、どうしたの?浮かない顔をして。」

縁側。
何をするでもなく座り込んで、そのままぼんやりと空を眺めて、
私は思わず溜息をひとつ、吐いていた。
そこへ声を掛けてきた朔に、私は苦笑しながら答える。

「え?朔・・・ああ、んー・・・別に大したことじゃないんだけど。」
「わたしで良ければ話を聞くわよ。それとも望美の方がいいかしら?」

朔は少しだけ微笑んで、私の隣に腰を下ろした。

「ううん、そんなことない。有り難う、朔。でも考えても仕方ないと言うか・・・無駄と言うか・・・。」
「え?それはどう言う意味?」

不思議そうに彼女が尋ねる。
私はコホンとわざとらしく咳払いをしてから始めた。

「今日は2月14日じゃない?それで・・・私たちの世界だったらこの日は好きな人にチョコレートを・・・、
あ、外国製の甘いお菓子なんだけど、それを贈って気持ちを伝える日なのよ・・・。
だけど、さすがにこの世界では無理かな・・・ってことで、残念でさ・・・。」

私は頬の辺りを人差し指でぽりぽりと掻き、明後日の方向に目を向けて彼女に説明した。
何だかこうして改めて口に出して説明すると、本当に大したことじゃないみたいで悲しい。
なんて思っていると、朔がいつものふわりとした穏やかな笑顔で言った。

「ふふ、貴方達の世界には素敵な行事があるのね。それは女子から好きな人へ、と言うことかしら?」
「そう。バレンタインデーって言うんだけど・・・」


「もしかして、、今年は渡したい人が居るのかな?」

そこで突然、私の背中から望美がひょっこり顔を出した。
そのすぐ側に、ヒノエと将臣の姿も見える。

「み、皆、いつからそこに・・・。」

私はほんの一瞬絶句して、それからどうにかそれだけ口にした。
今の会話を聞かれたとなるとさすがに恥ずかしい。

「ちょっと前からだよ、ごめんね、立ち聞きするつもりはなかったんだけど。」

案の定、望美が少しすまなさそうに苦笑して答える。
ヒノエはその彼女の隣でいつもの妖しい笑みを浮かべて言った。

「姫君が想い人に甘味を贈る話を聞いては、黙っていられないってね。」
「バレンタインねぇ、、お前よくそんなこと覚えてたな。俺なんかそんな行事とっくに記憶の彼方だぜ。」

将臣は変に感心したように言って、片手で自分の後頭部をぽりぽりとかいた。
望美だけならまだしも、この二人にまで話を聞かれるなんて。
とは言え、今更隠しても仕方ないし、何より渡したいと思ってる相手まで知られた訳じゃない。
何より話の流れをこっちで作ってそんなこと気づかれなければいいんだから。
私は普通に会話を進めることにした。

「将臣なんか向こうの世界じゃ呆れるほどチョコ貰ってたくせに、あの頃から無関心だったわよね。」
「そうだったか?ま、俺は元々甘い物にそれ程興味ねぇからな。譲のヤツは律儀に後輩からのも受け取ってたみたいだけどよ。」
「ふふ、将臣君と譲君には毎年わたしともチョコ渡してたよね。」
「そうそう、子供の頃からの習慣みたくなってたわよね。」

望美の言葉に頷きつつ、このまま私の相手云々を聞かれずに終ればいい、なんて思ってたその矢先。

「へぇ、譲も将臣もこんな可愛い姫君二人からそんな貴重な物を受け取っていたなんて、羨ましいね。」
「・・・ねぇ、望美、その日って想いを伝える為の日なんでしょう?そんなに沢山の人に渡せる物なの?」
「うん、お世話になった人や特に親しい人に渡す義理チョコって言うのがあるんだ。
好きな人に渡すのは本命チョコって言うの。」

望美がそう説明すると、不意にヒノエが私の方に視線を向けた。
一瞬、嫌な予感が頭を過ぎる。
ヒノエは元々女好きだし、女の子たちからの人気もあってその手の事に恐ろしく聡い。
しかも私の好きな人はヒノエとかなり関係のある人で。
見抜かれるかもしれない。
いや、寧ろとっくに見抜かれてるかもしれない。

、お前が渡したがっていたのは勿論『本命チョコ』ってヤツだろう?その幸せ者はもしかして・・・」
「ちょおおおおおっと待った!!!!!」

言いざま、私は急いでヒノエの口を両手で押さえ込む。
その剣幕に推されたのか、側に居た望美と朔は驚いた様に私を見た。
そしてそれと殆ど同時に、将臣が言った。

「ああ、そういや、最近弁慶と仲がいいよなあ。」
「!!!!!!!!!」

両手で塞いだままのヒノエの口。
何事もないようにそう言った将臣の口。
見る見る顔が赤くなっていくのが、自分でもよく分かった。
一目瞭然。
朔と望美が、少し哀れみを滲ませた目で私を見る。
ヒノエが自分の口からそっと私の両手を外してから、やれやれと言った表情をして言った。

「俺はハッキリ言葉に出すつもりはなかったんだけど、まさか将臣が言ってしまうとはね。」
「ん?何だよ、何か悪かったか?つか、は望美より分かり易いところあるからな、皆分かってんじゃねぇのか。」
「将臣〜っ!・・・あんたねぇ!」

顔を赤くしたまま言った私の頭を、はははっと笑ってそう怒るなって、と撫でる将臣。
本当なら私の方がひとつ年上の筈なのに、
こっちで2つも歳上になったせいで前より更に子供扱いされてしまっている。

「でも俺としてはアイツが姫君の心を奪ったなんて信じたくないね。」
「弁慶殿は何処か本心が分からない人だけど、と居る時はなんだか空気が和らいでいる気がするわ。」
「そうだね、わたしもそう思ってた。」
「ええ!?ちょっと、皆いきなり何を・・・!」

将臣のせいで私が弁慶を好きだと言うことが中心で話が進みまくり始めてしまっていた。
私がどうにか話を逸らす為に話題を搾り出そうとしていると、また別の誰かが声をかけてきた。

「ん?お前ら、集まって一体何を話しているんだ?弁慶とがどうのと聞こえたが。」
「〜〜っ九郎!あんたまでっ!」

どうして私と弁慶の名前を並べて出すかな!?
大体皆してそう私たちの名前を連呼しないで欲しい。
このままここに居たら、その内他の皆まで集まって来そうだ。

「私、少し散歩に行って来るから!」

言い残して、私は皆の返事も聞かずに邸を出ることにした。

「・・・何だ?アイツは、何を怒っているんだ。」

と言う、九郎の怪訝そうな声を背中で聞きつつ。





町をぶらぶらと歩きながら、ハァーとまた、私は盛大に溜息を吐いた。
バレンタインと言えば好きな人に告白する乙女にとっては重大な日。
ま、こっちじゃそれも関係ないけど、
それにしたって何が楽しくて、好きな人の名前を皆に公開することにならなくちゃいけないんだろう。
それもこれもヒノエと将臣のせいだわ、絶対。
なんてことを考えつつ、思わず声に出して呟く私。

「・・・弁慶本人が居なかったのだけが幸いかな・・・。」



「僕がどうかしましたか?」
「・・・・・・・・・・・っっ!!??」

背中から唐突にそう声を掛けられて、瞬間的に私の身体が固まる。
ギギギギ。
と、まるで機械人形みたいにぎこちない動きでどうにか振り向くと、
そこには予想通りの人物の姿。

「べ、弁慶・・・。」
「ふふ・・・奇遇ですね、君のことを考えていたところにこうして出会うなんて。
それにどうやら君も僕の名を口にしていたようでしたけど、もしかして何か用事がありましたか?」

いつものように柔らかい笑顔を私に向けて、彼は言った。

「あ、用事って訳じゃないの。えっと、散歩でちょっとこの辺歩いてたんだけど。」

妙にわたわたと対応してしまいながら、私はまたしても顔に熱が集中していくのを感じていた。

「そうだったんですか。だったら丁度良かったかもしれませんね。実は君に渡したい物があるんです。
少し時間を頂いてもいいですか?」
「え?あ、大丈夫。」

コクン。
軽く頷いて答えた私に、彼はまた瞳をフッと細めて笑った。
たまに見せる食えない軍師の笑顔とは違う。
そしてさっきよりずっと優しい笑顔だった。

「弁慶はもう用事は済んだの?」
「ええ、今日は薬を届けるところが数件あっただけですから。
では、あちらの川原に行ってみましょうか。あそこなら静かですし、誰にも邪魔されずに済みますからね。」

弁慶の含みのある言い回しに、私の動機がまた激しくなる。
ヒノエと言い弁慶と言い、どうしてこう女心を分かっていてこういう言い方をするんだろう。
と言うか、寧ろ分かってるからこそするってのもありそうだ。
特に弁慶は、そう言うところは人が悪いから。



青い空を映した綺麗な水面。
さやさやと耳に心地いい川の流れる音が聞こえる。
川原に着くと、砂利を踏みしめながら、弁慶が静かに口を開いた。

さん、君とこんな風に二人きりになるのは初めてですね。君は常に誰かと一緒でしたから。」
「あ、うん。言われてみればそうよね。」

あはは。
と、意味無く笑いつつ、内心、心臓は恐ろしい速さで心拍数を叩き出し続けていた。
そんなこっちが意識しまくるような台詞、さらりさらりと口に出さないで欲しい。
本当に私ばかり妙に意識しているみたいで恥ずかしい。
動揺しっぱなしの私をよそに、彼が続けて言った。

「さっき、僕は君に渡したい物があるといいましたね。
実はそれはさんたちの世界の話を聞いて思いついたことなんです。」
「え?私たちの??」
「ええ、これなんですが。」

言って、彼は手に持っていた袋の中から、掌位のサイズの箱を取り出した。
よく見ると、凝った絵柄の布に包まれた、いかにも高級そうな物だった。

「これ・・・?」
「ふふ・・・開けてみて下さい。」

意味深な笑いと一緒に弁慶がそう私に促す。
私は小さく頷くと、慎重に布を解いて箱の蓋を開けた。
瞬間。
私の鼻に広がる、甘い香り。
とてもよく知っていて、でもとても懐かしい甘い香り。
そして、私が今日彼に渡したかった筈の物。
チョコレート。

「弁慶・・・、こ、これって・・・。」

半分感動に近い物を感じながら、私は言葉にならずに弁慶に視線を送る。
彼は笑顔のまま答えた。

「驚きましたか?以前、望美さんに話を聞いていたので用意させておいたんです。
本来ならば女性からと言うことですが、君を驚かせたくて。喜んで頂けましたか?さん。」
「うん、驚いたわ、ホント驚いた・・・!嬉しい不意打ち。」

そう言って笑顔で答えてから、私はそこでピタリと動きを止める。
望美は弁慶にバレンタインの説明をしたことは忘れているだろう。
それはついさっきの会話を振り返れば分かる。
あのコは嘘を吐けるタイプじゃないから。
だけど、問題はそこじゃなくて、何と説明したのか、だ。
でも、女の子一般的な考え方と言ったら、
やっぱり説明の中で重要なのは『お世話になった人への感謝・義理チョコ』より断然『特別な人や好きな人への本命チョコ』の筈。
弁慶はどんなつもりでこれを用意してくれたんだろう。

ここではきっと、絶対に貴重な筈のチョコ。
それを私に渡す為に用意してくれていた、なんて思うと、期待、してしまう。
だけど――――――

「弁慶・・・あの・・・このチョコ・・・っ!?」

言いかけた私の片手を、不意に弁慶がそっと掴んだ。
ビックリして彼に視線を向けると、弁慶は私の手にそっと唇を触れ合わせた。
余りに突然の彼の行動に、私の身体がフリーズ状態に陥る。
顔に上った熱は上昇するばかりだった。

さん。」
「・・・っ!」

いつもより低めの、囁くような声で彼が私の名前を呼んだ。
私の掌に弁慶の吐息と唇の感触が同時に伝わってくる。
小刻みに震え始める手をどうすることも出来ずに、私は弁慶から視線を逸らした。

「僕がこれを君に渡したいと思ったこの気持ち、察してくれますね?」
「・・・え?あの、それってやっぱり、・・・特別な意味で言ってくれてるのよね・・・・?」
「ふふ・・・でなければ、僕はこんなことはしませんよ。」

言いざま、彼は今度はさっきより更に強く唇を私の掌に押し当てた。
柔らかくて温かい、生々しい唇の感触。
私の掌、信じられない程、熱い。

「君を想う僕の気持ちを受け入れてくれますか?さん。」
「・・・はい。」

頭で考えるより先に、私は頷いていた。
ふっ、と、彼が瞳を細めて笑う。
そして弁慶は、私の手にある箱のチョコを一粒、指先で摘んだ。

「口を開けて。」
「ん・・・。」

少しだけ開いた口に、小粒のチョコが彼の手から入れられる。
ほろ苦くて甘い、独特のチョコの味。
媚薬。
と言う言葉が頭の奥を掠めた。
そう言えば何かでチョコには媚薬の元になる成分がほんの少しだけ入っているって聞いたことがある。
なんて考えていると、無意識の内に彼の指先まで舐めてしまった自分に私は慌ててしまった。

「弁慶・・・っ、ごめん、私・・・。」
「ふっ、さん、君はいけない人ですね。そんな風にされてしまうと、僕も我慢出来なくなってしまいますよ。」
「え?弁け・・・・・・っン・・・!」

唐突に触れ合わせられる、唇と唇。
凄く、熱い。
私はチョコの箱を落とさないように注意しながら、恐る恐る彼の背中に腕を回した。
それに答えてくれるように、弁慶が少しだけ私を抱く手に力を込めた。
私と弁慶を包み込む甘いチョコの香り。
媚薬の匂い。
大好きなこの人に貰ったこのチョコは、今までで一番の媚薬。



「君のように可愛い人に気持ちを受け入れて貰えた僕は、本当に幸せ者です。」




ねぇ軍師様、あなたはそう言うけど、これはあなたの作戦勝ち、そうじゃない?
だってこれで、私は今まで以上に弁慶に夢中になるんだから。



(終わり)



後書き
おおおっそおおおおおお(土下座!!)ワイフに奉げる為のバレンタイン夢!
大変大変遅くなってしまって申し訳ありませんでした!しかもまた前半弁慶登場なし・・・。
あれやこれや考えすぎて書き直しまくってたらリクから遠ざかってしまって・・・。
因みにワイフからのリク内容は『バレンタインの日に何も用意していなかったヒロイン。
逆に弁慶からチョコを渡され、更に彼のことを好きになるヒロイン。
結果的にそのチョコがヒロインにとっての媚薬』な感じだった筈がああああ(涙)
ワイフ、愛情と感謝だけは無駄に溢れておりまするぞおおお(本当に恐ろしい)

・・・ここまでお付き合い下さった方にも感謝致します、ではでは失礼します。