ホストクラブデビュー(強制的)から数日後。
私はまた、母に頼まれて叔母のお見舞いに医療センターに来ていた。
1週間に1・2度の割合で私は叔母の所に顔を出すようにしている。
叔母の病室に向かう為の広くて長いセンター内の廊下。
ぼんやりと窓の外を眺めつつ、私はまた例のホストの『政宗』と、
この医療センターの政宗先生のことを考えていた。
前も見ずに歩いていたら、右の廊下から女の子が飛び出してきて私にぶつかった。
「っと、御免なさい。怪我なかった?」
「おら平気だべ!ねえちゃんこそ大丈夫だか?おら急いでて、ごめんな!」
「え?あ、私も平気。前見てなかったのは私だし。」
小学生位の女の子だと思う。
目が大きくてくりくりしてて、少し高めの位置にある二つの三つ編みが良く似合った、
中々の美少女だった。ただし、その喋り方にかなりのギャップを感じたのは確かだ。
私が内心面食らって答えると彼女は笑顔で言った。
「そっか!へへ、なら良かった。んだら、おらもういくだ!」
元気にそういい残して、彼女はまた急いだ様子で小走りに廊下の奥に向かっていく。
何気なくその背中を見つめていると、彼女はまた別の誰かにぶつかった。
白衣で長身、若い男の先生だ。その隣にその先生よりももう少し背の高い看護士さんの姿。
二人の姿を目にした瞬間。
どっくん。
と、大きく、胸の奥が跳ねた。
「Watch it!Hey!いつき、なぁに、廊下走り回ってやがんだ?」
(危ねぇ!)
「あ、伊達先生!おらこれから注射なんだべ!」
「Ah-HA・・・それで逃げ回ってるって訳か?」
「違うだ!おら注射なんか怖くねぇ!」
拗ねた様な声でいつきと呼ばれた女の子が返す。
彼女がぶつかった先生は、少し身を屈めて話をしていた。
隣に立っている看護士さんが穏やかな笑みを浮かべる。
「ほぉ、注射が怖くねぇだと?さすがだな、いつき。いい度胸だ。」
「あったり前だべ!おらは今、急いで病室に戻ってるとこだ。
早くしねぇと長曽我部先生来ちまうだからな。遅れてまた馬鹿にされるの嫌なんだべ。」
言って、いつきちゃんはフンっと胸を張った。
男前のお医者さんと看護士、そして元気な美少女との微笑ましい会話。
周りにはそう映っているに違いなくて、
実際辺りからほぅっとした溜息交じりの視線が色々な場所から飛んできている。
だけど、私はそれどころじゃなかった。
心臓がばくばくと自分でも驚くほど大きく胸をたたき続けているのが良く分かる。
「HAHAHA!だったら、ま、せいぜい頑張んな。泣きべそかくんじゃねぇぜ、いつき。」
ポン。
彼の掌が軽くいつきちゃんの頭に触れる。
その姿が、2年前、私のコンタクトを拾ってくれたあの時と重なった。
「泣きべそなんかかかねぇべ!あ、おらもう行くだ!ホントに間に合わなくなっちまう!」
そして彼女はまた慌てたように走り始める。
「Hey!no running in the hall!いつき、また他の奴にぶつかっちまうぞ。」
(廊下を走んじゃねぇよ。)
「ふっ、政宗様からの言葉では、多少説得力がないかもしれませぬな。」
「小十郎、お前な・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
隣の看護士さんと話を始めた『彼』が、そこで言葉を切った。
瞬間。
私とバチリと、目が、合った。
私は咄嗟にどうすればいいのか反応に困って、更に混乱していた。
そんな私を彼、伊達政宗先生は少しの間ジッと見つめて、
それから突然ニヤリと笑みを浮かべた。あのホストクラブで見た笑いと同じ笑い方。
彼の隣の看護士、小十郎さんがチラリと私に視線を走らせて、
そして大きく溜息を吐くのが見える。
「政宗様・・・患者や家族にだけは手を出すなとあれ程・・・。」
「小言は後だ、小十郎。俺は後で戻る、頼んだぜ。」
小声で話している彼らの会話は、私にまで届いては来なかった。
とは言っても、これだけ混乱してたらもうそれどころじゃなかったけど。
「・・・ちーとこっちに来な。」
「え!?ちょっと・・・・!!?なん、何!!??」
いつの間にか私の正面までつかつかと歩いてきた彼が、
私の腕を掴んでそのまま歩き始めた。
意味が分からずにおお慌ての私を無視し、
彼がある一室のドアを開けて、私をそこへ押し込む。
その動きの間、政宗先生がやけに私に密着して来るもんだから、
彼のつけている香水の匂いが自然と私の鼻腔に広がった。
香水。
男物のブランド品。
「久し振りじゃねぇか、この間の夜以来だな。
もしかしてこの俺に会いに来たんじゃねぇか?嬉しいねぇ。」
「はい!?違うわよ!私・・・って、やっぱり・・・やっぱり!!??
やっぱり貴方ホスっ・・・「おっと!デカイ声で言うんじゃねぇよ。」
言いざま、彼が私の唇を掌で覆う。
背中を壁に押し付けられて、至近距離に政宗先生の顔があった。
心臓が恐ろしい勢いで鳴り響いているのが自分でも分かる。
でもそれは、ホスト政宗=伊達政宗先生と言うことに驚いてるってだけじゃない。
それとは違う、別の意味での動揺。
「That's right.察しがいいねぇ。ご褒美にkissをやろうか?」
ぐっ、と、彼が更に私に近付いて、耳元に唇を寄せる。
囁くようにそう言ったと同時に、耳を湿った吐息が掠めた。
私は体をよじって政宗先生から逃げ出そうと必死に抵抗したけど、
がっちりと固定されたみたいに全く動かない。
「要らないっ・・・!」
とりあえず口に出来たのは掠れたようなその一言だけだ。
何だってこんな唐突に急展開を迎えているのか意味が分からない。
この人のやっていることも理解できない。
「ま、分かってるだろうが俺が医者やりながらホストやってんのはここの連中にゃ言ってねぇ。
I'd appreciate it if you'd keep it to yourself. 」
(このこた秘密にしてくれると有りがてぇんだけどな。)
「・・・・・・・・・・わ、分かった。どっちにしろ、言う気なんかなかたけど・・・それより・・・」
「thanks!素直ってのはいいことだぜ。、アンタはやっぱり俺が見込んだ女だ。ご褒美をやるよ。」
「っっ!!!??」
私が否定の言葉を口にする直前に、彼は私の口元の手をずらして、
代わりに自分の唇を触れ合わせてきた。
私の体が瞬時に硬直する。
開きかけの唇を割って、政宗先生の舌が私の口内に入り込んできた。
ぬら、とした何とも言えない感触。
彼は私の舌を絡め取ると、弄ぶみたいにして吸い上げ始めた。
私は力一杯抵抗しようと思ってるのに、それとは全く逆に、体から力が抜けていく。
脳みそが痺れてるような感覚が私を襲う。
鼻に広がる香水の匂いが、まるで口から飲まされた媚薬みたいに思考回路を乱した。
それから私の口内を彼の舌は隈なく動き回り、
とろりとした生温かいお互いの唾液が交じり合い始める。
余りの恥ずかしさに私の顔は恐ろしく真っ赤で、にも関わらず、
気付かないうちに抵抗する気力さえ吸い取られてしまったようだった。
ゴクリ。
政宗先生が小さく喉を鳴らして半透明の唾液を飲み込んだ音が、
妙に私の耳に大きく響いた。
体が麻痺したみたいに動かなくて、私が半分呆然としていると、
彼は仕上げに私の唇の端に溢れた唾液を舐め取った。
真っ赤な舌の色が、私の瞳に焼き付けられる。
見せ付けるように開かれている彼のシャツの胸元が、嫌でも視界に入った。
そこで私はやっと我に返り、咄嗟に拳を握って彼の腹部に叩きつけてやろうとしていた。
おかしな話、瞬間的に「ホストなんだから顔は避けてやろう」みたいな思考が働く。
―ぱしっ
「クックック・・・いいpunchだったぜ。平手じゃねぇとこがcoolだねぇ。」
片手でやすやすと私の拳を受け止めて、彼はからかうようにしてそう言った。
そして、私の手に骨ばった、それでいてしなやかな指を絡める。
「ちょっと!政宗先生っ・・・!!いい加減にし・・・っ!?」
彼は私の手を握ったまま、それを自分の口元に持って行き、私の指にゆっくりと舌を這わせた。
それは間違いなく、ついさっき私の口内を荒らしまわっていたあの真っ赤な舌。
そして今の彼の顔は内科医の伊達政宗先生ではなく、あの夜見たホストの『政宗』だった。
白衣だって言うのに、それが逆に彼の色気を最大限引き出しているみたいにさえ見えてしまう。
悔しいことに嫌悪感なんて全く無くて、逆に彼に見惚れている自分が居た。
「相変わらず綺麗な手をしてるな、。」
低い声音で囁くように彼が言った。
「離してっ・・・!大声出すわよ・・・!」
「OH!そりゃ困ったぜ、だったら大人しくしねぇとな?」
大げさにそう口にして、でも彼は全く困っているようになんか見えなかった。
どう見ても余裕、更に言うなら私の反応を楽しんでる。そうとしか思えない。
「It's time for me to go.残念だが今回はここまでにしといてやるか。
、また会おうぜ。」(もう行く時間だ。)
彼はそう言って私の手を放し、ぽん、と、またあの大きな掌で私の頭に触れた。
その瞬間に、彼の顔はもうすっかり内科医伊達政宗に戻っていた。
そして私の返事も聞かずに部屋から出て行く。
私は壁に背中を押し付けたまま、へなへなと床に座り込んだ。
今起きたばかりのことが、信じられない。なにもかも。
やっぱり伊達政宗先生と政宗は同一人物で、その上こともあろうに彼は私にキスまでしてきた。
体が小刻みに震えて、私は両手で口元を覆った。
そして、指を這った彼の舌の感覚がまだありありと残っていることに気付く。
柔らかで温かくて、湿った真っ赤な彼の舌の、生々しい感触。
体の、頭の、芯の芯が熱くなる。
何なの、あの男!何なの、何なの、何なのーー!!!???
混乱しながらも、結局なされるがままでまともな抵抗ひとつ出来なかった自分に愕然とした。
しかも懲りずに「コンタクトのお礼を言うんだった」なんて、そんなことすら頭の片隅で考えている。
馬鹿だ、阿呆だ、結局私も「いい男」に弱いだけの女だったんだろうか。
でも、そうじゃなくて、そうじゃなくて。
混乱しすぎて全く思考がまとまらない。
私は暫くの間そこでうずくまり、それからやっと叔母の病室に向かう気力を取り戻した。
広い広い医療センター内。
「医者」である彼と会ったのはまだ2度目。ホストクラブに行く気はもうない。
大丈夫だ、これは唐突に起きた非日常のひとコマで、明日にはきっといつも通り。
それに彼にとっては暇つぶしみたいなもんだったに違いない。
看護婦さんや女医さん、ホストクラブのお客さん、どう見ても選り取り緑。
私に構ったのは今日と言う日で終わり。
大丈夫、大丈夫。
自分に必死で言い聞かせながら、それでも全然頭が整理なんかされてないのにわざと目を瞑って、
私はどうにか叔母さんといつも通りに話をして家に帰ることが出来た。
(続く)
後書き
ながーーーー!!!前中後じゃ終らなかったぁぁ(涙)
微妙な連載になってしまいました、白衣&ホスト筆頭夢。
ヤバイですね、次で終るとも言い切れません・・・。仕方ないな・・・。
ではでは、ここまでのお付き合い、誠に有難うございました。
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