ちゃんの愛情、ホンマ大安売りやな〜。しかも板チョコかち割っただけってどないやねん。」

食堂。
テーブルの上には1枚恐らく100円と言う代物の板チョコが3枚、
それぞれ割られた状態で置かれていた。
そしてその中の一粒を口に運びながら、滝はすぐ側に座っている女教師に向かってそうぼやいた。

「ふっ、そんなこと言いながらも食べてるんじゃ、説得力ゼロだよ、滝。」

彼女はそう答え、自らも一粒、チョコを指先で摘んだ。
その彼女の向かいに座っている伊藤が少々咎めるような口調で口を開く。

「そうだよ、俊介。
大体先生だってこの学園の全生徒にチョコを配る訳にもいかないんだから、しょうがないだろ。」
「そうそう、しかも俊介、何だかんだ言ってもう4粒目じゃないか。」

伊藤の隣に居る遠藤も半ば呆れを含んだ声音で相槌を打った。

「しゃーないやろ、体動かしてるとどうしても甘いもんが欲しくなんねんからぁ!」

言いながら、滝は5粒目のチョコに手を伸ばす。
伊藤と遠藤はヤレヤレと言った表情を浮かべてその様子を眺めていた。

「お!お前ら集まって何やってんだ?ちゃんも一緒か、楽しそうだな。」

滝の背後。
唐突に現れた長身の逞しい体格の男子生徒。
言わずと知れたBL学園、生徒会長、丹羽哲也の登場である。

「あ、王様。俺達、先生からチョコを貰って食べてたんです。」

伊藤が笑顔で返すと、丹羽は思い出したようにして言った。

「おおー、そう言やぁ今日はバレンタインデーだったな!」

バレンタイン。
男子校であるBL学園には一見縁のない響きに、丹羽の瞳にほんの一瞬輝きが増す。
だが、テーブルの上にのっている無造作に割られたチョコに視線が移ってすぐに、
その輝きはあっと言う間に不満の色に変化した。

「・・・・って、板チョコかよ。色気ねぇなぁ。」
「ほれみぃ、会長かて同じこと言うとるやないか。」

同士を見つけた滝が、再度、拗ねた様な口調で言った。

「ふふ・・・滝も丹羽も色気が欲しいなら、まずはこの私を満足させて見せなさい?
だったら考えてあげてもいいけど。」

言葉と同時には頬杖をついて妖しく口元で弧を描き、彼らに向かって艶やかに微笑んで見せた。
瞬時、彼女のその言葉と表情に反応し、丹羽と滝とが二人同時に顔を耳まで赤く染め上げる。
更に、彼らがうっと小さく漏らす声が重なった。

「ぶブッっ!!!・・・っくっくっく・・単純っ・・・!」

は二人の予想通りとも言える態度に即座に吹き出し、口元を両手で押さえて笑い始めた。

「・・・単純って・・・先生・・・。」

伊藤が少々戸惑った様子で彼女に声を掛ける。
そしてその先に続くようにして、遠藤が口を開いた。

先生、あんまり生徒をからかうのもどうかと思いますよ。」
「あっははっ、ごめん、ごめん。」

声を殺して笑うことに耐え切れなくなったが、肩を震わせて笑いながら言った。
そしてその彼女の姿に我に返ったらしき滝と丹羽は、一層顔を赤くして二人同時に叫んだ。

「なっ!からこうてたんかい!ちゃん!!」「つーか俺をこのサル君と一緒に扱うんじゃねぇっ!!!」

彼らをからかってひとしきり笑い終えた後、はゆっくりと椅子から立ち上がった。

「残りは適当に皆で食べておいて。後から来るコ達にもあげてね。」
「なぁちゃん、実は本命チョコがあったりするんじゃねぇのか?俺にだけでも教えてくれよ。」

その場から立ち去ろうとしている彼女に、丹羽がニヤリとした笑みと共に耳打ちする。
は彼と視線を合わせ、やわらかな微笑を向けた。

「貴方が今日中に生徒会の仕事を片付けたら考えておいてあげるわ、丹羽生徒会長?」
「うっっ・・・それは・・・。」

即座、返事に窮する丹羽。
彼女はその様子を満足げに眺め、足早にその場を後にした。




「ぶにゃぁーお」

中庭。
茂みから飛び出すようにして姿を見せた三毛猫が、少々独特の鳴き声を発し、
の足元に身を摺り寄せてきた。彼女は身を屈め、猫の頭を撫でてやる。

「トノサマじゃないの。散歩中?」
「ぶにゃぁん」

彼女の問いに、三毛猫は返事をするように再び鳴き声を上げた。
トノサマ。
この少々癖のある容姿の三毛猫は、化学教師、海野の飼い猫だ。
人間の言葉を理解している素振りを見せることも多々有り、
現に海野とは会話が成立しているようでもあるが、実際のところは今もって謎である。
そして彼は飼い主である海野以外の人間には極少数の例外を除いて、余り懐いている様子を見せない。
だが、幸か不幸かはどうやらその極少数の枠内に収まった様だった。
彼女はトノサマの体に手を伸ばし、ゆっくりと抱き上げた。
彼はもがくことなく大人しくそれに任せている。

「・・・・・ねぇ、トノサマ・・・知ってた?今日はバレンタインなの・・・。」

ぽつり。
呟くようにはそう口にし、腕の中の三毛猫のふわふわとした背中を撫でた。
彼は下から覗き込むように大きな金色の瞳でを見つめている。

「手作りのチョコなんて作っちゃったんだけど・・・、渡せる訳ないのに・・・。
ふふ・・・こんなことなら丹羽や滝にでも食べて貰ってた方が良かったのかもしれないわね。」
「ブニャァ!ぶにゃにゃぁおん!」

彼女の言葉を否定する如く、彼は首を左右にキッパリと振って鳴き声を上げた。
その姿には思わず苦笑する。

「そんなことないって言ってくれてるの?有り難う。・・・・でも・・・。」

そこでひとつ、深く大きな溜息を漏らす
彼女はトノサマの背中を撫でていた片手をジャケットの内ポケットに入れ、
そこから綺麗にラッピングされた長方形の箱を取り出した。
箱の中身はが早朝から用意した手作りのチョコだ。

「自分でもどうしていいのか分からないのよ・・・。・・・本当に、生徒相手に何を考えてるんだか・・・。」

半ば独り言に近い声音で彼女が呟く。

「七条臣・・・・・か。」

無意識の内に続けた生徒の氏名。
ピクリ。
トノサマの、猫にしては大きめの耳がその名に反応する。

「ブニャァ!」
「・・・えっ?あ・・・!!」

短い鳴き声と同時に、彼はの腕の中から地面へと飛び降りた。
更に、その口には彼女の手にあった筈のチョコが咥えられている。

「トノサマ・・・!?ちょっと、こら、待ちなさい!」

の制止の言葉も聞かず、彼はチョコを咥えたままその場から走り去った。

「トノサマ!」

彼女は咄嗟にその後を追う。
幸いチョコの箱には贈る相手の名は無論、の名を示すカード等も忍ばせて居ない。
とは言え、彼をこのまま見過ごす訳にもいかなかった。

「ブニャァーん」

トノサマはが彼の姿を見失いそうになる度に鳴き声を発し、自分の居場所を彼女に知らせた。
そして一定の距離を保って彼女の先を走っていく。
その行動は、まるで彼女を誘導しているようにも思えた。
やがて―――――


「トノサマ!?」


彼女が辿り着いた先は図書室だった。
広い図書室内に視線を走らせると、本棚の陰にちらりと白く大きな猫の尻尾が横切る姿がの目に入る。
彼女は足音を忍ばせ、素早くその後を追った。

「・・・・っ!」
「おや?トノサマ、どうしましたか?珍しいですね、図書室に姿を見せるなんて。」

長身。
スラリとした体つきに、日本人離れした端正な顔立ち。
柔和な笑顔に左目の下にあるホクロが印象的な銀髪の男子生徒。
会計補佐官、七条臣。
トノサマは彼の使用している机に飛び乗り、コトリ、と、口に咥えていたチョコの箱を落とした。

「ん?これは?」
「ブニャ!ぶにゃおん」

「トノサマ!あなたってコはっ・・・!」

それまで呆然とことの成り行きを見守っていたが、動揺の余りに声を上げる。
そこで七条の視線が彼女へと移った。

先生?」
「あ・・・。」

彼と視線を合わせたまま、戸惑った表情を見せる

「うにゃ!」

トノサマは一声短く鳴き声を発すると、二人を残して図書室を出て行った。

「もしかして、今あのコが持ってきたこれは先生の物ですか?」
「え・・・?」

七条の白い手が先程机に落とされたチョコの箱に伸びる。

「え、ええ・・・そうなの・・・トノサマが悪戯で持ってきてしまって。」

未だに動揺を鎮めることの出来ていないは、
努めて平静に言葉を紡ぎながらそう返事をした。

「そうですか、ならばこれは先生にお返しします。」
「・・・・・・・そうね。」

彼から差し出されたチョコの箱に少々皮肉な考えを思い浮かべ、
はゆっくりとそれに手を伸ばして受け取ろうとしていた。
だが、不意に彼女はその手を止める。

先生?」
「・・・・・・・・・七条・・・・・・、そのチョコ・・・。」

そこで彼女は言葉を切り、視線を床へと落とした。

「ああ、これはチョコレートだったんですね。
そう言えば今日はバレンタインデーでしたか、忘れていました。」
「・・・・・・・・甘いものが嫌いじゃなければ、貴方にあげるわ。」

胸の内の気持ちを必死で押し隠し、彼女は極めて自然な口調で言った。
特別な意味合いを込めず、あくまで義理チョコとして渡しているのだと、
七条にそう思わせる為に。
の喉の奥が哀しい嘘にひりりと痛みを覚える。

「バレンタインに先生の様な素敵な女性にチョコを貰えるなんて、僕は幸せ者ですね。」
「・・・・・・・・・・・・ふふ・・・、有り難う。」

他の生徒からの言葉なら造作もなく受け流す筈の台詞にさえ、彼女の胸は小さく軋んだ。
七条はいつもの如く笑顔を浮かべたまま言った。

「これが義理でなければもっと嬉しかったのですが。」
「・・・・・・・・・・ええ!?」

ドクン

の心臓が大きくひとつ、跳ねる。
咄嗟のことに平静を保つことさえ忘れ、彼女は声を上げていた。

「クス・・・冗談ですよ、ですが、そんなに驚かなくてもいいと思うのですが。」
「七条、貴方ねぇ・・・。」
「フフ・・・そんなに動揺している姿の先生は滅多に見られませんから、少し、期待してしまいますね。」
「・・・期待?」
「はい、これが本当は義理ではないのではないかと。」
「っ・・・!」

未だ穏やかな笑みを浮かべている七条。
だが、その表面的な笑顔の下に隠れている感情はやはり読み取れない。
彼女はじりじりと胸の奥が焼けるような痛みを感じていた。
そして―――


「だってそれは、本当に義理じゃないもの・・・。」


無意識の内に口にした自身の台詞に、は思わず両手で口を塞いだ。
彼女は驚きの為に目を見開き、咄嗟に七条と視線を合わせる。

「あっ・・・!私・・・っ・・・!」
先生。」

先程までとは比にならぬほどの動揺が、を襲う。
唇を押さえる両手が小刻みに震えていた。
やがて彼女はそのまま瞳を伏せ、小さく息を呑む。
零れ出た言葉をかき集めることなど不可能なのだ、は覚悟を決めた如く、
口元の両手をゆっくりと外した。

「先に・・・言わせて、貴方にこんなことを言って困らせるつもりもないし、
何を期待しているつもりもないの・・・。・・・本当に、すぐに忘れてしまってくれていいから・・・。」

そこで彼女は言葉を切り、床に落としていた視線を七条の色素の薄いビー玉の様な瞳と合わせた。


「七条、私は貴方が・・・好き・・・なの。」


震える声でが告げる。
二人の視線は互いを捕らえたままだった。
不意に、七条が無言で彼女のチョコの箱を開封し、中から一粒、チョコを指先で摘んだ。

「・・・・・・・・・・・・七条・・・?」

彼の意図するところが理解できず、が問いかけるように彼の名を呼ぶ。
七条は視線を上げ、ゆっくりとの側まで歩を進めた。

先生、僕は貴女の告白に困ってもいなければ、すぐに忘れるつもりもありませんよ。」
「・・・・・・え?」
「こんな可愛らしい表情の貴女を見ることが出来た生徒は、きっと僕だけでしょうしね。」
「何を・・・・・・・・・っ」

刹那。
七条の繊細さを思わせる長い指がの唇をなぞるように撫でた。
そして彼は先程のチョコを口にすると、
その半分を彼女の唇に押し付け、残りの片割れのみを自らが食した。

「思っていた以上に甘くて美味しいですよ、先生。ほら、貴方も食べてみてください。」
「・・・んっ」

言いざま、彼は呆然としているの唇に残ったままのチョコの半分を、
口付けをする形で彼女の口内へ押し込んだ。

「どうですか?先生。」
「っ七条・・・貴方・・・!」

はそこで一度言葉を切り、片手で唇を押さえて俯いた。
眉間には微かにしわが寄り、頬が朱に染まっている。
だがその間も彼は例の穏やかな笑顔を浮かべていた。

「自分で自分が信じられないわ・・・。」
「どうしましたか?先生。」
「・・・これでも私貴方より年上だし、教師なのよ・・・。なのに・・・」

「フフ・・・いつもの先生も素敵ですが、僕は今の貴女の方が好きです。」

そう口にしながら、七条は彼女の腰に腕を回した。
は再び驚きを隠せぬ様子で彼を見上げる。

「僕はずっと考えていたんです、卒業まで待たずに、貴女を僕のものにしたいと。」

言葉と同時に七条の熱を含んだ湿った吐息が彼女の耳元を掠めた。

「まさか貴女の方から告白してくれるとは思っていませんでした。」
「・・・・・・・・・ええ、私も・・・、まさか告白することになるなんて思って無かったわ。
それに・・・・・・絶対に拒絶されると思っていたから。」

は少々躊躇いがちに彼の体に自ら細い腕を絡めた。

先生、僕は貴女が好きです。勿論、生徒としてではなく、貴女の恋人になりたい。」

生暖かく柔らかな七条の唇の感触がの耳朶に熱を与える。
彼女はゆっくりと彼の白い頬に手を触れ、自ら唇を寄せ、彼と2度目のキスを交わした。
互いの舌には未だ、チョコの甘さが残っている。
深く濃く、幾度も唇を重ね、やがては苦笑交じりに呟いた。


「トノサマには、感謝しなきゃいけないわね・・・。」



(終わり)


後書き
・・・・・・・・・前半意味なかったああああ!前半のせいで長すぎだし!!
旦那様から頂いたリク、七条でヒロイン女教師設定・・・・・・、
七条の出番が遅すぎて申し訳ございませんでした!
いや、もう謝らないといけないとこばっかで・・・(遠い目)
ですが愛情だけは盛りだくさん、一足遅いバレンタインとしてどうぞお納め下さい。
しかし七条・・・もっとこうずる賢い感じにしたかったのに、普通っぽくなってしまった。
もっと精進せねば。ではではリク下さった全架様、そしてここまでお付き合い下さったかた、
本当に有り難うございました。失礼します。
失礼致します・・・