「・・・・・・・・・あ〜・・・こんな日が来ることも予想しちゃ居たが・・・、
現実になると辛いねぇ・・・・・・・。ったく、どうしたもんだか。」
「ぬ?そこに座り込んでいるのは前田慶次殿ではないか?いかがした?」
「あれま、本当だ。いつも走り回ってる前田家の風来坊が。」
放課後、教室の片隅。
いつもはいの一番に教室から飛び出し、
忙しく活動をしている『何でも屋』別名『恋の運び屋』前田慶次。
相手に想いを伝えられない生徒達の補助や相談が彼の主な活動内容だ。
婆娑羅学園は生徒数2500を誇るマンモス高校。
それ故に例え恋人同士であろうとも互いを見つけ出すのは難しい。
それが一方的な片思いともなればその難易度は極めて高くなる。
慶次はそんな彼らに代わってラブレターを渡したことも、
そして告白のお膳立てをしたことも数知れない。
元々は自分自身が恋愛ごとに大いに興味を覚えている為に、
進んでその手の話に関わっていたことがきっかけだったのだが、
いつの間にか学園内全体に知れ渡る程の恋の橋渡し役となっていた。
特に今の時期はバレンタインデーを目前に控え、
その為多忙な身の上で彼が一所に留まっているのを見かけるのは至難の業に近い。
多忙さ故に授業さえ抜け出すこともある始末だった。
だが、現在の彼からは魂の抜けた人形のようにいつもの威勢と賑やかさの欠片も見当たらない。
クラスメイトの幸村と佐助は、物珍しい物でも眺めるように、ジロジロと彼を観察した。
「毎年予約の束で埋れてるみたいだけど、ウッホ!すっげぇな、これ全部チョコのお届け予約?
あー、そっか、今年は伊達の旦那が留学するらしいから、女の子達が死闘を繰り広げるって訳か。」
「・・・ん?おっと、あんまりそこを触らねぇでくれよ。プライベートは守らなくちゃいけねぇからな。
ま、安心しなって、アンタ宛のチョコもいつもより多かったし、
暑っ苦しい真田幸村宛てのチョコもいつもの倍はあったからな。」
へへっ。
彼はゆっくりと立ち上がるといつもの調子でそう口にし、
自分の机の上に山となっているこの学園内の女子から受けたチョコ配達予約の伝票をかき集める。
だが、やはりその姿には全く覇気が感じられなかった。
「・・・慶次殿、何かあったのでござるか?先程から様子がおかしいようだが。」
「だねぇ。やっぱ他人の恋愛ばっかに首突っ込んじまって疲れちまったとか?
・・・って、アンタに限ってそれはないか。」
「恋してる人間の顔見んのは大好きだぜ、それが男であろうと女であろうとね。
見てるこっちまで嬉しくなるし、心もあったかくなるってもんだ。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ただ・・・・・・・・・・・・。」
そこで慶次は言葉を濁し、日頃の彼らしからぬ深い溜息を吐いた。
そして、山と積まれた予約の伝票とは別に、制服の内ポケットから一枚の伝票を取り出す。
「同じ恋する人間の顔でも・・・、今回のコレは・・・俺にとっちゃ大打撃だったってことさ。」
言いながら、彼はそれを幸村と佐助の前へと差し出して見せた。
「ぬ?これ・・・とは??」
「・・・ん〜?何々?ご予約名・・・・・・。ってあらま、これさんの・・・。
はいはい、そりゃさすがのアンタも落ち込んじまうってもんだ。」
。
チョコレートの配達予約伝票に丁寧な文字で書かれたその名を目にして佐助が即座に納得する。
だが、幸村は未だ理解出来ていない様子だった。
「佐助・・・、何故殿の名前が慶次殿の落ち込む原因となるのだ?」
「・・・本当に鈍いねぇ、真田の旦那は。
そりゃ自分の好きな子が他の男にチョコ渡す為にこんな予約伝票渡してくれば、
誰だって凹むってもんでしょうが。」
そう佐助が説明して聞かせると、幸村は暫しの間考えるように視線を空に彷徨わせた。
そうしてやや長めの沈黙の後、ようやく合点がいったのか、彼は驚いた様に声を上げる。
「なっ何とっ!!???慶次殿は殿を好いていたのか!!!??」
「遅っ・・・!!・・・・ハァーま、真田の旦那のはいつものことだから置いといて・・・。
ところでこの伝票、肝心の部分が抜けちまってるみたいだけど?」
言って、佐助は伝票の『配達先学年、組、氏名』と書かれた場所を人差し指で示した。
慶次はそれに軽く頷き、苦笑して見せる。
「書き忘れたって訳じゃねぇんだ。
がバレンタインの直前に書くから、それまで待ってくれって言ってたからね。」
「ああ、それで簡単に俺達に見せてくれちゃった訳だ。
それにしても旦那も辛い立場になっちゃったねぇ。今の状況じゃ相手が誰かも分からないんだろ?
それとも目星位はついてんの?」
「いや、全然分からねぇ・・・。情けねぇよな・・・他の誰より見てるつもりだったのに・・・。」
フッ、と、寂しげにそう呟くと、慶次は再び溜息を吐いた。
そして手の中にある伝票に視線を移す。
「うーん・・・さんって結構誰とでも気軽に仲良くなれるタイプだからねぇ。
俺様結構そう言うの見抜くの得意なんだけど今回ばっかりは・・・・・・・・あ!」
「?どうしたのだ!?佐助!」
「もしかしての惚れた相手に誰か心当たりのある奴でも居んのかい?」
少々期待を込めた眼差しで慶次が佐助を見つめる。
だが、佐助はヘラっとした笑いを浮かべ、首を左右に振って答えた。
「いやいや、ご期待に添えなくて申し訳ねぇ。ちょっと俺様用事思い出しちゃってさ。」
「そっか・・・。」
「ま、そう気を落としなさんなって。バレンタイン当日になれば、嫌でも相手が分かっちまうんだしね。
アンタの大好きなさんのチョコレートを受け取る、幸せものの名前がさ。
っと、そいじゃ、俺様そろそろ退散〜ってね。
真田の旦那、買い食いなんかせずに真っ直ぐ家に帰んなよ!じゃあな!」
そう言葉を残し、佐助はまるで掻き消えるようにふっと居なくなってしまった。
「俺は買い食いなどせぬぞ!佐助!!買い置きの饅頭があるのだ!!」
ワンテンポずれたタイミングで幸村はそう叫び、慶次に向き直ると、
某もこれにて失礼する!と一言告げ、荷物を手に教室から出て行った。
再び一人になった広い教室内。
慶次は手元の伝票を軽く握り締め、本日何度目かの深い溜息を吐いたのだった。
――バレンタイン当日。
のチョコの配達先は未だに分かっていない。
だが、忙殺されるに近い状況下の中、慶次は配達を滞らせる訳にはいかず、
現在、広大な学園の敷地を走り回っている。
「どいたどいた!!恋の運び屋前田慶次!!まかり通る!!」
今や遅しとチョコを待ち受ける男子達に、女生徒達の想いを乗せたチョコを手渡しで配達しながら、
彼は常に頭の中心にのチョコの受取人、つまり彼女の想い人となる人間のことを考えていた。
今朝彼女に挨拶をした時、彼女は笑顔で言った。
―放課後、伝票に名前を書くから、私のは一番最後でいいよ。
「OH!!今年はトラック2台用意しといて正解だったぜ。
前田慶次、俺宛てのchocolateはこれで最後だな?」
毎年信じられない量のチョコの配達先となる受け取り人、伊達政宗。
文字通り大量のチョコを彼の元へ届けているその最中、慶次はぼんやりと物思いに耽り、
政宗に声をかけられて我に返った。
「え!?あ、ああ、そうだ。今回はさすがに俺も手間取っちまって、すまねぇな。」
「AH-・・・ま、この量なら仕方ねぇだろう。それよりアンタ、さっきから様子がおかしいな。
何かあったのか?アンタに限ってこの程度、疲れた内には入らねぇと思うんだが・・・。」
「へ?ああ、すまねぇ、何でもねぇよ。アンタこそ、毎年こんだけの女の子に想われてんだ、
そろそろイイコを見つけて恋の華の一つも咲かせちゃどうだい?」
「HA!悪ぃが今んとこ一人に縛られる気は更々なくてな。
それに俺は留学前の身だ、こっちに心残りは要らねぇぜ。」
綺麗に整った唇の端を上げてそう応じる政宗に、慶次は軽い溜息と共にやれやれと苦笑して見せた。
だが、それも彼らしい答えだと、心の何処かで納得する。
しかしいつかはこの冷たく鋭い隻眼の女好きも、
たった一人に心を奪われる日がくるだろうと慶次は思っていた。
「おっと、それじゃ俺はもう行くぜ。まだ数十件単位で配達が残ってるんでね。」
「ああ、ま、頑張んな。」
来た時と同じ様に走り去る慶次の背中を見送りながら、政宗はふっと笑みを零す。
複数の女達を相手にすることに慣れすぎている彼にとって、
たった一人に想いを寄せ、真っ直ぐに見つめる相手の居る慶次の姿は羨ましいとさえ思えた。
放課後。
の物以外の配達を終える直前。
慶次の視界に見慣れた男女の姿が入る。
彼の叔父でありこの婆娑羅学園の教師でもある前田利家、
そしてその妻であり、同じく教師でもあるまつ。
まつはこの上なく大きな、例えるなら岩かと思われるほどの巨大な箱を両手で抱えて、
それを利家に差し出している所の様だった。
「犬千代様!まつめが一晩かけて作り上げ大作にございます!お納め下さいませ!」
「まつ〜!!おおおお!凄い大きさだ!開けていいか?」
「はい、どうぞ。ですが召し上がるのならば手を洗ってからにして下さいませ。」
自宅と何ら変わらぬ会話を繰り広げる利家とまつ。
慶次は暫く足を止めてその様子を眺める。
「まつ〜手を洗って来たぞ!開ける!」
「ほほほ、どうぞ。」
利家は待ち焦がれていた玩具を与えられた子供のようにはしゃいだ声と共に、
その巨大な箱のラッピングをバリバリと荒々しく解いた。
そして、中から現れたのは、恐ろしく巨大なハートチョコだった。
それにはピンクのチョコで太ぶとと『犬千代様愛』と書かれている。
「まつ〜〜!!!某嬉しいぞ!!!」
「犬千代様〜!」
その後暫く、二人はその巨大なハートチョコの前で抱き合い、互いに名を呼び合っていた。
「相変わらずだよなー、利もまつねえちゃんも・・・・・・・。」
いつもならば微笑ましく、そして憧れを込めて見つめている筈の光景。
だが、今回だけは、彼にとってもこの光景はどこか苦味を残してしまう。
最後のチョコを配達し終わり、彼は深い溜息と共にの待つ教室へと向かった。
「お疲れ様、慶次。配達全部終ったの?」
教室に戻るとすぐに、彼を待っていたが声を掛けてきた。
「あ・・・ああ、終ったぜ。後は・・・・・・・・・あんたの分だけだ・・・。」
「・・・・そうか、あ、伝票・・・持ってる?」
慶次は軽く頷くと、制服の内ポケットに入れていたしわの寄った伝票を彼女に手渡した。
どくどく、と、彼の鼓動が緊張で大きく脈打ち始める。
は受け取った伝票を近くの机に置き、胸ポケットに挿していたボールペンを手にした。
「本当はね、チョコ・・・渡そうかどうかずっと迷ってて・・・。それで猿飛に相談しかけたこともあったの。」
ゆっくりとした動きで手元の伝票に丁寧に文字を書きつけながら、彼女は唐突にそう話を始めた。
慶次は無言で彼女を見つめる。
彼の視線は、の手元に半ば釘付けの状態になっていた。
「名前を直前まで書かなかったのは・・・その、やっぱり止めるって言っても、迷惑がかからなようにと思って・・・。
そしたら昨日の帰りがけ、いきなり猿飛に声掛けられて、チョコは絶対渡した方がいいって言われたのよ。
アイツ、誰に渡すか言ってないつもりだったんだけど、実は口滑らせてちょっと話したことがあったから。」
言いながら、彼女は自分の書いた文字を確認するようにして伝票の配達先氏名の部分を眺めた。
そして、小さくクスリと笑う。
「朝方渡すのは避けて夕方渡した方がお互い落ち着くだろうって。何か本当に世話焼きなんだから、アイツ。」
言い終えてすぐに、は慶次に伝票を渡す。
彼の手は、知らず知らず小さく震えていたのだが、幸い、に悟られることは無かった。
「で、これが私の渡して欲しいチョコレート。」
彼女の鞄の中から淡いピンクの包装紙にブラウンのリボンを掛けた箱が取り出される。
「手作りだったりするんだけど、包装も結構頑張ったの。」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。」
言って、は慶次の特に好きな微笑を浮かべた。
「へぇ、手作りかい。アンタのチョコを受け取る奴は幸せもんだね・・・。」
「形、かなりいびつなんだけどね。」
「形なんざ問題じゃねぇって。要は心・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・!!???」
ひらり。
会話をしつつ、彼はとうとう伝票の配達先氏名部分に視線を向けた。
刹那。
慶次の目に飛び込んだ、丁寧に書き付けられたその文字。
信じられぬ事実に、思わず彼は伝票を床へと落下させた。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・そう、形が問題じゃないなら、ちゃんと全部食べてね?慶次。」
「・・・・・・・・・これ・・・・・・・・・本当に、本当・・・かい?」
配達先学年、組、氏名・2年E組・前田慶次。
「2年E組みに、同姓同名が居ない限りは。」
「っ!!!
慶次は彼女の名を口にしたと同時に、唐突にその肩を両手で掴む。
そして、驚きを隠せぬ彼女をそのままグイと自らの胸へ押し付けた。
「やりぃっ!!!俺今最高のテンションだぜ!すげぇ嬉しい!!!まさに幸せもんってね!!」
「け、慶次!?ちょ、大げさすぎ・・・っ!誰かに見られたら・・・!」
「へへっ、見たい奴には見せ付けろってね!俺今サイコーの気分だ、!」
「慶次・・・・・・・・・・。」
ぎゅ、と、慶次の彼女を抱きしめる手に力がこもる。
は少々戸惑いを隠せぬ様子だったが、やがておずおずとその腕を彼の体に回した。
―アンタの大好きなさんのチョコレートを受け取る、幸せものの名前がさ。
不意に慶次の脳裏に浮かんだ先日佐助が言い残した台詞。
彼はその言葉の意味を身をもって実感しながら、腕の中のの額に唇を寄せる。
咲いて咲かせて恋の華!と来たもんだ。
さぁて、これからがこの前田慶次の春到来ってヤツだ。
恋の運び屋前田慶次、彼自身の想いが実った瞬間だった。
(終わり)
後書き
なっがああああ(慌)政宗と利家夫婦登場のせいで無駄に長くなってしまいました(笑)
でもどうしても他の人々も登場させたかったんだあああ。おかげでヒロインの方がちょい役(苦笑
本当は夢吉も出したかったんですけどね。ではではここまでのお付き合い、誠に有り難うございました。