今私の目の前に立っているこのニヤけた面の隻眼の男の顔を、
嫌と言うほどぶちのめしてやれたら、この言いようのない怒りに決着はつくのだろうか。
否。
諸悪の根源はコイツじゃない。
どんなにこの男が気障ったらしい言い回しをしたり、無意味に英語を使用したり、
不快なことこの上ない笑い方をする奴だとしても、元凶はコイツじゃない。
そして何より、私が暴れ始めたとして、その拳は決してこの男には届きはしないだろう。
奴の右隣。
ガタイのいい長身の大男。
やたら落ち着いた表情のくせに、瞳の奥に炎が見える。
その中に映るのは、このニヤけた気障男への腹ただしい程の忠誠心。
例えるなら、大型犬。
そう、ドーベルマンだ。
私が自分の主であるこの男に何か危害を加えようとしているんじゃないのかと、
さっきからえらく鋭い視線を向けてくる。
それは結構、大変結構。
このドーベルマンは間違ってはいない。
出来るならそうしてやりたいのも確かだ。
例え、コイツが諸悪の根源じゃないと分かっていても。
とは言え、この隻眼の男もかなりのやり手だと見た。
世話役兼ボディガードとか言うこの大男なしだったとしても、
私が勝てるかどうかは限りなく怪しい。それは認める。
男だとか女だとか、関係なく、と言う意味でもだ。
とにかくそう言う色々なことを抜きにして、
やれるものならあの面に2,3発食らわせてやりたい気分だった。

「おい、アンタ、何を考えてるのかは大体想像がつくが、止めとけ。
もう決まっちまったことだ、今更アンタの力じゃどうにもならねぇよ。」

私の敵意剥き出しの視線を真正面からやすやすと受け止め、男はニヤリと笑って言った。
そして念を押すようにして続ける。

「諦めな。編入手続きも済んで明日からアンタは俺と同じ高校に通うことになってる。
部屋ももうこの邸内に用意させてるんだぜ。こっちはアンタのオヤジさんから頼まれてんだ。
つまりアンタの帰る家はここしかねぇって訳だ。YOU see?」

奴の言い分に更に苛立ちが募る。
それだ。
その言い分の意味が分からない。
クソ親父。
私をハメやがった。
ひとつだけ確かなのはそれだけだ。
あのクソ親父が私をこのニヤけた隻眼の男の邸に放り込んだ。
その事実だけだ。

「貴様はその無茶苦茶な話を、はいそうですかと私が素直に受け入れると思ってるのか?
普通に考えても異常過ぎる。貴様が何であのクソ親父の言葉通り動いているのか理解出来ないね。」
「俺はアンタのオヤジさんを気に入っててな。それに俺としてはそう悪くない申し入れだった。」
「・・・見ず知らずの人間を邸に住まわせて、その上性別偽って男子校に通わせることがか?
フン、貴様もあのクソ親父を気に入るだけあって酔狂だ。」
「・・・・おい、テメェ。それ以上政宗様を馬鹿にしやがると容赦しねぇぜ。」

無言で鋭い視線を私に突き立てていたドーベルマンが一歩、前へ進み出て、威嚇を始める。
普通の奴ならこの男に睨まれればそれだけで怯えて縮み上がるだろう。
それだけの眼力も腕もあると言う予想もつく。
それでも私は怯まなかった。
常識的に考えてどう見ても私が間違っているとは思えない。
まぁ、この大男が腕力に訴えるだけのタイプの能無しには見えないとしても。

「よせ、小十郎。」
「・・・・・・・・・・政宗様・・・。」

隻眼の男の制止に大男が一歩後退する。
これはよく躾けたドーベルマンで。
心の中で最大級の侮辱をぶつけてやりながら、私は奴ら二人を交互に睨みつけた。

「人をいきなり拉致って邸まで連れてきて、
しかもその理由の説明内容は意味の分からないことばかりだ。
それで大人しくしろと?どっちが馬鹿にしてるのか、教えて欲しいもんだ。」
「何と言われようがもう動き始めちまったもんでね。
アンタは当分の間、俺と常に行動を共にしてもらうぜ。Cordially yours.」(宜しくな)
「馬鹿馬鹿しい、大体私に何のメリットがある?さっさとここから出してもらおうか。」

怒りが沸々と頭に浸透し、今にも怒鳴り声を上げたくなるのをどうにか抑え、
私は出来るだけ静かにそう口にした。
その私の言葉に、奴がさも楽しげに再度口元を曲げて笑う。

「HA!俺と同じ屋根の下に暮らせるんだぜ、それだけでも十分光栄だと思いな。」

クソ野郎。
クソ親父以外にこんなことを言いたくなった人間は久しく居ない。
この短時間でコイツは面白いほど私を不愉快にさせてくれた。
コイツも、それからその右隣の男も。
どうかしてる。

「クックック・・・アンタのその瞳、いいねぇ。いい面構えだぜ。女にしとくにゃ勿体ねぇ。
・・・・いや、アンタが女で良かったっつーべきかもな?」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。」

ドクソ野郎。
そう心の中で毒づきながら、それでもそれを口にしなかったのは、
これ以上この男を喜ばせたくなかったからだ。

「とにかくアンタを部屋に案内させる。
おっと、逃げようなんて下らねぇことは考えるなよ?It doesn't stand a chance. 」
                        (やるだけ無駄だぜ。)

言いながら、奴が片手を軽く上げる。
それを合図に使用人らしい男が私に近付いてきた。

「どうぞ、様、此方です。」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。」

無言で頷き、私は二人の男に背中を向ける。
納得など微塵もしていないが、今は一刻も早くコイツらの傍から離れたかった。
やるだけ無駄だと?
フン、それは結構、大変結構。それでも私は貴様らに屈服などしてやらない。


スー・・・
―ハー・・・。

息を大きく吸い込み、ゆっくりと吐き出す。
そして私は振り向きもせずに一言、告げた。


「最初にハッキリ言っておく、伊達政宗、私は貴様が大嫌いだ。」


私の前を歩いていた使用人の男が硬直したのが分かる。
私の背中に、あの長身の大男が射抜くような視線を向けているのも分かった。
くっくっくっく。
奴は私の言葉に返事をする代わりに、喉の奥で笑い声を漏らしている。
使用人の男は慌てた様子で先へ進むように促した。
そして私が歩き始めた、その瞬間。

「おい、おめぇ・・・。」
「・・・・・・・・・・・・・・・。」

口を開いたのは、あの隻眼の片腕だった。
私は足を止める。だが勿論、振り向いてなどやらなかった。

「覚えとけ、政宗様にたてつく奴は誰であろうと許さねぇ。例え、それが女でも、だ。」

どこまでも低く、敵意を含んだ警告。
私は両手に拳を握り、指先が白くなるほど強く力を込めた。
怒りの矛先を向けるべき相手はコイツらじゃない。
なんて常識はもうどうだっていい。
もしも私に出来るなら、この男共を今すぐぶちのめしてやりたかった。
悲劇のヒロインになどなるつもりは毛頭ない。
が、被害者はこの私だと、きっぱりと明言出来る。
にも関わらず、コイツらの先程からの態度は目に余るものがあった。
否。
そんな生易しいものでないことは、既に分かりきっている。
私はくるりと踵を返し、背後の二人に目を向けた。
未だに不愉快としか言いようのない余裕の笑みを浮かべている伊達政宗に、
鋭く、そして静かに揺らめく炎を灯した瞳で私を睨みつけている片倉小十郎。
二人に怯むことなく私は無言で視線だけを向ける。
それから私は再度奴らに背中を向け、
心底ホッとした表情を見せている使用人の男の後について歩き始めた。
まずは頭を冷やしてからだ。
奴らの顔が視界に入らない場所で、ここを出る方法をじっくり考える、それが先決だ。


「さぁて、これから楽しいpartyの始まりだぜ。」


背後の隻眼男が何事か呟いたが、私はそれを気にも留めずただその場を離れた。


(放り込まれた竜の檻)


後書き
ヒロインどれだけ政宗と小十郎のこと嫌いなんだ(苦笑)
今回は名前変換無くて申し訳ございません。
そしてヒロイン自身も政宗達をまともに呼んでいませんが(笑)
とにもかくにもちょっとハードな政宗公&小十郎シリーズ始動です。
ここまでのお付き合い、誠に有難うございました。失礼致します。


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