飲み過ぎた、そう感じた時には既に遅く、いつものように眠気が襲い掛かってきた。
そして彼女はその睡魔に流されるままに目を閉じた。




そこからの記憶は無論無く、ふと目が覚めると自室に寝かされていた。
否、正しくは寝かされようとしていた。
力強く逞しい腕が彼女の腰に回されている。
はうっすらと開いた瞳でその腕の人物を見つめた。

「・・・・孫策様?」
「ん?おぅ!悪ぃ!起こしちまったか?」
「・・・・私・・っ!?」

次第にハッキリしてきた意識と共に、彼女は咄嗟に彼の腕から離れた。
が、すぐに酒の回りのせいもあり、ふらりと倒れこみそうになる。

「おい、あんま無茶すんじゃねぇぜ!オメェえらく飲んでたらしいじゃねぇか。
周瑜が声掛けようとした時はもう眠っちまってたらしいからな。」
「・・・・・ええ!?」

は驚いて声を上げる。
孫策がそこで笑って言った。

「ま、俺が丁度戻って来たばっかだったから運んできたんだ。
どうだ?水でも持って来るか?」
「!!いいえ!・・・・・・申し訳ありません・・・・・・・。結局・・・ご迷惑おかけして・・・・。」
「気にすんな、宴ってのは飲んで騒いで楽しむもんだ。それにオメェは今回も頑張ってくれたんだしな!」

孫策はそう言って彼女の肩をいつもの様に軽く叩く。
はその孫策の行動に、先程大喬の肩を抱いていた時の事を思い出し、複雑な想いで笑みを浮かべた。

「・・・なぁ前々からオメェに聞きてぇことがるんだがよ。」
「・・・・?はい。」
「オメェのその笑顔が、えらく辛そうに見える時があんだが、俺の気のせいか?」
「・・・・・・・・・・・・っ!!??」

孫策の思わぬ台詞には一瞬言葉を失う。
彼はに視線を向けて続けた。

「何か悩み事があんなら俺に話してくれて構わねぇぜ。
ま、オメェが言いたくねぇなら無理にとはいわねぇけどな。」

は孫策に気付かれぬ様に片手に拳を握る。
彼女の哀しい笑顔の理由。
それを孫策の前で口に出来るはずはなかった。
原因となっているのは彼自身なのだから。

「いいえ、孫策様。私に悩み事があるとすれば、お酒に弱い事位です。」

表情に蔭りが見えないよう、彼女は努めて明るい口調で答えた。

「ははっ!そうか、悪ぃ、俺の思い違いだったみてぇだな!」
「でも、お気遣い下さって有り難うございます。」
「そりゃ当たりめぇの事だろ、オメェはこの孫呉や俺たちにとって大事な人間なんだからよ!」



・・・・・・・・・・・孫策様・・・・・・・・・・。


ぎりりと胸の軋む音がする。
は知らず知らず片手の拳が白くなるほど強く握り込んでいた。


私では・・・貴方にとっての大事な人には・・・・なれないんですね・・・。


「んじゃ、俺はそろそろ行くぜ!ゆっくり体休めろよ。
あんまり無理すんじゃねぇぜ!!」
「はい、有り難うございました。」
「おぅ!!じゃーな!」

背中を向け、部屋を出て行く孫策。
その背中を見つめながら、は口に出せない思いを心の内で告げる。


それでも・・・・・孫策様・・・・・・・・。
私は・・・貴方を・・・お慕いしています・・・・・・・。






数日後、その日は大喬も戦場に姿を見せていた。
そしてに任されたのが彼女の護衛だ。
孫策が大きな溜息と共に口を開く。

「大喬、オメェは・・・あれ程危ねぇから来るなって言ったってのに。」
「ごめんなさい、でも・・・孫策様のお傍に居たいから・・・。
でも孫策様、心配しないで下さい!わたし、戦えます!!」
「はは!しゃーねぇ!!オメェは言い出したら聞かねぇからな!
大喬、俺の傍から離れんじゃねぇぜ!」
「はい!」

大喬が嬉しそうに返事をすると、孫策は彼女の肩を抱いてに言った。

、オメェにも頼んでおくぜ。大喬のこと、宜しくな!」
さん、わたし、足手まといにならないよう、頑張りますから。宜しくお願いします。」
「はい、孫策様、大喬様。」

はしっかりと頷き、それに答えた。
その胸の内に複雑な心を隠して。
だが、は大喬が嫌いな訳では決して無い、
寧ろその健気さと純粋さを好ましく感じていた。

「私は後方に付きます。大喬様は孫策様のお傍に。」
「はい!」

こうして戦は始まり、は大喬の部隊の背後を守ることとなった。
最初の内、孫策は大喬に気を取られているのかいつものように先陣を切って突っ込んでいくような真似をせず、 珍しく堅実に敵をさばいていた。
だが、大喬が思いのほかよく動き、
彼の補助に上手く回っていた為、次第にいつものような勢いを取り戻し始めた。

「おっしゃ!!!オメェらまとめてかかってこい!!俺が楽しませてやるぜぇー!」

襲いかかる敵を嬉しそうに挑発し、得物のトンファーで弾き返す。
そして更に先へ、先へと進む孫策。
大喬もそれに続く。
は周りの状況を冷静に見て取りながら、眉間のしわを深めた。
孫策が敵陣へ突っ込んで行くのはいつものことだが、
今回は大喬がいる。
今は必死に夫について行っている彼女だが、体力にも限界があるだろう。
既に周辺は先程よりも混戦を極め、敵兵の数も増えてきていた。


このまま先へ進むのは危険だわ・・・。
もうすぐ程普殿の軍が追い付くはず、それまで大喬様だけでも・・・。

そこで考えるのを止め、ふと視線を大喬に移す。
敵兵と戦っている大喬の背後から、複数の弓兵が彼女に狙いを定めているのが見えた。
無論、彼女は気付いていない。
そして孫策もあまりの混戦状況にそれに気付いている様子はなかった。
は咄嗟に大喬の元へ駆け寄る。

キリリ・・・

弓を引く独特の音が、何故かの耳にも届いたような気がした。
は喉が裂けんばかりに大声で彼女の名を呼ぶ。


「大喬様っっ!!!!!!!!!!!!」



だが、大喬は未だ兵と戦闘中だった。



ビュッ・・・・・・・・・・



弓矢が一斉に空を飛び、大喬の背に襲い掛かる。
紙一重、は大喬の前に立ちはだかる敵兵に突っ込み、
大喬を抱き込むようにして地面を転がった。
彼女はすぐに身を起こすと、大喬を守るようにして体勢を立て直す。

「大喬様、申し訳ありません!お怪我は!?」
「いいえ!有り難うございます!」

は頷き、隙を突いて斬りかかって来る敵兵に備えた。
だが、土煙があがり、視界が悪くなっている。


ドッ・・・・・・・・


「キャァッ!!!!」

突然、先程とは違う方向から飛んできた矢が、大喬の肩辺りを射た。
土煙のせいでそれは、本当に唐突に現れたように見える。
続けざま、弓が大喬の腹をかすめた。

「!!??大喬様!!!!」

彼女が叫んだその刹那、更に無数の弓矢が空を飛ぶ。
は大喬を片腕に抱き必死でそれを凌ぐ。

さん・・・!わたしのことは・・・いいです・・・!だから・・・・っ!」
「大喬様!我慢なさって下さい!!!!」



私は貴女を死なせる訳にはいかない!!!!!!


弓での攻撃が収まると、今度は複数の兵が彼女らに向かって斬り込んでくる。
は歯を食いしばりながらそれを必死の思いでさばいた。
腕に抱いている大喬の息は荒くなり始めている。


孫策様、貴方の愛する人を・・・・・・・死なせはしない・・・!!!


それはの孫策へ想いの形でもあった。
自分の気持ちが届く事はこの先絶対にない、それは充分に承知している。
そしてこの気持ちを伝える事も彼女には出来ない。
だからこそ彼の妻である大喬を守り抜き、少しでも彼の力になりたかった。
何より孫策の苦しむ姿など見たくはないのだ。

殿!!お待たせもうした!!」
「程普殿!!!」

現れた程普が達に群がっていた敵兵に斬りこみ、道を作った。
程普の視線がすぐさまの腕の中の大喬に移る。

「!!これは!!」
「程普殿、大喬様をすぐに安全な場所へ・・・・っ   ビュッ・・・・・


ドッ・・・・・


突如背中に衝撃が走り、の体がビクンとひとつ波打った。


の片腕に抱かれていた大喬が、目を見開いて彼女の背を見つめている。
そしてその表情を歪め、叫んだ。

さん!!!!!」

は咄嗟に大喬が敵の的にならないよう、程普の兵の居る方へ彼女を押し出した。
その隙を突いての目の前に敵兵が躍り出る。、
そして兵は素早く得物を彼女の肩から腹にかけて振り下ろした。


ザシュッ・・・・


の目の前が鮮血で染まり、赤い世界が視界一杯に広がる。
瞬時に息が詰まるような感覚が襲ってきたかと思うと、
彼女の体はぐらりと揺れてそのままその場に倒れ込んだ。
その衝撃で彼女は軽くむせ込み、喉から血がせり上がって来る。

「・・・・っっ・・・・・・」
殿ぉ!!!」



!!!!!!」


進軍していたはずの孫策が兵に知らせを受け、彼女の元へ駆け寄ってきた。
大喬は既に程普の兵により本陣へ帰還しているところだった。
孫策はの前に居る敵兵を恐ろしい勢いで投げ飛ばし、すぐさま彼女を抱き起こした。
背中に刺さったままの矢から流れ出る彼女の血が、孫策の手を濡らす。
肩から脇腹にかけての傷が、生々しく真っ赤に染まっているのが切り裂かれた鎧から見えていた。


「孫・・・・・・・策・・・さま・・・・・・・・。」

は薄れゆく視界の焦点を、必死に孫策に合わせた。
僅かに唇を動かし、荒い息の合間に言葉を発する。

「しっかりしろ!!!!!すぐ手当てしてやっからな!!!!!」
「いいえ・・・孫策・・・・・・・・・・さ・・・・・私は・・・もう・・・・・・。」

弱々しく首を左右に振り、は言った。
その瞳には涙が滲んでいる。

「馬鹿野郎!!!!!孫呉の天下取りはまだ始まったばっかりじゃねぇか!!!!
こんなところで死ぬんじゃねぇよ!!!!!!」
「そ・・・んさ・・・・・・。っっ・・・」

喉から小さくこもった音を出し、の口から血が吐き出される。
はもうほとんど見えなくなった瞳で自分を見下ろす孫策を見つめた。


今、貴方の目には私が映っているんですね・・・。
孫策様・・・・・・・・・。
やっと・・・・・・・私を・・・・見てくださった・・・・・・・・・・。
今は・・・・・・私だけを・・・・。

!!!」
「孫・・・さく・・・様・・・私は・・・・・・・・・・・。」




アナタヲズット、オシタイシテオリマシタ・・・・。




「・・・・・、有り難う・・・・・・ございます・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。」



!!!!逝くな!!!!逝くんじゃねぇ!!!!!!!!!!!」





死に逝く者の言葉は、それだけで重きを成す。
そしてそれは遺された者の胸に一生残るもの。


それを承知していたからこそ、は気持ちを告げずに逝ったのだった。


それこそが彼女の愛情、
まさに文字通り、孫策が彼女の気持ちに気付く事は一生なかったのである。


孫策の腕に抱かれたの表情は、どこか幸せそうだったのだが、
その真意を知るものは誰も居ない。


この戦後、空が彼女の死を悼むかのようにどしゃぶりの雨を降らせた。




(こっちを見て、見て欲しい -終わり-)



後書き
ううやってしまいました。
お題無視に近いよ、この内容。
これでもお題見て考えたんですが、微スランプです。
元々ない文才がここに来て更に削られてる気がします・・・。
ゲームから三國入ったんで、思いっきり策大意識しまくり。
かなり時間かかって書いた作品ですが、どうなのこれって!
もう本当に申し訳ない気分ですが、
ここまで読んで下さって有り難うございます。
失礼します!


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