その日のの目覚めは決していいとは言えなかった。
否、寧ろ眠ったのかさえも疑わしい程だ。
原因は無論、昨夜の甘寧との出来事だった。


しっかりなさい・・・!
これから軍議よ、皆の前にこのまま出るつもり!?


彼女は仕度を済ませて自室を出ると、心の内で自分自身に喝を入れた。
今朝の話し合いは今夜の奇襲攻撃についての最終確認でもある。
幸い、甘寧はこの戦には出陣しない為、顔を合わせる心配はなかった。
彼の今夜の持ち場はこの城の警護である。
本人は大いに不満だった様だが、
手薄になった城を攻め落とされては元も子もないと言う周瑜と呂蒙の説得により、
甘寧は渋々それに従う事となった。

「おはよう、!」

軍議の行われる部屋へと続く長い廊下を歩いているその途中、
尚香が背後から彼女に声を掛けてきた。
は足を止めて振り向き、尚香に笑顔を向けて答える。

「お早うございます、尚香様。」
「あーあ!今から退屈な話し合いが始まるのね。
ワタシ、正直あんまり好きじゃないの、軍議って。」
「フフ・・・尚香様らしいですね。」

と尚香は並んで歩き始めた。
尚香は溜息を吐き、そして再び口を開く。

「・・・・・・・本当は、『戦』のことについて考えるのがあまり好きじゃないのかもしれないわ・・・。」
「・・・・え?」
「どうすれば有利に戦いを進められるのか、どうすればより敵を多く倒せるのか・・・・、
裏をかくことが出来るのか・・・・・・・・・。つまりそう言うことでしょ?」

僅かに口元を歪めた尚香が、皮肉めいた口調で言った。
はほんの少しの間尚香を見つめる。

「そうですね・・・。」

彼女は短く肯定し、頷いた。

「だけど・・・父様や兄様達と一緒に戦うのは嫌いじゃないの・・・。こんなのってやっぱり、おかしいのかな?」

尚香は独り言の様にそう呟いた。
は首を軽く左右に振る。

「いいえ、・・・・その気持ちは、私にも何となく判ります。」

甘寧を想うにとって、戦場で感じる彼との一体感は何にも代え難いものだった。
だが、それと同時に血で汚れていく自分の手を思うと、
何とも言えない恐怖を感じるのだ。
その矛盾した2つの気持ち、
甘寧が知っている泥酔した彼女の漏らした本音がまさにそれだったのである。

の答えに、尚香は安堵したように微笑んだ。

「不思議だわ、アナタに話すとすごく救われた気分になるの。
気分も晴れ晴れしてくるんだもの。・・・・・・・・まるで・・・・・・・・・・。」

そこで尚香は言葉を切り、そしてそのまま1度口を閉じた。
は彼女を見つめて不思議そうに覗き込む。

「・・・?尚香様?どうされました?」
「・・・・・・・・・・・ううん・・・・何でもない・・・。」

答えた尚香が、俯いて言葉を濁す。
いつもハキハキとしている彼女らしからぬ反応だった。
尚も心配そうに覗きこむに、尚香が顔を上げて哀しく笑った。

「ごめんなさい。まるで・・・玄徳様と話をした時みたいだって・・・そう思っちゃって・・・。」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・尚香様・・・・・・・・・・。」

尚香の台詞と表情に、は胸を締め付けられるような痛みを覚えた。
劉玄徳、尚香の夫にして蜀の君主である。
彼と尚香は乱世が故にその仲を引き裂かれた。
だが、皮肉にも、乱世が故に2人が出会うことが出来たのだとも言えるのかもしれない。
例えそれが政略結婚であろうとも。

「あーあ!何だか暗い話になっちゃいそうだわ!さ、早く行きましょ、!」

尚香はを急かすように足を速めて彼女の腕を引っ張った。
そして、無理に笑顔を作る。
は尚香のそんな姿を目にしながら、心の内で彼女に語りかける。

・・・尚香様・・・・。
いつか・・・あなた方お2人が・・・幸せに暮らせる日が来ますように・・・・・・・・。
私は心から願っています。

今は敵国となった蜀の君主、劉備との幸せ。
軽々しく口に出来ることではなく、
そしてこれを口にしても今は逆に尚香にとっては辛いだけだろう。

「・・・・そうですね、尚香様。軍議に遅れては周瑜殿に叱られてしまいますし。」

も尚香に合わせ、足を速めた。
そうしながら、はふと考える。

互いを想い、愛し合っているにも関らず、離れ離れになった尚香。
そして報われぬ想いを抱えたまま甘寧の傍に居る自分。
どちらがより哀しい境遇にあるのだろうか、と。

が、すぐにそれが愚問だと気付いた。
尚香と自分を比べること自体間違っているのだ。
乱世と言う大きな波に飲み込まれてしまった尚香達と、
今の状況を自ら招き入れたとでは余りに違い過ぎる。


・・・・何より尚香様に失礼だわ・・・・。


そこで彼女はその事について考えを巡らせるのを止めた。
そして再び尚香と並んで会議室へと向かったのだった。




「では、皆万全の体制で今夜の戦に臨んでもらいたい。」

周瑜が椅子から立ち上がり、その場に居る将一人一人に確認するように言って軍議は終了した。
これから夜にかけて、兵たちは戦に向けての準備を完全に整える為に走り回らなくてはいけないだろう。

「ねぇ、前から聞いてみたかったんだけど・・・、その足首の鈴ってやっぱり甘寧に貰ったの?」

再びと並んで歩いて居る尚香がそう彼女に訊ねた。
はその問いに小さく頷く。

「・・・はい、もう随分昔ですが・・・・。」
「・・・・・・・・・・・・やっぱり・・・・・・。でもそれにしたってとても綺麗だわ、音色も、見た目も。」

尚香は言いながら、の足首へ視線を移動させた。



シャララ・・・シャララ・・・ン



彼女が歩く度聞こえるその澄んだ音色は、やはり耳を澄まさなければ聞こえない程小さなものだった。
だが、その鈴の音には何ら曇りがなく、そして銀色の小さな鈴はやはり美しい。
戦場で泥や土にまみれ、あるいは敵兵の返り血を浴びることも少なくはないはずだ。
にも関らず、彼女の足首で揺れている鈴は銀色に輝いている。
それはまるでの甘寧への想いに似ているようにも思われた。


「尚香、ここに居たのか。」
「権兄様!」
「孫権様。」

背後から声を掛けてきた孫権に、は1歩後ろに下がり、頭を下げる。
孫権はそれに応えるように軽く頷き、そして尚香に向き直った。

「尚香、捜したぞ!父上がお呼びだ。」
「父様が?何かしら・・・?
あ、、ごめんさない。ワタシちょっと行って来るわね!」

尚香はそう言葉を残し、孫権と共にその場を後にした。
は再び自室へと歩き出す。


シャラ・・・シャララン・・・


自らの足首から聴こえて来る儚い音色に耳を澄ませながら、
はまだ彼女が少女とも言えた遠い昔に思いを馳せた。




あれはが彼女の父親と共に錦帆賊の一員になって間もない頃の事だ。
『鈴甘寧』とまで言われている所以となった彼の腰の鈴がには何故かやけに気になっていた。
潮風を身体に受けながら、彼女はその鈴に手を伸ばして言った。

『ねぇ、甘寧。私もこの鈴が欲しいんだけど・・・、何処で手に入れたの?』
『んだぁ?急に。』

不意を着かれた様に甘寧は言い、彼女を見下ろす。
は無邪気に笑って続けた。

『だってすごく綺麗だわ。昼に見れば太陽、夜に見れば月。
それに鈴の鳴る音も聴いていてすごく勇気を貰えるみたいな気分になるの!』

特に敵対する海賊共相手に暴れまわる甘寧の腰で揺れる鈴の音色は、
周りの味方を鼓舞するがごとく響き渡るのだった。
いいでしょ?とねだる様な瞳を向ける彼女に、
甘寧は軽く首を左右に振って答える。

『こりゃオメェにはデカ過ぎるぜ!言っとくがな、見た目よりずっと重いんだよ、この鈴は。』

甘寧の言う通り、
彼の腰で揺れているその鈴は大振りでそして一般的な大きさの物よりかなりの重さがあった。
そして何よりあまりに女性向けではない。
は未練を残しつつも諦めの溜息を吐いた。

『仕方ないわよね・・・。』



そしてそれから2週間ほど経ったある日、彼女はいつものように見張り台に登り、
その美しい歌声をそこから海に向かって響き渡らせていた。
そこへ甘寧が現れ、下から彼女に怒鳴り声で言った。

『だぁぁ!!ったくオメェは何度言ったら分かんだ!?
この辺は警備が厳しくて面倒が多いんだよ!歌うんならもうちっと我慢しやがれ!』
『あら、だけど皆歌ってくれって言ってたわよ?文句があるのは甘寧だけじゃないの。』

はそう言いながらも、甘寧の言葉に従い見張り台から降りる。
甘寧はやれやれと言った表情でその様子を見ていた。
皆が文句を言わないのも仕方がなかった。
の歌声は余りに美しく、そしてやけに胸に染みる。
それ故、この辺りに時折現れる警備兵への警戒よりも、
彼女の歌声に聞き惚れる事に夢中になってしまうのだ。

そして、甘寧はその事をよく理解していた。
だからこそ頭である自らが、こうして彼女を叱り付ける役に回るしかないのだ。
いつもはどちらかと言うと逆の立場が多い彼ではあるのだが。

見張り台から降りてきた彼女は、眉間にしわを寄せていた。

『おぅ、!オメェにいいもんやっから機嫌直せよ。』
『・・・・・・・何?』

不思議そうに彼に問うに、甘寧はニヤリと口元を緩めた。
何故かえらく嬉しそうに見える。
甘寧は片手を高々と挙げ、そのままに何かを投げて寄こした。

『しっかり受け取りやがれ!海に落とすんじゃねぇぞ!』
『!?』

青空の中を銀色の光が弧を描く様に彼女の元へ飛んできた。
は咄嗟にそれを受け止める体勢を取る。


シャラン・・・ッ・・・!


『・・・・・・・・・・・え!?』

両手を開いて目にした物は、銀色に輝く美しい小さな鈴。
は驚いて甘寧へ目を向ける。

『甘寧・・・!これ・・・・!?』
『こないだ久しぶりに陸に上がった時に見つけたんだ、オメェにゃそれ位の大きさが丁度いいだろ!』
『・・・・・・・・・・・・・・・・・・くれるの・・・!?私に!?』
『おぅ!』

返事をした甘寧が、に笑顔を向ける。
は手の中にある小さな鈴をぎゅっと握り締めた。

『大切にするわ・・・・・!ずっとお守りにするから!!有り難う、甘寧!』
『へっ、ま、いいってこった。』




それから数年後、甘寧は錦帆賊の頭をやめて彼女達の、彼女の元から去って行った。
そしてはその時から今までずっと、
甘寧から贈られたその鈴を言葉どおり大切に扱ってきていたのだった。
鈴を手にしたあの頃は幼い少女の面影を残していた彼女も今はもう大人の女の面差しを宿してる。
だが変わっていないものもあった。
それは彼女の甘寧への『想い』だ。
否、寧ろ幼かったあの頃よりも気持ちは更に大きくなっている。



「今夜の戦も・・・頼むわよ・・・・・・・・・・・・。」



はそう独り言を漏らし、再び足早に歩を進めた。



(甘寧編 銀の鈴-終-)


後書き
すみません・・・・・・・!甘寧回想シーンにしか出てきてないし!
しかも無駄に長かったよーな・・・。
その上何だか劉尚要素大だったし(笑)
次回こそは甘寧まともに出ます!!
次は凌統編・・・こっちはちゃんと凌統とヒロイン枠バッチリに書けるといいな・・・。
でわでわ、今回もここまでお付き合い頂きまして誠に有り難うございます!
失礼致します!
(また深夜2時半です・・・眠い・・・。)


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