「おーう、猿飛、悪ぃんだけどよ、ちっと頼まれちゃくれねぇか?」
「あ?どした?鬼の旦那。あんたが俺に頼みごとなんて珍しいねぇ。」

6限終了直後。
廊下を歩く佐助の肩を叩いて声を掛けて来たのは同僚の長曽我部元親だった。
二人は並んで歩を進めながら、会話を続ける。

「おうよ、実は急用が入っちまってこのまま直帰しなきゃならなくてよ。」
「へぇ、急用ねぇ。何々?元ヤンの会でもあんの?」
「ケッ!!違ぇよ。親父の仕事関係で野郎共とカタ付けにいかなきゃなんねぇのさ。」
「・・・うっわぁ・・・またヤバそうなお仕事だね、で?頼みごとってのは?」

問い返す佐助に、不意に元親はニヤリと意味深な笑みを向けた。

「なぁに、簡単なことだ。うちの日直の仕事にちっと手ぇ貸してやってくれ。
実は日直の片方が早退しちまってな。ああ、後は日誌を預かってくれりゃいい。
おめぇ確か放課後は結構遅くまで残ってるみてぇだしな。」
「・・・・・・・・・・・・てか、それ、別に俺でなくても良くない?
日直の仕事なんか生徒同志でやらせた方がいいし、日誌は副担任の毛利の旦那に――」
「俺はオメェに頼んでるんだぜ?猿飛チャンよぉ。」

言いざま、元親は彼の肩に乱暴に腕を回してズズイと顔を近付けた。
佐助は咄嗟にそれを回避すべく眉を顰めて顔を逸らす。

「ちょ、旦那、顔近っ!!!分かった、分かったから放してくれよ!
多感な女子生徒達に見られたら妙な誤解招いちまうでしょうが!!俺様の人気に傷が付く!」
「ばーか!けどまぁ、頼まれてくれるってんなら許してやっか!」

はっはー!!
如何にも楽しげに笑い声を上げ、元親がバシバシと勢いよく佐助の背中を叩く。
佐助は一層眉間にしわを寄せて抗議の声を上げた。

「いでっ!!長曽我部の旦那、あんた馬鹿力すぎ!!」
「おっと、こうしちゃいられねぇ。そんじゃ、ま、そう言う事で宜しく頼むわ。じゃあな!」

ようやく佐助を解放した元親は、そう言い残すと慌ただしく走り去って行った。


「やーれやれっと・・・いつにも増しておかしな旦那だぜ・・・・。」

俺様ってばお人好し〜。
一人、そうごち、佐助は小さな溜め息と共に自身も再び職員室に足を向けた。





――ガラッ。

「はいはーい、遅くなっちまって悪ぃな。猿飛先生のおでましですよー。」

ドアを開けたと同時に見渡した教室内。
文字通り黙々と日直の仕事をしていたらしい女生徒が一人、その視線を佐助の居る出入り口へと向けた。
瞬時、その女生徒が何者かを悟り、佐助が固まる。
それとほぼ同時に彼女は佐助に満面の笑みを浮かべた。

「佐助先生!!!」

きらきらきらきら。
既に耳に馴染んだとすら言える効果音が佐助の耳に大きく響く。
今日も彼女の瞳には満点の星空が出来上がっているに違いない。
苦笑を洩らしながらも、彼は教室内に足を踏み入れた。

「・・・ったく、毎度毎度長曽我部の旦那・・・人で遊ぶなっつーの・・・。」

ハメられた。
と言うのは大袈裟な表現だが、
元親が意図して佐助に強制的にこの役目を押しつけた事は言うまでもない。

「佐助先生!私の為に来て下さったんですね!」
「え?あー・・・ははは、・・・ところでさん、部活あるんじゃないの?」
「はい。でも日直の仕事終わらせてから行くことは前田慶次先生に伝えてます。」
「そっかそっか、了解っと。んじゃ、さっさと終わらせちまうか。」

はい!
は再びうきうきとした声音で返事をし、笑顔で仕事を再開する。
佐助はその彼女の笑顔に吊られ、思わず口元を緩めていた。
毎回の意味不明の勢いには圧倒されてばかり居るが、
彼女の笑みには不思議と心癒される物が存在していると佐助は思った。
二人はその後てきぱきと日直の仕事を一通りこなし、残るは日誌のみとなっていた。

「んじゃ、後は日誌を預かって俺様のお仕事は終了〜ってね。
ああ、書くのに少し時間かかるだろうから、俺は職員室に――。」
「佐助先生、勿論、私が書き終わるまで一緒に居て下さいますよね?」
「へ?」
「すぐ書き終わりますから。嬉しいです!
放課後の教室に先生と二人っきり・・・、ああっこれぞ禁断の恋の王道ですよね。」
「・・・は、ははは。分かった、分りましたっと・・・じゃあ、少しの間だけってことで。」

結局佐助は苦笑を洩らしつつも彼女の側に留まる事に決めたのだった。



が日誌に必要事項を書きつけている間、佐助は彼女の隣の席に座り、
ぼんやりとその姿を眺めていた。
陸上部の練習の為に日焼けした彼女の肌は健康的な小麦色をしている。
横顔。
瞳を日誌に向けている彼女は、佐助の視線に気づいている様子はない。
否。
彼自身がに悟られぬ様彼女をうまく観察して居ると言って良かった。
が日誌に集中しているとは言え、本来この程度の距離ならば容易く相手に気付かれている筈だ。
彼女の存外長い睫に佐助は危うくその横顔を凝視しそうになっていた。
だが、それではすぐに気付かれてしまう。
校庭で部活動に励む生徒の声が窓の外から微かに聞こえてきていた。
それと同時にがシャープペンシルで日誌に文字を書き記す音が室内に響いている。
相変わらず彼女は日誌に集中しているが、その唇は僅かに弧を描いている様に佐助には思えた。
そしてそれは恐らく間違いではないだろう。
彼が側に居る時のは、常に喜びを前面に押し出している。
今も無意識のうちにそれが表に現れているに違いない。
ぷっくりとした薄桃色の彼女の唇。
上唇よりも下唇の方が少々厚い。
化粧はしていないのだろうが、やけにつやのある綺麗な色をしている。
舌を這わせれば甘い味がしそうだ、と、不意に佐助は胸中でそんな事を思い浮かべた。

「・・・・・・・・・・・いやいやいやいやいや!!そりゃねぇだろおお!!何考えてんの、俺!」

自身の思考の方向性に咄嗟に声に出してそれを否定する佐助。
同時に彼は首を左右に激しく振り回していた。

「・・・え?佐助先生?」

佐助の突然の行動に、当然のようには驚いた様子で彼に視線を移す。

「え!?ああ、気にしなくていいから、今のはっ・・・と、それより日誌終わった?」
「はい!実は今丁度終わったんです!」
「んじゃ、日誌預かって俺様は職員室に退散〜っと。」

言いざま、佐助は立ち上がり、彼女の手にある日誌に手を伸ばす。
常と変わらぬ態度を装いながら、その実彼は激しく動揺していた。

「あ!佐助先生、私も途中までご一緒しま――わっ・・・!」

の足元。
頃合いを見計らっていたかの如く、プリントが一枚、床にひらと落ちていた。
そしてまた、俗に言う『お約束』として彼女はそれに足を取られて滑り、転びそうになる。

「おっと・・・!!」

佐助は素早く彼女の体に腕を回してそれを支えた。
は反射的に自身の体に回された彼の腕に縋る。
彼女がふと視線を上げれば、至近距離に佐助の姿を捕え、は瞳一杯に満点の星空を展開した。

「ああっ!やっぱり佐助先生!私の事を助けて下さったんですね!これも、愛ですっ!」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。」
「・・・・・・・・・?佐助先生?」

常の佐助ならば彼女のこの唐突で瞬間的な妄想ぶりに即座に反応を示しているのだが、
今回ばかりは様子が違っていた。
無言でを見つめ続け、彼女の言葉すら耳に入っていない。
更には、徐々に彼女との距離が縮まってきていた。
戸惑いを隠せずは不思議そうに彼を見上げ、再び佐助に呼びかける。

「さ、すけ先生・・・?―――――――っ!」

刹那。
の唇に触れ合わせられる、佐助の唇。
彼女は一瞬大きく瞳を見開いた。
だが、抵抗の意思は見せない。
しかしそれは決して平生の彼女の作り上げている壮大な愛の物語がの脳内紡がれた結果ではない。
文字通り、現状、何が起こっているのか理解する事が出来ず、
ただただ茫然としていたのだった。
佐助はそんな彼女の心情を知ってか知らずか、
更に強く自身の唇を彼女の唇へ押しつけると、彼女の体に回した腕に一層力を込めた。
そして、のふっくらとした薄桃色の唇の味を確かめる様に、彼はゆっくりとその上に舌を這わせる。
ビクリ。
の体が大きく震えた。

「っ!!」
「・・・・・・・・・ん?え?あれ?わああああああああああ!!!」

そこでようやく佐助は我に返り、彼女の体から自身の腕を引き剥がす。

「って、マジで俺は何をやってんの!?さんっ、悪い!!
いや、謝って済む問題じゃねぇけど!!これはっ・・・!!!」

一瞬にして事の重大さを悟った佐助は一人狼狽し、に向って頭を下げる。
だが、彼女は未だ呆然とした表情を晒したまま、無言で空に視線を固定していた。

「・・・えーっと・・・?あの、、さん?」
「あ・・・・・・・・・・・・!」

――トンッ

暫しの間言葉を無くしていたの視点が定まると、
彼女は口元を片手で覆い、一歩、後ずさりをした。
同時に、その背に机が軽くぶつかり衝撃を与える。
彼女の顔は見る間に朱色に染まっていた。

「え?」

これは佐助にとって、予想外の反応と言えた。
以前も彼は半ば衝動的にを抱きしめてしまったことがある。
だが、あの時彼女はいつもと同様に瞳の奥に大型のプラネタリウムを作り上げ、
彼女にしか理解しえない世界へと旅立って行った。
しかし、今、彼の目の前に立っている少女の反応は、常のそれとは全く違う。
顔を真っ赤に染めたまま、未だまともに会話すら出来ないでいるのだ。

さん・・・。」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。」

は無言のまま、掌で口を覆った状態で視線だけを佐助に向ける。
様子から見て彼を拒絶しているという類のものではない様だった。

「あー・・・ひとつ、聞いてもいいかな?」

コク。
彼女が頷く。

「・・・・・その、今の、さ、嫌じゃなかったんだよな?」

コク。
再び彼女は肯定した。

「・・・・・じゃあ、・・・・・・・・・・・・・嬉しかったか?」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・は、い。」

ようやくはそう返事を発し、同様に頷いた。
瞬間。
佐助の中で、ぷつ、と、何かが吹っ切れた音がした。
何か。
それは生徒と教師と言う垣根なのか。常識なのか。
それともと言う女生徒の特殊すぎる性格故に戸惑っていた筈の彼の心の境界線なのか。
それは佐助自身にも分らない。
ただ、この瞬間、彼はただが堪らなく愛おしく感じていた。

「だーー!!もう!!俺様降参!!」

言いざま、佐助は彼女を再び自身の腕に抱きよせる。
そして、先程よりも一層力を込めて彼女を自らの胸に押しつけた。

「佐・・助、先生?」
「・・・ん?」
「ひとつ、聞いてもいいですか?」
「はいはい、もう何でも聞いちゃって、今の俺様、何でもどんとこいって感じだからさ。」
「・・・・・・・私達、運命の相手です、よね?」

佐助の胸に顔を埋め、彼の背中におずおずと腕を回してが言う。
前回力強く彼の体に抱きついた人物とは別人のようだった。

「そうだねぇ、それを確かめる為に、これからお付き合いを始めるってのも良くない?」
「?私達、お付き合いしてますよ?」

ブハッ!
佐助はの返事に咄嗟に吹きだした。
やはり今腕に抱いている相手は彼女なのだと再認識する。
当初はに振り回されるばかりで、戸惑う事しか出来なかった。
しかし、今はその言葉すら笑って受け流すことが出来る。
否。


「だよねぇ、だからさ、もっと深いお付き合いをしていこうっつーことで。ひとつ宜しくってね。」


受け入れる事が出来る。



「・・・佐助先生・・・!!」


感極まる、と言った様子でが一層両腕に力を込めた。
佐助は一瞬苦笑染みた笑みを浮かべ、だがすぐにその瞳に彼女への愛おしさを滲ませる。
あーあ、とうとう捕まっちまった。
小さく呟き、そっとの額に唇を寄せた。


「でも、分かってると思うけどさ、俺様これでも教師だから、
やっぱ他の生徒が居る所じゃあんたのことも皆と一緒に扱うぜ?」
「はい!だってそれが・・・・。」


「禁断の恋ってヤツ、ですか。」


彼女が続けるであろう言葉を、佐助は継いで口にした。
は一瞬目を丸くした後、にっこりと満面の笑みを浮かべる。
無意識のうちに佐助の口元も緩んでしまっていた。


「ま、これから・・・も、宜しく頼みますわ、?」
「はい!!!」



愛してるよマイハニィ
あんただけには敵わないってね、これから先もずっと。



後書き
おわったあああああああ(笑)結構まともな終わり方をしてしまいましたが、
佐助も自覚したってことで良しとしておこうかと思います。
そして最後、ヒロイン、普通なんだかそうじゃないんだか(苦笑)
ではではここまでのお付き合い、誠に誠に有難うございました!!感謝感謝です!


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