愛情。
そんなものは最初から何処にも存在してはいない。
欲求の解消。
戦場で幾夜も明かし、神経をすり減らし、体力を消耗し、
それでも求めずには居られない。
否。
だからこそなのかもしれないけれど。
身分ある者ならば家臣達に女を差し出されることなど珍しくも無く、
逆に彼らの為に女を招くこともしばしば。
私は恐らく、あの方にとってのその彼女たちの代わりと言ったところなのだろう。
女の身で武将である私は、丁度おあつらえ向きにも兵たちと共に戦場で幾夜も過ごす。
あの方の手の届く近い位置に居る女。
その上私は他の武将や兵達の相手など全くしていないし、
その点でもあの方に不愉快な思いをされずに済む女でもあった。
つまり、そういうこと。
そう、それだけのこと。
「よ、昨夜は長く室を空けていたようだな。邸に戻っていた訳ではあるまい?」
「・・・司馬懿様・・・。昨夜は曹操様の下に呼ばれておりましたので。」
城内。
長く続く廊下、その途中で背後から声を掛けてきた人物に、は足を止めて答えた。
青白い顔の如何にも神経質そうな表情を湛えた男、司馬懿は、
彼女の返事に微かにその瞳を細めると、薄い唇を曲げる如くして笑んだ。
「ほう・・・、殿の元にだと?一時もの間室を空けるほど長く、一体何を話していた?」
「先の戦でのお褒めの言葉を賜り、その後は特に。
敢えていうなら兵法についてとでも申しましょう。」
は無表情のまま答える。
司馬懿は口元に浮かべた笑みをより一層皮肉めいたものへと変えた。
「深夜直々に殿の元で賞賛の台詞を受け、兵法について語っていただと・・・?
ふん、大方閨で睦言でも囁かれていたのだろう。」
「・・・司馬懿様・・・・、そのようなことを・・・・・・っ!
それは私に対しての侮辱だけでなく、曹操様への暴言です!」
彼女はそう言い、僅か声を荒げた。
司馬懿はの瞳を真意を測るように見つめた後、唐突にその腕を掴む。
「っ!?司馬懿様?」
「来い、それが真に事実なのかどうか、私が直接確かめてやる。」
「・・・!?」
瞬時にして変わるの表情。
しかし、彼はそれに構わず細い腕を掴んだまま、彼女を強引にとある一室へと引き入れた。
室内に二人同時に足を踏み入れると、
司馬懿は彼女の背をその扉へと押し付ける如くして押さえつける。
「司馬懿様・・・!お止め下さい、いくら貴方様と言えど、私は・・・!」
「ふん、今更どの口がその台詞を吐けると言うのだ?貴様の体の隅々まで知っている私を前に。」
「・・・・っ・・・!」
刹那。
見開かれるの瞳。
彼女は唇を震わせ、言葉を紡ぐ。
「ここは・・・女性の居ない戦場ではありません。私がお相手を務める必要はないはず・・・!」
「ほう?お前は室内よりも野外での逢瀬を好むのか?」
「・・・司馬懿様!!・・・・・・・・・いいえ、それよりも・・・・・・・・、
あれは逢瀬などと言う甘い種のものだとは私は認識しておりません。」
は既に至近距離まで来ている彼の猛禽類を思わせる隙の無い瞳に、
挑むように視線を合わせて言った。
それにさ程動じた様子も見せず、司馬懿が答える。
「ならば、私が欲の赴くままにお前をいいように玩んで居ると言いたいのか?
己の性欲も制御出来ぬまま、お前の身体を貪っていると?
全ては私の一方的な欲情の元に成り立った関係だと言う訳か?」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。」
吐息が吹きかかる程の距離で半ば囁きかけるように言う彼に、
は唇を噛み締め、その時初めて視線を逸らした。
「それは肯定の為の沈黙か?ふん、馬鹿めが・・・!この私も見くびられたものだ。」
「・・・・・・・っつっ・・・・!」
彼女の細い両腕を掴んでいる司馬懿の手に、ギリ、と、力がこもる。
彼の指はその艶やかな肌に食い込み始めていた。
は痛みに僅か、眉間にしわを寄せる。
「・・・司馬懿様・・・ではお聞き致しますが、あれの・・・あの行為のどこに、
その理由以外のものがあるのだと仰るのですか!?」
「どう言う意味だ?」
「あの状況で肌を重ね続けた司馬懿様に、
私に少しでも愛情を持っていて下さると感じろと仰せなのかと申し上げているのです!」
語調が強くなり始めているのを自身でも止めらないまま、彼女は再度、声を上げた。
「ならば此方からも、お前に問おう。私を受け入れたのは、私のこの立場故か?
貴様は権力と身分を持つ者のならば誰であろうとその身体を開き、与えていたというのか?」
「・・・っなっ・・・!!」
瞬時。
見開かれたの瞳が、信じられぬものでも見る様に司馬懿を凝視する。
その身体が小刻みに震えているのが、の腕を掴んでいる彼にもよく伝わってきた。
「さっさと答えるがいい。返答次第では、私もお前の質問の答えを出してやる。」
は再度、唇を噛み締め、その後諦めた如く瞳を伏せた。
「・・・司馬懿様・・・貴方以外の・・・権力と身分あるお方とそうなっているのだとすれば・・・、
貴方様からお声のかかるずっと以前に私はどなたかの側室に収まっていました・・・。
正直に申し上げれば、この魏に流れ着いた本当の理由が・・・、
それを断り続けた末にどうしようもない事情が出来たからなのです・・・・・・・。」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。」
不意に、ふ、と、司馬懿の手から彼女の腕を掴む力が緩んだ。
それに気付いたが再び視線を上げる。
「司馬懿様・・・?」
「欲の捌け口など愚かしい考えで貴様を抱いているのならば、
私とてどれだけ楽だったか知れんわ・・・・・・・。」
「・・・・・・・・・え?」
互いの吐息が重なり合う程の距離で、彼は半ば独り言に近い声音で呟いた。
そして更に先を続ける。
「よ、お前に今すぐ質問の答えをくれてやる。
ついでにこの室に入った本来の目的を果たすぞ。」
が彼の言葉に返事をするよりも早く、彼はその唇に喰らい付いた。
瞬時にして、彼女の呼吸が停止し、彼の熱い吐息が口内を満たす。
びくり。
震えたの細い身体を司馬懿は先程とは違い、優しげな仕草で抱き寄せた。
「今後も誰であろうと決して私以外の者に身体を許すな。
、お前に溺れる愚か者は、私一人で十分だ。」
彼は彼女の耳朶を甘噛みしながら熱を含んだ声でそう囁き、
抱き寄せた腕に力を込めたのだった。
(終わり)
-------------------後書き---------------------------------
・・・・ええーーっと・・・(遠い目)曹丕と被らない様にという事は頑張りました。
そして努力だけは、努力だけは認めてください・・・・。
拍手から司馬懿をご指名下さって誠に有難うございました。
では、ここまで読んで下さった方、本当に有難うございました!失礼します(本当に)
ブラウザバック推奨