「あ、!丁度いいところに!!政宗先輩見なかった!?」

放課後。
保健室へと向かう廊下。
私は数人のクラスメイトの女の子達に呼び止められた。
振り返って見ると、彼女達の手にはそれぞれ綺麗にラッピングされた箱が握られている。
思わず、ああ、そう言うことか、と、納得しつつ、私は首を軽く左右に振って答えた。

「ううん、そう言えば今日は朝から見てない。」
「ホントに!?あ〜ん、幼馴染のなら先輩の居場所知ってると思ったのにぃ。」

心底ガッカリしたように、最初に声を掛けてきたクラスメイトが肩を落とす。
彼女の側の女の子達も、揃って溜息を吐いた。

「仕方ないかー、もうちょっと探そうよ。」
「だよね、諦めてたまるかっての。」
「そうしよう!!じゃあね、ゴメン、!バイバイ!」

言って、彼女達はそのまま私の横を通り過ぎて走って行ってしまった。
その背中をぼんやり見送りながら、
私は無意識の内にバッグの中に潜ませているチョコの箱に手を伸ばしていた。

チョコ。
正確には手作りのバレンタインチョコレートに。

チョコの手作りなんて初めてだった。
この日の為にずっと前からお菓子の本まで買って、何度か練習もした。
甘い物が好きそうなタイプじゃないけど、味にはきっと煩い。

校内は数日前から、特に女の子達は殺気立っていると言っていい位落ち着かなかった。
そしてとうとう水曜日。
決戦当日、バレンタインデー。
そこかしこで、正々堂々、あるいは抜け駆けなんかもしつつ、
チョコを渡す女の子達の姿があった。

「わ、私も頑張ろう・・・!特に相手はあの・・・」

「HEY!、お前、こんな所で何してんだ?」
「!!」

背後。
唐突に声を掛けられて、私は思わずビクリと体を震わせた。
だけど、聞き慣れすぎた声に、すぐにフゥっと溜息を吐く。

「政宗兄、ビビらせないでよ・・・。」

伊達政宗。
私の1つ年上の幼馴染。
ルックス抜群の俺様体質。
そして何より、私の好きな人と深く関わっている人間でもある。

「政宗兄こそこんな所で何してるの?今日は何かと大変な筈じゃない?
さっきも聞かれたわよ、政宗兄の居場所。」
「Hm・・・まぁな・・・。さすがにちぃとうんざりしてるとこだぜ。
小十郎に用事があったんだが、おかげで今頃になっちまった。」
「・・・・そう。」

小十郎。
その名前が出ただけで、私の鼓動が即座に反応する。
どくどく、どくどく、早鐘を打つ。

「おっと、それよりも、お前俺に渡す物があるんじゃねぇのか?」
「・・・今更私にチョコをねだってどうするのよ・・・。まぁ、用意はしてるけど・・・。」

そう返しながら、私は片手でバッグの中のチョコの箱を取り出した。
と、その拍子に、ポロリと姿を見せる、『もう1つ』のチョコ。

「あ・・・!」
「Ah-ha・・・?俺のもんとは随分力の入れようが違うじゃねぇか、こっちのヤツは。」

政宗兄が目ざとくそれを発見し、ニヤリと意地悪く笑う。
私は慌ててそれをまたバッグの中へ押し込んだ。

「そ、そのチョコ持って早く行った方がいいんじゃないの?
また女の子達に追い掛け回されるわよ。」

激しく動揺しつつも、私は聞こえない振りを決め込む。
政宗兄はジッと私を見つめた後、保健室のある廊下の奥へ視線を走らせた。

「Holy shit!・・・アイツ相手じゃ文句の付けようがねぇな・・・。」
「!!政宗兄!?な、何を言って・・・っ!」

反論しようとした私の額。
パコ、と、今私が政宗兄に手渡したばかりのチョコの箱で軽く叩かれた。

「小十郎に面と向かってチョコを渡しに行こうとする女なんざ珍しいぜ。
アイツは人気はあるが、女が近づきやすい雰囲気とは言い難いからな。
More power to you!振られたら俺の所に来な!胸ぐらいは貸してやる。」
(健闘を祈ってるぜ)

私は額を片手で押さえ、無言で政宗兄を見上げる。
顔が赤くなっているのが自分でも良く分かった。
ニヤリと笑った口元はそのままに、政宗兄は私の側から離れていった。

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。」

少しの間複雑な気持ちで政宗兄の背中を見送って、それから私は歩き出す。
保健室へ。



「・・・か、片倉先生・・・!居ますか!?」

ドアの前で声を掛けてはみたものの、返事がない。
私は思い切ってドアを開けてみた。


―ガラッ


シ・・・ン・・・・。

いつも小十郎先生が居る筈の机の前、先生は居ない。
それどころか室内に全く人の気配を感じない。
念の為、私はベッドのある方まで足を運んだ。
シャッ、と、音をたててカーテンを引く。
当然のように、無人。


「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ハァーーーー・・・・!緊張して損した!」


深く大きな溜息と一緒に、私はそのままベッドに倒れこむ。
洗い立てのシーツは真っ白で、日向の匂いがした。
仰向けに転がって保健室の天井を眺め、足を投げ出す。

「先生、恋の病なんです、治して下さい!」

言った自分の独り言があんまりにも馬鹿馬鹿しくて、ダサ過ぎて、
一人、笑い飛ばそうとしたその時。


「ほぉ、そりゃ難儀なもんにかかっちまったな。」
「!!!!!!!!!」

掛けられた声に、即座に反応して、固まる、私の体。
誰か、なんて、そんなの分かるに決まってる。
私が動くより早く、その人が姿を見せた。
白衣、長身。
いかにも大人の男の人を思わせる雰囲気と、私としては頼もしいと思える威圧感。
保険医、片倉小十郎先生。

「それで、おめぇはその病のせいでそこに寝転がる羽目になっちまったのか?」

くくっ、と、喉を鳴らしながら笑う、小十郎先生。
私は耳まで真っ赤になってぶんぶんと首を左右に振り回した。
穴があったら入りたい気分。
違う、寧ろ、穴を作ってでも入りたい気分、だった。

「おめぇが一人でここに姿を見せるなんざ珍しいな。どうした?」
「あ、あの・・・・・・・!」

ガバリ。
そこでようやく体を起こして、私は彼を見上げる。
違う。
こんな筈じゃなかった。
計算に無いぞ。
本当は、私の予定では私が入ってきた時点で先生が居て、
普通に女の子らしくチョコを渡して、返事を聞く聞かないは別としても、
恥じらいながら立ち去っていく、と言う感じのつもりだった。
心底そのつもりだったのに。

「小十郎先生・・・!あの、甘いものは・・・お好きですか?

口から零れ出たのは間抜けすぎる質問。
今日がバレンタインなのはもう周知の事実。
こんなことを言えば私が何をしたいのかすぐに分かってしまうに決まってる。
先生は白衣に両手を突っ込んで私を見下ろしたまま、フッ、と、少しだけ瞳を細めた。

「そうだな・・・時と場合にもよるが・・・嫌いじゃねぇ。」

時と場合。
今は、その範囲に入るんだろうか。
なんて考えながらも、私は無意識に横に置いていたバッグに手を伸ばしていた。
それにしても、なんて間抜けな状態なんだろう。
今更あれこれ考えても仕方ないのは分かってるけど、バレンタインデーと言えば乙女決戦の日。
それをこんな形で。

「小十郎先生。」

とにかくここまで来たからには、チョコだけでもきっちり渡そうと、私はベッドの上に正座をした。
勿論、バッグから取り出したばかりのチョコを手にして。

「良かったら、食べてください!」

言った瞬間、後悔した。
何もかも、色気が無さ過ぎる私。
情けなさで首まで真っ赤になった顔を見られたくなくて、私は視線を下へ落とす。
不意に、先生の大きな手が私のチョコの箱に伸びてきた。

「フッ・・・おめぇからチョコを受け取るのは初めてじゃねぇが・・・、
いつもは政宗様と一緒だった。こうして渡されると新鮮なもんだな。」
「・・・え!?あ・・・受け取って、くれるんですか?」

私が咄嗟に瞳を上げると、いつの間にか至近距離にある小十郎先生の顔。

「ああ、受け取るぜ。チョコも・・・、おめぇもな。」

耳元に唇を寄せて、囁くように先生が言った。
耳朶近くを掠める吐息に、私の心臓と体が大きく跳ねる。

「・・・え?先・・・生・・・?今・・・何て・・・。」

驚いて言葉をまともに口にすることもままならない私を他所に、
小十郎先生はいつの間にかチョコのラッピングを解いていた。

「ほぉ・・・今年は手作りか。」
「やっぱり分かります?一応・・・余り甘くし過ぎないように頑張ったつもりなんですけど・・・。」

ついさっき聞いたばかりの台詞の意味を深く理解出来ないまま、私は返事をした。

「早速1つ貰うとするか。・・・おめぇの口から直接、な。」
「小十郎先・・・・・・」

開きかけの私の唇。
先生は指先で摘んだチョコを一粒、私の口の中へ入れた。
甘さ控えめのビターチョコレート。
練習した甲斐あって、舌触りも柔らかさも丁度いい。
我ながら会心の出来じゃないか!
なんて思っていたその瞬間――――

「んっ・・・・!!」

再度、私の方に屈み込んできて、先生の唇が私のものに押し付けられる。
唐突過ぎる状況に、そのまま硬直する私。
小十郎先生は私の唇を舌で割って、
私の口内で半分以上溶けかけて形を無くしているだろうチョコを、
自分の口の中へ移した。
とろり。
重なり合った唇。
チョコレート色の生暖かい唾液が混ざり合う感触がする。
余りの恥ずかしさに、私はそこで抵抗をしようと両手で先生の胸元を押し戻そうとした。
勿論、びくとも、する筈も無い。
普通の男の人なんかより数十倍は逞しく見える先生の体。
私みたいな小娘の力で敵う訳もなく。
その間も先生の舌がまるで軟体動物みたいに私の口内をくまなく動き回っていた。
私の体は小刻みに震え、知らず知らずの内、
抵抗していた筈だった両手は先生の白衣を力いっぱい握り締めていた。


「・・・は・・・ァ・・・先せ・・・」


小十郎先生が私の唇から唇を離した瞬間、零れ出た私自身の声。
信じられない位甘ったるくて、自分の耳を疑った。
乱れる、呼吸。
先生は私の唇から顎にかけて伝ったチョコレート色の唾液を、舌で舐め取った。
その姿があんまりにもいやらしくて、思わず私は目を逸らしてしまう。

「美味かったぜ、。今まで口にしたどんなチョコよりも最高の味だ。」
「・・・・・・・・・・・・・先生、こんなの、ズルイ・・・。」

ようやくそれだけ搾り出して、私は視線を上げないまま言った。
口内には未だにリアルに先生の舌の感触が残っている。


―ギッ


小十郎先生がベッドの端に座った気配がした。
それでもやっぱり、私は俯いた顔を上げることが出来ない。

「ベッドの上に正座してまで、俺に食べてくれと言ったのはおめぇの方じゃなかったか?。」

ククッと、喉の奥で笑いながら、先生が言った。
そこで私は咄嗟に顔を上げる。

「そ、そうですけど!そうじゃなくてっ!」
「フッ・・・あの状況じゃ、俺に何をされても文句は言えねぇぜ。」
「だからって・・・こんな、突然・・・。」

無意識の内に言葉尻がどんどん小さくなっていく。
そして私はまたもや視線を下へ落とした。
顔が、とてつもなく、熱い。

「そう言やおめぇ・・・、俺がここに来た時に難儀な病にかかったと言っていたな。」
「!!!!あれは!」


――先生、恋の病なんです、治して下さい!



あんな馬鹿馬鹿しくて重ダサイ台詞を聞かれてしまっただけでも大ダメージなのに、
今になってまた掘り返されるなんて。
しかも、キスの余韻も抜け切っていないこの状況で。

、悪いが俺にはおめぇの病を治してやることは出来ねぇようだぜ。」
「・・・だからもうそのネタはやめて・・・・・・・・・・え?って、どう言う意味ですか?」

てっきりからかってるんだとばっかり思っていたのに、
私の視界に入った小十郎先生の視線は真剣だった。
先生の大きな掌が、私の頬に触れる。

「おめぇよりも、この俺の方が余程重症らしい。この先もどうやら回復の見込みはねぇな。」
「・・・・・・・・・・それって・・・。」


フッ、と、先生の瞳がほんの少し細められる。
優しい、微笑。


「やっぱり、先生はズルイ。」


小十郎先生、今の言葉で、
私の恋の病はもっともっと、重くなってしまいました。

それから私は先生と、2度目のキスをした。





――――政宗兄へ。結果だけでも報告しろってことだったから、メールしました。
           2月14日。本日決戦の水曜日
            、完敗。



(終わり)



後書き
遅くなりましたが、シロ様からのリクエスト、現パロ・保険医小十郎夢でした。
リクエスト頂いてからかなりヘラヘラと妄想していました(笑)
しかし政宗は最後のメールでヒロインが振られたと思い込んでしまいそうですね。
そして無駄にノロケ話を聞かされてしまう羽目になりそうだ(笑
ではでは、シロ様、この度は本当に本当に有り難うございました!
此方はシロ様へ献上させて頂きます。
それからここまで読んで下さった方も、有り難うございます。失礼します