今現在、魔界は全土の覇権を巡る争いに激しく揺れ動いてた。
力を持つ魔物達が各地で戦を起こし、領地を広げんと躍起になって戦っている
元より元親は覇権の行方に等全く興味すら覚えていなかったが、
彼の支配下にある広大な海は、争いに参戦している魔物達にとっては魔界を征服する為には外せぬ地であった。
魔界の海を統べる長宗我部元親。
その容姿から悪魔である彼も、鬼と呼ばれ、魔界にその名を轟かせていた。
以前ならば己の領域を荒らす者どもから、
仲間や海を守るに十分の力を持っていると自信を持って断言できた彼だが、
現在の魔界の状況ではそれも難しいと言えた。
下界の黒き闇を吸収し、力をつけた者が多数現れたのである。
今現在魔王になり得る者として最も有力視されている、上級悪魔の中でも貪欲で残酷な魔族を率いる織田信長を筆頭に、
天馬を自在に操る巨大な虎の魔物・武田信玄、龍族の若き長・伊達政宗、
そして彼がに出会うほんの数日前にこの彼の支配下である地を襲った夢魔の竹中半兵衛等、
侵攻戦を仕掛けてくるであろう者達は、最早数え上げればキリがない程だった。
尤も半兵衛は彼の親友である巨人の血を濃く引いていると言われる悪魔、豊臣秀吉の為に動いている様だ。
無論、その秀吉も有力な魔王候補の一人でもある。

元親は虎視眈々と彼の領域を狙う侵略者達から、彼の仲間と海を守りぬく方法に日々頭を悩ませていた。
彼らとこの地を何者にも侵されることなく維持する力。
元親はこの時ほど強く己が持つ以上の力を望んだことはなかった。
そしてそんなある日―――――。


彼にとっての最大の幸運。
聖女との契約が舞い込んで来たのである。


元親はと契約を交わしてすぐに魔界に続く道を開き、
彼女を彼の支配下である海の側にある城へと連れ去った。

聖女。
低級悪魔にとって聖女の浄化された空気は毒以外の何物でもなく、
不用意に近づけばその身は消滅することすらある。
だが、上級悪魔となれば話は別だ。
寧ろ聖女の纏う空気は彼らに力を与え、
その存在が近く在れば在るほどに、悪魔の更なる力を引き出すこともあると言う。


―下らねぇ御伽噺と笑って済ませりゃそれまでだ……。
聖女の存在なんざ今の今まで忘れてたぐれぇだぜ…。

だが。
と、彼はその少女を視界に収め、考える。


―この女のあの数滴の血に込められた力…、その上人間にしちゃ強すぎるこの空気……。
上級悪魔を呼び出す手順を殆どすっ飛ばして俺を召還することに成功した程の人間だ…。
………俺の勘に間違いはねぇ…。悪ぃが…利用させてもらうぜ、嬢ちゃん。


本来ならばどの様な形であれ人間の、
それも女等の力を当てにするなど元親にとってはもっての外だった。
だがしかし、現在の情況はその様なことで済ませられるほど甘いものではなく、
仲間や己の領土を守るには他の魔物たちを大幅に凌ぐ力が必要なのだと彼自身も心得ていた。
の願いは悪魔・長宗我部元親の彼女に対する心からの愛情。


――「悪魔さん・・・貴方の愛を私に下さい。貴方が私を愛してくれたと心から感じ、
貴方が心からその言葉を私に告げてくれたその時、代償として私の命を差し上げます」――


それが彼と契約を交わした際にが彼へと告げた言葉だ。
つまり、元親が彼女に愛情を持ち、愛を口にしなければ、契約が完全に成されたことにはならない。
そして契約が完全な形で成立しない限り、聖女の力は悪魔である彼に力を与え続けることとなるのだ。
基より悪魔と人間では愛情そのものの概念が違いすぎる。
人間達が口にするような互いを慈しみ、思いやることなど、魔界では到底考えられぬ話だった。
現在の人間達が魔物の雄と雌の様に打算と欲望にまみれていることも彼は十分理解していたが、
彼女が望んでいるのは悪魔が最も嫌悪している純粋な愛情なのだと言う事は明かだった。
とは言え、彼も多くの仲間たちとこの海には愛情を持って接している。
全く理解できないと言う訳ではない。
だが、人間の女に愛情を注ぐ己の姿など微塵も想像がつかなかった。
彼にとってこの契約は、聖女の力を堂々と利用できる絶好の機会でしかなかったのだ。
そう、この時までは彼は確かに彼女を聖女としてしか認識して居なかった。





――今思えば…残酷な願いを口にしてくれたもんだぜ…、おめぇは…。


彼は腕に抱いているの細い肩を掌でそっと撫で、なだらかな膨らみに軽く唇を寄せた。
びくり。
微かに彼女は身を震わせたが、抵抗することなく、それを素直に受け入れる。
元親が初めてと閨を共にしたのはほんの数日前だ。
それまでは、雄の本能として膨れ上がる欲望をただ只管必死で押さえ込んできていた。
だがそれは彼女愛しさ故にではない。
純潔でなければ聖女としての力を失う恐れがある、と言う思いがあったからに過ぎなかったのだった。
彼女を側に置くようになって、元親は確実に以前よりも力を得てきていると実感していた。
そしてそれはやはりが聖女であると言う証に他ならず、今の彼には決して失うことの出来ないものだった。
支配下の領土の結界を強化し、仲間達の力を増幅させ、常に警戒を怠らぬようより上位の使い魔を次々と空へ海へと放った。
それらは全て聖女の力があってこそなのだ。
しかし、彼女を初めて抱いたあの日、元親はの純潔が失われ、
聖女としての力が消滅してしまおうとも構わないと本気で思っていた。
最早彼はを己が力の為に利用するだけの聖女とは考えられなくなっていたのである。


されど彼と肉体的に繋がり合った後も、の聖女としての力は失われることはなかった。


「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。」
「元親・・・・・?」
・・・・ちっとばっかし・・・・・・・・・・・このままで居させてくれ・・・・・・・。」

の胸元に顔を埋め、彼女の細い腰に半ば縋る様な形で元親は囁くように言った。
彼女は無言で頷くと、元親の美しい銀髪に指を滑らせる。
そしては彼の頭部から左右に生えている、その銀髪と同じく輝いている角に、じっと視線を向けていた。
時に狂おしい程に、時にあたたかさに包まれるように、
元親のへの想いは彼の悪魔としての存在を侵食していった。
悪魔にとって性交は本能のままに互いの欲をぶつけ合い、
貪り続けるだけの雄と雌の肉体的交わり以外の何ものでもない。
場合によっては繁殖は性交を行わずとも可能だからだ。
何より脆弱な人間達よりも格段に長寿の彼らにとって、子孫を残す為の発情は滅多に訪れないのだった。
互いを求めるその行為は純粋に情欲の渇きを満たすためだけに過ぎない。
それは元親にとっても変わりなく、事実彼もをそうした対象に見ていた。
しかし、肉体的な行為が聖女としての力を失わせるものではないのだと確認できたこの状況でも、
彼には彼女の肢体を己が欲望の捌け口等には出来なくなっていたのだった。


「アニキ!!!アニキ!!!すいやせん!」

不意に、彼らの寝室の外から元親の部下の一人が慌しく声を掛けてきた。
元親は素早く身を起こして扉のある方向へと視線を向ける。

「おう!どうした!?部屋の結界は今解いたぜ、入ってきな!」

言いざま、彼はの体にしっかりとシーツを巻きつける。
そして寝台の隅へとどかりと腰を下ろした。

「んじゃ、失礼しやすぜ!!」

彼の部下は扉を開けて室内に足を踏み入れると、二人の居る寝台から少々離れた場所に跪いた。

「天界の奴らがここに向かっているってぇ伝達がありやした!!!
ついさっき入った情報ですが、もうすぐそこまで来てるって話でさぁ!
奴ら結界にも見張りにも引っかからずに入り込んだってことになりやすが・・・・・。」

後半は言葉を濁すようにそう言って、部下は元親の返事を待った。

「ケッ、目的なんざ聞く必要ねぇか・・・・・。元々あの結界は魔物にしかきかねぇはずだ・・・・・、
が、全く引っ掛からなかったってこた結構な大物ってことだな・・・・・。
天界の奴らにまでの情報が回っちまったか。仕方ねぇ・・・・・、
俺が出る!いいか、それまでは手出しすんじゃねぇぞ!他の野郎共にも伝えとけ!!!」
「了解ッス!!!アニキ!!!」

答えると同時に部下はすぐに彼らの寝室を後にした。
元親は寝台の側にある椅子に掛けてあった彼の衣服を乱暴に手にし、
素早くそれを身に着ける。

、おめぇはここで待ってろ。」
「いいえ、私も行きます。」
「!?」

予想外の彼女の返事に、寝台の側から離れようと踏み出した彼の足が止まる。
は更に続けた。

「天界から来たと言う人たちの目的は私の筈です。だったら私も行きます。」
「奴らの目的がおめぇだって分かっててついて来るってのか?んなことさせられっか。
、おめぇはここに残れ、天人(てんじん)なんざ俺がとっとと追い出してやっから。」
「いいえ、元親、私も行きます。
行って、貴方と一緒に居るのは私の意志だとその人たちに伝えたいんです。」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。」

は一歩も引かなかった。
そして、今までの経験上これ以上彼女に何を言っても無駄なのだと元親はよく理解していた。
大きく、ひとつ、彼がため息をつく。

「ヘッ、つくづく大した聖女さんだぜ、おめぇはよぉ・・・・・。いいぜ、連れてってやる。
その代わり、何があっても俺の側から離れるんじゃねえぞ、いいな?」
「はい・・・・!」

真剣な眼差しでが頷く。
元親は先ほどの椅子に掛けてあるの衣服を手にし、それを彼女へと投げて寄越した。


「すぐに仕度しろ。おめぇの着替えが終わり次第行くぜ。」


天界よりの使者の目的は、聖女の身を彼らの保護下へ移せと言う内容にほぼ間違いはないと元親は睨んでいた。
しかし無論、彼にも、そして本人にもその意思はない。


―こりゃあ・・・・・・・天界との争いも…避けられそうにねぇな。


胸中に複雑な思いを抱えながらも、元親はを連れ、寝室を後にした。




後書き
先行きの見えない連載になってる(苦笑)
敬語のヒロインと元親のやり取りは何だか新鮮な気分がします。
妖怪パラレルと言えるのかも謎な連載ですが、
此方を読んで下さっている姫さま方には深く感謝です。


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