最低、最悪の日。
あれは、私の今までの誕生日の中で、
特に頭に焼き付いた、最低の一日だった。
今でもハッキリ覚えているのがその証拠。
12歳の誕生日。
私を実の娘の様に可愛がって下さっている孫堅様が、
私の為に宴を開いてくれた。
その宴の席で皆にお祝いして頂いてたあの時までは、
本当に楽しくて幸せな一日だった筈なのに。
たった一瞬で、それは最悪の日と変わる。
あの光景を、見て、しまったから。
宴を抜け出した理由は忘れてしまった。
多分そんなに大事なことではなかったんだと思う。
とにかく、私は宴をほんの少し抜け出して、中庭に向かっている所だった。
その途中。
「クスクス・・・嫌だわ、凌統様ったら、せめて鍵を・・・。」
突然、聞こえてきた声。
私の通りかかった薄暗い一室。
少しだけ、その扉が開いていた。
私は特に何の考えもなく、そっとその扉に近付いてしまった。
その室の隅、目にしたのは、二人の男女。
「大丈夫だろ・・・、室の鍵なんてしなくても、
今の時間、この辺りには誰も来やしないっつの。」
「でも・・・・・・・・・・・ァッ・・・!」
「これ以上何か言うのは無粋ってもんだぜ?それとも俺を焦らしてんのかい?
今は言葉より、体で答えて欲しいね。」
女人の方は最近この城に来たばかりの高官の娘さんで、
女官を務めているとても綺麗な方だった。
そしてその彼女を抱きしめてピッタリ体を重ね合わせたまま、口付けをしている相手。
彼は、凌公績。
今だから言えるけれど、私の初恋の人。
だからこそ、この光景を見てしまった時の私の心理状態は、最悪だった訳だけど。
私は両手で口元を押さえて、二人に気付かれないように、
とにかく声を上げないように、必死で堪えた。
さっさとその場を走り去ってしまえば良かったんだと思う。
だけど、足に根が生えてしまったみたいに、
あの時の私は、どうしてもすぐにそこから離れる事が出来なかった。
その間にも、女官と凌統の口付けは続けられていた。
―ピチャ。
響いた水音。
私は、両手に強く力を込めて、やっとそこで、
ゆっくり、ゆっくり、後退りし始めた。
汚い!!!汚い!!!汚い!!!
最低!!!よりによって私の祝いの宴の時に・・・!
凌統なんか・・・、凌統なんか大嫌い!!!大っ嫌い!!!!!
その後、結局私は宴の席に戻ることも出来なかった。
そして勿論、凌統と会話する事もなくなった。
と、言っても、その数年後には私もある程度理解できる歳になったから、
さすがに彼を無視したまんまだと言うことにはならなかったけれど。
―あれから7年・つまり現在。私は19の誕生日を迎えた。
「おめでとう!」
「有難うございます、尚香様。」
満面の笑顔の尚香様に、私も微笑んで答えた。
今夜もまた、孫堅様のご好意で、私の誕生日を祝う宴が開かれている。
「おぅ!!まだまだケツの青いガキだと思ってたが、
オメェもいつの間にかいい女になっちまったじゃねぇか!
どうだ?この際俺が色々と相手になってやってもいいぜ?」
突然誰かに肩を軽く叩かれて、私が振り向いた先に居いたのは甘寧様だった。
私が答えるよりも早く、私の隣の尚香様がペシっ、と、甘寧様の手を私の肩から叩き落す。
「冗談じゃないわ!に何口走ってるの?甘寧!許さないわよ!」
「・・・ってぇ・・・!おいおい、姫さん、ただの冗談ってやつですぜ。
何も本気で引っ叩くこたねぇでしょう。」
「あーら、どうかしら?」
言いながら、尚香様は私を隠す様にしてズイと前に出た。
私は思わず苦笑して二人を見る。
「笑ってる場合じゃないわ、。
アナタ、自分が思ってるよりずっと人気があるんだから。
甘寧みたいな手が早い男、絶対近付いちゃ駄目よ!」
「おい!姫さん、そりゃどう言う意味だ!
・・・つっても、まぁ・・・否定は出来ねぇけどよ・・・。」
ぼそぼそと、言葉尻を濁す甘寧様。
二人のやり取りに、私は今度は声を上げて笑ってしまった。
「あははっ!・・・尚香様・・・ご心配、有難うございます。以後、甘寧様には特に注意します。」
「ええ、そうした方がいいわね!」
私の返事に満足そうに頷いて答える尚香様に、また甘寧様が抗議の声を上げる。
「二人して妙な方向に話まとめんじゃねぇ!言っとくけどな、
手の早さなら俺よりあの凌統の野郎が・・・・・・・・・!」
「ん?俺が何だって?甘寧。」
甘寧様が言い終わるよりも前に、
自分の名を耳にした凌統が私たちの側に近付いて来た。
そして彼は私に向かってまずお祝いの言葉を口にする。
「よぉ、。宴の主役に挨拶がまだだったな。19歳おめでとさん。
あんた、最近随分綺麗になったって評判だ。」
「有難う、凌統。その評判・・・本当だと嬉しいけど。」
私は笑顔で返事をした。
彼はそれからすぐにジロリ、と、甘寧様に視線を移して口を開いた。
「で?甘寧、俺が何だって?あんたの口から俺の名が出る場合、
ほぼ八割方いい噂はしてないと思って間違いじゃないと思うんですけどね。」
「へっ、別に俺はおめぇの噂なんざしてやしねぇよ。」
言った甘寧様が、凌統から目を逸らす。
側で見ていた尚香様は、如何にも楽しそうに笑って言った。
「ふふ、その勘当たってるわよ、凌統。
甘寧はね、自分よりアナタの方が手が早いんだって怒鳴ってたのよ。」
「げ!!姫さん!!」
「へぇ、そりゃまた・・・言ってくれるねぇ、甘寧。
じゃあ、最近水軍の頭が近衛兵の女の子を立て続けに船に連れ込んだってあれは、
単なる噂だったって訳だ。しかも噂じゃ確か1週間で5人でしたか、いやいや、噂ってのは怖い怖い。」
「だぁぁぁぁぁーーーーわぁぁぁぁーーー!!」
凌統の話を必死でかき消そうと大声で奇声を発する甘寧様。
だけど、その話の内容に、尚香様の顔色が変わった。
青く、ではなくて、赤く。
でもそれは、恥らってると言うわけじゃなく、どう見ても『怒り』の赤だった。
「甘寧!!!アナタ、私の近衛隊の人間に手を出したの!!??」
「いや!誤解ですぜ、姫さん!俺はっ・・・・・・「覚悟なさい!!!!」
慌てふためいて言い訳を見つけようとした甘寧様に対し、
尚香様は問答無用で腰の弓に手をかける。
「どわぁっ!!!チッ、凌統!オメェ覚えてやがれ!!!」
「甘寧!逃がさないわよ!!」
風の様に走り去る甘寧様を追って、尚香様も私の側から遠ざかって行ってしまった。
私は暫く呆然と二人の背中を見つめるしかなかった。
何だかドタバタの漫才を見た気がする。
「あの分じゃ甘寧の奴、当分追いかけ回されるだろうな。
ま、自業自得ってね。人の事持ち出す前に、身辺掃除しろっつの。」
「でもまぁ・・・甘寧様はあれで人気のある方だから・・・仕方ないのかもしれないわ。
・・・・・尚香様の近衛隊に・・・って言うのは感心しないけど・・・・。」
私は苦笑して言った。
凌統がチラリと私に目を向ける。
「へぇ、これはこれは思いがけないお言葉が出ましたね。
もしかして、、あんたもその人気を支えてる一人だったりするのかい?」
「え?違うわよ。勿論甘寧様は好きだし、尊敬もしてるけど。
それとこれとは別の話。私は実のある恋愛しかしないつもり。」
答えた私を、ジッと見つめたままの凌統。
何となく、私はその視線に居心地の悪さを感じてしまった。
「じゃあ、凌統、私は孫堅様にご挨拶に行くわ。」
「ん?ああ、そうかい。じゃあな。」
彼に背中を向けて、半分そこから逃げる様に私は孫堅様の元に向かった。
その後は特に何の問題も無く、楽しい宴のひと時は過ぎていった。
それから数時間後、宴はお開きになり、私は自室に戻る事にした。
(後編に続く)
後書き
あんまりにも長ったらしくなりそうだったので、中途半端な所でぶった切ってしまいました。
凌統、甘寧、尚香の3人の会話は書いていて凄く楽しかったので、無駄に長くなりました(苦笑)
続きもまた長くなりそうですが、お付き合い頂ければ幸いです。では、失礼致します。
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