三日月の柔らかな光の下。
襖に背を預けたまま座った状態でぼんやりと夜空を眺める。
夜は多少の肌寒さを感じるものの、ここには全く季節感と言う物が存在しない。
あの桜並木もそうだけど、
この世界はやっぱり私の居た世界とは違うんだなと思い知らされる。
ここに私が落ちてきてから結構な時間が経ってるけど、
実際のとこどの位経ってるのかはイマイチ把握出来ていない。
1か月以上は経っているだろう、程度の酷く曖昧な認識だった。
そしてその間に私はこの前田家の人たちには感謝してもしきれない位、
とても良くしてして貰っている。
利家さんやまつさん夫婦は笑顔で私の面倒を見てくれてるし、
最初よりずっと親しくなれた。
前田家の臣下の方々も気さくな人ばかりで、
天井から落ちてきたなんて胡散臭過ぎる私に対しても親切にしてくれる。
そして慶次。
最初はどちらかと言うと苦手で、私は彼に対して嫌な態度ばかり取っていた。
だけど、今は―――――

ちゃん・・・、どうしたい?そんな所で、そんな薄着じゃ風邪引くよ。」

不意に声をかけられて視線を移したその先。
少し離れた廊下の奥に慶次の姿。

「慶次・・・。」

私が彼の名を口にすると、慶次は早足で私の座っている側まで近付いてきた。

「ああ・・・、月を見てたのか。こっから見える月は綺麗だよな。」
「そう、それに眠れなかったから・・・・。」

言って、私は思わずフッと笑ってしまった。

「ん?」
「何か前に同じような場面があったなって思っただけ。
ほら、前は逆だったけど、あの時は慶次が満月を眺めてて私が通りかかって。」
「ああ!そうだった、そうだった!
あん時はちゃんから『かぐや姫』の話を聞いたりしたよな!」
「そうそう。」

笑ったまま私は軽く頷く。
彼は私の隣に腰を下ろすと、ごく自然に私の肩を抱き寄せてきた。
ほんの一瞬戸惑った私だったけど、勿論抵抗する筈なんかなく、
結局そのまま彼の腕の中に身を寄せた。

「あの話を聞いた後に二人で屋敷を抜け出していつもの桜並木に行ったろ?」
「うん・・・。」
「あん時・・・俺は月に夢中なあんたを見て、凄く不安になった。
このままちゃんが俺の前から消えていなくなっちまうんじゃないかって・・・さ。」

そう話す慶次の横顔をじっと見つめながら、私はあの時の事を思い出す。
ひらひらと絶え間なく花びらを散らす、昼に見たものとはまた違う、幻想的な夜桜。
黄金色の満月の下、息を呑むほど綺麗だった。
私はあの時、ただただその光景に見入ってて、
そして、唐突に背後から慶次に抱きすくめられたのだった。


――――・・・桜ちゃん・・・あんたは・・・俺を置いていかないでくれよ・・・。

  慶・・・・次・・・?

――――行っちまわないでくれ・・・。


驚く私の肩口に頭を押しつけて呟いた彼の声は、とても頼りなげに震えていた。


「・・・俺はあんたをねねと重ねちまってたのかもしれねぇ・・・。」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。」

続けられた慶次の言葉。
私は何も答える事が出来なかった。
あの時は分からなかったけど、慶次を好きだと自覚した瞬間に私は気付いていたから。
慶次の言葉や態度の中にある『彼女』の存在を。
彼は私の肩に回した腕に少しだけ力を込めて、さっきよりも更に私を引き寄せた。

「でもな、今は違うぜ。俺はあんたが好きだ。あんただけに心底惚れちまってる。
俺が今恋して、命かけてでも守りてぇって思える相手はあんただけだ!
本気でそう胸を張って言える。」
「慶次・・・。」

慶次が月から私に視線を移し、私の瞳と彼の瞳がカチ合う。
至近距離から見る彼の瞳は、真剣そのものだった。
胸が、チリリと焦げる音がする。
胸の奥が、キリリと軋む。
私はこの人が本当に好きなんだと、今更ながら再確認してしまう。

「私も・・・・私もよ、慶次。」

無意識の内に微笑むと、私は自分から彼の背に腕を回して力強く抱きついた。
寝巻代わりの薄手の着物は、彼の熱をリアルに私に伝えてくる。
慶次が私の頬に唇を寄せ、軽く触れるだけのキスをした。

どくどくどく。
ドクドクドク。

お互いの鼓動が重なる。
私はゆっくりと唇の位置を移動させ、瞳を閉じた。

ちゃん・・・。」

彼が私の名を囁くように口にする。
慶次の湿った吐息が私の頬を優しく掠めた。
そして重なる。
唇と唇。
最初は柔らかく、そして少しずつ深いものに変わっていく。
私の口内を満たす慶次の吐息は予想以上に熱を持っていた。

「へへ・・・嬉しいね、あんたとこうして触れあえるなんて・・・。
すげぇ、夢みたいだ・・・。」

低く掠れた慶次の声。
私は思わずフッと瞳を細める。
至近距離から絡む視線が心地いい。
何度も何度もキスを交わして、
その度に私は慶次の気持ちが真剣なものなのだと実感していた。
気恥ずかしい位の温かく甘やかな空気。
以前の私が毛嫌いしてた筈のもの。
それがこんなにも嬉しい。
それがこんなにも愛しい。

「あー・・・あのさ・・・。」
「何?」
「・・・今日は、ちゃんの布団で一緒に寝ちまってもいいかな?」
「え!?」

さすがに唐突過ぎる彼の言葉に私は咄嗟に瞳を見開いて、
少しだけ体を慶次から離した。
彼が慌てた様子で付け加える。

「あ!大丈夫だ!!誓って手は出さねぇ!本当だぜ!
ただ・・・その、このまま一人で寝床に戻るって考えると、寂しくなっちまって・・・。」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。」
「駄目…かい?」

少しだけ、しゅんと落ち込んだ口調で彼が言った。
その顔が可愛いなんて思える私はやっぱりかなり重症なのだと自覚する。
ズルイ。
そんな顔は卑怯だ。
そう思いながらも、私は小さく頷いていた。

「本当かい!?よーし!やりぃ!!」

無邪気に喜ぶ慶次。
彼は言葉と同時にぎゅうと私を抱き寄せた。

「でも、本当に一緒に眠るだけだからね・・・?」
「へへっ、分かってるって。ここで我慢もせずに手ぇ出しちまったら、
明日にでもまつねえちゃんに殺されちまうしな。それに・・・・・・。」
「・・・・・・・・・・・・え?」

そこで彼は一端台詞を切ると、口元にフッと穏やかな笑顔を浮かべた。

「俺、あんたのことは本当に大事にしてぇんだ・・・・。」
「慶次・・・・・・・・・・・・・。」

彼の気持ちが嬉しくて、私もそれに応える様に微笑する。
慶次は再度、私を抱き寄せると、素早い動作で私を抱きかかえて立ち上がった。
一瞬にして床から足が離れた私は、
瞬間的に状況を把握できずに間抜けな表情を浮かべる。

「・・・・っ!!??」
「そんじゃ、このままちゃんの寝床まで一緒に行こうぜ!
二人で入りゃ、冷たい布団もすぐあったまるってもんだ。」

私が抗議の声を上げるより早く、
慶次はそのまま廊下をずんずんと進みだした。
そんな彼に思わず苦笑しながらも、どこか浮かれた気分になってしまう。
私は大人しく彼の腕の中に身を預けて、視線を夜空に移した。
慶次の肩ごしに三日月が見える。

浮かんだ月の周囲に雲はなく、柔らかな月光が優しく私達の体を照らしていた。


明日も桜並木を見に行こう。
また夜桜を見るのもいいかもしれない。

そんなことを考えつつ、私は慶次の背に片腕を回し、掌で彼の服をギュッと掴んだ。


(終わり)


後書き
イチャついてるだけなんですけどおお(苦笑)何だかえらくこっ恥ずかしい話に。
でも元親の青空シリーズよりは清いお付き合いで行ってます。
しかしこのヒロインは最初がツン気味だったせいか反動でこんなことに・・・。
一応このシリーズも後1話で終わらせられればと思ってます(ははは、曖昧表現万歳)
ではでは、ここまでお付き合い下さった方、誠に有難うございます。失礼致します。


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