その日は朝から体調が悪く、頭がやけに重かった。
それでも彼女はそれを押して、今、戦地に立って居る。

さん、お顔の色が優れませんが・・・。」

そんな彼女を気にかけて声を掛けてくれたのは、孫策の妻である大喬だった。
大喬は元々争いごとの嫌いなどちらかと言えばしとやかなタイプの娘ではあったが、
夫である孫策を手助けするためにこうして度々戦に加わっている。

「・・・大喬様・・・、大丈夫です。この程度でこの場に穴を空ける訳にはいきませんから。」
「そうですか?でも、無理はしないで下さいね。」

大喬は心配そうにの顔を見つめて言った。
は頷き、笑顔で応える。

「私は大丈夫ですから、大喬様は孫策様の陣へ。」
「はい!でわ、失礼します!」

大喬はの笑顔に安心したのか、そう言ってその場を後にした。
は大喬の背中を見送り、大きく深呼吸をして自らを奮い立たせる。
彼女の隣に居た護衛兵の1人が口を開く。

様、ご無理は不要です。もしも時は私たちがお守り致します。」
「ええ、有り難う。」

その時、東の空に狼煙が上がるのが見えた。
進軍の合図だ。
彼女は1歩前に出ると、兵たちに向かって大声で叫ぶ。

「敵補給拠点を目指す!!みんな、行くわよ!!!」

オオオオーーー・・・

兵たちが彼女の合図と共に動き出す。
やがて進軍したその先に、何百と言う敵兵達が現れた。
彼女はそのど真ん中を駆け抜け、次々と襲い掛かってくる兵士達をなぎ倒す。
だが、その動きにいつもの様なキレはなかった。

「くっ・・・!!」

二刀の剣で敵をさばきながらも、彼女らしくないほどに苦戦する。
護衛兵達が彼女の周りを守るようにして囲んだ。

様!!」
「私のことはいい!皆、拠点兵長を狙いなさい!!」

彼女はそう言って叫び、護衛兵達に指示した。
その間も剣で敵を切りつけ続ける。
護衛兵達は頷き、補給拠点の中心に向かって走って行く。


ガキッィ・・・


「・・・っ!?」

突然、彼女は剣に重い手応えを感じた。
敵の将が切り込んできたのだ。
他の兵とは違い、簡単にさばける相手では無いようだった。
それでもいつもの彼女であればこの程度の力量の将ならあしらうのは造作のないことだっただろう、
だが今回はそうも行かず、彼女は思わず唇を噛み締めた。

「クッ・・・・・・!!!」
「その命、頂くぞ!!!」

キンッキンッと言う刀同士が何度もぶつかり合う鋭い金属音が鳴り響く。
その度に彼女は眉間のしわを深めていた。
大粒の汗が額に浮かび、流れていく。

ガキィィ・・・ンッ・・・

「!!??」

の剣が弾かれ、彼女は一瞬体制を崩す。


・・・しまった・・・!!!!


彼女がそう思ったその時、彼女と敵将の間に一陣の風が走った。

「おっと、危ない危ない。」
「!?凌統!!??」

彼女を背にして風の様に現れたのは凌統だった。
彼は素早く得物を振り上げ、彼の出現に面食らっている敵将の身体を思い切り吹っ飛ばした。

「どうして!?」
「あんたには借りを返してなかったからねぇ。ま、恩返しってとこですか。」

緊張感のない声でそう言い、
凌統は目の前に群がる敵に竜巻の様なヌンチャクさばきをお見舞いする。

様!!!補給拠点は押さえました!!」

彼女の傍まで戻って来た護衛兵が叫んだ。
は頷き、次の指示を出そうと口を開きかける。

「ちょい待ち、あんたはここまでだ。」

それを軽く手で制しながら、凌統が言った。

「!?何を言ってるの!?まだ始まったばかりなのに!」
「ああ、けどあんたは本陣に戻れ。後は姫がどうにかしてくれる。」
「・・・姫・・・?」

彼女がそう言って凌統に聞き返した丁度その時、
タイミングよく現れたのは尚香だった。

「遅くなってごめんなさい!後は任せて!」
「・・・尚香様・・・。」

突然現れた尚香に、その前の凌統の言葉。
彼女は思わず不満げに凌統を睨みつける。

「私に戻れと言ってるの?ここを尚香様に任せて。」
「そう言ってるだろ、何?聞こえなかったのかい?」
「聞こえたから訊いてるのよ!」

こんな時でもからかうような凌統の口調に、は少し大きめの声で言った。
尚香が心配そうに彼女を見る。
大喬から聞いていた通り、確かにの顔色はあまりよくなかった。

、貴女の気持ちは分かる。だけどここはワタシに任せて。」
「ですが、尚香様・・・。」
「言い争ってる暇なんかないっつの、見ろよ、敵さんえらく勢いづいてるぜ。」

凌統が言ったとおり、戦況は呉軍にとって思わしくない方向へ進みつつあった。
素早く移動を開始し、重要拠点を潰さなければ後が厄介だ。
そしてその中心になる働きをしなければならないのが、の部隊だった。

「姫、悪いが俺はちょい抜けますよ。ま、すぐ戻って来ますがね。」
「・・・ええ、分かってるわ!」

尚香と凌統がチラリとに目を向けてから言った。
凌統は護衛武将に馬を彼らの傍まで引いてくるように指示した。

「みんな、次はあの拠点を攻めるのよ!!」

その間に尚香がの部隊を引き継ぐ。
はそれから口を挟めないままだった。
いや、正確にはそれどころではなかったとも言える。
どうやら熱があるらしく、実は立っているのが精一杯だった。
やがて連れて来られた馬に、凌統はを前にして乗った。
彼女を後ろから支えるようにして手綱を引く。

「凌統・・・。」
「じゃ、戻るとしようか。あんたはとにかく振り落とされるなよ!」

それだけ言って、凌統は馬を走らせた。
その間も彼女の背中から、凌統の身体へ彼女の熱が伝わってくる。
前で顔を苦しげに歪ませている彼女の額からは、今も汗が流れていた。

ったく・・・世話の焼ける・・・。

凌統は手綱を持つ手に力を込め、更に速く馬を駆けさせた。




その後、呉軍は危ういところで援軍が駆けつけ、
どうにか勝利を収める事に成功した。
そしてはと言うと、彼女の部屋で静かに寝息をたてている所だった。
半ば強引に凌統に本陣へ連れ戻された彼女だったが、
それは賢明な判断だったと言えよう。
何故なら馬から降ろされた彼女は、崩れ落ちるようにして凌統の腕の中に倒れこんだのだから。



「・・・・・ん・・んん?」

彼女が目覚め、ゆっくり瞼を開けた時、見覚えのある天井が瞳に映った。
そして自分が部屋に寝かされている事に気付いたのだった。
そのまま暫くの間、ぼーっと天井を眺め、やがて彼女は身を起こそうとした。

「・・・・!?」

そこで初めて彼女の傍らの椅子に座っている凌統に気付く。
と言っても、彼も寝台に伏せるようにして眠っているのだが。
は自分の額からずり落ちて来た水に濡れた布に手をやった。
濡れ具合からして、誰かが何度も取り替えてくれたような感じだ。
誰か、それは他でもない凌統だった。
は彼が起きてしまわないようにゆっくりと身体を起こした。

「・・・・・・・・・あ・・・?」
「!凌統・・・ごめんなさい、起こさないつもりだったのに・・・。」

彼女が身体を動かした事で凌統の伏せていた両腕がわずかにずれ、彼は目を覚ました。
欠伸をしながら凌統が片手をの額に伸ばす。

「熱は下がったみたいだな。」

彼女の熱が引いた事を確認し、凌統は再び大きな欠伸をした。

「・・・あれから・・・どうなったの?」
「ああ、どうにかこうにか勝ったってとこ。
つっても、あの戦からほぼ1日経つけどね。」
「1日!?そんなに!?」

凌統の答えに、彼女は驚いて声を上げた。
どうやら彼女はほぼ丸1日1度も起きずに眠っていたらしい。

「ごめんなさい・・・凌統。
まさかあんたがそんな長い間看病してくれてたなんて・・・。」

は申し訳無さそうに目を伏せて凌統に謝った。

「いや、それより俺はあんたに言いたいことがあるんだ。
ホントは病み上がりの人間にこんなこと言いたくもないんだけどね。」
「え?」
「けど、ま、この際さっさと言っとくか。大事な事だ。」
「・・・・?何?」

は凌統の言いたいことが分からず、わずかに眉間にしわを寄せる。
凌統が真剣な眼差しを向けて口を開く。

「一軍任されてる以上、俺たちにはその分の責任ってもんがあるんだ。
今回みたいな事は、これっきりにして欲しいね。」
「・・・・・っ!!!」

彼女は反論しようと口を開きかけたが、その唇をすぐに閉じた。
そして両手に拳を握る。
凌統の言う通りだと思ったからだ。
彼女は小さく頷いた。

「ええ・・・皆には迷惑をかけたし・・・。分かったわ・・・。
一軍の将がとるべき行動じゃなかった・・・。」
「・・・そうゆうこと。んじゃあ、俺はこれで・・・。」

言って、立ち上がった凌統だったが、
すぐに足元をふらつかせ彼女の方へ倒れこんできた。
は咄嗟に彼の身体を受け止める。

「っ凌統!?」
「ああー・・・悪ぃ・・・ちょい歩けそうに・・・。」
「え!?」

驚いたが彼を支えたまま凌統を見る。


・・・まさか私の風邪がうつって・・・!?


一瞬そう考えた彼女だったが、やがてすぐにそうでは無いことが分かった。
耳元で凌統の規則正しい寝息が聞こえ始めたからだ。

「・・・有り難う・・・今日だけは特別に、ここを貸したげるわ。」

彼女は凌統を自分の寝台に寝かせ、そして起こさないよう布団をかける。
そして自分も小さく欠伸をした。

・・・私もほとんど丸1日寝ておいてまだ眠いなんて・・・。
でも・・・皆に早く謝らなきゃ・・・・。

そう思い、寝台を離れようとした彼女の手首を不意に眠っているはずの凌統が掴んだ。

「!?ちょっと凌統・・・!?」
「少し位・・・付き合ってくれても、罰は当たんないと思うけどね・・・。」

心底眠そうな目を此方に向けた凌統がに言った。
は少しの間凌統を見つめ、やがてつい先程まで彼が座っていた椅子に腰掛けた。
それを確認するように凌統は彼女を見ていたが、
すぐに安心したように再び目を閉じて寝息をたて始めた。


「変な男・・・・・・・・・・。」


は口元を少しだけ緩めて笑い、小さな声で呟いた。



そして今度は彼女自身が、先程の凌統の様に寝台の傍らに伏せて眠り出す。




彼女の手首はまだ凌統に掴まれたままだった。



(凌統編 微熱-終-)




後書き
凌統夢第3弾でした。
イマイチ掴みきれていないようですみません。
これでも何度も彼の語りを聞きなおしてみたりしてるんですけど・・・。
『微熱』と言うタイトルは、ヒロインの病状のことでなく、
2人の関係の方のことです。一応。
でわ、ここまでのお付き合い、本当に感謝でございます。
これからもお付き合い頂けることを心から願いつつ失礼致します。

ブラウザバック推奨