「・・・せ・・き様・・・・公積様・・・・。」
「・・・・・・ん・・・・。」
「起きてください。こんな所で眠っては、風邪を引いてしまいます。」

耳に心地よい、柔らかな声。
そして、肩に触れ、優しく揺り動かす掌の温かな感触。
凌統は閉じていた瞳をゆっくりと開け、机に伏せて居た体を起こした。

「・・・・・・。」

まだ夢の世界から戻りきって居ない彼の瞳に、ふわり、と、微笑むの姿が映る。

「お疲れのご様子、今日はもうお部屋でお休み下さいませ。
書簡の残りは殆どないでしょう、後は私が。」

言い終えると、彼女は凌統の肩に置いていた手を筆へとのばそうとした。
だが、その手をすぐに彼に掴まれる。

「いかがなさいました?公積様。」
「優秀な女官の顔は、もうそろそろ止めていい時間じゃないですかね?殿。」
「え?・・・あ、ですが、まだ仕事が・・・・。」
「これはそこまで急ぎの書簡じゃない。」

凌統はそう言って、手元にあった筆と墨とを奥へ押しやり、
更に書簡も自分の傍から遠ざけた。

「はい、これで今日の俺の仕事はお終いってね。
優秀な女官が居てくれるおかげで、今の俺には追われなきゃなんない仕事はないからな。」
「フフ・・・、それは褒めて下さっているのですか?」
「当然。ご褒美を上げたい位にね。」

彼の言葉に、は再びその紅い唇をほころばせた。
城内でも優等な働きを見せる凌統つきの女官である彼女は、同時に彼の最愛の恋人でもある。

「私は・・・公積様のお傍に居られるだけで、充分幸せでございます。」
「嬉しい事言ってくれるねぇ。けど、俺はそれじゃ足りないぜ。」


カタ・・・


椅子から立ち上がり、彼はと向き合った。
そしてその細い腰に腕を回し、更に耳元に唇を寄せる。

「ただ傍に居るだけじゃ俺は足りない。、あんたの全部を喰らい尽くしてやらないとね。」

熱と湿りを帯びた吐息を彼女の耳に吹きかけながら、凌統は低く、耳に染み入るような声音で囁いた。

「公積様・・・・・・・・・。」

は頬を僅かに赤く染め、瞳を伏せる。
その仕草ひとつ取っても、凌統は彼女が愛しくて仕方がないと言う気持ちにさせられていた。

「あんたがあんまり優秀な女官なんで、実は時々不安になっちまうんだ。
仕事に私情を挟まないのは当たり前だけど、あんまり見事にそれをやってのけるあんたを見てるとね。
恋人として見られちゃいないんじゃないのかってさ。」
「そんな・・・・。」
「だから確かめたくなるって訳だ、の可愛い反応をね。」

凌統の片手が上がり、彼女の頬に触れる。
その親指が、ゆっくり彼女の艶やかな唇をなぞった。

「・・・意地悪な方ですね・・・公積様は・・・・・・・・・。」

小刻みに震えた彼女の唇が、言葉を発するたびに凌統の指の腹に触れた。

「意地悪?俺が?俺は単に正直なだけなんですがね。
なぁ、、もっと我がままになってくれて構わないんだぜ。」

凌統は彼女の顎を捕らえてゆっくりと上向かせる。
親指はまだ彼女の唇の上に乗せられたままだった。

「我がままなんて・・・これ以上、望むことなど何もありません。」

は黒曜石を思わせるその美しい瞳で凌統を見上げ、
そして、柔らかく、穏やかな笑みを浮かべた。
少女のような、それでいて何処か扇情的で官能的な色を宿したその眼差しで。

「ったく、あんたには敵わないね・・・。」

凌統が苦笑する。
いつでも彼女はそうだ、自身は決して多くを望まず、そしてありのままの彼を優しく包み込む。
数年前。
凌統が心から敬愛していた父、凌操がかつて黄祖の下に身を寄せていた甘寧に討たれたあの日。
同じ戦場にありながら、助けることすら叶わず討ち取られた父。
やり場のない悲しみと憎しみに満たされた彼の心を癒してくれたのは、他でもないだ。
彼女は不要な慰めの言葉は一切語らず、
それでもずっと凌統の傍で全てを彼女の身にぶつける彼を受け止めてくれた。
の前でのみ、彼は涙を見せた。

『私はいつでも公積様のお傍に・・・。それだけは忘れないで下さいませ。』

愛しさを込めた柔らかな声音で言った彼女のその言葉は、
今まで聞いたどんな台詞よりも深く、強く凌統の心に沁み込んだ。
彼が戦で数ヶ月程も邸や城へ戻ることが出来ず、帰還した矢先に仕事に追われる事になろうとも、
は決して凌統に不満を漏らす事はなかった。

・・・俺があんたの存在に・・・どれだけ救われてるかなんて・・・あんたは全く分かっちゃいないんだろうな。」
「・・・公積・・・様・・・・?」

ふっ、と、優しげに凌統の瞳が細められる。
の唇に触れている彼の指が、ゆっくりと往復するようにその淵をなぞった。

「それだけじゃない・・・、どれだけ俺があんたに夢中なのかもね・・・。」

黒く艶やかなまつ毛を瞬かせながら、が彼を見上げている。
彼女の紅い唇に乗せられ、移動する彼の指先が、徐々に熱を持ち始めていた。
指先に炎を灯された如く、熱くなる。

・・・・・・・・・・。」

胸が締め付けられるような深みのある低い声で、彼は彼女の名を囁いた。
僅か潤んだの瞳が、それに応える如く熱を含む。

「公積様・・・。」
「その内・・・あんたに愛想つかされちまうかもな。俺の気持ちは、あんたには重すぎるんじゃないのかい?」

冗談めかしたその言葉は、しかし彼の不安の根源でもあった。
自分でもどうしようもないほどにを愛し、その全てを欲してしまう。
今は彼女は全身全霊でそれを受け止めてくれてはいるが、
その内に彼の気持ちの大きさに飲み込まれてしまうのではないか、と言う、不安。

「・・・・・・受け身でばかり居られるのは・・・不安ですか?」

彼の心の内を読取った様にはそう言った。
そして、凌統が口を開くよりも先に、再び先を続ける。

「公積様のことを、重荷だなどと感じたことは1度もありません。
これから先も、そんな心配は無用にございます・・・。」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。」
「・・・ですが、公積様・・・先ほど仰いましたね、もっと我侭を言って欲しいと・・・・・・。」
「ん?ああ・・・。・・・・っ・・・!」

不意に、は唇に触れ合わせられていた彼の指を口に含んだ。
生温かく柔らかな舌が生き物の如くちろちろと凌統の指を這い回る。
そして、彼女はゆっくりと彼の指を濡れた紅い唇から引き抜いて言った。

「・・・・・・・ならば・・・公積様を・・・今すぐ私に下さいませ・・・・・。」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・、ったく、あんたには本当に参るね・・・。」

凌統はそう言って苦笑すると、が含んだ自らの指先を、舌で舐めて見せた。

「公積・・・・さ・・・・・・っ・・・・ぁんっ・・・・・・・・・。」

凌統の名を呼んだの唇が、彼の唇で荒々しく塞がれる。
重なった唇から、彼女は強い洋酒を喉に流し込まれた様な感覚を覚えた。
口内を荒らす凌統の舌が、軟体動物の如くに蠢いて、彼女の思考を乱す。
腰に回された腕が、力強く彼女を捕らえ、一寸の隙間さえ許さぬ程互いの身体が密着しているのが分かった。
何度も唇に喰らい付かれ、貪られる。
ガクガクと震え始めた彼女の両脚を割って、凌統の長い脚が絡みついてきた。
僅かに唇を触れ合わせた状態で、彼が囁く。

「一晩中寝かせられないぜ・・・・?もしかしたら・・・明日の夜まであんたを離さないかもしれないな・・・。」
「・・・・・それは公積様の願いではなく、私の我侭ですから・・・・・・・・・。」
「優秀な女官の殿は・・・お休みして頂けるって訳ですか?嬉しいね。」
「・・・公積様ったら・・・・・・・・・・。」

クス、と、凌統が小さく笑う。
は頬を染めて瞳を伏せた。

「どっちにしろもう遅いってね。あんたのさっきの台詞が・・・俺に火をつけてくれましたから。」
「・・・あ・・・・あれは・・・・。」

彼女の顔が更に赤みを増す。
凌統はクックと喉を鳴らして笑うと、ゆっくりとの帯へ手を触れた。
そして、手馴れた様子でそれを器用に解く。


シュルリ・・・・


音と共に帯が床へと落ちた。
緩められた彼女の襟元に、凌統の唇が下りる。

「俺が不安だったってのは・・・当たってるぜ、・・・・・。」
「・・・・・・・・・・公積様・・・・・・・・・・・。」
「さっきの台詞に火を点けられたっつーのは・・・ある意味じゃ、
不安を見事に消してくれちまったからってのもあるんだ・・・・・。」
「私の・・・我侭が・・・・・ですか?」
「そ・・・・。と、言いたい所だけど・・・・なぁ・・・・・・・・・・・・。」
「はい・・・っん・・・!?」

が返事をしたその瞬間に、彼女は鎖骨の辺りにツキンと鋭い痛みを覚えた。
身を離した凌統が、たった今、自らが刻んだ赤い花弁を指でなぞりながら口を開く。

「あんたの我侭は・・・予想以上に俺の心も体も刺激してくれたみたいだぜ。」

ニヤリと唇の端を薄く上げて彼が笑う。
の肌に触れさせていた手が、ゆっくりと下降し、彼女の胸の膨らみに辿りついた。
ビクリとそれに反応するように、彼女の身体が波打つ。


「さぁて、と、そろそろお喋りは止めにしますか。
今夜はじっくり・・・俺の中の火を鎮めて貰う為にもね・・・・・・・・。」


凌統は燃えるような熱を持った彼の指先が、その熱を全身へ転移させたのを感じた。
彼を見上げるの中には、女官としての顔はもう欠片も見当たらない。


彼は自身の熱を彼女へと送り込む為に、再びその唇に口付けを落とした。



(終わり)



後書き
大変お待たせ致しました!!美月様から頂いたリク内容は
『ヒロインは控えめで芯の強いタイプ、凌統を公積様と呼んでいる。ハッピーエンド』
と言う感じだったのですが、クリアできているのは字だけの気が・・・・。
時間がかかった割りに本当に申し訳ないですが、
気合と感謝の気持ちはもっさりてんこ盛りでございます!
美月様、毎回嬉しいコメントを有り難うございます!
では、美月様、これを読んで下さった皆様に感謝しつつ失礼致します。


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