「公積、私、近く父のお墓参りに行こうと思ってるんだけど。」
「へぇ、そりゃいいね。勿論俺も一緒だろ?」
隣で横になっているの髪に自分の指を絡めて弄びながら凌統は言った。
彼女は身体を僅か起こして彼を見る。
「・・・孫権様がお許しになるかしら・・・?あんたはあの方にとても信頼されてるわ、
あの周泰殿と並ぶほどにね。戦続きの今は一時でもあんたを離したくはない筈よ。」
「そりゃつまり俺に来るなって言ってんのかい?。」
は首を軽く左右に振り、自分の髪に触れている彼の手に自分の手を重ねた。
「そんな訳ない事位分かってるでしょう?私だって出来ることなら一緒に来て欲しい。
だけど・・・・・・・・・・・・公積の体は、私だけのものじゃないわ・・・。」
彼女の言葉に凌統は唇の端を薄く上げて笑う。
「・・・・・・・・違うね・・・・・・・・。俺はあんただけのもんだ・・・、そして勿論あんたも・・・・・・・。」
言って、凌統は空いている片手で既に何も身に付けていない彼女の細い腰を抱き寄せる。
そして唇を触れ合わせる僅かな距離で囁いた。
「俺のもんだ・・・・、そうだろ?。」
彼女が声を発するより早く彼はそのまま唇を合わせた。
深い口付けを交わしながら、は彼と初めて一夜を共にした日を思い出す。
『その傷はあんただけのもんじゃないぜ、
例え俺の身体に付いているものじゃなくても、それは俺のものでもある。
それを胸にしっかり留めといちゃくれませんかね?』
薄暗闇の中でも中々凌統にその身体を預けようとしなかったに彼が言ったその台詞は、
深く彼女の心に沁みた。
凌統は彼女が張遼との戦いで負った傷の痕を彼に見せまいとしている事を知っていたのだ。
は思わず潤みそうになる瞳を彼に向け、笑顔で言った。
『公積、あんたはやっぱり、私が惚れた男だわ・・・・・・・・。』
『当然。俺もあんたも、相手を見る目は間違っちゃいない。そうだろ?。』
その時も彼は今と同じようにそう言って笑った。
がその後すぐに自ら彼へ身体を預けたのは言うまでもない。
「もうお帰りかい?歌姫さん。朝まで一緒に居てくれると期待してた俺はどうすりゃいいんだ?」
「・・・・・知ってるくせによく言うわ、明日は朝いちで軍議。
寝ぼけた頭で出る訳に行かないでしょう、お互いに。」
寝台から離れ、衣服を拾い上げると彼女はそれを手際よく身に着けていく。
凌統は寝台にうつ伏せになって寝転がったまま、片手だけをぶらりと下ろしていた。
「へぇ、朝っぱらから寝惚けちまうような事俺がするとでもお思いですか?」
「フフ・・・よく自分の事が分かってるじゃないの。でも残念ね、ちょっと違うわ。」
紅い唇に妖しい笑みを浮かべてが答えた。
凌統が視線だけを彼女に向け、返事を待つ。
「私の方が我慢できないかもしれないから戻るのよ。」
綺麗に着付けた服を更に整えながらが言った。
凌統がニヤリと笑って返しながら口を開く。
「相変わらずズルイね、あんた。今の一言で俺はたった一人で眠れないこと決定だ。」
「そう?じゃあ、お休みなさい、公積。」
仄かな蝋燭の灯りに照らされた彼女の太腿の蝶が、
ひらひらと美しい舞を見せて彼の傍から離れていく。
それと同時に聞こえるあの銀色の鈴の音は、今もまだ彼女と共にあった。
「・・・・・・・。」
「何?」
「明日、孫権様にかけあってみる、それから殿にもな。」
扉を閉める寸前に声を掛けられたが、その隙間から彼を見つめる。
「・・・有り難う、いい返事待ってるわ。」
「いい返事しか聞かせるつもりはないってね、・・・・・・・・・おやすみ。」
「ええ、おやすみなさい。」
扉が完全に閉まるその時まで、凌統は彼女を見送った。
そして身体をゴロンと反転させ、天井を見つめる。
「・・・・・・・分かんないもんだ・・・・女って奴は・・・・・・・・。」
独り言を口にし、両手を前に突き出してそれを握る。
完全に捕まえたい訳じゃない・・・、けど、手の中に居るのか居ないのか・・・・。
いつまで俺を惑わせる気かね・・・、あの蝶は・・・・・・。
それから数週間後、彼らは少々長めの船旅を終え、
の父親の墓のある岬に立っていた。
彼女の思っていた通り凌統の申し出に難色を示した孫権だったが、
結局は彼の粘り強い説得によりそれを承諾するに至った。
「ここからの眺めは最高!それに見て、公積、空に手が届きそうじゃない!」
いつになくはしゃいだ声ではそう言い、笑顔を見せた。
その表情は雪の積もったあの朝の少女の様な彼女を思い出させる。
は岬の端まで駆け上がった。
「やれやれ、あんまり走り回ってこけたりすんなよ、危ないぜ。」
「フフ・・・・大丈夫よ。」
軽やかな足取りのままは答えた。
真っ青な空に黄金色の太陽が輝き、彼女を照らしている。
いつもは妖艶な姿の彼女が、今はやはり少女の様にしか見えなかった。
凌統はそんなをほんの少し目を細めて眩しそうに見つめた。
「久し振り、父さん。」
父親の墓の前で彼女は言い、持ってきた酒を片手で軽く持ち上げた。
「ほら、甘寧の奴から父さんに。」
「・・・その酒、あの恐ろしく強いヤツかい?あんたの父親もざるだったって本当なんだな。」
「それは若い頃の話よ、年取ってからは酔っ払ってよく甘寧に絡んでたわ。」
は苦笑しながら酒の蓋を開け、それを墓碑の上からゆっくりとかけた。
その途端、酒独特の匂いが周りの空気を取り囲む。
「すげぇ匂い・・・。俺には飲めないね。」
「父も一発で撃沈でしょうね、甘寧は分かっててこれを選んだのよ。」
「あいつこないだこれを飲んでたぜ。俺に碁の勝負で負けた後。」
それを聞いて、は声を上げて楽しそうに笑った。
その後も2人は他愛もない話をの父の墓の前でまるで彼に話して聞かせるように語った。
やがて夕刻だと言って良いほどの時刻になると、2人はその場を後にすることにした。
「じゃあ、父さん、最後にいつものヤツを歌ってあげるから。」
はそう言ってゆっくり息を吸い込んだ。
やがてその唇から透き通るような美しい歌声が発せられる。
彼女の歌が空気を震わせ、空へ空へと溶けていく。
凌統はただ黙ってその歌声に耳を傾けていた。
「・・・・・なぁ、前々から思ってたんだが、何でかその歌・・・・
甘寧の奴を思い出させんだけど、俺の気のせいかい・・・?」
彼女が歌い終えると、凌統は空を見上げながら口を開いた。
その台詞には肩をすくめて苦笑する。
「ええ、父が大好きだった歌・・・『海の民』は甘寧を思い出させるって言ってたから・・・。」
「へぇ・・・・・・・・。」
凌統は短く返事をし、複雑な表情を浮かべる。
仕方ないのだと割り切って居るつもりではいても、
ここに来て始終甘寧の名が出てくる事に少なからず引っ掛かりを覚えてしまう。
・・・やれやれ・・・俺もまだまだガキだね・・・・・・。
「・・・公積?そろそろ戻りましょう。」
「ん?ああ・・・。」
が先に立って歩き出し、凌統は彼女の父親の墓碑にチラリと目を向けた。
そして彼女に聞こえない様に一言、口にする。
「貴方の息子、近い将来出来の良いのが1人増えますよ。」
彼は口元に軽く笑みを浮かべるとの元へ向かった。
がそんな彼を見て不思議そうに訊ねる。
「公積、何を言ってたの?」
「ん?馬鹿な息子が居て大変ですねってとこかね。」
は思わず吹き出してしまいそうになりながら答えた。
「本当に、よく言うわ。」
そこで2人並んで歩き出したところで、今度はが突然に足を止める。
「ちょっと待ってて、大切な事忘れてた。すぐ戻るから。」
「はいはい、急がなくてもちゃんと待ってますよ。」
は父の墓碑まで戻ると、その場で身体を折り曲げて屈みこんだ。
彼女は細い足首にある銀色の鈴に手を伸ばし、それを外して両手で包み込むように軽く触れた。
「父さん・・・・・・今までこの鈴は・・・・・鈴甘寧のこの鈴は・・・私の支えだった・・・。」
フッと唇に柔らかな微笑を浮かべ、彼女は鈴に口付けた。
「だけど今の私にはもう・・・。
だから父さんが持っていて、・・・・頼んだわよ・・・・?」
シャララン・・・
彼女の手の中の鈴がそれに答えるがごとく、そしてまた別れを惜しむがごとく小さく鳴った。
はそれをそっと墓碑に供える。
そしてそのまま背を向け彼女は凌統の元へと戻った。
離れた場所から見ていた凌統が、赤い夕日に目を向けて言った。
「・・・良かったのかい?本当に置いて来ちまって・・・。」
「ええ。」
短く、だがハッキリと彼女は肯定した。
凌統と同じく夕日に視線を移して彼に寄り添う。
そして赤く燃える夕日を背に2人は再び歩き出す。
二人の影が長く伸び、それはまるで1つになったかのように見えた。
墓碑に供えられた銀色の鈴が、夕日を浴びて赤さを帯びた光を放っている。
その光が2人の未来を祝福するごとく、水平線の彼方を指し示していた。
(凌統編 真紅の想い -完結-)
後書き
良かった・・・書き上げられました。
ディスク壊れて一時はどうなるかと・・・、別に保存しといて良かった・・・・・。
それはさて置き・・・ちょっと凌統編の番外編で甘寧夢書きたかったりしてます。
本当はそのエピソードも入れたかったけど、
これ以上はさすがに長すぎるってことで断念致しました。
しかしやっと凌統編完結しましたね・・・。
凌統編だけだと8話位しかないんだろうけど、
長かった気がします・・・。
ここまで読んで下さったお客様方には心より感謝しております!
有り難うございました!!失礼致します。
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