歓迎の宴で飲みすぎてしまったは、1人会場を抜け出し湖の周りを散歩中だった。
ふと足を止めて湖面に目を移せば、金色の月が映り込んでいる。
水面が揺れ、キラキラと輝いたように見える月はとても美しい。
彼女はそれを見て鈴の様だと思った。
そして湖面に映ったその鈴のような月は、
どんなに手を伸ばしても決して手にすることが出来ない事実に気付き、
彼女は思わず悲しげに口元を緩めた。
まさに彼女にとっての甘寧のようだと思ったからだ。

「・・・・・・・・・・・・・。」

彼女は湖の岸に身を屈め、そして湖面に身体を傾けて手を伸ばした。

!!!」
「!?」

突然背後から名を呼ばれ、肩を掴まれたかと思うと彼女の身体は強引に岸へ引き戻された。
はほんの少し眉間にしわをよせ、声の主を見た。

「・・・甘寧、何?」
「危ねぇだろうがよ!何やってやがんだ!?」

甘寧は掴んだままの彼女の肩を放さずに怒鳴った。
は少し驚いたような表情になり、そしてクスリと小さく笑う。

「勘違いしないで、月を見てたのよ。」
「・・・んだぁ!?月ぃ!?オメェ、酔ってんのか?」
「失礼ね、酔ってなんかいないわよ。」

彼女はそう言って甘寧を睨みつけたが、実際はいつもより早く酔いが回っていた。
だが世間の酔っ払いがだいたいにおいてそれを否定する様に、
彼女も自分が酔っていることを認める気にはなれなかったのだ。

「・・・湖に映ってる方の月を見ていたの・・・。」

彼女はそう言って湖面を指差した。

「あの月、何だかあんたの腰の鈴みたいじゃない?」

つい先程思った事をそのまま彼女は口にした。
甘寧がが指差した先にある湖面の月に目をやる。

「ヘッ、粋な事言ってくれるじゃねぇか。
言われてみりゃ見えねぇこともねぇぜ。」

は甘寧の答えに微笑みながら、内心は複雑でもあった。
彼女が湖面の月を甘寧の鈴と例えた本当の意味に、
彼は絶対に気付かないだろうと思ったからだ。

「んなことよりオメェ、主役のくせに勝手に会場抜け出してんじゃねぇよ。」
「あら、もう充分お役目は果たしたはずよ。だいたいもう皆好き勝手に飲んでたじゃないの。
黄蓋殿なんかすごい勢いでお酒かっくらっていたし。」

彼女の言う通りだった。
確かに今日の宴は彼女の為にと君主、孫堅が開いた歓迎の宴ではあったのだが、
宴も後半に入るともうそれは単なる口実にしか過ぎないような状態になっていた。
酒好きの者達が飲むこと、騒ぐことに集中するからだ。

「それに甘寧、あんただって飲み比べなんかしてたくせに。」
「おうよ!!派手に飲んで騒ぎまくる!これが宴の基本だぜ!!!」

甘寧はさも楽しそうに言った。
あまりに昔と変わらなさ過ぎる甘寧の言葉には思わず吹き出しそうになる。

「それで?勝ったの?」
「当ったり前だぜ!この俺様に、戦と酒で勝てるヤローなんかいねぇんだよ!」
「よく言うわ。」

呆れ声でそういいつつも、は甘寧に笑顔を向ける。
そこで彼女はふと甘寧の腰の鈴に目を向けた。
彼の腰の大きな金色の鈴に混じってたった一つ、
大きさの違う鈴が並んでいる。

「・・・甘寧・・・その鈴・・・。」
「あ?ああ、折角オメェんとこのクソ親父が俺に遺してくれたんだ、
つけてやろうと思ってよ。」

は手を伸ばしてその鈴に軽く触れた。


コロコロ・・・ン・・・


鈴が小さく哀しげに鳴る。

「有り難う、父もきっと喜んでるわ。あんたを実の息子みたいに思ってたものね。」

は口元をほんの少しだけ緩めて笑い、目を細めた。

「いつか墓参りにでも行ってやるぜ。あのクソ親父の好きだった酒を持ってなぁ!」
「そうね、その時は私も一緒に行くわ。」

父さんは私たちを兄弟のように思っていたし、と続けるはずの言葉をは敢えて止めた。
その言葉に甘寧が面と向かって肯定した時の自分を思うとやりきれない気持ちになるからだ。

「酔いは醒めたようじゃねぇか、そろそろ戻ろうぜ。」
「・・・先に戻ってて・・・私はもう少しここに居るから・・・。」

彼女はそう言って再び風で揺れる水面に目を移した。
甘寧は少しの間そんな彼女を見下ろして居たが、
やがて彼女の隣に並ぶように腰を下ろした。

「・・・甘寧?」
「・・・ったく、こんなとこでぼけぇ〜っとして何が楽しいのか知らねぇが、
ま、少しの間俺も付き合ってやるよ。」
「甘寧・・・あんた・・・・。」

彼女は少し驚いて甘寧を見る。

「・・・有り難う・・・。」
「・・・・・・・・・。」


こうして2人は暫くの間黙って湖面の月を眺めていた。
甘寧がこうまで長い間口を開かないで居る事はかなり珍しい。
だがは何故かそれが嬉しくもあった。
自分の為にそんな時間を共有してくれた甘寧に、
心から感謝していた。

「よっしゃあ!そろそろオメェの気も済んだだろう?帰るぜ!」
「・・・・・・ええ、・・・・・・・でもその前に1つお願いがあるのよ、甘寧。」
「あ?んだぁ?」



「口付けを頂戴・・・・・・・・・・。」




「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。」





の突然の『願い』に甘寧が一瞬にして固まる。
彼女の瞳は真剣そのものだった。


「おい、、オメェ・・・まだ酔っ払ってやがんのか?」
「・・・・・・・・そう思う?」
「そうとしか思えねぇだろうが。」
「・・・・・・・・・・・・・・・・分かった。」

彼女は一言そう言って立ち上がった。
甘寧も小さく溜息を吐いて立ち上がる。
彼が立ち上がった所でが再び口を開いた。

「じゃあ、私からさせて。」
「!?」

は言葉と同時にその紅い唇を甘寧の唇に重ねた。
軽く背伸びをした彼女が白く細い腕を甘寧の裸の上半身に絡ませる。
彼女の身体からはひどく甘く、そしてとても懐かしい香りがした。
一瞬、その香りにそのままのめり込んでしまいそうになり、
甘寧は彼女の肩を軽く力を入れて掴み、引き離した。


「おい!!!」
「・・・・・・・・・・・帰りましょうか?」


肩を掴まれたままの彼女が即座に言った。
その瞳にはあまり覇気がない。

「・・・チッやっぱ酔ってやがんのかよ。」

甘寧は呟き、彼女から手を放す。
は少し微笑むようにして甘寧を見ると、先に立って歩き出した。


・・・きっと今は何を言っても信じてくれないわね・・・。
酔った勢い位にしか見てくれないわ・・・。


彼女は後ろからぶつくさ言いながらついて来る甘寧を横目で見ながら思った。

・・・ねぇ甘寧、いつになったら気付いてくれるの?
いつになったら訊いてくれるの?
私の足首の鈴、私が呉に来た理由・・・。


シャラン・・・


の足首に付いている銀色の鈴は、
彼女が歩くたびに儚げに小さな音色を響かせる。
それは耳を澄まさなければ聞こえないほどの小さな音。




湖面に映っている大きな満月は、相変わらず美しくキラキラと水面を金色に染めていた。




(甘寧編 湖面の月-終-)



後書き
眠っ!!!またしても只今深夜3時。
でもどうしても甘寧ドリ完成させたくて起きてました。
凌統の『月光』甘寧の『湖面の月』、
それぞれ同じ『月』を基盤に書いてみましたが、いかがでしたでしょうか?
ここまで読んで下さったお客様、お付き合い有り難うございました。
でわ、失礼致します。



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