シャラン・・・・・・
闇夜の戦場に鈴が微かに鳴り響き、美しい蝶がひらひらと舞っている。
今、は持ち場である北門で奮戦していた。
勢力差は5分、敵対する曹魏との夜戦である。
「皆、耐えなさい!!!陸遜の指示が出るまで耐え抜くのよ!!!」
オオオオオオオオオ・・・・
自軍を鼓舞し、襲い掛かる敵兵をそのしなやかな脚で蹴散らす。
その度に彼女の太腿に画かれた蝶が、まるで生きているかの様な動きで姿を表した。
「火計の準備が整い次第実行に移します!皆さん、今しばらく耐え抜いて下さい。」
陸遜のその言葉を、伝令兵士が味方の将に速やかに伝える。
敵の勢いは弱まらず、此方もそれに負けてはいない。
だが、火計が成功すれば敵は動揺し、そしてその結果無論士気は下がる、
そこを一気に叩くと言うのが今回の策の1つだった。
やがて味方の陣から無数の火矢が空を飛び、魏の陣営へと雨のごとく降り注ぐのが見えた。
そしてそれと同時に進軍の合図が出される。
「・・・行くぞ・・・。」
「はい、周泰殿。」
同じ持ち場で戦っていた周泰が、言葉短かに彼女に声を掛けた。
は頷き、進軍を開始する。
敵陣営は見事に炎に包まれ、そして大方の予想通り敵兵達の動揺は大きかった。
策は成り、全ては上手く行っているかのように見えた。
だが、それも束の間、伝令兵士の口から思いもよらない情報が伝えられる。
「伝令!!!背後に敵増援部隊確認!!その数およそ5千!!!」
「!!!」
「・・・・・・・。」
一気に形勢逆転され、窮地に陥ったと言っても過言ではなかった。
その瞬間、周泰の冷静な眼差しに、鋭さが宿る。
「駆けるぞ・・・。」
「・・・・・・・・・・・・はい!」
増援部隊到着までに速やかに敵本陣を陥落させ、戦に決着をつける。
それが全軍に出された伝達だった。
だが、増援部隊接近中の情報はそれだけで敵を再び勢いづかせ、
逆に味方の兵達の動揺を誘うものとなった。
結果、苦戦を強いられた呉軍は止む無く軍を退くと言う選択に至る。
「これ以上は危険です!!全軍、撤退して下さい!」
苦々しい面持ちで陸遜はそう指示を出し、撤退の準備を早急に進めた。
、周泰の部隊も素早く兵を退く。
「逃がさんぞ!!!!!」
「っ!!」
炎を掻い潜り馬を駆けさせ兵と共に撤退を開始して間もなく、
彼女の後を追って1人の将が数人の兵を率いて斬り込んできた。
素早く剣をかわすも、馬が目前の炎に足を踏み入れ、それと同時に両の前脚を上げた。
は馬から飛び降りすぐさま腰の両刀を引き抜き構えを取る。
「貴様らをここでむざむざ逃しては、猛徳に申し訳が立たん!」
隻眼の将が真っ直ぐに彼女を見据えて言った。
周りを敵兵に囲まれながら、は彼らに気付かれない様ゴクリと唾を飲む。
魏の君主である曹操を字で呼ぶ隻眼の将。
・・・・・・・・・・・曹猛徳の従兄弟・・・夏侯惇・・・・・!!
軍師から武将に至るまで多くの精鋭で固められた魏の中で、
特に優れた猛将の1人に必ず上げられるであろう男だ。
の両刀を握る手にじんわりと汗が滲む。
シャラン・・・・・・・
足首の鈴の音が、まるで彼女を鼓舞するごとく大きく耳に鳴り響いた。
「女!!覚悟しろ!」
言葉と同時に四方を囲んでいた兵たち共々夏侯惇がに向かって斬りかかる。
「様!!」
だが、駆けつけた護衛兵によってそれは跳ね除けられ、彼女は夏侯惇と一対一で対峙することとなった。
お互い剣を構えてじりじりと間合いを詰める。
不意に夏侯惇が口を開いた。
「・・・ほぉ、女、お前そこそこやるようだな。・・・名を聞いてやろう。」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・。」
「・・・!貴様でこの刀の切れ味、試させてもらうぞ!!」
「望むところです!!」
キンッ・・・ガッ・・・・
ギンッ
刀を合わせる度に感じる鋭さに、火花さえ散っていそうな感覚を覚える。
両刀に感じるその重みは、
今まで彼女が相手にしてきた兵達とは余りに格が違いすぎた。
一瞬の隙さえ命取りになるであろうその気迫。
ゴッ・・・・ギンッッ・・・・
「クッ・・・・・・!」
かわす剣の威力に押され、次第に彼女は背後に炎が燃え立つ場へと追いやられる。
後2、3歩でも後ろへ下がれば、間違いなく彼女の身体に火が燃え移るだろう。
は夏侯惇の頭上から背後へ回り込む為に、地面を思い切り蹴り上げて空を飛んだ。
一瞬夏侯惇は虚を突かれた表情を見せたが、素早く彼女へ斬りかかる。
ザシュッ・・・!
シャッ・・・ラッン・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
「っ!!」
脚に衝撃を感じ、それと同時に燃える様な熱さと鋭い痛みが走る。
夏侯惇の刀は鮮血で濡れ、それを飛び散らせる様に空を切った。
その瞬間に聞こえた鈴の音には、いつもの涼やかで儚げな音色はなかった。
着地をしてすぐに次の攻撃に備え体制を立て直しただが、
思った以上の傷の深さに顔を苦しげに歪める。
・・・・・・っっ・・!!!鈴が・・・・!!??
気付けば足首に鈴は無く、
ふくらはぎから足首にかけての刀傷が口を開けていた。
隙を突いた夏侯惇の得物が再びに襲い掛かる。
ジャキ・・ン・・・・・・ッ!!
突如風のごとく一頭の馬が2人の間をすり抜けるようにして現れ、
馬上の人物が夏侯惇の刃を勢い良く弾き返した。
「・・・、退け・・・・・。」
「・・・・・・・周泰殿・・・!!」
「新手か、フンいいだろう!どちらにせよ、貴様らは逃がさんぞ!!」
言いざま、夏候惇の得物が唸りを上げ周泰へ斬り込んでいく。
周泰は素早くそれに応じた。
「殿!!御免!」
「っ!?」
唐突には背後から抱きかかえられるように馬に乗せられる。
そして声を上げる暇なく馬はその場から駆け始めた。
驚いて振り向くと、彼女をあの場から連れ去った韓当が前方を見据えたまま口を開いた。
「その足では周泰殿の足手まといになるのみ、ここは退くことを優先させて貰いましたぞ。」
「・・・・・・・・・・・・・・・はい、申し訳ありません。韓当殿。」
は悔しさに身を震わせ、唇を噛み締めた。
その後、全軍撤退を速やかに行い、魏の増援部隊からの追撃を逃れた呉軍だったが、
その敗退ともいえる結果に軍内には動揺が走っていた。
は傷の手当てを受け自室で休んでいたが、
頭の中は夏候惇との戦いと、その戦いの最中に無くしてしまった鈴の事で一杯だった。
周りの者に止められなければ、
すぐにでもあの場へ戻って鈴を探し出そうとまで考えた程彼女は冷静さを欠いていた。
「、気持ちは分かるけど・・・・あそこへ戻るのはもう無理よ・・・。
それに今はその脚を治すことを第一に考えなくちゃ。」
寝台の上のを心配そうな表情で見下ろし、尚香は言った。
だが、は思い詰めた様な顔つきを崩さない。
尚香は彼女がここまで心の内の動揺を表に出すのを初めて目にした。
「・・・・尚香様・・・・。」
「・・・・・・・・・・・・それから、さっきから甘寧がアナタに会わせろって騒いでるけど、
入れてもいいかな・・・?って言うより、これ以上止めるのは無理みたい・・・。」
「・・・・・・・・・甘寧が・・・・・・・・・・・。」
胸がズキリと痛む音がした。
夏候惇との戦いで負った脚の傷は今も熱を持ち傷の芯から疼く痛みがある、
だが、その胸の痛みはそんな物とは全く比較にならない重みがあった。
「アナタの室の周りで騒がれたらいけないからって、女官達が足止めしてるの。
ちょっと行ってくるから待ってて、。」
は返事の代わりにただ小さく頷いた。
尚香は立ち上がり、部屋の扉の前まで行くと足を止めた。
「、早くよくなってね、二喬も皆もすごく心配してるわ。」
そう言い残して彼女は扉をゆっくりと閉めた。
その足音が離れていくのを耳にしながらは包帯の巻いてある足首に目を落とし、
そこに確かにあったはずの銀色の鈴の幻を見ていた。
シャラ・・・・ン・・・・・・・・・・・・・・・・
あの炎の中、鈴が啼いている様に彼女には思えた。
(甘寧編 鈴の音遠く-終-)
後書き
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・甘寧が・・・!!甘寧が出てないし!!
この連載久々の更新なのに申し訳ありません、
私の後書き次回予告はもう全くあてにして下さらない方が・・・。
いや、もう次回予告なんぞしません。
したら大抵全く違う方へ話が転がりますから。
今回前振り長すぎでしたしね・・・。
凌統編では張遼だったので夏候惇にしてみたんですが、
実は淵も書いてみたかったりしました(笑)
・・・・・・・とにかく今回は申し訳ありませんでした、
心からお詫びしつつも失礼致します。
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