空が茜色に染まる夕暮れ時。
薄紅色の花吹雪の下、ぼんやりと空を仰ぐ。
やっぱりここはおかしな世界だ。
本当に季節感がまるでない。
こうやって夕焼けを見ながら桜並木を目にするなんて。
だけどこの不思議過ぎる光景は、何故か見ているだけで胸が切なくなる。
綺麗で、綺麗で、綺麗過ぎて。
本当に作りものなんじゃないかと疑ってしまう。
つくりもの。
この世界が。
今、私が感じているこの幸せさえも。
そんな不安を感じてしまいそうで、怖い。
そこまで考えて、私は一人、心の中で小さく苦笑してしまった。
あれ程嫌がっていた恋愛事で幸せを感じて、
『幸せすぎて怖い』なんて笑ってしまいそうなベタ臭いことを本気で考えるなんて。

本当にどうかしてる。

「夕暮れ時の真っ赤に染まった空に桜散る!
綺麗だねぇ・・・。やっぱりここの桜並木は最高だ。」

不意に私の影の隣に並んだもう一人。
私は視線をそっちへ向けて、咄嗟に微笑んだ。

「慶次、用事は終わったの?」
「ああ!待たせちまって悪かったな、ちゃん。」
「ううん、ついて来るって言ったのは私だしね。」

答えた私の手を慶次は極自然に取った。

「そんじゃ、少しの間この景色をのんびり眺めて帰るとすっか!あ、遠回りして帰ろうぜ。」
「え?でも今日は早く帰るようにってまつさんに釘刺されてたでしょ?怒られるわよ。」
「いいって、いいって。まつねえちゃんは確かに怖ぇけど・・・、
俺はあんたと二人っきりで居る時間が延びるならそのっくれぇどうってことねぇよ。」

だから行こうな!
続けてそう言って、彼は繋いでいる私の手を強引に引っ張った。
まったく慶次にはホントに参る。
こっちが恥ずかしくて絶対口に出来ない様な言葉をさらっとけろっと言ってしまうんだから。
しかもそれでもいいか、と思わせてしまう辺り性質が悪い。
相変わらずひらひらと舞い散る花弁を目で追いながら、私は無意識に彼と繋ぐ掌に力を込めた。



「ここの桜並木って距離も結構あるわよね・・・。
そう言えばうちの近くの神社にも桜の木があったからお花見したこともあったけど、
これに比べたら全然だわ・・・。」

ここの桜があんまり立派すぎて今の今まで忘れていた。
特に何の考えもなく何気なく出した話題。
だけどそこで、手を繋いだままで私の先を歩いていた慶次が、不意にピタリと足を止める。

「なぁ、ちゃん・・・。」
「っと!何?」

余りにも突然に慶次が立ち止まるものだから、私はその背中で顔をぶつけそうになってしまった。

「・・・ずっとあんたに聞きたい事があったんだ、聞いてもいいかい?」

言った彼の声はついさっきまでと違って少し硬い。
その上視線も前を向いたままで、私から瞳をそらそうとしている様だった。

「?まぁ、答えられる範囲なら答えるわ、何?」

問い返した私に、暫くの間無言の慶次。
それからかなりの間を開けて、彼はやっと『聞きたいこと』を口にした。


「・・・・・・・・・・・帰りたいと、思ってんのかい?」



「・・・え・・・?」


――どっくん。



カエリタイ?



どこに、なんて、問い返す必要もなかった。
全く予想外の慶次からの唐突な質問。
咄嗟に何と答えていいのか分からずに、私は一度開いた口をすぐに閉じた。

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・。」

無言のまま、無意識に慶次の横顔に視線を移す私。
繋いだ手が小刻みに震えている様だった。
慶次か私。
それは多分、どちらかの震えではなくて、多分、私達両方の震え。
慶次は不意に私と瞳を合わせた。


「・・・どうなんだい?ちゃん・・・。あんたやっぱり・・・。」
「私・・・・・・・・・・・・・・・・・。」
ちゃん!」

先を続けるより早く、
慶次は手を繋いでいるのとは反対側の空いた片手で私の肩を力強く引き寄せた。

「慶次・・・。」
「前にも言ったが、俺はあんたに心底惚れちまってる!
だから、だから・・・だからもしあんたがこの世界を・・・・、俺を選んでくれたら・・・・。」

切羽詰った声でそこまで言って、慶次が小さく深呼吸したのが分かった。


「俺は文字通り、一生掛けてあんたを守る!!絶対ぇ大事にする!
だから・・・だから俺と夫婦(めおと)になってくれ!」


「・・・・・・・・慶、・・・次・・・?」

ひらりひらり。
私の目の前。
舞い散る、桜の花弁。
まるであの夕焼け空を切り取った様に、赤い、赤い、茜色。
茜色の花びら。


――ビュゥッ


ほんの一瞬、突風が吹いて、花弁が激しく舞う。
花吹雪。
慶次の腕に抱きしめられたまま、私は半分茫然と彼の台詞を頭の中で繰り返していた。


   俺は文字通り、一生掛けてあんたを守る!!絶対ぇ大事にする!
   だから・・・だから俺と夫婦(めおと) になってくれ!



これはつまり、もしかして、プロポーズ、と言うことだろうか。
まさか、そんな。
そんな安易で甘い御伽噺、私に限ってあり得る筈がない。
だけど彼はハッキリと言った。
夫婦(めおと)になってくれと。
私を抱きしめていた腕を少しだけ緩めて、慶次が恐る恐ると言った感じに私と視線を合わせる。

ちゃん・・・・。」
「え!?あ、ご、ごめん…その、あんまり急だったから・・・。」

びっくりして。
続けながら、唇が震えているのが自分でも良く分った。
信じられない。
信じられない。
信じられない。
まさか、慶次からプロポーズされたなんて。

「すぐに返事をくれとは言わねぇ・・・。
急過ぎて、すげぇ勢いで言っちまったみてぇに思ったかも知れねぇけど、
俺は心底本気だぜ!ちゃん。」
「うん・・・分かってるわ。」

分かってる。
分かってるからこそ、どうすればいいのか分からない。
勿論慶次の事は好きだ。
安っぽい言い方だけど、純粋に今まで付き合ってきた彼氏よりずっと心から好きだと言える。
それに今なら、慶次の気持ちが嘘じゃないとよく分かってるから。

「・・・ちょっとばっかし時間が経ち過ぎちまったな。
って、俺のせいなんだけどさ。・・・・今日は真っすぐ、帰るとするか。」
「そうね、あんまり遅くなると、まつさん達が心配するし。」

それからお互いにぎこちない笑顔を浮かべて、手を繋いだままゆっくり歩き始める。
さっきまで真っ赤だった空には濃紺色のヴェールがかかり、いつの間にか辺りは薄暗くなっていた。
それでもやっぱり桜の花弁は舞い落ち続けている。
おかしな世界だ。
おかしな、おかしな。
そう、ここはやっぱり、私の居た世界とは絶対的に違う。

私がここの世界の住人だったら良かったのに。
そうすれば、何も迷わず、慶次からのプロポーズを笑って受け入れる事が出来たのに。
ただ純粋に、彼の私への気持ちの深さと大きさに喜んでいられたのに。

もしも、なんて。
そんなことはあり得ないのは分かってるけど。


慶次からのプロポーズ。
急過ぎて驚いたけど。
それだけじゃなく嬉しかった。
本当に本当に嬉しかった。


大好きな人からの真っ直ぐ過ぎる言葉。

安易で陳腐な甘い甘い御伽噺。
でもホントは嫌いじゃない。

そうだ、手に入れられるものならすぐに手を伸ばして掴み取るのに。
今の私にはその勇気がなかった。



(終わり)


後書き
あれええええ!?・・・すみません、前回後1話で終わる的な事を言ってましたが、
続きました(涙)しかも予想以上にシリアス要素が大になってしまった。
あ、次で最後とかもう言いません(…)
とりあえず、目標は他のトリップとは一味違ったラストを目指したい感じです。
目指したい、希望、願望ですね!うふふ、あはは。
ではでは、ここまでのお付き合い、誠に有難うございました。失礼します


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