「ねぇ、あの船・・・どこの?随分立派だけど。」
「ああ、ありゃ甘将軍の水軍だ。殿様んとこの船だから立派で当たり前だな。
大方戦帰りにちょっくら寄ったんだろうよ。」
早朝。
港に着いたその船は、私が今まで見たどの船よりも大きく、存在感があった。
大きさだけじゃなくて、武装しているからかもしれない。
「水軍か・・・。」
呟きながら、私は船を見上げる。
沢山の人たちが、船から出たり入ったりと忙しそうに動き回っていた。
皆、ひと目で兵士だと分かる格好で。
何気無くそのままその様子を眺めていると、船の上から誰かが大声で言った。
「おぅ!野郎共、今夜は久し振りに羽伸ばして来いや!酒かっ喰らうもよし!
足腰立たねぇ位に女抱くのもよし!!ただし、楽しんだ後にはまた大喧嘩が待ってるぜ!!」
なっ・・・何!?あの人・・・・。
怒鳴り声で周りに聞かせるには余りの内容に、私は驚いて声の主の方に視線を向けた。
遠くて良く見えないけど、かなり背が高くて、どうやら上半身は殆ど裸みたいに見える。
彼の言葉が終わると、周りで忙しなく動いていた人たちが拍手や歓声を上げていた。
「兄貴!!兄貴もどうか楽しんで下さいよ!」
「へっ、当たりめぇだぜ!俺はまずは酒だな、酒!」
言いながら、その声の彼が何の前触れもなく、船からひょいっとこっちへ飛び降りてきた。
私が慌ててそれを避けようと2,3歩後ろへ下がったその時、彼が私のすぐ目の前で着地した。
高さはかなりあったはずなのに、それはもう、本当に見事に。
よろける様にまた後ろへ下がってしまった私に気付いて、彼は視線をこっちに向けた。
「おっと、悪ぃ。まさか下に人が居るとは思わなかったぜ。怪我ねぇか?」
「え!?あ、はい。大丈夫です。」
「そうか、悪かったな。んじゃ、あばよ!」
コロロン・・・コロロン・・・。
それはほんの一瞬の出来事だった。
彼が走って居なくなった後に残った軽やかな鈴の音。
そして私の目に焼きついた、褐色の肌に画かれた見事な2頭の龍の刺青。
私は馬鹿みたいに呆然として、早くももう小さくなってしまった彼の背中をじっと見つめた。
それから思わずハッと我に返り、側を通りかかった船員の1人に声をかける。
「あの、すみません、お聞きしたいことがあるんですけど。」
「ん?何だい、姉ちゃん。こんなとこでボケッとしてると危ないぞ。」
「今の人・・・、今、船から飛び降りて来た人は・・・どなたですか?」
「ああ、うちの兄貴のことか!甘将軍だよ、鈴の甘将軍。」
「甘将軍・・・あの人が・・・!?あ、有り難うございました。」
大柄なその人にお礼を言ってその場を離れる。
私の背中でその船員が、姉ちゃん兄貴に惚れちまったのかァ?と言ってガハハと豪快に笑ったのが聞こえた。
そんな訳ないじゃない、オヤジはこれだから嫌・・・。
フンと、鼻を鳴らして歩きながら、それでも彼の姿が強く頭に残っていたのもまた、確かだった。
昼過ぎ近くになって、私はまた港をぶらついていた。
仕事は夕刻から、まだまだ時間がある。
港はいつでも活気があって大好きだ。
それに、海。
晴れ渡った空みたいな澄み切った海の青。
私はこの街の港と海が好きだった。
「おねえちゃん!」
「ああ、キミか。どうしたの?」
近所に住む小さな男の子。
その子が何故かとても慌てた様子で私の方へと走ってきた。
そして、紅葉並みの小さな手で私の服の袖を掴んでグイグイ引っ張りながら言った。
「おばあちゃんにこっそりかりた、ももの花のかんざしを海に落しちゃったんだ!
あれが無くなったら・・・ボク・・・ボク・・・っ・・・!!」
説明し終えてすぐに男の子は顔をくしゅっと歪ませて、今にも泣きそうに涙声を出した。
「分かったから、泣かない、泣かない!男の子でしょう?で、どこで落としたの?」
「うぇ・・・っ・・・うん・・・こっちだよ・・・・。」
必死で涙を堪えるように唇を噛み締めて、またグイグイと私を引っ張っていく。
港から少しだけ離れた場所で、男の子は波間を指差して言った。
「ほら、あれなんだ・・・。ボク・・・取ろうと思って手をのばしたけど・・・どうしても取れないんだ・・・。」
私が男の子に言われた方向に目をやると、ふゆふゆと揺れる波間に桃色の簪が見え隠れしている。
どうにかすればすぐに取れそうな距離だった。
確かに、子供の身長じゃ無理ではあると思うけど。
私は地面に腹ばいになって、簪の方に手を伸ばしてみた。
取れそうではある、かなり、近い距離ではある。
だけど、もう少しと言うとこで波に揺れて離れて行った。
「中々微妙な位置にあるわね・・・。」
「・・・おねえちゃん・・・・、取れる・・・?」
「ん?大丈夫でしょ、この位。ちょっと待って。」
さっきより更に身を乗り出して、私は桃色の簪に向かって手を伸ばした。
あと少し、ほんの少しで指先が触れる。
プルプルと腕と指先を震わせながら、私はまた少しだけ前に乗り出す。
「くっ・・・何コイツ、手ごわい!」
「おねえちゃん!がんばって!」
「分かってる、もうちょい・・・。あ!届い・・・・・・・・・・・・!!??」
た、と、最後の一文字を言おうとした、その瞬間。
ドブッ・・・・
「おねえちゃん!!!!!!」
男の子がさっきより更に泣きそうな大声で叫んだ。
一瞬、私は何が起きたのか全く分からなかった。
気付けば、私は海水に完全に浸かっていた。
しかも、足が下につく感触が全く無い。
その上、急に海に放り出されたみたいな状態で、口や鼻にもろに水が入ってきてしまった。
-ゴボッ
手足を無茶苦茶に動かして、体が浮き沈みを繰り返す。
最初に口や鼻に入った水のせいで、息もまともに出来ない。
それに、知らず知らず少しずつ陸から離れていっているのが分かった。
「おねえちゃん!!だれか!!おねえちゃんが死んじゃう!!だれか!!」
「坊主!!退いてろ!!」
ザブッ
男の人の物らしい怒鳴り声、それと同時に誰かが海に飛び込んだ。
私はその間もただ無我夢中でもがき続けた。
突然、グッ、と、後ろから私の腰辺りに誰かの腕が回された。
「暴れんじゃねぇぞ、すぐ助けてやっから大人しくしてろ。」
「・・・・・・・え・・・・!?ゴホッ・・・」
後ろから私を抱きかかえている人の顔を確認しようとして、私は口に水が入って咳き込む。
顔が見えない、見てる余裕がなかった。
だけど、その声には聞き覚えがあって。
陸に戻るとその彼が先に上に上がって私を引き上げてくれることになった。
私はグッタリとしなながらも、その人を見上げる。
「・・・・・あ・・・・!」
「すぐ引き上げてやる、行くぜ!」
力強い腕が、私の両脇を掴んで、海から一気に陸に引っ張り上げてくれた。
彼の胸に倒れ込むようにしながら、ゴホゴホとまた私は咳き込んだ。
「おねえちゃん!おねえちゃん!だいじょうぶ・・・!?」
「ゴッホ・・・コホ・・・うん、どうにか、ね。」
心配そうな顔の男の子に、無理に笑顔を作って見せてから、私は答えた。
「おい、おめぇ・・・・。」
「え・・・・!?あ!すっ・・・すみません・・・・!!」
彼に寄りかかったままだと気付いて、私は慌てて体を離した。
「んなこたいいが、何でまた海に落ちちまったりしたんだ?」
「あ・・・・ああ!ゴホッ・・・はい、・・・これ・・・・。」
言って、私は男の子に例の桃の簪を手渡した。
妙に弱々しく、自分の手が震えているのが分かる。
男の子はそれを受け取って、大きな目でジッと私をみつめた。
「おねえちゃん・・・・ごめんね・・・・ボクのせいで・・・。」
「ううん、・・・・それより、早く返しておいで。」
「でも・・・・・。」
「私の事はいいから・・・・ほら・・・!早く・・・・!」
「・・・うん!おねえちゃん・・・ありがとう・・・!」
男の子はそう言って、自分の家の方向に駆けて行った。
「・・・今の簪が原因か?」
「あ・・・す・・・すみません・・・甘・・・将軍・・・。」
そう、私を助けてくれたのは、今朝港で見た船の、水軍、甘将軍だった。
彼は私の言葉に怪訝そうにジロリと視線を向けた。
「ああ?んだぁ?おめぇ・・・よく見りゃ・・・今朝の・・・・。」
「・・・・・・・はい・・・。」
まさか、たったあれだけで私を覚えててくれてるとは思わなかった。
私は、船と彼の出で立ちで覚えてた訳だけど。
「っと、んなこた今話してる場合じゃねぇ。おい、そのままじゃ風邪引いちまうだろ。移動するぜ。」
「・・・・・・・え!?あ、あの、もう大丈夫です。帰って着替えれば・・・。」
「そんな訳にゃいかねぇぜ。俺が助けたんだから、最後まで面倒見るってのが筋ってもんだ。
おい、ちっと我慢してろや。」
「え・・・!?我慢って・・・・・っ・・・!!」
座り込んで地面についていた私の体が、突然ひょいっとそこから離れた。
その拍子に、濡れた髪や服からポタポタ雫が垂れる。
呆然としている私に、甘将軍が言った。
「俺の船まで運んでやるぜ、一休みして行け。」
「ちょ・・・!降ろして下さい・・・!自分で歩けます・・・!!」
私を抱きかかえて平然と歩き始めた彼に、私は慌てて叫んだ。
少しでも頭を動かせば、甘将軍の顔が間近にある。
それに、体が濡れているせいもあって、彼の裸の肌と自分の肌がまるで直に触れているような温かさを感じた。
「ああ?だから少し我慢しろってんだろうがよ。安心しろ、どうせすぐそこだぜ。
んなに恥ずかしいんだったら走ってやろうじゃねぇか。」
「え・・・!?そう言う問題じゃ・・・・ッ・・・!!!!!」
私の言葉もお構いなしで、彼は私を腕に抱いたまま、いきなり走り始めた。
しかも、かなりの速さで。
人間が走るのに、こんな速さが出るなんて、信じられない。
あっという間に移動して、気付いた時には港の例の船の前だった。
濡れて冷たいはずの肌は、彼の肌と重なり合った部分で妙な熱を持っている。
私は変に意識してしまっていた。
ついさっき出会ったばかりの人なのに、腕に抱かれている事が全然嫌じゃない。
それどころか、どこか心地よく感じていたりもして。
それが自分でも不思議でたまらなかった。
「お!兄貴、早速女を連れ込む気ですか!?何も船にまで引っ張ってこなくても。」
「へっ、馬鹿野郎!コイツはそんなんじゃねぇよ。」
すれ違う船員とそんなやり取りをしながら、甘将軍は私を連れてその大きな船の中へ入っていく。
外観も凄かったけど、中も同じ位凄い。
軍艦だけあって、どこか物々しい雰囲気が漂っていた。
彼は船内の一室の前で足を止め、その扉を片足で勢いよく蹴り飛ばす。
そして開いた扉からズカズカと船室内に入ると、そこでやっと私をおろしてくれた。
「少し待ってろ。」
甘将軍はそう言って、言葉通り私を待たせて何処かへ行った、
と、思っていたらすぐに手に大判の布を持って戻ってきた。
「ほらよ、まずはこれで拭いちまえ。」
「あ、有り難うございま・・・・・っ!?」
布を受取ろうとした瞬間に、甘将軍がその布を私の頭に乗せてガシガシ無造作にかき回す。
「ええ!?あの!?ちょっ!?」
「まずは髪の毛から拭かねぇと、マジで風邪引くぜ。」
「いや、そうじゃなくて・・・・・・・。」
先を続けようとしたけど、結局止めた。
本当におかしな話だけど、それもまた、全然嫌じゃなかったから。
出会ったのは数時間前、言葉を交わしたのはほんの数十分前。
なのにこの不思議な気持ちは、一体、何なんだろう?
(続く)
後書き
・・・・・・・・雪流さん、まずは申し訳ございません!!!
待たせに待たせた挙句、脇役オリキャラオンリー、その上続きます。
長ったらしくて読み難いかもしれませんが、どうかお付き合い下さい・・・・。
もう本当に申し訳ないです!そしてこれを読んで下さっている方、本当に有り難うございます。
ブラウザバック推奨