「、アンタ、綺麗な指をしてるな。爪の形も整ってる。」
隣に座っている政宗が水割りを私に手渡しながら言った。
「・・・・・・・・・え!?あ、有難う・・・。」
咄嗟にお礼を口にしつつ、自分の指先に目を向ける。
さすがによく見てると言うか、上手いと思った。
マニキュアは昨日の夜に寝る直前まで神経使って完成させた力作。
だけど今日ホストクラブに来る事なんか勿論予測してた訳じゃないから、
全くの自己満足だった。
昔から、『手だれになればいい』と言われるほど、手だけには自信があった。
手だけと言うのは、微妙過ぎるけど、
それでも自分の体の中で一番好きなパーツには違いない。
だから褒められるとやっぱり素直に嬉しかった。
政宗が私達の席につくことになって1時間半。
その間中ずっと周囲の席から羨望毒電波が発せられてはいるけど、
私は思った以上に快適な時間を過ごしている。
彼はどう見てもブランド物のスーツをそれでも全く嫌味にならない様に、
そして極自然に身につけていて、それがまた恐ろしく絵になっていた。
男物の香水の香りも、いつもなら余りいい気分がしないのに、全然気にならない。
それさえも彼の空気の一部みたいに感じていた。
最初はこんな大物らしき超美形ホストが私の隣に座っていることに、
緊張しすぎて話をするどころの騒ぎじゃなかった。
少しでも早くここから出て行きたい気分だったのも事実。
でも彼と話をしているといつの間にかそんな気持ちは薄れていた。
見た目も態度も自信満々、唯我独尊的な感じだし、実際会話していてもそうとしか思えないのに、
いつの間にかこの人の行動や話に夢中になってしまっていた。
「この繊細な指先で触れて貰える男は幸せもんだねぇ・・・。
俺の背中にこの爪跡残して欲しい位だぜ?」
「なっ・・・・・・・・・・!?」
彼の意味深な台詞に私は思わず顔を赤くして言葉を出せなかった。
それを見た彼がクックと喉を鳴らして笑う。
からかわれたんだと気付いて抗議しようと思ったその時、
今はトイレで席を外している里奈の隣に座っている小十郎さんが口を開いた。
「政宗様、初めてお店にいらした方に、余り無用なことはなさりませぬようにとあれ程・・・」
「おいおい、小十郎、そこで無粋な小言始めるんじゃねぇよ。」
二人のやりとりに笑ってしまいながら、少しだけ体の位置を動かした瞬間、
左目に違和感を感じて、私は片手を軽く左目にあてた。
コンタクトがズレたのかもしれない。
そう思ったその時、政宗が私の顔を覗き込んできた。
「what?contact lensesの調子が悪ぃのか?」
「・・・そうみたい・・・ちょっと、洗面所に行って見てくる。」
「あ、じゃあその間今度はあたしが二人を独り占め出来るってことか♪」
私が立ち上がったのと入れ違いに戻ってきた里奈が、嬉しそうに言った。
政宗がこの席に着いてから彼女の機嫌は上昇しっぱなしで、
その上お酒も入って絶好調さに磨きがかかっている。
里奈にとっては周りから発される羨望嫉妬の毒電波も、心地いいものらしい。
私はトイレに向かいながら、ふと、不思議な事に気付いた。
―contact lensesの調子が悪ぃのか?
「・・・私、コンタクトだなんて言ったっけ・・・?」
それだけじゃない。
そう言えば、ついさっき私の指を褒めてくれた言葉。
似たようなことが、あったような気がする。
しかもコンタクトの話と同じ繋がりで。
トイレに入って一度コンタクトを外し、コンタクトケア用の薬をバックから取り出す。
私はそこで手を止めて、トイレ内全体が映る程大きなその鏡を見つめた。
―HEY!何やってんだ?アンタ。
こんなとこで這い蹲ってるってこた、contact lensesでも落としたか?
あれは、確か2年前だったかと思う。
祖母が今叔母の入院している医療センターにお世話になっていた頃の話だ。
その時私は丁度眼鏡からコンタクトに変えたばかりで、
まだコンタクトの扱いにも慣れていなかった。
だだっ広い病院内の中庭。
私はそこのベンチ付近でコンタクトを落としてしまい、彼の言う通り、
地面に這いつくばって探し回っていた。
コンタクトをしていなかった私には、『彼』の顔がぼんやりとし見えなくて、
ただ、白衣を着たかなりの長身の若い先生なのだという事だけは分かった。
それから声。
いつまでも聞いていたくなる様な耳に響く独特の低音。
気障ったらしい喋り方も、何故か心地良かった。
私が彼の言葉に頷いて返事をすると、彼は一緒に探してくれると言ってくれた。
幸いその時間に散歩に出ている患者さんは少なくて、コンタクトを誰かに踏まれる、
と言うベタなオチはなくて済んだようだった。
―I found it.アンタの右足の斜め後ろだ。おっと、動くんじゃねぇぜ、俺が拾ってやる。
彼はそう言って大股で私の背後に回ると、体を屈めて私のコンタクトを拾い上げてくれた。
そして私がそれを受け取る為に伸ばした手を、彼は少しの間ジッと見つめていた。
私が不思議に思って彼に声を掛けると、彼はこう返した。
―Sorry.アンタの手があんまり綺麗だから見惚れちまったぜ。
言いながら、彼は私の掌にコンタクトをそっと乗せた。
友達から手のことを褒められたことは何度かあったけど、
男の人にストレートにそんなことを言われた事がなくて、私は戸惑いつつ彼にお礼を言った。
コンタクトのことと、私の手を褒めてくれたことの。
―HA!礼を言われる程のこたしてねぇよ。
言葉と同時に、フッ、と、彼が笑った気配がする。
私が彼に名前を尋ねようと口を開きかけた所で、不意に誰かの声がして、彼が振り向いた。
『伊達先生!!そろそろお戻りの時間ですよ!片倉さんも探していらっしゃいます!!』
―やれやれ、小言を喰らうのは御免だぜ・・・。仕方ねぇ、さっさと戻るか。
おっと、悪かったな、アンタ。ま、そう言うこった、俺は行くぜ。
去り際、ポンっと軽く、頭に触れた大きな掌。
初対面の、しかも男の人からそんなことをされても、全く嫌な感じはしなかった。
それどころか、何だか嬉しかったのを覚えてる。
「伊達・・・・・政宗・・・・・・・・・・・・・・・・。ん・・・??え??あれ???」
伊達政宗。
唐突にぽんっ、と思い出したその名前。
叔母さんがあの医療センターで断トツ人気だと言っていた先生。
さっきは思い出せなかったのに、今になって本当に突然に思い出した。
私のコンタクトを拾ってくれた先生は、多分その伊達政宗先生だろう。
そう思うと、さすがに『いい男』に興味のない私でも、
ちゃんと顔を見ることが出来なかったのを惜しいことをしたと思ってしまう。
でもそれよりも何よりも、今驚いているのは顔も見えなかったその先生と、ホスト『政宗』の共通点。
私の手を褒めてくれた会話といい、そしてあの独特の声質といい、今思えば凄くよく似てる。
それに名前。
余りにも直接過ぎるけど、これだけ色々被っててその上同じ『政宗』ってのも気になった。
それにしたって幾らなんでもホストと医者なんて同時に両立出来るもんなのだろうか。
って言うか、普通に考えればあり得ない。非常識すぎる。
もしかして実は双子とか。それで源氏名を兄弟の名前を拝借して・・・。
それも無理がある感じだ。
「、ねぇ、何か遅いけど、大丈夫?気分でも悪いの?」
「・・・・・・・え!?あ、大丈夫!ごめん、すぐ行くから!」
ぼんやりと考え事をし過ぎて無駄に長くトイレにこもってしまったらしく、
いつの間にかトイレのドアから里奈が顔を覗かせて声を掛けてきた。
私は慌てて返事をすると、すぐさままた席に戻る事にした。
その後席に戻ってからも私はどうしても医療センターの伊達政宗先生と、
今同じ席に居るホストの政宗のことが気になって仕方なかった。
とは言っても、勿論彼本人に確かめることなんか出来はしなかったんだけど。
(続く)
後書き
えええええ!!??やっば!これどれだけ続くんだ(涙
一応全体的な話は決めてるんですが、次回で終るのかも怪しい。
補足として、普通はお客側からホストを指名する筈ですが、
『政宗』の場合は特別なので彼からの指名でつくお客が決まります。
(絶対そんなこと現実じゃ有り得ないでしょうけど、そんな感じです)
次はまた病院篇でございます。宜しければ最後までお付き合い下さいませ。
ではでは、ここまのお付き合い、誠に有難うございました、失礼致します。
ブラウザバック推奨