戦終了直後。
降り始めたその雨は、程なく本降りと化し、焦土となった周辺の土地を濡らした。
そんな中、今次の戦で勝利を収めた武田信玄を総大将とする武田軍の兵達は、
撤収作業に追われていた。
「さぁーてと、終わった戦はとっとと退散!俺様今回も頑張ったわ〜。
つか、すげぇ雨・・・嫌んなるねぇ・・・感傷に浸っちまいそうなこの空気・・・。
なぁーんて、俺様に限ってそりゃねぇってな・・・。」
手にある得物をくるくると回転させ、殊更おどけた様子で一人ごちる忍び・猿飛佐助。
樹木のほぼ頂点に近い太い枝から周囲を見下ろし、彼はやれやれと溜め息を吐いた。
やがて、その視線が一点を捉える。
凛とした佇まいの涼しげな横顔。
降りしきる雨の中、視界の利かない状況でもその姿はハッキリと確認できる。
彼らの総大将である甲斐の虎、武田信玄の娘・だ。
女人でありながら剣の腕に長けている彼女は、信玄公認の下、
武将として度々参戦し、確実に功を上げていた。
そして今回の戦でも、佐助の主である真田幸村に並ぶ働きを見せた人物でもある。
「姫さん、この雨の中あんまり長いこと立ってると、風邪引いちまいますよ。
それに、さっさと戻らねぇと大将が心配しますしね。」
「・・・・・・・・・・・・佐助、か。」
音もなくの背後に出現し、声をかけた彼に、彼女は視線を移さぬままに答える。
佐助はゆっくりと彼女の側へと近づいた。
足元は既にぬかるんでおり、歩を進める度に泥が散る。
「さ、姫さん、俺様がお供しますから、帰りま―――」
そこで佐助は言葉を切り、覗きこんだ彼女の顔を凝視した。
白い頬を伝う雫。
この土砂降りの雨の下、短時間とは言え立ち尽くしていた彼女。
全身はとうにずぶ濡れで有り、その頬を濡らす雫も雨なのだと言ってしまえば安易に説明はつく。
されど。
「姫さん・・・、泣いてたんですか・・・?」
「―――――――――。」
ザァー・・・。
天の慟哭は一層大きくなり、は無言のまま虚空を見つめていた。
灰色の雲に厚く覆われた空の向こうに、稲光が見え隠れしている。
やがて彼女はようやく静かに口を開いた。
「父と共に戦場を駆け、父の天下の為に働くことを、いつも望んでいる・・・・・。
その気持ちに偽りはないと胸を張って言える・・・。」
「姫さん・・・。」
「だがそれでも、考えずには居られない。
私のこの手が血に染まる度、その意味と重さを考える・・・・。
手段や方向は違えど、
我々と同じく民をこれ以上苦しめまいと立ち上がった者達との戦の場合は特にそうだ。」
そこで彼女は一度、息を微かに吸い込んだ。
「今更何を、と、笑うか?佐助。」
自嘲気味な笑みを浮かべ、は彼に問うた。
「そうですね、何を今さら。いちいち気に病んでちゃこの乱世、渡っちゃいけませんって。
綺麗事だけじゃ天下は治まらない。それが戦だ、姫さん。」
「・・・・・・・・・・・ああ、そうだな。」
は僅かに頷き、彼の言葉を肯定する。
基より、それが当然の答えだと彼女は知っていたのだ。
「・・・けど、俺は姫さんには甘いからね・・・、
少しだけならその感傷、付き合って差し上げますよ。」
言葉と同時に、佐助は彼と同様にずぶ濡れの彼女の体に腕を伸ばした。
「え?」
「これだけ土砂降りの雨だ、姫さんが声を上げて泣いたとしても、
誰も気づきゃしないでしょう。忍びじゃない限りは視界も利かねぇし。
・・・・・加えて俺様も役得で万々歳ってね。」
「佐助・・・。」
「今だけならこの猿飛佐助、あんたのその甘ったれた感傷全部、雨に流して目を瞑ります。」
佐助はの体に回す腕に力を込め、彼女に告げた。
打ち付ける雨が二人の体温を奪っていく。
だが、同時に互いの密着した部分から温い熱が生まれていた。
「――――すまない・・・、佐助・・・私は、弱い人間だ・・・。」
呟く如く零したの言葉。
雨音の中、途切れがちに佐助の耳に届く。
彼は無言でただの体を包み込んだ。
瞼を閉じれば、幼き日の彼女の姿が浮かび上がる。
あれはがまだ10にも満たない頃だったろうか。
―――佐助、はとと様のお力になる為、剣の腕を磨くぞ。
そしてとと様の天下取りのお手伝いをするのだ。
あれから十数年。
その言葉通り、彼女は幾つもの戦で功を立て、信玄の力となっている。
だが佐助は知っていた。
今次の戦のみならず、が数多の戦で血に染まり行く自身の手にどれ程苦しめられていたのかを。
鬼神の如き働きで敵兵をその手に掛けながら、同時に彼女がどれ程胸を痛めていたのかを。
「・・・こりゃ、空も当分泣きやみそうにないねぇ・・・。」
彼女を腕に抱いたまま、瞳を細めて厚い雲で覆われた天を仰いで佐助は不意にポツリと呟く。
しかし、その呟きは、空の慟哭の音にかき消されたのだった。
(終わり)
後書き
ヒロインは以前書きかけでどうしても続かなくなってしまった男装ヒロインイメージで書きました。
えらい暗い話になったんですけど、お題を見て速攻思い浮かんだものだったので、勢いで執筆。
有りがち過ぎるのは百も承知です。はははは!
ではでは、ここまでのお付き合い、誠に有難うございました。
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