この世界に来て、あたしは初めて、
神頼みする人の気持ちってヤツを、理解できるようになった。
佐助が戦に行ってしまった、あの時から。
願いが叶って、あたしはまた、欲張りになった。

叶うなら、絶対に叶えてくれるって言うなら、
今、ひとつ、口にしたい願いがある。
ここに来たばかりのあの頃にあたしに聞かせれば、
きっと、今のあたしを張り倒しに来るだろう、願い。


ねぇ神様、あたしをこのまま、この戦国世界に残してやって。



―最終話 掴んだ手は離さない―



それは余りにも突然過ぎた。
まさに、突然で唐突。
そりゃ、あたしだって、いつ起きても不思議じゃないとは思ってたけど、
まさかマジでこんな何の前触れもなく、『その日』が来るなんて思いもしなかった。


『その日』

あたしが、この戦国世界から、現代に帰される日。


覚悟なら、これでもかって位、しては居たつもりだったのに。
結局、ただの「つもり」だったんだ。
だって、あたしが佐助と離れる覚悟なんか、キッチリ出来る訳、ないんだから。


皆と一緒に武田のお屋敷で朝餉を終えて佐助とアパートに戻る途中。
『それ』に、先に気付いたのは、佐助だった。

「・・・なぁ、なーんか、あぱーとの様子、変じゃないか?」
「え?そうだっけ?」

武田の屋敷の敷地内にある、どう見ても不自然&不似合いな、あたしのアパート。
1年半。
いつの間にかその月日のお陰で、今はここの名物の様にもなっていた。
そして遠目から見るそのアパートは、あたしにはいつも通りにしか見えなかった。

「?どの辺が?」
「んー・・・ま、俺も上手く表現出来ねぇんだけど・・・何かこう・・・・。」

言いかけた佐助が、アパートに視線を向けたまま、言葉を切る。
その目が驚いたみたいに、見開かれていた。
あたしも釣られてそっちに目を向ける。
瞬間。


―ぐにゃり。


アパートが、まるで、粘土細工みたいに、歪んでる。

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・なっ・・・・・・・・・・・・・・!!!!????」

咄嗟に言葉が出ずに、呆然とするあたし。
さすがの佐助もかなりビビッたらしくて、隣で息を呑んだのが分かる。
あたしらがボケッと馬鹿みたいにその場に突っ立っている間も、
アパートは、ぐにゃり、ぐにゃりと、
まるで生き物か何かみたいに動き続けていた。

「・・・とにかく傍まで行くぜ、。」
「ええ!?マジで!?・・・・・・仕方ないか、分かった。」


シュッ


あたしが頷いたのと殆ど同時に、
佐助があたしを腕に抱いてアパートの目と鼻の先近くまで移動する。
すぐ傍でグニャグニャ踊り狂っている建物ってのは、中々に、怖いものがあった。

「・・・佐助・・・どう思う・・・?この状況・・・・・・・。」
「何が?」
「何が・・・って!!!あんたねぇ!!!!あれ・・・?」

アパートのおかし過ぎる動きに、ビビリながら、またも、あたしは別の異変に気付く。
隣の佐助もすぐにそれに気付いたみたいだった。

「あぱーと・・・さっきより影が薄くなってきちまってるな・・・。」

そうだ。
何故かさっき見たときより建物の輪郭が、少しだけぼやけてる感じがする。
違う、気がするって言うか、それは、事実なんだと分かってた。

「佐助・・・・これって、そう言う事か・・・?」
「・・・・・・・・ああ、だろうね。・・・ちょぉっと・・・予想外な感じだけどさ・・・。」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。」

待て。
待て、待て、待て。
今コイツ、肯定した。
肯定しやがった。


アパートが、現代に引き戻されようとしてる、ってこと?


頭が、パニくり出す。
ゆっくり、ゆっくり、回転が、速く、鈍く、なっていく。

。」

不意に、佐助があたしを名前を呼んだ。
あたしは視線をアパートに向けたまま、返す。

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・何・・・・?」

佐助も多分、あたしの方は向いてないと思う。


「行けよ。」


一言、短く、奴が口にした。
感情の、読み取れない、たったそれだけの言葉を。


「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・え?」


その時やっとあたしはアイツに視線を移した。
思った通り、佐助はあたしを見ちゃいない。
その瞳に、色が、無い。
そのまんま、奴がまた、続ける。

「行けって言ってんの・・・。元々アンタはここの人間じゃねぇんだ。
おうちが恋しかったみたいだし、それこそ幸運到来、万々歳でしょうが。
ま、あんまり突然でビックリだけどねぇ・・・・・・・・。」

ムカつく位、完璧な、いつもの佐助の口調。
隙の無い、パーフェクトな、忍びの演技。
だけど、あたしはもう、知っていた。
佐助が、どんな奴なのかを。


―グニャリ、ぐにゃり。


あたしらが会話をしている間も、あたしのアパートは動きを止めなかった。
段々と、また、さっきよりもっと、輪郭がぼやけていく。
佐助が、ふっ、と、笑顔を見せた。

、アンタとのこの1年半、楽しかったぜ。
色々暴力も受けたけど、ま、それも楽しい思い出ってヤツだわ。
・・・・お館様や真田の旦那も呼びに行きてぇとこだけど、その暇もなさそうだ。
お見送りは俺一人だけど、勘弁してよ。」
「・・・佐助・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。」

あたしはそこでやっと、アイツの名前を口にする事ができた。
声が、掠れる。
唇が、震える。


エロ忍のクセに、スチャラカ忍者のクセに、格好付けるんじゃねぇよ。


突然、佐助が、あたしを後ろから抱き寄せた。
息が、詰まりそうになる位、強く。
胸が、押し潰れる位、強く。

「佐助・・・・・・・・・あたしは・・・!あたしは・・!!!」
「・・・・帰りなよ、。あんたはここに居るべきじゃねぇんだ。
ここがどんな世界か位、もう分かってるだろ。
誰にも明日の命の保障なんかない、それを必死で戦って生きてんだ。
あんたみたいに平和ボケしたお嬢さんが居ていい世界じゃないってね。」


トンッ。


背中。
軽く、だけど、何処か、突き放すみたいに、奴が、あたしを押した。

「・・・・・・・・・・・・っ佐助!!」
「これ以上、俺に言わせるんじゃねぇってんだよ!!!」
「・・・・・・・・っ・・・・!!」


どくん。


大きく、鳴る、あたしの心臓。
振り向く先の、佐助の顔。
今まで見た、どんな表情より、真剣だ。

ムカつくよ、猿飛佐助。
最後の、最後まで、あんたって奴は。


アイツに背中を向けたまま、あたしはすぐ傍のアパートの階段に足をかけた。
ゆっくり、ゆっくり、階段を、上る。
グニャグニャと曲がっている割には、嫌になるほど普通に上れた。


、アンタの事・・・俺は一生忘れないからな。アンタも俺を忘れてくれんなよ・・・。」


ふっ、と、笑った佐助の顔。
哀しい、笑顔。


瞬間。
何故か、あたしは、奴の今までの行動を、面白いほどハッキリと、理解した。
佐助がいつも、あたしに抱きつきまくってた理由。
所構わず引き寄せられた腕の中の訳。


―グニャ・・・・リ・・・・・・・・・・・・・・


霞む、景色。
消える、風景。


―カッ!


目が眩みそうな、光。


佐助、あたし・・・・・・。


アタシハ・・・・・・・・・・・・・!!!!!


アパートと言う、あたしのタイムマシン。
思うより先に、あたしはそこから飛び降りていた。
現代に続く、道から、抜け出した。



「佐助!!!!」



喉が痺れるくらいの大声で、アイツの名を呼ぶ。
佐助はあたしが地面に落ちるよりずっと早く、体を受け止めた。


「・・・っ馬鹿野郎!!何で、何で戻って来ちまったんだよ!?」


言いながら、それでも、強く、佐助はあたしの体に腕を回す。
あたしは、泣き喚く子供が母親にしがみつくみたいに、
無茶苦茶に力を込めてアイツを抱きしめ返した。


「いつも、いっつも・・・たっ・・・確かめてたクセに・・・!
あたしが本当に傍に居るのか・・・、消えていなくならないか・・・っ・・・、
人の事も考えずに抱きつき魔して、確かめてたクセに・・・!!!
馬鹿・・・野・・・郎は・・・・お前だ!佐助ぇ・・・!!」


ぼろぼろ、と、いつの間にかあたしの頬を濡らす涙。
気にせず、グチャグチャの顔であたしは言った。


そうだ。
この阿呆忍は、あたしが居なくなるのが不安だったくせに。
いつもヘラヘラ笑って、誤魔化し続けやがったんだ。


「言え!!言えよ、佐助!!本当は、あたしの事好きなクセに!!!
傍に居るのをいちいち確かめなきゃいけない位・・・す・・・好きなクセにっ・・・・・・・!!!」
・・・・・・・・・・・。」

あたしの涙が、佐助の迷彩柄の忍び服を濡らす。
奴にしがみ付く腕が、体が、小刻みに震えた。
アパートは、とうの昔に、掻き消えて、時の彼方。

「言って・・・佐助・・・あたしが必要だって・・・。
あたしにはもう・・・ここしか、この腕しか・・・還る場所がない・・・・・・・・・・・・・・・。」

ひっっく・・・。

喉から、しゃっくり上げて、涙声なのをどうする事も出来ない。
涙は洪水みたいに後から後から溢れ出す。
佐助が、困った様に、だけど、この上なく優しく、言った。

・・・アンタって女には・・・、参るぜ・・・・ホント。」

ぎゅっと、あたしを腕に抱きしめたまま、佐助が唇をあたしの髪に埋める。


「アンタの言う通り俺はずっと怖かった、アンタがこっから・・・俺の前から消えちまう事が・・・。」
「佐助・・・・・・・・・・・・・・・。」
「何だかねぇ・・・、ホントは・・・絶対口にするつもりもなかったんだぜ・・・。
口にしちまえば、・・・俺はアンタを帰したくなくなっちまうからさ・・・・・・・。
そうやって俺自身がしっかり制御してねぇと・・・アンタを送り出せる自信がなかった。
・・・・・・ったく、それをこうも見事に無にしてくれちゃって・・・・・・・・・・・・・・・・・泣けてくるよ、実際・・・・。」

そこでアイツは一呼吸、置いて、また、言葉を続けた。



「マジで、嬉しすぎて泣けてくる自分が情けねぇんだわ。
俺、アンタにヤバイ位惚れちまってるからね、。」



「佐助・・・!!」


ずっと、聞きたくて、聞きたくて、聞きたくて仕方なかった台詞。
いつも、どんな状況になろうと、絶対に口にしてくれなかった台詞。


やっと。


「やっと・・・言ったか!・・・マジ遅い・・・・っ、このエロ忍!!」

涙でグシャグシャの顔で、奴を見上げて、あたしは言った。
瞬間。
触れ合わせられる、佐助と、あたしの唇。
今まで絶対に、アイツが触れなかった筈の場所。
重なる、佐助と、あたしの、想い。


繋がった。
本当に、本当に、繋がった。


「好き・・・・・・!あたしも・・・佐助が、大好き・・・!」
「・・・・・・・・・・・・・。」


やっと、言えた。
やっと、言わせやがった。
佐助、佐助、佐助。
何度も何度も、あいつの名前を心の中で繰り返す。

その後、ゆっくり、あたしに向けて、差し出された、佐助の手。


―とにかく、お館様に報告ってね。真田の旦那も喜ぶぜ。


笑顔で、アイツが言った。
あたしは、差し出されたアイツの手に、自分の手を重ねる。
お互い、力を込めて握る、掌の温かさ。
絡められる指と指。

神様、頼ってばかりですみません。
あたし、決めました。
自分自身で。

もう2度と、佐助のこの手を、離さないと。
離してなんかやらないと。


あたしは、この世界で生きていく。
佐助と、一緒に。


この先何があっても、掴んだ手は離さない。


それが、あたしの、最良の選択。



(終わり)



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