幼馴染。
兄代わり。
保護者。
それから、先生。
佐助兄を私の何かと聞かれれば、答えはひとつじゃ足りない。
色々な意味で特別な、色々な意味で大切な人。




人気のない放課後の教室内。
開け放たれた窓から生温い風が入り込み、の頬をふうわりと撫でる。
初夏の匂いを孕んだ風。
校庭では運動部の生徒達が声を上げて練習に励んでいる姿が見える。
は片手で頬杖をつき、ぼんやりとした表情で日誌に文字を書き記していた。
静かな教室内には彼女のシャープペンシルの音が、
そのやる気のなさを象徴しているように途切れ途切れに響いている。
やがてようやく日誌を書き終えた彼女は、小さな溜め息を吐いた。

「ううー・・・、どこでもドアがあればいいのに…。」

家路につく約20分もの道のりを思い、は一人ごちた。

「お!いいねぇ、それ。俺様も欲しいぜ。世界中旅行し放題でサイコーじゃね?」

教室の出入り口付近からの聞き慣れた声が軽い口調で相槌を打った。
彼女は視線をその声の主へと移す。

「猿飛先生、気配殺すの止めてください。」

廊下を歩く足音すらさせる事無く現れた佐助に、は頬杖をついたまま言った。

「俺様のこれはもう癖みたいなもんだからねぇ。アンタだって、知ってるだろ、さん?
それに、普通に入って来てたとしても、今のアンタの様子じゃ気付いたとは思えねぇけど。」

佐助は軽い口調でそう返し、ゆっくりと彼女の居る机の側まで歩を進める。
は拗ねた様に僅かに頬を膨らませ、彼を見上げた。

「日誌書くのに集中してましたから、猿飛先生。」
「へっ、日誌書くのに集中ねぇ〜。ま、そういうことにしときますか。さん。」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・。」
「・・・・・・・・・・・・‥‥‥。」

「「・・・ップッ!」」

互いに無言で瞳を合わせた後、二人は同時に吹きだした。
は笑い声を上げながら、戯れに佐助の腹部に軽く拳を突きだす。

「もう、いつから見てたのよ、佐助兄!」
「俺様のぼーっとした顔見るの結構好きなんだよねぇ。
ああ言う無防備な時の表情は、昔っから変わってなくてさ。」

悪趣味ぃ。
と返すに、彼は再び笑って答えた。

「まぁまぁ、そう言いなさんなって。
どこでもドア程画期的じゃねぇけど、車で送ってやるぜ、。」
「うわ、珍しい。でもラッキー!・・・あ、だけどもう帰れるの?佐助兄は。」
「ああ、後は、ま、自宅で採点位だからな。俺様こう見えて真面目な教師ですから。」
「よく言う。でも今回は感謝かな、あ、そうだ、日誌あるから職員室寄ってから帰らないと。」

会話を続けている間に、は着々と帰り支度を整えて行く。
それは先程までぼんやりとした表情で日誌を書いていた人物とはまるで別人の様だった。

「はいはいっと、んじゃ、俺は車を公園前に移動させておくからさ。」
「了解。すぐ行く。」

言いざま、は荷物を片手に教室を後にする。
佐助はその姿を見送りながら、ボソリと小さく呟いた。


「やーれやれ、全面的に信用してくれちゃって・・・。」


苦笑と共に自身の髪にくしゃりと手を触れる。
の足音が廊下の奥へと消えた頃、ようやく彼は歩を進め始めた。

「そろそろ教師で保護者の俺様も、仮面が剥がれてきちまうぞ・・・なーんてな。」

更にそう独り言を口にし、彼はジャケットの内ポケットにある車のキーを取りだし、
軽く上へと放り投げた。




「スッゴイ、久しぶりよね。佐助兄の車!」

佐助の車へと乗り込んだは少々はしゃいだ様に言った。
自身の荷物を後部座席へと押しやりながら、彼女は笑顔で更に続ける。

「佐助兄の車なら安心だわ。
こないだ大学帰りの元親がバイク乗せてくれるって言ってくれたんだけど、
さすがに下校中で目立つから断ったのよね。」

彼女の言葉に、ほんの一瞬、ピクリ、と、佐助の眉間が反応した。
だが、はそれに全く気付いた様子はない。
彼はゆっくりと車を発進させた。

「――へぇ、鬼の旦那がねぇ。随分遠回りしてこっちまで出て来たもんだな。」
「え?ああ、何か大学の友達に付き合った帰りって言ってた。」
「新しいバイク買ったとは聞いてたけど、やっぱり最初にアンタに声掛けたって訳か。
やれやれ、鬼の旦那も元カノ相手によくやるねぇ。」

平生の軽い笑顔と声音で返し、そうしながら佐助は内心苛々と舌打ちをしたい気分だった。
その為か表情とは裏腹に、言葉の内容が刺々しい。
佐助の友人でもある長曽我部元親は、彼を通じてと知り合い、
1年ほど前まで彼女と交際をしていた。
佐助は二人が別れた詳しい理由までは聞いていない。
だが、どうやら元親は現在でも彼女に想いを寄せており、
自身は彼のそんな想いに気づかぬまま、友人関係を続けていると言った状況だった。
不意に車窓の外へと視線を向けていたが、彼へと瞳を移し、僅かに眉間にしわを寄せる。

「??ねぇ、もしかして佐助兄、機嫌悪い?」
「え?なーに言ってんの。と一緒の俺様が機嫌悪い訳ないっしょ。」
「・・・・・・だったらいいけど。」

佐助兄って昔から誤魔化すの上手いから。
はぶつぶつと続けた。
そうしながら、スカートのポケットにしまっていた携帯を片手で取り出す。
やがて、彼女は唐突に声を上げた。

「うっわあ!!」
「ん?何だよ、。何か怪しいメールでも来てたか?」
「怪しいって言うか、うそ、これ、いつ撮ったの、あの伊達男!」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・伊達男、伊達の旦那からか?・・・画像つき?」
「そう!・・・もう、アイツマジであり得ない・・・!」

げんなりとした口調でが返す。
佐助はちらりと視線を彼女の携帯画面へと移した。
だが、位置的に光の加減も影響し、画像を目にする事が出来ない。
彼は車を邪魔にならない道路の片隅へと停車させた。
は驚いた様にして眼を丸くしている。

「ええ!?や、そこまでして見るようなもんじゃないわよ!?佐助兄。」
「ま、そう言うなって。もう車も停めちまってるし、見せてくれよ。」
「う、うん・・・・・・・・・・・。」

はい。
彼女が差し出す携帯を受け取り、佐助はすぐさま画面に目を向ける。

「――――これ、伊達の旦那の車の中?」
「そ。これも確か下校の時に会って、送ってくれるって言うから乗ったんだけど、
何か色々連れ回されちゃって、疲れて寝たんだよね、私・・・・。
まさかこんなもの撮られてるなんて思ってなかった…。」

ハァー。
は深く大きな溜め息と同時に、再びメールの差出人である伊達政宗に対し、
二言三言漏らすと、佐助の手にある携帯に手を伸ばした。
刹那。

、あんたさ、男は皆狼だって歌、知ってるか?」
「へ?ああ、古っ!私それ年代別歌謡曲とかでしか聞いたことないけど。」

それがどうかした?
彼女は携帯に伸ばした筈の手を一時的に止め彼を見上げて言った。

「・・・・あんたは昔っから気が強いくせに警戒心薄いんだよねぇ。
無防備とまではいかねぇけど、男に対してはホンット考えなしでさ。」
「なっ!?何よ、佐助兄、急に!」
「だから伊達の旦那の車内で眠っちまった上に、こんな姿撮られるんだっつの。」

唇を歪める様にして笑った佐助が、の携帯画面を彼女に見せつける形で差し出す。
そこには、明らかに熟睡した表情のと、
カメラに向かって不敵に笑みを見せる伊達政宗の姿があった。

「それは・・・、もう、返して!!」

羞恥で頬を染めたは、目前にある自身の携帯に再び手を伸ばした。
だが、その瞬間―――

「――っ!!??ええっ!?あ、さす、け兄!?」

佐助の両腕が彼女の体を絡め取り、圧し掛かる。
ガタン。
それと同時に狙い澄ました如く、椅子が絶妙な形に傾いた。
無論、佐助にとっての『絶妙』さである。

、あんたさ、下校時じゃなけりゃ鬼の旦那のバイクの後ろにも乗るつもりだっただろ?」
「え?それはまぁ。って言うか、この状況、ななな、何なの!?」

至近距離にある彼の存在と、密着させられた体に激しく動揺を示し、
は彼から距離を取ろうと必死にもがき始めた。
だが、彼の腕はびくともせず、益々彼女を締め付ける。
生命を守るためにあるシートベルトさえ、今は彼女を束縛する鎖のようだった。

「この状況ねぇ。いやーさすがのアンタももう分るんじゃないの?ちゃん。」
「ふざけないでよ!佐助兄!」
「あらら、俺様ついさっき言わなかったっけ?男は皆狼だってさ。」
「!?佐助兄?」

混乱し切ったの頭ではぐるぐると目まぐるしく思考が回転し続けており、
現在の状況を把握する事すら困難な様子だった。

「狼ってのは突然現れるもんなんだぜ、。」
「え?」
「それでさ、知ってるか?、実は俺様も狼さんなんだよ。」
「さ、さす、け、兄?何言ってんの!?」
「悪いねぇ、今まで騙してて。」

言いざま、の白い喉に佐助は唇を埋め、半ば噛みつく如く口付をする。
彼女はビクリと大きく体を震わせた。

「や、ちょっと、待って…な、何で!?」
、俺の友達アンタに引き合わせたりしなきゃ良かったぜ。
ったく、揃いも揃ってアンタに興味持っちまうなんてさ。」

独り言のように呟いた彼は、幾度もその白い肌に唇を寄せた。
佐助の熱く湿った吐息がの首筋に触れる。
彼女は小刻みに身を震わせ、絞り出すように言葉を紡いだ。

「私のこと、妹みたいだって・・・大事な幼馴染だって・・・っ。」
「・・・鬼の旦那がアンタを掻っ攫って行っちまう前までは、そう思ってたんだけどな・・・。」
「え・・・?」
が鬼の旦那と別れた話聞いた時、
内心大喜びだった…って言ったら、アンタは俺を軽蔑するか?」
「――――――――。」

そこでは返す言葉を無くしたように身を硬くする。
彼女の耳元。
ふっ、と、佐助が自嘲気味に苦笑した気配が、には感じ取れた。
やがて彼はねっとりと彼女の首筋に舌を這わせる。
そうしながら、佐助の片腕はの肢体を撫でるように滑っていた。

。」
「・・・・ン・・・!」

彼女を愛しむ如く名を呼び、その唇に自らの唇を触れ合わせる。
小さく声を漏らしたの舌を佐助の熱い舌が絡め取った。
執拗に強弱をつけ、彼女の吐息さえ奪う佐助からの口付け。
既に狼さながら本能の色を強く宿した彼の視線が、不意に、ピタリ、ある一点で、停止する。
の瞳の際。
薄らと浮かんだ雫。
更に、は掠れた声で一言、口にする。

「怖い・・・佐助兄、怖いよ・・・。」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。」

は零れ出る嗚咽を必死に堪えていた。
カタカタと小刻みに震える体は、
幼き頃に泣きながら彼の元へ走って来たのものと全く同じ様にも見え、
全く別のもののようにも見えた。
佐助はそっと彼女から身を離し、の頭を優しく撫でる。
遠い昔、彼がを宥める際に幾度もそうしたように。

・・・。」
「・・・・・っ・・・・。」

一言でも発すれば、涙を堪え切れないと判断した彼女は、
ただ無言で俯いていた。
そんな彼女の様子を瞳に映し、佐助は心の内で自身を激しく罵倒する。
だが、そうする一方で、自らの想いを抑えつける事に限界を感じていたこともよく理解していた。

「自分の気持ち押しつけて、アンタを泣かせてちゃザマねぇってな・・・。
、悪いね・・・。もう金輪際こんな事しねぇからさ。」

拒絶された今ならば、感情を殺すのは容易い。
幼馴染で有り、兄代わりであり、そして教師である自身の仮面を再び貼り付けてしまえばいい。
今までそうであったのだから。
佐助は必死にそう自らに言い聞かせる。
だが、その時。
不意に、が潤んだ瞳で彼を見上げた。

「・・・違う・・・。」
「・・・?」
「違うの、・・・佐助兄・・・私は・・・。」

そこで彼女は呼吸を整えるように、一度、言葉を切る。
そして、更に先を続けた。

「確かに、突然で驚いたし、こ、怖かったけど・・・。」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。」
「嫌じゃなかった・・・。佐助兄に触れられるのは、嫌じゃなかった。
ううん、それだけじゃなくて・・・・本当は嬉しかった・・・。
佐助兄の・・・・・・・・・・・告白・・・・・・・・・・・・‥‥‥・・・。」

言い終えた彼女は頬を染め、佐助から視線を逸らす。
佐助自身はと言えば、呆けたような表情でを凝視していた。
半ば身内と言ってもいい関係ではあるが、彼がここまで素の表情を晒すのは極稀だった。

「言っておくけど、私、保護者や先生の佐助兄にこんな事言ってる訳じゃないから・・・。」

は極力彼と視線を合わせぬまま、付け足す。
刹那。

「っ!」

力強く、を引き寄せる、佐助の腕。
だが、それは先程の強引で荒々しいものとは少々違っていた。

「あーあ、ったく、ヤバいねぇ・・・。嬉しすぎて俺様おかしくなりそうだわ。」
「佐助兄・・・?」
「・・・取りあえず、今回は送り狼しないでおくぜ。」

言いざま、佐助は彼女の耳元に唇を寄せた。


「赤ずきんを食べる日は、お楽しみに取っとくってことでさ。」



(終わり)


後書き
赤ずきん企画『R-Love』(主催者*白夜様)へ参加させて頂いた時の佐助夢です。
久々の佐助を楽しく執筆させて頂きました!有難うございました。


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