今日のの持ち場は黄蓋と共に孫権の護衛にあたると言うものだった。
先発部隊が敵を蹴散らし道を切り開いた後、彼らが一気に本陣を叩く手はずになっている。
今回の戦は孫堅も孫策も不在の為、総大将を務めるのは孫権となっていた。
は遠く離れた場所から聞こえる鬨の声を耳にしながら、赤く燃え上がっているような夕日を見上げた。
昨日の夕刻、恐らく丁度今とほぼ同じ時刻に彼女は凌統から部屋へ来るように言われた。
翌日、つまり今日の戦に備えての話し合いが行われた直後の事だった。

『凌統、どうしたの?・・・改まって話しがあるなんて・・・。』

彼の部屋に足を踏み入れてすぐにはそう訊ねた。
凌統は部屋の中央にある椅子に座り、そして小さく溜息を吐いた後に口を開いた。

『父上が戦場で甘寧に討たれた事は、あんたにも話したよな・・・?』
『ええ・・・。』

彼女が呉に来て間もない頃、
凌統と甘寧の友情が芽生えた経緯を月明かりの下で聞いたあの日に彼女は2人の間に深い因縁があった事を知った。
にはそれがまるで遠い昔のように思えた。
実際はあれから2ヶ月程しか経っていないというのに。
凌統はほんの暫く目を閉じていたが、やがて再び彼女を見つめて言葉を続けた。

『今は乱世、当たり前だが戦場に出ている以上は常に命張ってんのと同じだ。
それは分かっちゃいた・・・いや、分かってるつもりだった・・・。』
『・・・・・・・・。』
『父上が甘寧のヤツに討たれたあの日・・・、俺ん中には後悔ばっかがやけにデカく残った・・・。
結局・・・、伝えたいことも伝えられなかったってのが原因だった訳だ・・・・・・・・・。』

凌統は瞳に過去の悲しみを滲ませ、半ば呟く様に言った。
は敢えて言葉を発することをせず、ただ彼の話に耳を傾ける。
凌統はいつもは余り見せようとはしない、真剣な眼差しで語り続けた。

『それで気付いた・・・、今俺の側に当たり前のように居る仲間達・・・。
けど、そいつらも明日だろうが今日だろうが戦が起きれば死んじまう可能性がいつでもつきまとってるってことに。
例えば甘寧のヤツだってそうだ、そして言いたかないが俺自身も・・・。』
『・・・・・・・・・・・・・。』

凌統の言葉に、は無意識のうちに僅かに眉間にしわを寄せていた。
彼の言わんとしている事が良く理解出来るからこそ、にはその言葉がいたく胸に染みる。

、あんただってそうだ・・・。』
『・・・そうね・・・・・・・・・・・・・・・・。』

は短く肯定し、頷く。
凌統は椅子から立ち上がると、彼女の正面に向かい合うようにして近付いた。

『・・・そんな事考えてたら切りがないってのも分かっちゃいる。
けど、父上の時みたいな後悔はもう勘弁願いたいんでね。
・・・んで、ま、明日の戦はある意味きっかけを作ってくれたってことになるんだが・・・。』

そこで彼は言葉を切り、を真っ直ぐに見つめた。



、俺はあんたが気に入ってる・・・。
いや、この際ハッキリ言うが、俺はあんたに惚れてんだ。』



『!?』

唐突に凌統に想いを打ち明けられたは、目を見開いて彼を見つめ返した。
凌統は静かな表情のまま、彼女の動揺の視線を受けとめる。

『凌統・・・本当・・・に・・・?』
『今の話の流れで冗談が言えるほど、俺はそこまで悪趣味じゃない。』

の問いに、彼はキッパリと答えた。
窓から射して来ている夕日の赤い光が、まるで凌統を狙ったように照らし出している。
こんな時にも関らず、彼の顔の輪郭がきらきらとやけに輝いて見えるとは思った。
そして軽く息を飲み、自分自身に彼女は問う。
この目の前に居る冗談が大好きな皮肉屋な男に対する自分の気持ちを。


『・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・正直に言って・・・・分からないわ・・・・・。』

彼女はやがて、半ば独り言に近いほどの声でそう言った。
凌統がオウム返しに聞き返す。

『・・・分からない・・・?』
『ええ・・・・、あんたの事を・・・・・・・私は多分・・・その・・・『気に入ってる』んだとは思う・・・。
でもそれがあんたが私に感じてくれてるものと同じなのかが・・・分からないの。』

つまり『愛情』なのか、と言う言葉を彼女は心の内で続ける。
そして同時に引っかかっているのは今は過去となってしまった甘寧への想い。
あの時の『熱情』にも近いものとこれが同質のものなのか彼女には分からなかった。
凌統は暫く黙って彼女を見つめていたが、ふと窓の外の夕日に視線を移した。
赤く燃え上がる夕日が可笑しい程に自分の『想い』と重なり合う。

『・・・ま、それも仕方ないってね・・・・・・・・・。
俺は返事が欲しかった訳じゃない。ただ伝えたかっただけだ、あんたに俺の気持ちを。』
『・・・・・・・・・・・・・・・凌統・・・・・・・。』

彼の名を口にしながら、その端整な横顔を彼女はじっと見つめた。
遠い昔、彼女はその台詞と同じ言葉を甘寧に伝えた事があった。
それ故、その言葉を口にした時の胸の奥の切なさを彼女はよく知っていた。
それだけで凌統がどれだけ自分を想ってくれているのかが分かる。

『だが言っとくが、俺は諦めた訳じゃないんでね・・・。あんたも覚悟しとくんだな。』

念を押すごとく凌統が続けた。
は曖昧に頷き、彼の部屋を後にする。
複雑な思いを抱えたまま。
そして凌統は去って行くの背中を見つめ、微かに響く彼女の足元の鈴の音色に小さく呟く。

『ったく・・・こんなとこまで出てくるなっつの・・・甘寧・・・。』

彼はの迷いの根底に気付いていたからこそ、強く答えを求められずにいたのだった。




!!合図だ!わしらも行くぞ!!!」
「!!!」

黄蓋の怒鳴り声に、彼女は唐突に我に返る。
どうやら進軍開始の合図が出たようだ。
彼女は黄蓋に向かって力強く頷き、孫権の後に従った。


・・・いけない・・・、今は戦いの事だけ考えなさい!!


自分自身に喝を入れ、彼女は表情を引き締める。
先発隊が粗方片付けた後だとは言え、敵は曹魏、侮っては痛い目を見るのは必至だ。

この戦いで彼女が凌統への気持ちを知ることになろうとは、
彼女本人もまだ気付いてはいなかった。



は燃える夕日を背にして走り出す。



本陣を叩けばこの戦の勝利は孫呉のもの、誰もがそう信じてやまなかった。



(凌統編 恋情-終-)




後書き
また短くなってしまいました。
この話は最後を見て分かるように続きます。
本当は全部いっぺんに書いてしまおうかとも思ったんですが、
それはそれで逆に長すぎて読みにくいかもしれないと思い、
結局こうなりました。
甘寧編では一途に彼を想っているのであんまり凌統絡んで来ないんですが、
凌統編ではかなり甘寧の存在も大きいです。
私は2人共好きだからいいけど(笑)
でわ、毎回ここまでのお付き合い、本当に有り難うございます。
お客様の励ましあってこその当サイト、心より感謝致します。
失礼致します。



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