『、俺はあんたの事は好きだし、可愛いと思うよ。
けど、それが恋愛感情に繋がるものだとは言えない。・・・ごめんな。』
半年前。
凌統に告白したわたしに、彼はそう言った。
多分、精一杯の、ありったけの誠意で。
だけど、ねぇ、凌統、
どうしてもっと、決定的に振ってくれなかったの?
振られる前と変わらない態度を取るのも、随分上手くなったけど、
だけどやっぱりまだ好きなんだって実感する。
だって未だに貴方を想うわたしの気持ちは、今でもこんなに貴方を求めてしまう。
俺にとっては、例えるなら妙に人懐っこい犬っころみたいな存在だった。
もう10代も終わり頃だってのに、あどけなさを充分残した笑顔。
何の恥じらいも見せずに俺の体に回す細い腕。
見てて全く飽きない、よく変わる表情。
正直、守ってやりたいとも思うし、傍に居て安心もする。
けど、それ以上進みたいと思う気持ちってのが、どこか足りない気がした。
そう、あの日、あいつを振っちまったその時までは・・・・・・・・・。
まったく勝手な話だ、自分から手放しといてやっと気付いちまうなんてね。
「凌統、居る?」
書簡を片付け終え、休憩を入れる為に立ち上がろうとしたその時、
凌統の居る室の扉の向こうから聞きなれた声がした。
「か、どうした?入れよ。」
自らも扉に向かいながら、彼は返事をする。
室の扉が遠慮がちにゆっくりと開くと、そこにたって居たのは何故かずぶ濡れに近い状態のだった。
「なっ!?おいおい、城内に雨でも降ってたのかい?」
驚く凌統をその大きな黒目がちの瞳で見上げ、は小さく笑った。
「ここに来る途中、廊下の角で水の入った瓶持ってる女官とぶつかっちゃった。
向こうはすぐ対処してくれるって言ってたんだけど、すぐそこだったから拭く物と着替えだけ貰って来たの。」
「ったく、あんたのドジには慣れてるが、巻き込まれた女官の身にもなれっつの。」
彼女を室内に招きいれながら、凌統はわざとらしく深く溜息を吐いた。
は頬を膨らませ、彼の背中を軽く突付く。
「悪かったわね!」
「はいはい、分かればいいって。ほら、早く拭かないと風邪引くぜ。」
彼は室の扉を閉めると、彼女が持っている大判の布に手を伸ばした。
の髪から肩へ滴る水を軽く拭い、更にその布を彼女の頭にかけるとそのまま髪の毛を拭いてやる。
「もう、凌統!子供じゃないんだから、自分で出来るよ。」
言って、は頬を膨らませたまま、彼を睨みつける。
だが、それは拗ねた子供の様にしか見えず、凌統は苦笑した。
「子供じゃない、ねぇ。特に急ぐ用事もない奴が、廊下走りまわっておいてかい?」
「急ぐ用事ならあったわよ!」
「へぇ、それはそれは。で?どんなご大層な用事だったんですか?」
凌統に会いに。
喉元まで出かかったその言葉を、彼女は必死で飲み込んだ。
そして、ふい、と、凌統から目を逸らす。
「色々。」
一言、発する。
結局はそれ以外の言い訳を思い浮ばなかったのだ。
ここの所凌統は戦に狩り出されてと顔を合わす機会が少なくなっていた。
今日は珍しく凌統が邸ではなく城で1日を過すと言う話を聞き、
彼女は急いでこの室に向かってきたのだった。
しかし、それを素直に伝える事が、彼女にはどうしても出来なかった。
の長い髪を丁寧に拭いている目の前の凌統の顔に、彼女の視線が知らず知らず注がれる。
真正面から彼を見つめる大きな黒目がちの瞳。
それに気付いた凌統は、心の内の動揺を隠しつつ、口を開いた。
「俺に穴でも開けるつもりですか?殿。」
「出来るならね。いいじゃない、減る訳じゃないんだし。」
視線を外さぬまま、が答える。
先程までたっぷりと水分を含んでその雫を滴らせていたの長い髪は、
今は軽い湿りを帯びただけとなっている。
凌統は布を彼女の頭からゆっくりと肩へと移動させた。
普段から軽装の彼女の衣服は水で濡れて肌に張り付いており、
その華奢な身体の線がいつもより更にはっきりと確認できる。
凌統は敢えて其方に意識を向けぬよう務め、彼女の肩を軽く押して再び口を開く。
「着替えてきなよ、いくらあんたでもこのまんまじゃ風邪引いちまうだろ?
奥の室が空いてる。俺はここに居るからさ。」
「分かった。」
素直にその言葉に従うと、彼女はそのまま奥の室へと向かう。
凌統はの背中をじっと見つめ、心の内で苦笑を漏らした。
ったく、参ったぜ。この程度で動揺しちまうなんてね・・・。
ふと視線を手にした布に落せば、ふんわりと甘い香りが漂ってきた。
の残り香だろうか。
その布が小刻みに震えているのが彼自身にも分かった。
布から手を離して見れば、彼の長い骨ばった指先が震えている。
彼女に触れると言う事に、少なからず緊張していたせいだろう。
凌統は唇を僅か曲げ、自嘲気味に哂った。
今更ながら、彼女を意識している自分が馬鹿らしくなる。
当のはもう吹っ切れた様子で毎日を送っていると言うのに、
自分は彼女の気持ちを拒絶した後にその想いに気付いてしまい、
やり場のない思いを抱えているのだから。
「きゃぁっ!!わわわ!ちょっっキャーーーー!!」
が着替えをしている奥の室から彼女の悲鳴めいたものが聞こえてきた。
凌統は布を手にしたまま、彼女の元へ向かう。
「おいおい、どうした?」
「今、そこに黒いものが・・・・。」
は部屋の隅にうずくまり、自分の居る場所とは反対側の隅を指差して言った。
凌統は彼女が示すその付近に目を走らせ、更に物の奥などを覗き込む。
だが、それらしいものは見当たらない。
「気のせいじゃないのかい?何にもいませんけどね?」
「でっ・・・でも・・・っ・・・!」
尚もそう言い続け、はうずくまったまま立ち上がることが出来ないようだ。
凌統はその姿に思わずクスリ、と、小さく笑みを漏らした。
「ほら、大丈夫だっての。手、貸してやるから立てよ。」
「うん・・・・・・・・・・・・。」
彼が差し出した手に、の白く、そして凌統のものよりの明らかに小さなその手が遠慮がちに重ねられた。
その指先が震えて居るのは、やはりまだこの部屋のどこかに彼女の悲鳴の原因が潜んでいると思い込んでいる事からだろうか。
「・・・・。」
「何・・・?・・・・・・っ・・・・キャァァァ!!」
「っ!?」
は叫び声を上げるのとほぼ同時に彼に腕を回してしがみ付いてきた。
どうやら先程言っていた『黒いもの』を再び目にしたようだ。
凌統は視界の隅に何かを捕らえ、そしてそれが彼女が怯えている原因なのだと理解した。
「安心しなよ、。あんたが怖がってるあれは、ただの鳥の羽みたいだぜ?」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・え?」
「風で室内をふわふわ飛んじまってるから、変なものと見間違えたんだろ。」
凌統は片手で彼女の肩を抱き、空いた片手で宙を舞っているその羽根を素早く掴んだ。
そしてそれを彼女の目の届く所でかざして見せた。
漆黒の大きな羽根。
よく見れば、美しいといえない事もない。
は思わず、ふっ、と、苦笑する。
「羽根・・・・か。焦って損した。お騒がせしました、凌統。」
「いえ、あんたのこの手の早とちりには慣れてる。」
「もうっ!・・・・・・・・・あ・・・・・・・・・ごめん・・・・・・・。」
未だ彼にしがみ付いたままだと言う事に気付き、は身を離そうとした。
グッ・・・
「・・・・え?凌統・・・・・・・・?」
だが、それを許さぬように凌統の腕に力がこもる。
彼女は戸惑い気味に彼の名を呼んだ。
凌統は彼女を腕に収め、口を開く。
「・・・・・あんたの体・・・随分冷えきっちまってるな。」
「あ・・・うん、さっき水かぶって結構経っちゃってるから・・・・。
で・・・でも・・・あの、大丈夫だよ・・・?」
凌統がほんの僅か身を離し、掌で彼女の頬を覆う様に触れた。
ひんやりと、冷たいの肌。
しかし、確実に熱を帯び始めている。
大きな2つの瞳が、不思議そうな色を讃えて彼を見つめていた。
のふっくらとした桃色の唇に、凌統の長く骨ばった指が移動する。
その指先は、またしても小刻みに震えていた。
「凌・・・統・・・・・・・・?」
「温めてやろうか?俺がさ・・・・・・・・。」
「・・・・また!そんな冗談ばっかり・・・・・・・・・・・・・・・・っ・・・・・・・。」
突然に、凌統は彼女の方へ屈みこみ、その呼吸通路を塞いだ。
柔らかく生温かい唇の感触とと共に、甘やかな匂いが彼の鼻腔に広がる。
の身体が驚きで、びくり、と、小さくひとつ、脈打った。
「りょ・・・・・・っ・・・・・ま・・・・ァっ・・・・っ・・・!」
途切れ途切れに言葉を紡ごうとする。
その唇に、凌統は容赦なく喰らい付くが如く何度も口付けをする。
自身でさえ、抑制が効かない。
限界。
その2文字が頭を掠める。
濡れた衣服の彼女を目にしたその時から、理性は本能とすり替わり始めていたのだ。
この半年、自制してきたはずの気持ち。
それが今ここに来て、突然箍が外れてしまったように噴出している。
彼が唇を重ねる度、それに反応し、上気するの肌。
呼吸が乱れ、彼女は瞳を潤ませた。
凌統がやっと唇を完全に離したその瞬間、
パシッ・・・
響き渡る、乾いた音。
彼の頬に痺れた痛みが走る。
「ひど・・・い・・・・!ひどいよ、凌統・・・・っ・・・。わたしをからかうの・・・そんなに楽しい・・・?」
嗚咽を堪えた上擦った声を出し、が言った。
瞳の端に、じんわりと涙の雫が膨れ上がってきている。
「・・・・・・・。」
「貴方は・・・分かってない・・・・、わたしがこの半年・・・どんな気持ちでいたのか・・・、
・・・・・・全然、・・・・分かってない・・・。」
言いながら、が瞬きをしたその瞬間に、雫は彼女の頬を伝って流れ落ちた。
「、俺は、あんたをからかってるつもりはこれっぽっちもないぜ。」
「・・・じゃあ・・・何で・・・こんなこと・・・・・・・。」
掠れた声で、は必死に涙を堪えようとしている。
その姿さえ、凌統は愛しいと思えた。
再び片手を上げ、彼女の頬に触れる。
怯えた様に、がビクリ、と体を強張らせた。
彼の意図を探り出そうとしているように、じっと此方を見つめている。
「あんたも俺の気持ちを分かっちゃいないだろ?・・・・・・なんて、言えた義理じゃないんだけどね。」
「・・・・・・・・・・凌統?」
「半年前にあんたから想いを告げられて、俺はそれを受け入れなかった。
けど、その後になって気付いちまったんだ、自分の気持ちにね。」
彼はの頬に触れた手の指先で、彼女の涙を拭って言った。
「あんたにはもう・・・俺のこんな気持ちは迷惑かもしれないですけどね?」
言って、凌統は苦笑する。
は驚いたように、元々大きなその瞳を、更に大きく見開いた。
だが、やがてキュッと1度唇を結び、また口を開く。
「聞いてみなくちゃ・・・分からないよ・・・。聞かせて、貴方の気持ち・・・・。」
聞きたいから。
と、彼女は付け足した。
凌統は彼女の大きな瞳に映りこむ、自身の姿を見つめやる。
この瞳に映る自分の姿が、彼は決して嫌いではなかった。
否、寧ろこの瞳に映るものが自分だけであればいいとさえ思っていた。
「、俺はあんたに心底惚れちまってる。自分でも思ってた以上に、あんたが欲しくて堪らなかったんだ。」
凌統がそういい終えると、はまた瞬きをした。
そして再び、瞳から涙の雫を溢れさせる。
「・・・・・・・嬉しい・・・・・・・・・・・・・・・、凄く・・・・・・・・。」
言って、彼女は自ら凌統の胸に顔を埋めた。
彼女の身体に腕を回した凌統が、フッ、と優しい微笑を浮かべる。
「随分遠回りしちまって、悪かったな・・・・。けど、もう離しませんよ、殿。」
彼の腕に更に力がこもる。
その指先は、最早震えることもなく、しっかりと彼女を捕らえていた。
(終わり)
後書き
まずは・・・・・・お待たせ致しました!!!!亜紗子様!!
キリリク131000のご報告を頂いてから1週間以上経ってしまいました、申し訳ございません!
設定はお任せと言うことでしたので、甘め、に仕上げたつもりではありますが、
思った以上に長い文章になってしまいました。
ですが、感謝の気持ちはきちんと込めさせて頂きました。
いつも温かいコメントを下さって、本当に有り難うございます!
亜紗子様、そしてこれを読んで下さった皆様に感謝しつつ失礼致します。
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