「かすが、今度うちの新聞部の連中が、
あんたんとこの新体操部の取材するって話が出てんだけどさ。」
「ああ、そう言えば生徒達が言っていたな、それがどうした?」

放課後。
佐助は自身が顧問をしている新聞部の活動について、同僚であるかすがに声を掛けた。
折しも時刻は夕暮れ時。
赤く染まる職員室内。
この時刻にしては珍しく周囲に他の教師の姿はなく、彼らは二人きりで会話をしていた。
以前の佐助ならば少なからず心躍る状況ではあったが、
不思議なことにこの時彼はそんな事など全く頭になく、
極自然に『仕事』の一部として彼女と会話を交わしていた。

「言っておくが、生徒のレオタード姿を記事に載せるような真似はさせるなよ。」
「え?あ?やっぱり駄目?あっはー!
だよなぁ、うん、アイツらにはちゃんと言っとくって。」

――ガラッ。

「佐助先生!」

常と同様、唐突に姿を見せた
だが、佐助は持ち前の勘の良さで既に彼女が此方に向かっているのを察していた。
そして、以前までとは違い、彼は職員室に現れたに至極当然のように笑顔で応える。

「よぉ、さん。どした?今日は陸上部はお休みか?」
「はい!今日はミーティングだけで終わ・・・・―――」

言葉を紡ぎかけていた彼女が、そこで不意に台詞を切った。
一瞬瞳を大きく見開いた後、佐助とかすがとを交互に見比べている。
やがて暫しの沈黙の後、は唇をわなわなと小刻みに震わせ始めた。

「?さん?おーい、どうしたんだ?急に?」
「・・・・?何だ、。気分でも悪いのか?」

彼女の様子の変化に佐助とかすがはほぼ同時に彼女に言葉を掛ける。
は一瞬眉間に深くしわを寄せ、何事か口にしかけたが、再びその唇を閉じてきゅっと引き結んだ。
佐助はかすがの側を離れ、ゆっくりと彼女の元へ足を運ぶ。
の肩が微かに震えている事に彼は気付いていた。

さん?気分悪いんだったら俺が送って・・・・。」
「佐助先生の浮気者ぉっ・・・!!!」

彼が彼女の肩に手を伸ばした所ではようやく視線を上げ、一言、言い放つ。
瞬時。

「は?」
「・・・・・・・・・・・・・・・な、何を!?」

二人の教師は余りに突飛な彼女の台詞に目を剥いた。

「――ふざけるな!私はこんな男など相手にした覚えは全くないぞ!」

数秒の後。
最初に口を開いたのはかすがだった。

「ちょ、それ俺様に対して失礼じゃね!?
つか、その前にかすが、相手は生徒だから落ち着こうぜ、な?」
「うるさい!あの方に誤解されるような真似は御免だ!」
「はいはい、大丈夫だって、それはないから。」

だから落ち着け〜。
平生と同じく緊張感の見えない口調を装いながら、
それでも彼は何所か後ろめたさを覚え、チラリとに視線を移す。
一瞬かち合った互いの視線は、だがすぐにによって逸らされた。

「今日はもう帰ります!!佐助先生の浮気者!!」
「ええ!?ちょっと、さん!?」

半ば捨て台詞の如くそう繰り返し、彼女は佐助の手を離れて廊下の奥へ走り去って行ってしまった。
呆然とその背中を見送る佐助に、かすがが苛立たしげに口を開く。

「お前なんかと誤解されるなんて・・・!
ああ、もしも謙信様のお耳に入ったら・・・。
・・・・・何をぼんやりしている!?さっさとを追って誤解を解いて来い!」
「え!?」
「生徒達の噂の伝達率が高いこと位お前なら承知しているだろう!
早く行って来い!!」
「まぁそりゃ確かに・・・っとっ!!!」

―バシッ


を追う事に尚も躊躇する姿を見せる佐助に対し、
かすがは彼の荷物を片手で乱暴に掴むと、それを彼の顔面目掛けて投げつけた。
佐助は自身の鞄が直撃する寸での処でそれを受け止め、回避する。

「行け!」
「ああーはいはい。・・・つか、マジでここの連中、
俺様が教師であの子が生徒ってこと忘れてるんじゃないのかねぇ?」

軽口を叩き不承不承と言った様子で職員室を後にする佐助だったが、
彼の足はとの距離を一刻も早く縮めようとかなりの速度で動いていた。




「お、居た居た、さーん!」
「・・・・・・っ!!」

スタスタスタスタ。

「おーい、さんってば。」
「・・・・・・・・・・・・‥‥。」

スタスタスタスタスタ。

さん、聞こえてんでしょう?先生を無視するなんて酷いぜ。」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。」

スタタタタタタタタタタタタタタタタタタ。

「あー、やれやれ、中々強情なコだねっ・・・と。」
「っ!?」

正門前。
予想外に素早く佐助に追いつかれてしまったは、
無言で彼をやり過ごそうと足早に熱き続けた。
のみならず、陸上部のエースと称えられる足で乗り切ろうとした彼女だったが、
その腕を半ば強引に佐助に掴まれてしまう。
こうなっては、彼女は足を止める他なかった。

さん、かすがの奴が俺に失礼過ぎる位『浮気説』否定してたから、
誤解すんの止めてやってくれねぇかなー。
・・・因みに、俺達があの時してた会話は部活の事で、
やましいことなんか何にもなかったってのも言っとくわ。」

の腕を掴んだまま、彼女を見下ろしてそう口にし、
彼は何故こうまでして言い訳めいた説明をしているのかと内心で自問していた。
かすがに強制的にここに向かわされたのは確かに事実ではあるが、
それ以前に佐助はに誤解され続けるという事に妙な居心地の悪さを感じていた。
これではまるで本当に浮気現場を恋人に目撃されてしまった男の様だ。

「ああー・・・あのさ、さん・・・って、聞いてる?」
「聞いてます。でも佐助先生・・・。」
「ん?」
「佐助先生は・・・かすが先生のこと、ずっと好きでしたよね?」

常の何所か芝居染みた口調の彼女とは違い、真剣な声音では佐助に問う。
そこで視線を上げて彼を見つめたの瞳は、その声と同じ程真摯な物だった。

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・へ?」

数十秒程度の間を空け、佐助は間の抜けた問い返しをした。
はジッと彼の瞳を見据えたまま、再び繰り返す。

「かすが先生のこと、ずっと好きでしたよね?」
「あ、あははははは・・・。マジで?」

彼女の問いに対する答えには全くなっていない。
そう自覚しながらも、彼が咄嗟に口に出来たものは乾いた笑い声とその一言だけだった。


以前まで佐助がかすがに想いを寄せていたのは事実だ。
軽口に乗じて幾度となく告白めいた文句を口にしたこともある。
しかし甘い言葉もおどけた態度と飄々とした性格が祟り、
かすがには全く相手にされず、一蹴されるのみだった。
更に言えば人目を憚らず誘い文句を掛けていた事もあり、
周囲の者達は勿論、かすが自身にすら佐助が『本気』であると認識されてはいなかった。
とは言え、佐助は軽い戯言と受け流される事を承知でそうした態度を取っていたともいえる。
それは同じ学園内に居る音楽教師・上杉謙信ただ一人のみしかかすがの眼中にない事を、
佐助は痛感していたからなのだった。
かすが本人も含め周囲の誰一人として彼の本当の想いには気付いておらず、
佐助もそれを悟る人間が居るとは夢にも思わなかった。

「・・・・さん、ちょいこっち来て貰っていいか?」
「え?はい・・・。」

周囲に人気は見られなかったが、正門前では人目につき過ぎる。
彼はの腕を掴んだまま、彼女を巨木の影、周辺からは死角になる場所へ誘導した。

「えーっと・・・あのさ、・・・俺がかすがの事好きだって・・・何でそう思っちまった訳?」

敢えてハッキリとは認めぬ口調で佐助は言った。
は少しの間空に視線を彷徨わせた後、俯き加減に地面に瞳を向け、口を開いた。

「見てれば分かります。」
「・・・・って、それだけ?」
「それだけ、じゃ、おかしいですか?」
「・・・・・・・・・・・・え?」

不意に彼女が顔を上げ、再び佐助の視線を捉える。
は合わせた視線に少々怒りを滲ませ彼を睨みつけていた。

「佐助先生は、私の気持ちを馬鹿にしすぎです。」
「・・・さん・・・、あんた・・・・・・・・・・・・・・・・・。」

言いかけた先を、彼は何と続けて良いものか躊躇し、口を閉じた。



―――あの年頃の女のpower舐めてると足元掬われるぜ?


  しょんべんくせぇガキでも女は女。痛ぇ目みねぇよう気ぃつけな


――あのコ達の恋の力ってのは侮れねぇよ、ホントに。



ふと、佐助の脳裏に政宗を始め、元親、慶次が彼に向って放った言葉の数々がフラッシュバックする。
そして。


――――佐助先生は、私の気持ちを馬鹿にしすぎです


つい今し方彼女の口から出たその台詞が、佐助の耳に大きく響いた。


「あーあ・・・ったく、まさか旦那方の言う通りになっちまうなんてねぇ・・・。
俺様もまだまだだぜ・・・・・・・・・・・・・。」

不思議そうに佐助を見上げる

「?佐助先――――――――――――――――――

彼女が彼を呼んだ、その刹那。

「マジであり得ないわ、コレ・・・・・・。」

半ば諦めにも近い佐助の呟きと同時に、の体は彼の腕の中へと捕らわれていた。
呆然。
瞳を見開くは、言葉を失い、抵抗する事無く彼の腕に収まっている。
だがやがて、その肩が小刻みに震え始めた。

「おっと!やべぇ、悪ぃ、さん・・・俺・・・。」
「佐助先生!!!!!!!!!!」


ガシィッ

「おっわぁ!!!」

微動だにしなかったとすら言えた彼女が、唐突に佐助の体に両腕を回した。
自らが招いた事態にも関わらず、佐助が激しく動揺を見せる。

「いや、待て、待て、落ち着こう、な?さん!!マジで頼むって!!」
「いいんです、佐助先生!何も言わないでください!
私、分りましたから!佐助先生の気持ちっ!ええ、凄く凄くよく分りました!!」
「ええ!?って、何が!?」

問い返す佐助に、はポッと大げさに頬を染めて瞳を潤ませた。
先程までのしおらしい彼女の姿は完全に消滅し、
常と同様の芝居染みた動作と表情を見せるの姿が完全に復活してしまっている。
どうやらそのスイッチを押したのは佐助自身らしいと本人が自覚したその時は、既に遅かった。


「先生が私をそこまで必要として下さるなら、一度の過ちには目を瞑ります!
だって私達、禁断の恋をこれからも大きく育んで行かなくてはいけないんですからっ!」
「・・・えーっと、さん?もしもーし・・・。」
「ええ、佐助先生、大丈夫です!これも試練のひとつだったんです!
だけど私達はそれを見事に乗り越えたんですよ!」
「いや、あの・・・ちょぉっと、それ、違くね?」
「ああっ!やっぱり私達は結ばれる運命なんです!」

うっとり。
の瞳の中には美しい星が瞬いており、その両目には確実にプラネタリウムが出来あがっていた。
佐助の言葉は彼女の都合のいいように解釈され、次々に受け流されて行く。
だが、やがて彼女はハッと我に返った様子で再び佐助に視線を移した。

「でも先生、今後浮気は絶対駄目!ですからね!?」
「・・・・・・・・いやいやいやいや、だからさ、アレは・・・・。」
「佐助先生!!!!!!」
「―――――――――ハイ…。」

の気迫に気圧される形で佐助は小さく頷く。
佐助の返事に彼女は満足げににっこりとほほ笑んだ。


「あっは・・・はははははは・・・・・・・ま、いっか・・・。」



乾いた笑いと共に、佐助が力なく項垂れる。
に完全に捕らわれるのも時間の問題だろうと言う事に、彼自身も気付き始めていた。


(終わり)




浮気は絶対許せない
だけど今回だけは・・・!だって私達は結ばれなくちゃ意味がない!



後書き
次でこのシリーズも終わりです。って言うか、前回と言い今回と言い、普通に短編だ(笑
今回はヒロインが結構まともな部分を書けたのですが、実はイマイチ性格に統一性がない(苦笑
しかし珍しく恋愛してるっぽい感じに書けたので満足です。
因みに佐助やかすがの顧問してる部活はオフィシャルの学園バサラを参考にさせて頂きました。
ではでは、ここまでお付き合い下さった姫様に深く深く感謝しつつ失礼します。


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