「あらら、珍しい、今日は一人で居残りしてんの?さん。」

放課後。
人気のない教室内で私は一人、日誌を書き記していた。
そこへ気配もなく私の机のすぐ側まで近付いてきた人物。
猿飛佐助。
言うまでもなく私のクラスの担任だ。
にも関わらず、この男は私が日直だと言うことすら忘れているらしい。
私は日誌を書く手を止め、軽く溜め息を吐いて机の前に立つ担任教師を見上げた。

「日誌を書いているんですが、今日の日直をお忘れですか?」
「お!そう言や今日はまだ日誌受け取ってなかったぜ。悪い、悪い、忘れてたわ。」

軽い口調でそう返し、猿飛先生は私の机に軽く体重を預ける態勢を取る。
この学校に連れて来られてこのドくそ忌々しい生活を続け、もう随分と経つが、
未だにこの教師の性格はよく掴めていなかった。
まさに掴みどころがなく、飄々としていると言う表現のよく似合うタイプの人間だ。
こうしてヘラヘラと笑い、軽口ばかりを叩いているが、
その実何を考えているのか全く想像もつかない。
この学園には癖のあるヤツが多すぎる。
教師も含め、無論、生徒もだ。
まぁ、生徒会長を務めている人間からしてあの性格なのだから、仕方ないのかもしれないが。

さんって綺麗な字書くよねぇ、書いてる姿も背筋が伸びてて綺麗だし。
不覚にも俺様遠くから見惚れちまったぜ。不思議なもんだよねぇ、
男子校に居ても違和感ないってのが凄いとはおもってたけどさ、
ふとした時に見るとやっぱ他の野郎共とは全然違うから、アンタ。」
「・・・・・・・・それは褒められていると受け止めるべきですか?」
「当然、アンタは自分が思ってるよりずっと女っぽいぜ。」
「・・・・・どうも。」

やはりこの男は分らない。
これが教師と生徒の会話だろうか。
私は半ば担任の態度に呆れながら、再び軽い溜め息を吐いた。
『女っぽい』等と言う褒め言葉(なのかどうかもやはり理解できないが)
は私とは余りにも結びつかない。
初めて顔を合わせた時もそうだったが、この男はその手の事に過剰に反応を示しているようだった。


――いやー、まさか男子生徒に色気感じると思わなかったぜ、一瞬マジ焦ったわ、俺様。


あのどくそ忌々しい伊達政宗が私を猿飛先生へ紹介したあの時、
私の性別を知らされる直前にこの担任はそう軽口を叩いて笑った。
色気。
それこそ私とは余りにも縁遠い単語だ。
別に自身の事を卑下して言っている訳ではない。
主観的に見ても客観的に見ても事実であろうと受け止めているだけだ。
それ程に幼い頃からクソ親父から叩き込まれた『男らしさ』についての知識や所作が、
染みついてしまっているとも言える。
女であることを捨てた訳ではなく、特に頭にないだけだ。
とは言え、そうさせられたのだと考えると、やはり腹の底から煮え返る様な怒りはある。
『女』であると言う自覚すら忘れさせたクソ親父に。
だからこそ、この担任の様に軽い口調で自然に私が女であることを匂わされると、
戸惑いを感じてしまうのかもしれなかった。

「なぁなぁ、さんさぁ、初恋っていつよ?」
「―――――――――はい?」
「またまたぁ、照れちゃって!先生にだけこっそり教えてくれよ。あるんだろ?それ位。」

余りに唐突過ぎ、尚且つ脈絡のなさすぎる質問に、私は咄嗟に怪訝な表情で猿飛先生を見上げる。
全く以て意味が分からない男だ。

「申し訳ないですが、ご期待に添えるような回答は致しかねますが。」

素気なく返し、私は再び日誌の空白欄を埋める作業にかかった。
まともに相手をしていては時間を取られるだけだ。
とは言え、返事の内容に嘘を言ったつもりはない。
初恋らしき感情をもった事があるのかもしれないが、
覚えても居ないのだから、やはりそんな経験はないのだろう。
他人事のようにそんな事を考えた。

「え?うっそ、マジで言ってんの?
それともやっぱ教師の俺様には言いたくないだけってとこ?」

そこいらの学生と変わらない程気軽い口調で担任は言った。
私は思わず眉間にしわを寄せたまま、私を見下ろす猿飛先生の顔を一瞥する。
本当に教師なのか?この男。
年上であり、教師であるからこそそれなりの礼儀として失礼にあたらない程度にと抑えているつもりだが、会話内容が余りにも余りだ。

「小学校とかの淡い初恋とかもなし?」
「ありません。」

仕方なく私は溜息と同時に今度はキッパリと返答した。
心なしかボールペンを握る手に力がこもる。
何がしたいのか、何が言いたいのか、全く分からない。

「幼稚園は?ほら、よくあるだろ?小さな恋のメロディ的な淡ーい初恋ってヤツがさ。」
「――ありません。」
「じゃあファーストキスもまだか。ふぅん、綺麗な顔してんのに勿体ねぇ。」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。」

そろそろ、そろそろ、この男をぶちのめしてやりたいと思い始めてもいい頃か。
いや、さすがにそれはやり過ぎだろう。
考え直せ。
苛々とし始めている自分自身を心の中でどうにか落ち着けて、
私は再度、日誌に集中しようと努めた。
だが、そうまでせずとももう後2行も埋めれば日誌も書き終える。
そうすればさっさとこのドグサレ・・・いや、猿飛先生の前から消える事も出来ると言うものだ。
そうこう考えている内に、日誌を後1行書きすすめれば終了出来るところまで来ていた。
私は心底安堵しながら、更にボールペンを走らせる。

さん、アンタ、そう言うのには全く興味ねぇって訳じゃないよな?」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ありません。」

最後の3文字を書き終えようとする直前、またしても猿飛先生は質問を重ねた。
そして私もまた、今までと全く同じ答えを返す。

「俺様がアンタに教えてやろうか?恋のいろはってヤツをさ・・・・なーんて言ってみたりして。」

もしかしてちょっとときめいたりしちまった?
続けて言った担任は、笑って私を見下ろした。
何なんだ、この男は。
私の中の苛々は再び呆れに変化していた。
熱くなって腹を立てる方が馬鹿らしい。
結局男まみれの男子校でこの手の話でからかう相手が欲しかっただけに違いない。
最も、私はその相手には明らかに適していないと思われるが。
私は幾度目かの溜息を吐き、最後のひと文字を日誌に書きつけた。

「でも、冗談でもなかったりする訳だ、これがさ。」
「?」

不意に妙な真剣身を帯びた猿飛先生のその台詞に、私は訝しげに眉間にしわを寄せて顔を上げた。
瞬間―――――――――

「っ!?」

私の方へと体を傾け、屈みこんできた担任は、私の唇に自分自身の唇を押し当ててきた。
咄嗟に抵抗する事さえ出来ず、私は体を硬直させる。
唇を通して直に猿飛先生の吐息が流れ込んでくる様だった。

「はいはいっと、そんじゃ、この日誌は貰ってくぜ。
帰りはお迎えがあるみたいだから心配ないだろうけど、一応気をつけるこった。」
「――――――――――。」

気がついた時にはそう言い残し、私に背を向けて去っていく担任の姿が視界に入った。
私はと言えば、茫然と、ただ茫然と、馬鹿面を晒し続けていた。
何が起こったのか分らず、理解するのに優に数十秒を要し、
ようやく自身の身に何が起こったのか気付いた時には、既に猿飛先生の姿は消えていた。


「どうして・・・・・・・・・・・・・。」


自分でも不思議な程に怒りや嫌悪感は感じず、
ただ驚きと疑問だけが私の胸の内を支配する。
無論私の問いかけに答える声はなかった。


(終わり)


後書き
久しぶりの政宗シリーズの筈なのに佐助先生で書いてしまいました(笑)
しかもメチャクチャ久しぶりすぎてヒロインの性格があああ、佐助の性格がああ!
と言う救いようのないことに(遠い目)それでも共通話を読みなおして執筆しました。
っていうか佐助、質問内容がオヤジくさい(笑)
ではでは、ここまでのお付き合い、誠に有難うございました!失礼致します。


ブラウザバック推奨