「よぉ、こんな所で1人でお月見かい?」
「・・・凌統・・・あんたこそ・・・。」
明日の戦に備えての夜営中、彼女は陣を離れて一人、夜空を眺めていた。
今日の夜空は星たちが陰を潜め、月明かりだけが地上を照らしているように見える。
「こう言う日の月って・・・海も陸も一緒ね・・・。綺麗なものは・・・どこで見ても綺麗ってことか・・・。」
彼女はまるで独り言のようにそう呟いた。
そして微かに目を細めて空を仰ぎ見る。
「へぇ、こりゃ驚いた、あんたでもそんな女らしい風情を持ち合わせてた訳だ。」
からかうような凌統の皮肉に、は視線を空から彼の方へと移す。
「凌統、それはどう言う意味よ?」
「さぁて、どう言う意味だろうねぇ。」
彼女は軽く凌統の顔を睨みつけ、そしてまた空を見上げた。
夜空を、月を。
この呉に彼女が身を寄せ始めてもう1週間以上が過ぎた。
その間に彼女は驚くほど早く孫家の者たちの信頼を得、
そして仲間たちに打ち解けていた。
甘寧のことがあったからにしろ、それだけではない、
人々を惹きつける何かが彼女にはあった。
だが、ここにきて彼女には未だ全く理解できない者が1人居た。
それが今彼女の隣に居る凌統だ。
頼りになる仲間には違いないが、捕らえ所のないひょうひょうとしたその性格。
彼はよくこうして彼女の傍に現れては、皮肉めいた冗談を言ってからかった。
「・・・やっぱりあんたは変な男だわ。」
「そりゃお互い様ってヤツだろ。」
の言葉に凌統はそう答え、そして彼も彼女と同じように月を見上げた。
凌統自身、何故自分がこんなに彼女の事を気にしているのか分からなかった。
ただ初めて戦場で顔を合わしたあの日から、彼の中で何かが動いたのは確かだった。
彼女の持っている空気は甘寧のモノとどこか似ている。
凌統がの気配を甘寧と間違えたのも、その為だった。
「・・・ねぇ凌統、あんたと甘寧は・・・どういういきさつで仲良くなったの?」
「・・・・・やれやれ、参ったね、『仲良く』と来ましたか。」
「他の言い方をした方が良かった?でももっとクサイ言葉になると思うわよ。」
「それは勘弁して欲しいね、甘寧のヤツ相手にこれ以上クサイ言葉なんか聞きたくない。」
は再び月から凌統へと視線を移した。
「・・・話したくないなら聞かないわよ。・・・はぐらかそうとしてるみたいだし。」
「話してもいいが、あんまり愉快な話でもないんでね。」
凌統の瞳に何とも言えない複雑な光が宿る。
はそんな彼の横顔をじっと見つめた。
「・・・・何があったの?」
彼女は自分でも知らず知らずの内に、そう言って彼を促した。
凌統はほんの数秒間目を閉じ、やがて目を開けてすぐに口を開いた。
「甘寧はもともと敵軍・・・黄祖の下に居たってのは・・・あんたも知ってるよな?」
「・・・・ええ。」
「甘寧と初めて会ったのはその黄祖との戦いの時だ・・・。
あいつが・・・その戦で俺の親父を討ち取った・・・。」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。」
抑揚の無い声でそう言った凌統は、月を見上げたまま静かに先を続けた。
「俺はアイツが憎くて堪らなかった・・・、この俺が・・・必ず仇を討ってやろうとまで考えた・・・。
なのにうちの殿、こともあろうにあの甘寧を味方に引き入れちまったんだ・・・。
さすがにあんときゃ俺も荒れたね・・・。」
はそこで敢えて口を挟まず、ただ小さく頷いた。
瞳にほのかな陰りを見せた凌統が更に話を続ける。
「ま、実際俺はマジで何度かアイツを殺っちまおうとしたこともある・・・。
失敗したのは言うまでも無いだろ・・・・。
で、そうこうしてる間にも、嫌でも甘寧のヤツと同じ場所で戦う戦も増えてきて・・・、
もっと面白くねぇことに甘寧のヤツに助けらることも少なくなくなった・・・・。」
遠くを見つめる凌統の脳裏に甘寧と共に戦ってきた数々の戦が浮かんでは消える。
『敵は斬る!仲間は護る!単純なんだよ、喧嘩ってのは・・・!』
甘寧は凌統の父、凌操を討ち取った事を詫びる気はないと言った後、
彼にそう言った。
「・・・なんつーか・・・そうやって同じ場所で戦ってたら、
こだわってばっかの自分が馬鹿らしくなってさ・・・。」
はそこで少しだけ微笑んで、彼が言うであろうはずの言葉を口にする。
「気付いたら甘寧の背中を護ってた?」
「・・・ま、一応そうゆうとこ。」
彼が話し終えた丁度その時、風が彼ら2人の間をサァッと吹きぬけた。
そしてその瞬間にの髪がフワリと空へ舞い上がる。
「・・・・風が・・・強くなってきたわね・・・。」
彼女は舞い上がる髪の毛を両手で押さえながら小さな声で呟いた。
月明かりの下でそうしている彼女は今まで見たどんな女よりも美しく見える。
凌統はふとそんな風に考えた自分に軽く頭を振った。
・・・ったく、どうかしてる・・・・。
彼は心の内でそれを打ち消した。
今自分が彼女に打ち明けた話の内容さえ自分でも信じられない。
いくら彼女が訊きたがったとは言え、
ここまで深い話を語ることになるとは思ってもいなかった。
いつもの皮肉めいた冗談で誤魔化そうと思えばそうできなかったこともないはずだ。
「凌統?」
黙り込んでしまった彼を気遣うようにが声を掛けた。
「・・・そろそろ帰るとしましょうか?お姫様。明日も早い。」
彼は何事も無かったかのように彼女に言った。
は小さく頷き、そして凌統と並ぶようにして歩き出した。
「今日は有り難う・・・。」
「・・・何の礼だい?そりゃ。」
歩きながら口を開いたの言葉に、凌統は欠伸をして訊ねた。
もうとっくに深夜と言っていい時間だ。
「さっきの話・・・『話したくないなら訊かない』なんて言ったけど、
結局先を続けさせたのは私だったわよね。ごめんなさい・・・。」
彼女は月夜に青白く照らし出された小道を見つめつつ、
凌統に言った。
そしてその視線をゆっくり彼に移す。
「でも嬉しかったわ・・・。そんな話、信頼した仲間じゃなきゃ話せないことよね?」
心から嬉しそうに彼女は言い、そして微笑んだ。
凌統は口の端を薄く上げて笑う。
「別に、隠しておく事でもないしね。俺の周りに居る奴なら誰でも知ってる。」
「そうでしょうね、でもやっぱりお礼を言っておこうと思ったの。」
「・・・・・・・・・・変な女。」
「変な男・・・・・・・。」
そして2人はそこでまた顔を見合わせて笑い合った。
やがて味方の陣が見える場所まで戻ってきた所で、
が再び凌統に礼を述べた。
「後もう1つあったわ、付き合ってくれて有り難う。
心配して迎えに来てくれたんでしょう?」
「さぁて、俺はそこまでフェミニストじゃないんでね。」
それを聞いたは溜息を吐くと、小さな声で素直じゃないんだからと呟いた。
「まぁいいわ、今度お礼をさせてよ。お酒でも奢りましょうか?」
「大げさすぎるっつの、たかだかこれしきのことで。」
「何よ、やっぱり迎えに来てくれたんじゃない。」
「・・・・・・・・・・・・。」
そこで凌統は少しバツの悪そうな顔をした。
は思わず吹き出してそれを笑う。
「・・・礼をしてくれるってんなら、今から済むお手軽なのでいい。」
笑ったままのを見下ろすようにして凌統が言った。
は顔を上げて凌統を不思議そうに見つめた。
「お手軽?」
彼女が聞き返したその直後、月明かりが何かに遮られる。
彼、凌統の身体に。
「・・・!?」
気付いた時には彼女の方へ屈みこんできた凌統に唇を塞がれていた。
触れるだけの軽い口付け。
彼の唇はやけに冷たかった。
「凌統・・・・。」
半ば呆然としたようには彼の名を口にする。
凌統はニヤリと口元を薄く上げた。
「お月さんの気まぐれが、どうやら俺にもうつったらしい。」
月の満ち欠けにひっかけたようにそう言って、彼は再び歩き始めた。
は彼に何か言ってやろうと口を開きかけたが、すぐに止めた。
そして凌統に文句を言う代わりに夜空の月を見上げる。
満月は人の心を惑わせる。
そんな事を考え、彼女は先を行く凌統の背中を見つめた。
(凌統編 月光-終-)
後書き
途中眠くて何を書いたのか覚えてませんでした。
仕事後にパソコンいじるからいつも深夜になってしまうんですよね・・・。
しかし何か偽物くさい凌統になってしまいました。
精進が足りんわ。
でわ、ここまでこの作品を読んで頂いたお客様、誠に有り難うございます。
失礼致します。
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