何故こんなことになってしまったのだろう。
佐助は自身の心理を深く追求せずには居られなかった。
まず、今現在の彼の状況から簡単に説明しよう。
彼はつい1時間ほど前から、の一人暮らしをしているアパートの一室に居る。
そして現在進行形でに食べさせる粥を作っている最中だ。
その理由は至って単純だった。
が風邪を引き、熱を出しているからである。
だが、彼にとっての問題点は決してそこではない。
佐助は苦虫を噛み潰したような形相を浮かべながら、
それでも実に手際よく粥を完成に近付けていた。
くつくつと小さな音を立てて粥が煮えている。
周囲にはふうわりと柔らかく、食欲をそそる匂いが立ち込めている。
後数分もすれば彼女の元へ運べるだろう。

「・・・つか俺様は一体何やってんだよ、マジでおかしくね?この状況はさぁ・・・。」

深く大きな溜め息と共に、一人、佐助はごちた。





事の始まりは今朝の通勤時。
佐助は常と同様の道を幸村と共に学園へと向かって歩いていた。

「・・・・・・・・・・佐助、あのとか言う女子生徒・・・今日はまだ姿を見せておらぬな。
このまま行くと正門に到着するぞ。」

が爆走と言うに相応しい走りで佐助の元に駆け寄ってくる地点は毎朝ほぼ決まっていた。
だが、この日、二人がどんなに歩を進めようとも、彼女が姿を現す気配はなかった。

「・・・・・・あー、そうだねぇ…。ま、たまにはそう言う事もあるんじゃないのー?」

実際のところ、彼は自身でも意外な程にそわそわと焦りめいたものを感じていたのだが、
幸村に対してはそれをおくびにも見せず、常と同様の口調で答えた。
幸村はその様子に眉間にしわを寄せる。

「ぬぅ、しかし、今までこんな事は一度たりともなかったであろう、
佐助、おぬしは気にならぬのか?」
「さぁてね、そろそろ教師をからかうのも飽きてきちまったんだろ。」

佐助がそう口にし終えたところで、数人の生徒が挨拶をしながら彼らの脇をすり抜けていった。
正門付近。
周囲には部活の朝練に向かっていると思しき生徒の姿がある。
だが、その中にも当然のようには見当たらなかった。

「1か月半・・・か、ま・・・こんなもんかねぇ・・・。」

誰ともなしに呟き、欠伸を噛み殺す佐助。
しかしそうしながらも、彼はを探して周囲に視線を彷徨わせている自身の姿に、
全く気付かないふりをした。


その後、佐助は職員室内に何の問題もなく足を踏み入れ(に突撃されることもなく)
そして何の問題もなく日常の一日が開始されたのだった。
一限目、二限目と時間は流れるが、やはり一向には姿を見せない。
元より佐助はの居るクラスとは余り関わり合いのない教師であり、
彼女が校内でどのように過ごしているかは、
自らが行動を起こさない限りは知り得ない事なのだ。
彼は今朝よりも一層落ち着かない自身の気持ちをどうにか誤魔化そうと努めながら、
それでもの担任である長曽我部元親に話を聞くべきか迷っていた。

「猿飛、お前、今朝からやけにそわそわしているな。」
「どわぁ!!って、かすがかよ・・・。え?いや、はははっ!俺はいつも通りだけど?」
「・・・?そうか。そう言えば、今日は珍しくお前の周囲が静かだな。
いつもならば休憩時間に入る度にがお前の所に来ていただろう。」


彼女の名をタイミングよく同僚のかすがに口にされ、
彼の胸の奥が一瞬大きく跳ねた。
しかし無論、表面上は平静を装い、彼はそれを笑い飛ばす。

「へっ、ほら俺様ってかっこ良すぎな教師だからさ、
一人の生徒にばっか構ってられねぇし。向こうも気付いたんじゃねぇの?
それよりかすが、お前こそ俺様の魅力にそろそろ気付こうぜ?」

おどけた口調で軽口を叩く佐助に、かすがはジロリと視線に力を込めた。

「フン、誰がお前みたいな男・・・私の心はあの方のものだ。」

言いざま、彼女は手にした数冊の教科書を抱え直し、
そのまま彼の側から離れて行く。
佐助はそんなかすがの背をぼんやりと眺めながら、以前まで抱いていた彼女への好意が、
既に同僚に対するそれと変わらぬ物になっている事に気付いていた。
そして彼女と会話を交わしている間も、職員室のドアが開閉される毎に、
彼は注意をそちらへ逸らしていたのだった。

「おいおいおい・・・俺様一体どうしちまった訳・・・?」




5限目終了後。
彼はようやく意を決して元親にについて質問をする事にした。
だが、元親には以前彼女の事で妙なひやかされ方をしている。
更には、元親の側には今回も彼と仲の良い英語教師の伊達政宗の姿があった。
佐助は如何に自然に話題を切り出すかを思案していた。

「あ、あ〜長曽我部の旦那さぁ・・・。」
「あん?おう、猿飛、んだぁ?俺に用か?あ、テストの採点手伝ってくれんのか?」
「いやいやいや、それはあんたの仕事でしょうよ。
大体俺は日本史とか思いっきり専門外。」

んだよ、使えねぇなぁ。
元親はぼりぼりと無造作に頭を掻きながら、
面倒くさそうに手元のテスト用紙をトンっと指で弾いた。

「HA!!テストの採点くれぇで情けねぇ声出すんじゃねぇよ、長曽我部。」
「るせぇぞ、伊達。おっと、で?猿飛はどんな用件だ?」
「え!?ああ、・・・そうそう、今日はえらく職員室内静かだったよなぁと思ってさ。」

彼女の名前を直接出す事をどうしても躊躇してしまい、
佐助は少々回りくどい表現を用いる道を選んだ。

「ああ?そうかぁ?いつもと変わらねぇだろ。
武田のおっさんと真田が居る限りは静かなんて台詞は口が裂けても言えねぇぜ。
ああ、それともおめぇはアレに慣れちまって静かだって言いてぇのか?
ま、俺も賑やかな方が好きだから全然気にならねぇけどよ。」

だが、案の定、元親にその本当の意味は伝わっていない。
彼のような男には直球で物を言うべきだと言う事は重々承知している佐助だったが、
の名を口に出してしまえば彼がどんな反応を見せるか、既に目に見えていた。

「AH-HA…おいおい長曽我部、察してやれよ。
猿が聞きたがってんのはそういう話じゃねぇ。aren't you?」(そうだろ?)

ニヤリ。
形の整った薄い唇の端をさも楽しげに吊り上げ、伊達政宗が笑う。
佐助は口元を引き攣らせて彼に視線を移した。
どんなに回りくどい言い方であろうと、彼を誤魔化せる筈もない。
予測していたこととは言え、政宗の笑みに佐助は内心小さく舌打ちをした。
結局こうして揶揄される道しか用意されていなかったと言うところだろうか。

「ああん?じゃあ何の話だっつんだぁ?
俺ぁそう言う奥歯に物の挟まった様な言い方は苦手でね。」
「HA!コイツがあんたに聞きたいことなんざひとつしかねぇだろ。
・・・あの生徒のことだ。今日は全く顔を見せてねぇからなぁ?」

ニヤニヤと貼りついた政宗の笑みは佐助の心の内を読み取っている様だった。
やーれやれ、だから伊達の旦那は苦手だぜ。
小さく漏らし、彼は諦めた如くして元親に言った。

「朝からずっと見てねぇからさ、なぁんかあったのかと思ってね。」
「はっはー!ばーか、それならさっさとそう言いやがれってんだ。
アイツはあれだぜ、風邪で寝込んじまったらしい。今朝電話があった。」
「・・・風邪・・・、ああー・・・、風邪ね・・・。」

ならば朝から姿を見ないのも合点が行く。
登校すらしていないのなら仕方のない話だ。

「しっかし、おい、猿飛、
おめぇもやっぱ何だかんだ言って気になってやがったんだな。
チャンのことがよぉ。」
「猿、あんたも女子高生のpowerの凄さが分かったかい?」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。」

ニヤニヤと笑う顔がふたつに増え、
左右対称に片目を隠した二人の教師は楽しげに佐助を見つめた。
極度の居心地の悪さを覚えた佐助は、その場を後にしようとする。

「じゃ、ま、これで。俺様今度の授業の資料作るから。」
「おっと、待ちな!猿飛。の奴は一人暮らしなんだぜ。
女一人で風邪で寝込んじまってるってのは可哀相だと思わねぇか?」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・はい!?」

元親の台詞に佐助は再び振り向き、視線を彼らの居る場所へと向けた。

「見舞いに行ってやんな。そうだな、俺の代わりに様子を見てくるってのはどうだ?
可愛い生徒だからよ、本当は俺が行くつもりだったんだが、
オメェが行った方がも回復がはえぇだろ。」
「いやいやいや!!ちょっと、長曽我部の旦那!?何でそう言う話になっちまう訳!?」
「良かったじゃねぇか、猿。いい口実が出来たねぇ。」

ククッ。
喉を鳴らして政宗が笑う。
元親は何やら自身の机の中から幾枚かのプリントを取り出してきた。

「おらよ、これ、あいつに渡しといてくれや。手は出すんじゃねぇぞ、相手は病人だからな。」
「って、えええ!!??小学生じゃあるまいし、
プリント渡しに生徒の家に押し掛けるって、なしだろ!?それ!」

「 Have a nice time.」
「ま、頼むわ、猿飛。」

「冗談!!!!!!!」




だがその後結局彼はのアパートに出向く事になり、
本日初めて彼女と顔を合わすこととなった。
しかし風邪で寝込んでいたと言うだけあって、彼女は玄関口に出る足もふらついており、
常のの『圧倒される程の空気』と言うものが全く感じられなかった。
熱もまともに下がっていない様子だったので、ひとまず彼女をベッドに寝かせ、
現在に至ると言う訳だ。

さん?」

佐助は完成した粥を器に盛り、トレイに乗せて彼女のベッドの付近にあるテーブルまで運んだ。
ベッドで横になっているに声を掛けてみたが、
彼女はスゥスゥと言う規則正しい寝息を立てて寝入ってしまっている。
彼は彼女の額にあるすっかり温くなってしまった濡れタオルに手を伸ばした。

「ん・・・。」

一瞬、彼女は小さく声を漏らして僅かに身を動かした。
同時に瞼をピクリと動かしただったが、すぐに再び穏やかな呼吸音を漏らし始めた。
その寝息が佐助の耳をくすぐる如く、心地よく響く。
彼は側にある氷水にタオルを浸し、
それを絞ると再度の額に優しく乗せてやった。

「マジで・・・なぁにしてんだか…ねぇ…。」

一人、呟くように漏らし、佐助は微かに苦笑する。
だが、今の状況は決して彼にとって悪いものではなかった。
の事はやはり理解できぬ行動を起こす厄介な相手だとは思っている。
そしてどちらかと言えば苦手と言う部類に入る人種だろう。
しかし、彼女は確実に佐助の心を捕え始めていた。
視線をぼんやりと先程テーブルに置いたばかりの粥に移す。
器からほかほかと上がる湯気。
彼女が目覚める頃には冷めてしまうかもしれないなと彼は考えたが、
彼は敢えてを揺り起こす事はしなかった。


時刻は夕方。
佐助は今少しの間、この部屋に留まろうと決めた。


(終わり)



一筋縄ではいかないけれど
どうやらそろそろ俺様、かなりヤバそうだわ。



後書き
またしてもヒロイン登場してない(笑)
単に眼帯コンビと佐助を書きたかっただけみたいだ、これじゃあ。
でも違います。佐助の心の変化を書きたかったんです。
『押してダメなら引いてみろ』をベースにヒロインには強制的に病にかかってもらいました。
そうでもしないと引くことなんか出来なさそうだし(笑)
このシリーズの需要は激しく疑問ですが、実は密かに私のお気に入りです。
ではでは、ここまでお付き合い下さった貴重な姫様、誠に有難うございます。失礼致します


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