―サァー
やわらなか雨音。
地面を濡らして、桜を濡らしていく、雨。
ひらり、ひらり。
その間も薄紅色の花びらが落ちている。
不思議な光景。
朝、昼、夜。
晴れの日、雨の日。
目にする度、、いつも違っていて、そしていつも幻想的な場所。
朱色の唐傘を手に、私はぼんやりと桜並木を歩いていた。
いつも私が寝ている間にさえ押しかけてくる筈の慶次は、
今日は数日後にあるお祭の話し合いか何かで来られないと言うことらしかった。
今はもう夕方近く、回りも薄暗くなり始めていた。
何だかんだ言って慶次とは毎日顔を合わせていたから、
こうしてこんな時間まで顔を見ないことは珍しい。
だからと言う訳じゃないかもしれないけど、
私はやっぱり何だか寂しい気持ちになっていた。
さすがに夜になるまでには帰って来るんだろうけど、
そうなると2人きりと言う訳にもいかないし。
「・・・!別に、二人きりでなくても・・・。」
自分の考えた内容を思わず声に出して打ち消す私。
慶次のことが好きなんだと私自身が自覚したのは数日前。
彼は私を好きだと言ってくれているけど、私は告白はしていない。
それはこの世界が私の居た場所とは違うんだとか、そう言う以前の気持ちの問題。
ねね。
そう、やっぱり彼女の存在が大きいんだと思う。
亡くなってしまった人とは言え、慶次にあんな表情をさせた女(ひと)だ。
気にならない訳がない。
あんな表情。
あんな――――――
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。」
見ているこっちまで胸が押しつぶされてしまいそうな、哀しい笑顔、寂しい瞳。
考えてみれば、慶次は何度も初恋の彼女の影を思わせる発言をしていた。
今だから分かる。
自分の気持ちに気付いた、今だから。
――なぁ、ちゃん・・・確かに恋は始まりもあれば終わりもある・・・。
それがどんな形かは・・・人それぞれだとしてもね・・・。
あの時も。
――今度惚れた相手が出来た時は・・・必ず守ると決めてたんだ・・・。
あの時も。
――・・・ちゃん・・・あんたは・・・俺を置いていかないでくれよ・・・。
そしてきっと、あの時も。
慶次の胸には、彼女が居た。
ぱしゃん。
ぼんやりと考え事をしながら歩いていたせいで、水たまりに気付かず、
私は足を雨で濡らしてしまった。
その水溜りにも、薄紅色の花弁が浮かんでいる。
「慶次・・・・。」
私は彼の名前を口の中で小さく呼んで、溜め息を漏らした。
もう金輪際恋愛なんてしたくもないと思ってたのに。
少なくとも当分の間はこんな気持ちを抱える事になるなんて思ってもみなかったのに。
慶次は私を真剣に好きだと言ってくれてる。
そして私も彼が好きで。
なのに、この恋はとても厄介だ。
「どいたどいたー!」
「・・・・・あ。」
前方。
聞き慣れた声がして、私は咄嗟に顔を上げる。
何てタイミングだろう。
こっちに向かって雨の中を全速力で走ってくる人影。
遠目でもすぐに分かる。
慶次だ。
そして、彼も私に気付いた様だった。
「お!ちゃんじゃねぇか!!ちゃーん!!」
子供みたいにはしゃいだ声で、慶次がかなりの大声で無邪気に私を呼んだ。
周囲の人たちは道を開けつつも、私に視線を向けている。
さすがに恥ずかしくて、私は苦笑しつつ控え目に手を振った。
だけど、ここの町の人は皆慶次の知り合いみたいなものだ。
だから彼の性格はよく分かっているらしく、微笑ましいものでも見るような表情をしている。
それがまた、恥ずかしかったりする訳だけど。
「へへっ、奇遇だねぇ。実は俺さ、
あんたに早く会いたくて、走って帰ろうとしてる所だったんだぜ!」
駆け寄ってきた慶次が笑顔で言った。
「・・・ま、またそう言う台詞を・・・。」
私は慶次から真っすぐに向けられる視線を受け止めきれず、瞳を逸らす。
それでも彼はまったくめげずに笑っていた。
結局、つられて私まで口元を緩めてしまう。
「・・・慶次、貴方傘もささずに走って来たの?風邪引くわよ。」
「ああ、この位平気、平気!俺は丈夫だからね、そんな軟な体じゃねぇって。」
「そう言うこと言ってる人の方が風邪引き易いんだからね。」
言いながら、片手でハンカチ代わりに持ち歩いてる布を洋服のポケットから取り出した。
そして慶次の髪に布をあてて彼の前髪を拭く。
彼の色素の薄い髪を濡らす雨の滴がキラキラと光って見えた。
「ありがとな、へへっ、なーんかこういうのっていいよなぁ。
なぁなぁ、ちゃん。周りから見たら、俺達恋人同士に見えちまってるんじゃねぇかな?」
嬉しそうにそう言うと、慶次は私の手にある唐傘をそっと掴んだ。
私が持っていた時より高い位置に唐傘が上がる。
視線を上げると、慶次と唐傘の朱色しか私の視界には入らなかった。
「・・・・姉弟に見えるかも、慶次って弟っぽいから。」
「ひでぇ!何だよ、それ。こう見えて俺って結構皆に頼りにさてるんだぜ。」
拗ねた子供みたいな声音で慶次が言う。
私は小さく声を立てて笑った。
「ま、いいや。俺はちゃんとこうして並んで歩けるだけで幸せだ。
今日はもう二人きりにゃなれねぇと思ってたからさ。」
慶次の台詞に一瞬どきりとする。
ついさっき、私も似たような事を考えていたからだ。
そして何より、彼は真っ直ぐ過ぎる程真っ直ぐに、嬉しい言葉を私に向けてくれるから。
「おっと、雨脚が強くなってきちまったな。そろそろ帰ろうか。」
「え?うん、そうね。」
慶次の言う通り、さっきまで小雨程度だった雨が本降りになり始めていた。
「ちゃん、もっとこっちによりなよ。それじゃあんたの肩が濡れちまう。」
すぐ側にある慶次の存在を意識し過ぎて少し離れて歩いていた私に慶次が言った。
自分の気持ちに気付いてしまったことと、
彼にハッキリ告白されたこととで、私は今の状況に妙に緊張してしまっている。
「あ・・・大丈夫、この位平気よ。」
「遠慮すんなって。元々俺がちゃんの傘に入れて貰ってんだ、ほら。」
グイ。
咄嗟に断った私の返事を無視し、慶次が少し強引に私の肩を片腕で引き寄せた。
どくんっ。
私の心臓が大きく跳ねる。
まったくらしくない。
私はこんなに純情な心の持ち主だっただろうか。
頬が必要以上に火照っていくのを感じながら、私は視線を上げることすら出来ないでいた。
「たまにこうやって雨の中歩いて帰るのも楽しいけど、
祭りの日にゃやっぱ晴れて欲しいよな。知ってると思うけど、
今日は俺、祭りの打ち合わせで朝からあんたに会えずにいたんだ。」
私の肩を抱いたまま、慶次はいつも通りの調子で話を始める。
だけど私は彼の掌から伝わってくる熱のことや、
時々私の身体が彼の胸にぶつかることにばかり気を取られていた。
どくどく、ドクドクと、私の心臓が早鐘を打っている。
何て分かり易いんだろう。
「?ちゃん?何かさっきからあんまり喋らねぇけど、もしかして気分でも悪いのかい?」
言った慶次が突然、下から私を覗きこんできた。
「っ!!!??」
瞬間。
至近距離でバチリと私と彼の視線が合う。
「あれっ?顔が赤ぇな…もしかして、本気で熱でもあるんじゃねぇの!?」
「ち、ちが・・・!」
どうして。
どうして慶次はこうベタな台詞を言えるんだろう。
いつもの彼なら、こんな時こそ軽い口調で色恋に繋げてしまう筈なのに。
そして、そうすれば私だってどうにか否定して誤魔化せたのに。
片手で口元を押さえて俯く私を、慶次は益々凝視する。
私は耐えきれずに咄嗟に唐傘の外から出てしまった。
「見ないで・・・!違うから、熱なんてないのよ!」
「ちゃん?けど、あんた、さっきよりもっと顔が赤いぜ。
ほら、そんなとこに居ちゃ濡れちまう。こっちにきなよ。」
「や、ちょっと・・・!!」
ぱっしゃん。
伸ばされた慶次の手。
思わず、私は、振り払ってしまっていた。
それと同時に、足元にあった水溜りに足を踏み入れ、
水が跳ねる音がいやに大きく鳴り響く。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。」
「あ、ごめん、慶次・・・・。」
慶次の動きは完全に停止していた。
少しの間無言で私を見つめた彼が、やっと口を開く。
「悪ぃ…ちゃん。俺、何かあんたを怒らせるような真似しちまったかい?
もしかして・・・浮かれ過ぎちまったかな・・・・。」
傷ついた表情。
ついさっきまでとは全然違う、沈んだ声。
当然、慶次は悪くない。
私だ。
勝手に意識して、勝手に緊張して、こんな。
「傘はあんただけがさしてくれ、俺は大丈夫だからさ!」
彼はそう言って私に笑顔を向けた。
勿論、私に気を遣ってくれたのだ。
最低。
最低だわ。
可愛くない女。
「ごめん・・・。」
「へへっ、いいってことよ!気にすんな。
あんたの気持も考えずに、一人で浮かれちまってたのは俺だからな、
さぁて、そんじゃ、帰ろうぜ。」
唐傘を私の手に握らせて、先を歩き始める慶次。
私はぎゅうっと掌に力を込めて傘を握りしめた。
唇が小刻みに震える。
慶次。
最初に呼んだ声は、掠れていて、彼には届かなかった。
「慶次・・・!」
「うん?」
――――ぱしゃ、ぱっしゃん。
慶次の側に駆け出した私の足元。
跳ねる雨水。
瞬間。
唐傘は私の手を離れて風でふわりと道端へ飛んだ。
私は思いきり両腕を伸ばして、慶次の背中に触れる。
「ちゃん!?」
「慶次・・・・私、私ね・・・・。」
喉が詰まったような感覚。
中々言葉が出てくれない。
慶次は驚いたように私を見つめてる。
「好き・・・・・・・・っ、慶次が、好きなの・・・・・・・・・!」
「―――――!!!!」
ようやくそう口にして、私は彼の背中に縋りつくみたいに抱きついた。
慶次が息を呑む気配がする。
そして。
「ちゃん、・・・それ・・・本当かい?ほんとに俺のこと・・・。」
コクリ。
小さく頷く私。
声に出して返事をすることは、どうしても出来なかった。
「ちゃん!!」
「っ!」
瞬間的に慶次が体ごと私の方に振り向き、そのまま私の体を強く抱きしめた。
「慶次・・・。」
私は震える声で彼の名を呼ぶ。
雨は未だに本降りのままで、傘はもう私たちを雨から守ってくれてはいない。
私も慶次もずぶ濡れに近い状態だった。
だけど、押しつけられて密着した彼の体と私の体、全然寒さを感じない。
「なぁ、あんたに今の俺の気持ちが分かるか?すっげぇ嬉しいよ・・・。
こんなに最高の気分は初めてだ。ちゃん・・・俺も、あんたが大好きだぜ。」
慶次の言葉が一語一句、私の耳に、心に響く。
本当は、まだ「ねね」の存在の大きさが気にならない訳じゃ勿論なくて。
複雑な部分も沢山ある。
だけど、それでも。
「慶・・・次・・・。」
今は伸ばして触れて抱きしめた、
この、温かなぬくもりを、ただ、手放したくなかった。
降りしきる雨。
お互いの体を濡らす雫。
でも、密着した温い体温は、もう、熱に変わり始めようとしていた。
(終わり)
後書き
展開はやぁぁ!!(笑)うん?でももう5話目ですか。そうでもないのかな(どっち)
このシリーズは後2話位で終了予定です。予定ですがね、ええ。
久しぶりすぎて慶次もヒロインも性格思い出すのにかなり苦労しました。
しかも前半だけ書いて放置してた物だったので、当初の予定と違う物が!
本当は告白しない方向だったのになぁ(遠い目)
ではでは、ここまでお付き合い下さった方、誠に有難うございます。
失礼致します
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