各々食事を終えて集まった尚香達と憩いのひと時を過していたの視界の隅に、
甘寧の姿が見えた。
彼女はほぼ反射的に視線だけをそちらへ向ける。
「凌統!!オメェいい加減にしろ!
この手の手合いの勝負は勘弁しろってんだろーがよ!」
「はいはい、んじゃ、ま、始めようか。」
「おい、人の話を聞け!!!」
怒鳴る甘寧をよそに凌統はいつもの場所に座り、碁盤を用意する。
甘寧は自分の頭を勢いよく両手でかきむしりながらも、渋々それに従った。
はその様子に思わず小さく笑いを漏らす。
ここへ来てもう2ヶ月、そしてこれと同じような光景を彼女は今まで何度か目にしている。
だが、初めて甘寧が碁盤の前に座っているのを目撃したときは、
さすがの彼女も驚いてしまった。
喧嘩にかけては天下一品と言ってもいい甘寧だが、
頭を使うこととなると話は別だった。
甘寧は眉間に深いしわをよせたまま、
碁盤を睨みつけてぶつくさと文句を零している。
「ったく、何だってこの俺が・・・。」
「何か言ったか?甘寧。口動かす暇があったら次の手を早いとこ打ってもらいたいもんだ。」
「だぁーー!ウルせぇ!!まだ考え中だぜ!」
「あーあ、このままだと夜が明けちまうんじゃないかね?」
「けっ!!言ってろ!」
甘寧とは対照的に彼を追い詰めている事に喜びを感じているらしい凌統。
今日も自分の連勝記録が塗り替えられることさえ、彼にはもう当然だった。
「ホントに、仲良くなっちゃったわよね、あの2人。」
「そうそう!最初はどうなることかと思ってたけどね!」
「ええ、でも・・・良かったですね、本当に・・・。」
「・・・・・・・・・・・・・。」
彼ら2人の様子を見て取りながら、の周りに居る尚香、小橋、大橋が言った。
は黙ったまま、小さく頷いた。
彼女はここに来て間もない頃に甘寧から凌統の父、
凌操を彼本人が戦で討ち取ったと言う話を聞いていた。
『後悔はしてねぇぜ、まったくな。けどよ、やっぱアイツの気持ちも分かんだよ。
・・・・・・・・・・・・・・・ま、今は仲間っつーかダチっつーか・・・、そんなもんだな、凌統は。』
話終わってすぐ、彼はそう言って笑った。
だが、彼ら2人の因縁がどれほどのものだったかは想像に難くない。
周りの者もそれをよく知っているからこそ、
こうして彼らの友情に心から安堵し、喜んでいるに違いなかった。
「ああ!周瑜様に呼ばれてるんだった!お姉ちゃん、2人共、ゴメン!行くね。」
「ワタシも兄達と話があるのよ、貴方達はどうするの?」
「わたしはまだここに居ようかと・・・、様、お付き合い願えますか?」
「ええ、私なんかで宜しければお相手致します。」
彼女の返事と同時に、小橋と尚香は席を離れた。
その後二人はたわいのない話に花を咲かせていた。
「この間の戦、甘寧が美味しいところはほとんど孫策様と大橋様のご夫婦に取られたと漏らしていました。」
「ええ!?・・・そんな・・・。」
「フフ・・・孫堅様も感心していらっしゃったとか。」
「いえ、本当にそんな・・・わたしはただ・・・。」
そこで大橋は俯いて声を小さくした。
「もしかして・・・、お気に障りましたか?」
「いえ、違うんです!そうでは無くて・・・あの・・・。
・・・・・・・・・私がもしも前より強くなれたのだとしたら、それは・・・・・。」
は軽く頷き、黙ってそれを聞いていた。
大橋は顔を僅かに上げ、そして顔を赤らめながら続ける。
「・・・・・・・孫策様の傍に・・・居たいから・・・なんです・・・・・・。
だって強くなれば戦場でも一緒に居られるから・・・・・・・・・・・・・。」
「・・・・・・・・・大橋様・・・・・・・・・・・・・・・・。」
大橋のその台詞に、は思わず優しく微笑んだ。
彼女のこの純粋さ、そしてそれ故の健気さがにはとても好ましく思えたのだ。
何より、そんな大橋の気持ちがにはよく分かった。
彼女自身、甘寧の傍に居たい一心で夢中で腕を磨いていた過去があった。
彼女が『幻惑の蝶』とまで言われる様になるまでには、厳しく辛い経緯があったからに他ならない。
は今の大橋とあの頃の自分を重ねて見ていた。
だが・・・、とそこでは思い返す。
あの頃の自分と今の大橋では明らかにひとつ、大きな違いがあることも彼女は気付いていた。
「おぅ!大橋、ここに居たのか!」
「孫策様!」
此方に向かって軽く手を挙げそう言って近付いてきた孫策に、大橋の表情がぱっと輝く。
はすぐに立ち上がり、彼に頭を下げた。
「これは孫策様、尚香様達とのお話は終わったのですか?」
「ああ、ま、そう大した話じゃなかったしな!
ところで大橋、俺はもう戻るつもりだがおめぇはどうする?」
「え!?あ、わたしは・・・。」
「大橋様、私のことならお気遣いなく。
もう夜も更けてまいりましたし、孫策様とお戻り下さい。」
「すみません、わたしの方がお付き合い頂いていたのに。
でわ、そうさせて貰います。」
は大橋に笑顔で頷き、そしてそこから去っていく仲睦まじい若い夫婦の後姿を見送った。
彼女の笑顔が、やがてゆっくりと寂しげな表情に変わる。
と大橋の明らかな違い、それは『相手と重なる想い』だと彼女は思った。
それ以前に彼らは夫婦ではあるのだが。
・・・今も昔も・・・甘寧の中の私は・・・妹のまま・・・。
もう何度、その事について思い知らされたかしれない。
それでも彼女は結局自分の気持ちの還る場所を知るのだ。
『甘寧を愛し、そして欲している。』と。
この想いを押し付ける気はない、だがそれでも時折こうしてやり切れない気持ちが襲ってくる。
彼女はまだ碁盤を前にして会話をしている2人にチラリと目を向け、
そのままその場を後にした。
外の空気にでも触れて・・・頭を冷やしましょう・・・。
彼女はそう決め、半ば足早に外へ向かった。
そしてたどり着いた庭園の石畳を、夜空を仰ぎ見ながら進む。
城の庭園は相変わらず美しく、彼女の心を和ませてくれる。
は知らず知らず、歌を口ずさんでいた。
庭園の片隅にある椅子に腰掛け、星空を見つめる。
彼女の微かな歌声が、小さく空気を震わせた。
今は無き彼女の父親が大好きだった『海の民』と言う曲だ。
荒波に立ち向かう事に一生を捧げた男の歌詞がいたく気に入ったと彼は言っていた。
それがまるで甘寧の様だとも父は言った。
そしてその話を聞いたその日から、その曲はの十八番となった。
コロコロロロ・・・
「!」
彼女は微かに聞こえて来る鈴の音に、歌うのを止めて音の方向を見つめた。
鈴の音は段々と此方へ近付いてきている。
案の定、すぐに甘寧が彼女の前へ姿を現した。
「よぅ、。歌声が聞こえてっからオメェだと思ったんだ。」
「・・・甘寧、あんた・・・碁の勝負はついたの?」
は僅かに口元を緩めてそう彼に訊ねた。
その途端に甘寧が顔をしかめる。
「だぁー!碁のこた言うな!あんなもん勝負とは言わねぇぜ!」
は甘寧の返事に碁の勝負の行方が結局はいつもと同じだったことを知った。
そしてそれに思わずクスクスと声を出して笑う。
甘寧はバツが悪そうに更に顔をしかめた。
「んなことより、オメェ、今の歌はあのクソ親父の好きだった曲じゃねぇのか?」
「ええ、そうよ。・・・覚えてたのね・・・。」
「ケッ!ったりめぇだろうが、あのクソ親父、何かってぇとお前にその歌ばっか歌わせてたじゃねぇか。」
「フフフ・・・そうだったわ。」
「おう!!その上、酔っ払って自分でも歌ってやがったからな!俺まで歌詞を覚えちまったぜ。」
甘寧は言いながら、少し懐かしそうに遠くに目を向けた。
はそれを見上げてほんの少しだけ微笑んだ。
「そういやあの親父、酔っ払う度に口癖みてぇに言ってたぜ。オメェの事をよ。」
「・・・・え?私の・・・何を?」
「ああ、自分が目の黒いうちに嫁入りして欲しいって話だよ。」
「!」
甘寧のその答えに、が僅かに身体を動かした。
甘寧はそれに気付かないふりをして先を続ける。
「ったく、あの親父んな事言っといてオメェ残して逝っちまいやがってよ・・・。
まぁ、けどあれだ、今からでも遅くねぇだろ。」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・え?」
彼を見上げたままのが、小さく聞き返す。
だがは本当はその先など聞きたくはなかった。
甘寧が何を言おうとしているのか、彼女にはこの時既に予想が付いていたのだ。
甘寧は更に続けた。
「オメェ、いい女になったぜ。ここでなら幾らでもお前に見合う男が見つかるだろ。
この際考えっちまってもいいと思うけどな。」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。」
甘寧・・・・・・・・っ!!!!
にとって彼のその言葉はどんな刃よりも深く心に突き刺さった。
それはつまり『俺以外の男を見ろ』と言われたのに他ならない。
は彼が自分を女として見ていないことは承知していたが、
まさかこんな形でそれを持ち出されるとは夢にも思っていなかった。
は俯き、唇を強く噛んだ。
「呂蒙のおっさんも言ってたぜ、オメェみてぇな出来た女も珍しいってな!」
スッ・・・
彼女は俯いた顔を上げず、椅子から立ち上がった。
両の手には拳が握られている。
それが小刻みに震えているのを、彼女自身感じていた。
「クソ親父の遺志でもあんだ、オメェも周りに・・・・・・・・・・・。」
止めて・・・止めて!!止めて止めて止めて止めて!!!!!!
「!!」
は未だ話を続けようとする彼の口を両手で塞いだ。
甘寧の息が、ほんの一瞬止まったのが分かる。
「甘寧・・・私は・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。」
「・・・・・・・・・・・・・。」
ワタシハ・・・・・・・・・。
ワタシハ・・・・・・・・・・・・?
「戻るわ・・・・・・・・・・・・・・・・・・。自分の部屋に・・・・・・・・・・。」
ゆっくり彼の口元から両手を離してが言った。
彼女の唇の端から血が滲み、流れた。
余りに強く噛んでいた為に噛み切ってしまったのだった。
だが、その程度の痛みなど心の痛みの比ではない。
は甘寧に背を向け、そのまま彼から離れて行った。
甘寧はそれを引き止めることも追うこともせず、ただ見送る。
・・・・・・・、俺じゃオメェを幸せにはしてやれねぇ・・・・・・・・・・・・・。
彼女への愛情故の言葉、だがそれを彼女が理解出来るはずもなかった。
想いが悲鳴を上げているのは彼も同じだという事も、は知る由もない。
(甘寧編 すれ違う心-終-)
後書き
すみません・・・甘寧の登場率が低すぎですね。
話上仕方ないとこもあったんですが、
それにしても微妙。
未だに碁をやってるのか!?と言う話でしたが、
それは私の趣味でした(あははは!)
そして凌統編と同じくこれも続き物です。
タイトルは変えますけど続編って感じでしょうか。
でわ、毎度毎度ここまでお付き合い頂いている有り難いお客様方!
失礼致します!
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