ちゃん!参番卓の料理だよ、持って行っておくれ!」
「はーい!すぐ行きます!」

夕刻。
私の働き先の酒場は今日も大繁盛だった。
狭い店内に、酒飲みのオヤジ達がひしめき合っている。


それにしても今日は異常な位に人が耐えないな・・・。
あんま見ない顔も居るみたいだし・・・。


慌しく店内を走り回る私。
その『見慣れない顔』に目を向けて、ふと、思い出した。


あ、分かった・・・!この人たち・・・水軍の・・・!


元々港町なのでいかつい『海の男』系が集まるのは珍しい事じゃない。
だけど、今日来ているお客たちは何処かこの辺の男の人たちとは違っていた。
独特な雰囲気と言う物がある。


・・・あの人・・・甘将軍も来てくれればいいのに・・・・・・・。


不意にそんな考えが頭を掠めて、私は思わず心の中で苦笑した。
そんな都合のいい事が有り得る訳がない。
昼間、あれから私は船内で服を乾かして貰って、その上彼は家の近くまで送ってくれた。
別れ際、心の奥が妙に軋んだのを覚えてる。
複雑な、おかしな、そして切ない痛みだった。


『次はあんまり無茶すんじゃねぇぞ。風邪引かねぇようにな。あばよ!』


言って、彼はまた風のような速さでその場から走って行ってしまった。
別れがたいなんて思ってたのは、やっぱり私だけだったんだと、その時思った。
確かについさっき出会ったばかりの相手だし、それは当然と言えば当然なんだけど。


ガッ・・・

「!!??」


突然、私の側の卓に座っていた大柄の海坊主男が私の腕を掴んできた。
私はハッとして、その海坊主に目をやる。
いつもならこう言う事をされる前に逃げる技を使うんだけど、
今回は物思いに耽り過ぎて咄嗟にそれが出来なかった。
こんな忙しい時に考えごとなんかするもんじゃない。

「おい、姉ちゃん!野郎ばっかで面白みがねぇんだ、ちょっくら酌でもしてくれねぇか?」

地響きかと思うくらいデカイ声で海坊主が言った。
顔が真っ赤になっている、茹でダコと名付けてもいいかもしれない。
とにかく、かなり酔っ払っているようだった。

「そうしたいのは山々ですけど、この忙しさですから。お客さん、腕を離して頂けませんか?」

極力笑顔で私は答えた。

「そう言うな!1杯位いいだろう!まあ座れ!!」
「いえ、いえ、申し訳ないですけど、遠慮させて頂きます。」

こう言う事は酒場じゃ珍しくない。
珍しくないけど。


・・・この海坊主、力強すぎるし・・・いい加減腕が痛い・・・!
それに早く離して欲しいんだけど・・・!!!


と、そこで別の誰かが海坊主の太い腕をガシッと横から掴んだ。



「おぅ、おめぇ、いい加減離してやりやがれ!ソイツにゃ仕事があるって言ってんだろうがよ。」



「!!」
「兄貴!!」

茹でダコ海坊主が驚いたように声を上げて、それと同時に私の腕から手を離す。
掴れていた部分が赤くなっていた。
でも、そんなことよりも私が気を取られたのは、横から助けてくれた、この人。

「悪ぃな、うちの野郎が酔・・・・・・・・・・・・・・・・ああ!?おめぇは!?」
「甘将軍・・・・・・・・・。」

そう、彼だった。
本当に、誰かが仕組んでくれたみたいに都合よく、彼が私を助けてくれた。

「おめぇ、この酒場で働いてたのか。へへっ、そいつぁ偶然だな。・・・うちの野郎が迷惑かけて悪かった。」
「あ、いえ。昼間はお世話になりました。」
「ああ、気にすんな。・・・おっと、おめぇは仕事中だったな、コイツは俺が締めとくから気にせず働けや。」
「・・・はい・・・・・。」

本当は、もっと話がしたかった。
だけど確かに私は仕事中、そんなことが出来る訳もない。
背中であの海坊主が彼に平謝りしている声を聞きながら、私はまた店内を駆け回る事になった。




深夜。
私は帰る仕度を済ませて酒場を出た。
甘将軍に助けられた後、店はまた更に忙しくなり、気付いてみれば営業終了時間。
結局あのまま彼と話をする機会なんかなかった。
私は大きく溜息を吐いて、家に続く路地を歩き始める。
灯りの少ないこの路地は、毎回通っているとは言え、やっぱり少し怖かった。

「おい、!ちょっと待て。」
「え!?だっ・・・誰!?」

後ろから唐突に声を掛けられて、私は思わずドキリと心臓が大きく飛び跳ねるのを感じた。
長身の若い男。
暗がりで、顔が良く見えない。
だけど声には聞き覚えがあった。

「もしかして・・・・・・甘・・・将軍?」
「おぅ!ヘヘッ、よく俺だって分かったな。。」

足を止めてホッとしながら、それと同時に私は思わず口元を緩めてしまった。

「名前、覚えてて下さったんですね。私名乗って無かったのに。」
「あ?ああ、あの坊主が死にそうな声で何べんも呼んでたからな。
で、おめぇは今帰りか?」
「はい・・・、さっきは仕事場で有り難うございました。」
「気にすんなって、ありゃうちの野郎が絡んだんだ。助けた内にゃ入んねぇよ。」

そう言って、彼はまた悪かったな、と私に謝った。

「それで、甘将軍はどうしてここに・・・・?」
「・・・・なぁ、その『甘将軍』っての止めねぇか?どうにも堅っ苦しくて苦手だぜ。
俺の周りにそんな呼び方する奴ぁ居ねぇからな。甘寧でいいからよ。」
「えっと、じゃあ・・・甘寧様・・・どうしてここに?」

私が呼び直して同じ質問をすると、彼は少し苦笑したようだった。

「様も要らねぇんだが、ま、しょーがねぇか。おぅ、俺はちょいとあそこの店に用があってよ。」

甘寧様は片手で私達の斜め前にある店の1つを指して言った。
私は其方に目をやって、思わず、絶句する。

「・・・あの・・・お店・・・ですか?」
「ああ、昔っからのダチが働いてんだ。滅多に会わねぇから顔見せにな。
・・・ん?何だ、、おめぇ顔が真っ赤だぞ?」
「・・・・・・・・・・・え!?あの・・・・いえ、何でもないです・・・。」

甘寧様の指差したそのお店は、多分、男の人には絶対必要なんだと思う。
特に、長い間海の上に居て女の人と接する機会がなければ尚更。
それに彼も今朝大声で言っていた。


--足腰立たねぇ位に女抱くのもよし!!--


「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。」
「おい、マジでどうかしたのか?もしかしておめぇ、昼間海に落ちたせいで熱でもあるんじゃねぇのか?」

言って、甘寧様は大きな掌で私の額に触れてきた。

「違っ・・・!そうじゃなくて!かっ・・・甘寧様が・・・!」
「あぁ?俺が何だ?」
「・・・・・・・・・・・・・いいえ、何でもありません。私がどうこう言う事じゃないですから。」

知らず知らず、言い方がキツくなってしまう。
何だろう、凄くもやもやする、心の中。

「んだぁ?急に機嫌悪くなりやがって。何か腹立つようなこと言っちまったか?」
「・・・・・・・・別に・・・。」

答えた声がまたすごく不機嫌で、自分でも驚いてしまった。
苛々する、自分自身のこの気持ちに。
甘寧様がどこでどうしようと彼の勝手で、それをあれこれ言う権利なんて私にあるはずがない。
大体、何度も言うようだけど、私達は今朝知り合ったばっかりで、友達でも恋人でもないんだから。

「甘寧様があの店でどんなことをしてようと関係ありませんし。」
「・・・・・・んだよ、そりゃ・・・・??って、おい、まさか・・・おめぇ俺が・・・・。」
「言わないで下さい!!私、そんなこと知りたくもありません!」

思わず、声を大きくして私は言った。
と、隣に居る甘寧様が、急にブッと吹き出す。
ビックリして彼に目を向けると、そのまま笑い声を上げ始めた。
そしてひとしきり笑い続け、私を見てから口を開く。

「おめぇ、それで急に機嫌悪くしたのか?悪ぃけどな、俺が行った店ってのはその隣にある店だ。
大体『あの店』入ったんだったらこんなに早く出て来れるかってんだよ。それこそ一晩中だぜ。」
「ええ!?・・・・じゃあ・・・私の・・・・・・・・・・・・・・。」

勘違い。
恥ずかしすぎて、さっきよりも更に顔を真っ赤にしてから私は俯いた。
甘寧様が言い終えてまたケラケラと楽しそうに笑う。

「もう!そんなに笑わないで下さいよ・・・!でも・・・その、すみませんでした・・・。
勝手に勘違いして不機嫌になったりして・・・・・・・・・・。」
「ははっ、んだよ、やっぱり機嫌悪くしてたんじゃねぇか。」
「・・・・・・・・・・・・すみません・・・・・・・・。」
「謝んな、別に怒っちゃいねぇぜ。」

言った甘寧様の手が、私の頭をくしゃりと撫でた。
私はそこで顔を上げる。

「・・・・・・・甘寧様は・・・いつ、港を離れるんですか・・・?」

思わず、自分で口にしたその質問に、私は自分自身驚いてしまった。
だけど、本当は今朝出会ってから夜の間ずっと、気になっていたことだったんだと思う。
甘寧様は私をジッと見つめ、私の頭に手を乗せたまま答えた。


「明日の朝・・・いや、もう今日だな。夜明けが来たら俺達はここを発つ。
でけぇ喧嘩控えててよ、元々この港に寄る予定はなかったんだがな・・・・。」


「・・・・・・・・・・・・・・・・朝・・・・・・。」

私は呟くように言った。
夜明けなんて、もうきっとあっという間に来てしまう。

・・・俺ぁもう船に戻らねぇといけねぇんだけどよ・・・その前におめぇに会えて良かったぜ。」
「ええ!?もう戻るんですか・・・?だって、発つのは夜明けだって・・・。」
「おぅ、けど俺はこう見えてもあの船の頭だからな。その前にやらなきゃなんねぇこともあるって訳だ。」
「・・・・・・・・・・・・そうですか・・・そう、ですよね・・・・・・・・・。」


胸が、ぎしぎしと、また、音をたてて軋んだ。
甘寧様とはこれでお別れなんだ、そう思うと、
苦しくて切なくて、息が出来なくなりそうな感覚が私を襲う。

「・・・・・・甘寧様・・・・・・私・・・・・・・・・・・・・・・・。」
「・・・、このままおめぇに会わずに終わったら、言わねぇつもりだったんだけどよ・・・。」
「え?」

「今回の喧嘩が終わったら、俺はまたこの港に戻ってくる。その時は・・・おめぇに聞いて欲しいことがあんだ。」

甘寧様の真剣な眼差し、そして声。
私は彼をじっと見つめて、それから、小さく頷いた。
胸の奥に、何とも言えない気持ちがこみ上げて来る。
甘寧様もきっと、私と同じ気持ちなのだと思った。


「はい、お待ちしてます!甘寧様。きっと無事で、また会いに来てください!」


ほんのついさっきまでの胸の痛みが取れて、嘘みたいに笑顔が出た。
私の頭の上にある甘寧様の大きな掌が、ぽんぽん、と、2,3度軽く叩く。


「おぅ!有り難うよ!そうだな、この手でおめぇを引寄せるのは・・・そん時まで取っとくか・・・。


最後の部分は独り言みたいにそう言って、彼も私と同じ位嬉しそうに笑ってくれた。


この気持ちが、どんな種類のものなのかなんか今はまだ分からない。
だけど、次に甘寧様が会いにきてくれた時にはきっと、その答えも出せる気がする。


コロロロロ・・・


軽やかな鈴の音と一緒に、風のように彼は船へと戻った。
その背中を見つめながら、私は心の中でもう1度、呟く。


甘寧様、きっとご無事で、また会いに来て下さいね。


(終わり)




後書き
・・・・・・・前編も後編も有り得ない長さじゃないのぉぉ!!
本当に申し訳ありません、雪流さん!とりあえず愛情と感謝は溢れそうな勢いです。
だって愛人で妻ですから!(どっちなんだろう(笑)
1ヶ月近くお待たせした結果がこのような状態で申し訳ないです・・・。
こんな私ですが、どうかこれからも宜しくお願い致します。
そしてここまでお付き合い下さった皆様も有り難うございました。
因みに、ヒロイン一体いつ寝ているんだ!?と言うツッコミはなしでお願い致します。
失礼します。


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