「夏侯将軍、お手合わせ願います。」
「・・・何?」

夕日を背にし夏侯惇の前に現れたその女は、唐突に彼に手合わせを求めてきた。
振り向いた彼は、思わず、その姿に目を奪われる。
赤い日の光に輪郭を縁取られたしなやかな体の曲線。
しかしそれと相反するように彼女から放たれる雰囲気は、武人のそれと全く同じものだ。
隻眼を僅かに細め、夏侯惇は静かに口を開いた。

「ふん・・・この俺に手合わせを請うとは、貴様、余程腕に覚えがあると言う事か。
まずは名を名乗れ、それが礼儀と言うものだぞ。」
「これは失礼致しました。私は。夏侯淵将軍の下で副将を務めさせて頂いている者です。」

ふっ、と、と名乗ったその女は微笑と共にそう答えた。

「淵の所のだと・・・・?」

不意に、彼の脳裏に従兄弟である夏侯淵の言葉が蘇って来る。


―仕官してきた途端にすげぇ勢いで実力発揮した奴が居るんだけどよ、
これが何と美人な女武将なんだよ!あの短時間で俺の副将まで上り詰めて来たんだぜ、惇兄!


興奮した夏侯淵が彼女の戦場での働きについて、
多くの賞賛の台詞を口にしていた事は、彼の記憶に新しい。

「貴様が淵の言っていた副将か、だが、その腕に慢心して俺に挑むとはな。」
「・・・慢心かどうかは、勝負の後に分かることです。」


スラリ。


に抜かれた刀の切っ先が、赤い夕日の光を受け、一瞬、眩しく夏侯惇の隻眼に反射する。

「・・・いいだろう、とか言ったな・・・。貴様の腕、見せてみろ。」

言った彼が、同じく麒麟牙を鞘から抜いて構えた。
が再度、口を開く。

「その前にひとつ、お約束願います。」
「ふん、言ってみろ。」

彼女は獲物を構えると、その切れ長の美しい瞳で彼の視線を真っ直ぐに捕らえた。


「この一戦、私が勝利したその時は、夏侯将軍、貴方を私に頂きたい。」


刹那。
夕日で赤く染まったその地一体に響き渡った彼女のその台詞に、
夏侯惇は動揺の色を宿した表情を見せる。

「な・・・っ・・・、何だと!?」
「私は本気です。」

合わせた視線を逸らさぬままには短く答えた。
彼女の真意を測りかね、夏侯惇は再びその独眼を細める。
だが、彼女がそれ以上そのことについて触れる様子はない。
更に刀を構えたが続ける。

「では、改めて、お手合わせ願います。夏侯将軍。」
「・・・いいだろう、行くぞ!」


―ギンッ。





夜明け。
白んだ空。
冷え切った空気に、寝台の上の夏侯惇はゆっくりと目を覚ました。
眠りに入って恐らくまだ一時も経ってはいないだろう。

「・・・ふん、夢など・・・久し振りに見たわ・・・。」

一人、小さく呟き、彼は隣にある愛しい存在に目を向ける。
寝台に波打つ美しい黒髪に手を伸ばし、その手を彼女の頬へ触れさせた。

・・・・・。」

呼んだ名は、酷く甘く、切ない響きを持っている。
あの印象的過ぎる出会いから1ヶ月。
夏侯惇が彼女に心を奪われるのにそれ程時間は要さなかった。
否。
が彼に手合わせを求めたあの瞬間から、
この関係は運命ずけられていたのだとさえ思える程だ。

「・・・ん・・・、元・・・譲様・・・?」
「ああ、すまんな・・・。起こしてしまったか・・・。」

うっすらと開かれた彼女の黒曜石を思わせる美しい瞳が、彼へと向けられる。
は頬にある夏侯惇の手に気づくと、自らの掌をその上へそっと重ねた。

「眠れないのですか?元譲様。」
「・・・いや、・・・お前に会ったあの日の夢を見てな。」
「私が元譲様に手合わせをお願いした時のことですね。
・・・ふふ、私が申し出た願いを聞いたときの『夏侯将軍』の顔、忘れられません。」

彼女は夏侯惇を見上げたまま、口元に楽しげな微笑を浮かべて言った。
彼は僅か眉間にしわを寄せ、顔を顰める。

「ふん・・・。」

は彼の様子に再度、笑んで見せると、更に視線を彼に合わせたまま続ける。

「結局、元譲様には敵いませんでしたが、
それでも貴方は私の願いを聞き届けて下さいましたね。」
「・・・お前の言葉が慢心から来るものではないと分かったからだ。
この俺を相手にほぼ互角に渡り合ったのだからな。
、だからこそ俺はお前と言う女に興味を持ち、深く関わりたいと思ったのだ。」

言いながら、夏侯惇は彼女の頬に触れ合わせた手を、艶のある肉感的な唇に移動させる。

「私にとっては、一世一代の大勝負でしたから・・・。あんなやり方しか思い浮かばなかった。
どうしても貴方の記憶に残りたかった。武人としても、女としても。」

彼女がその花唇を動かす度、夏侯惇の指の腹に艶やかな唇の感触と吐息が触れた。

「・・・俺は見事にしてやられたと言う訳か。」

そう言ってすぐに、彼は彼女の方へと身を傾ける。
指先に触れていたの唇に、夏侯惇の唇が重なり合った。
彼女は細い腕を自ら彼の後頭部まで回し、導く様に花唇を開いた。
夏侯惇がの腰へと腕を絡ませると、
その所作で引っ掛けていただけの彼女の衣服が乱れ、胸元が大きく肌蹴る。
互いに息が弾む程に幾度も口付けを交わし、熱を上昇させながら、
やがて夏侯惇は耐え切れなくなったように彼女の上へと覆い被さった。

「・・・、お前のおかげでこの俺がこのザマだ。無論この責めは負ってくれような?」
「それは私が望んだこと。元譲様、私は貴方様のもの、そして貴方様は私のもの。
あの時の私の望みを叶えて下さった時から、それはもう決まっているはず。」

は彼女の上にいる夏侯惇に挑むような視線を向け、そう口にした。


ふっ、と、彼の隻眼が優しげな色を滲ませ、細められる。


「この俺としたことが、まさにしてやられたわ。」



(終わり)



-------------------後書き---------------------------------
お題の方向性の意味違う!と言うツッコミは今更なのでなしで(苦笑)
最初のヒロインと夏侯惇の出会いのシーンは密かにお気に入りです。
・・・・夏侯惇は何処だ?とか、思わないで下さい。お願いします。
では、拍手から夏侯惇をご指名下さった方に感謝いたします。 そしてこの作品を読んで下さって真に有難うございました、失礼します!


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