに頼んで酒の肴用意してもらうとするか。で、利も誘ってさ。」
「あ、それは楽しそうね。」
「ああ、きっとスッゲー楽しいぜ!ホンット楽しみだ!」


そう言ってはしゃいだ声を上げた慶次が歩く速度を上げた。
何だか私には彼が無理に明るく振舞っているみたいに思えて、
そしてそれはついさっきの頼りない子供みたいな彼に関係があるようにも感じていた。


私が必死に胸の奥に押し留めている物を、慶次の言葉や行動が呼び覚まそうとしている。
もう恋なんかする気もないのに、今だけは優しい時間に浸らせて欲しいのに。
それでも慶次の言動のひとつひとつが気になってしまっている。

この心地いいポジションをずっとキープして、恋とか愛とか深く関わり過ぎないこの場所をずっと。
そう思ってるのに。


恋心。
揺り動かさないで欲しい、目覚めさせないで欲しい。

恋愛になんか、興味は持たない。
持ちたくない。


(終わり)



後書き
3本目も桜、ですがまだまだ桜話来ます(苦笑)駄目だ、OP影響しまくり。
しかもこれ1話完結どころか普通に連載・・・?
お、おかしい、チカ連載はどうにかシリーズ風味保ってますが、これは・・・。
ではでは、ここまでのお付き合い、誠に有難うございました。失礼致します!


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