「野郎共!!!祭りの時間だ!!派手に暴れてやろうぜ!!!」
オオオオオオオ・・・・
戦場に降り立った甘寧は、
まさに水を得た魚のごとくの勢いでそう叫んだ。
そしてその言葉に一気に軍全体の士気が上昇する。
「フフ・・・私も負けてられないわね。」
昔と変わらない彼のそんな姿に、は笑顔を向けて言った。
「おう!!今日のオメェの持ち場は西門だったな?いっちょぶった切ってやれよ!!」
「ええ、そうするわ。じゃあ甘寧、また後で。」
彼女はそう言って傍に繋いでいた馬にまたがった。
そして馬の腹をひと蹴りし、そのままその場を走り去る。
後ろからは彼女の護衛武将が数人続いていた。
そしてそれは、ほんの数時間前の出来事。
彼女は今、敵兵の目を忍んである岩穴の陰に身を潜めていた。
息は荒く、腹部からは血が流れていた。
だがその傷はさほど深くはない、厄介なのは足の捻挫の方だった。
歩こうとほんの少し足を動かしただけで、激痛が走るのだ。
これはつい先程、護衛武将の1人が崩れかかった櫓の下敷きになるのを庇って出来た傷だった。
を心配する護衛武将達に、彼女は気丈にもこう言い放った。
『私を心配するより拠点を押さえて攻め込みなさい!!私は絶対に大丈夫!!』
ふら付く足を必死に踏ん張り、彼らには足の痛みを感じさせないよう振舞った彼女。
『絶対』などと言う言葉がこの戦乱の世に通じるはずはないが、
それが逆に彼らに伝わったのか、護衛兵達は彼女の指示通りに動いた。
・・・ここがバレるのも時間の問題だわ・・・。
早く・・・ここから抜け出さなきゃ・・・・。
そう思いはするものの、外にはまだ敵兵がうろついていた。
さすがの彼女もこの手負いではさばききれる自信がない。
・・・考えて・・・考えるのよ・・・、ここから出る方法を・・・。
「おらおらおらおらぁ!!!どきやがれテメェら!!!」
「っ!!」
突然彼女の耳に飛び込んできたその威勢のいい大声。
彼女は痛む足を庇うように立ち上がり、そして岩と岩の隙間から外に目をやった。
そしてそこにはやはり、敵兵たちを恐ろしい勢いで吹っ飛ばして行く甘寧の姿がある。
「!!!居るんだったらさっさと返事をしやがれ!!!」
怒鳴りつつも、群がる敵に突進して行く。
「甘寧!!!」
彼女の呼び声に、甘寧が此方へ顔を向ける。
「おう!!そこか!待ってろ、こいつ等ぶっ倒したらそっちに行ってやる!!!」
甘寧はそう叫んだが、周りに居る敵兵の数は既に殆どなかった。
彼が自分でも気付かぬ間に片付けてしまっていたのだ。
「チッ・・・終わりかよ。」
少し物足りなさそうに呟き、辺りを警戒しながらが居る岩穴へ向かう。
人一人が通るには少し狭い入り口ではあったが、甘寧はどうにかその中へ入り込んだ。
中に居るは、腹部から血を流して座り込んでいる。
「甘寧・・・あんた、自分の持ち場は?」
「ハッ!あそこは暴れがいがなかったからな!凌統のヤツに渡して来ちまったぜ!」
甘寧の答えには小さく苦笑した。
つまり自分を助ける為に、凌統に持ち場を任せてきたのだ。
「んなことよりオメェ、その腹見せてみろ。」
甘寧はそう言い、彼女の衣服を腰の辺りから持ち上げようとした。
驚いたが甘寧の手を上から押さえ込む。
「っちょ・・・っ!!!そっちは大したことないわ・・・!」
「馬鹿野郎!こんな時に恥らってる場合か!!!」
の言葉を無視し、甘寧は彼女の服を傷口を擦らないように上げた。
下から現れた彼女の白い肌と、それには不似合いな程赤い血。
甘寧が傷口を確かめる様にじっと見つめる。
「・・・大した事ねぇってのはほんとらしいな。」
血は既に止まり、傷も塞がり始めていた。
かすり傷よりは酷いが、放っておいてもさして問題はないだろう。
既に抵抗を止めたが眉間にしわを寄せながら口を開く。
「だから言ったでしょ・・・?それよりもういいでしょう、寒いわ。」
「おう、悪かったな。」
甘寧はめくっていた彼女の衣服から手を放した。
「・・・問題なのは足よ・・・。」
「足だぁ?」
の言葉に、甘寧の視線が彼女の足首辺りに移動する。
細い足首が、不自然なほど赤くなり、腫れていた。
「・・・こいつぁ・・・。」
「これで立てなくてここに隠れてたの・・・、悪かったわ、心配させて。」
少し俯きがちに彼女は答えた。
「ったく、まったくだぜ!しゃーねー、この甘興覇様が背負ってやろうじゃねぇか。」
甘寧はそう言いざま立ち上がる。
は驚いて彼を見上げた。
「何を言ってんの!?敵兵に見つかりでもしたら・・・。」
「ああ?んなこたある訳ねぇだろ、ここいら一帯は俺がしめといてやったからな!」
「・・・・そうだったわね・・・。・・・・?甘寧・・・何か聞こえない?」
「何?」
甘寧は少しの間耳を澄まし、そして岩穴の入り口の方へ視線をやった。
「チッ・・・!雨かよ・・・。」
そう、が気付いたのは雨の音だった。
甘寧が岩穴から空を覗き込むように見上げる。
いつから降り出したのか、かなりのどしゃ降りだった。
「んだぁ?!こりゃ、最悪だぜ。」
「・・・・ホントに。」
「さすがにこの雨じゃあこっから出んのは無理だな。」
甘寧は再びチッっと小さく舌打ちをした。
彼女を陣へ連れ帰った後、もうひと暴れしてやろうと考えていたからだ。
思い切り不満げな表情でドカっとの正面に腰を下ろす。
「雨が止むのを待つの?」
「おう、ま、この際仕方ねぇ。」
「・・・そう・・・。」
言って、はほのかに微笑んだ。
甘寧にとっては災難かもしれない雨も、彼女にとっては小さな恵みを運んでくれるものだった。
甘寧とこうして2人きりになる機会を与えてくれたのだから。
シャラン・・・
彼女が体勢を変えるために身体を動かしたその時、
やけに大きく足首の鈴の音が岩穴に響き渡った。
それに気付いた甘寧が、彼女の腫れた足首に付いている鈴に視線を移す。
「、前から気になってたんだけどよ、オメェその鈴・・・。」
「・・・クス・・・やっと気付いたの?」
彼女はそう言って笑い、自分の足首に付いている鈴に軽く触れた。
彼女の指先に触れた鈴が、またしても小さく揺れて鳴った。
「そうよ、あんたが昔私にくれた物。あの鈴よ。」
は鈴から視線を放さずに言った。
「えらく懐かしいモンつけてるじゃねぇか、最初は気のせいかと思ったぜ。」
実は甘寧はかなり前から彼女の足元からする鈴の音に気付いていた。
自分の大振りの豪快な鈴の音とは違う、儚げで消え入りそうなその音色に。
そしてあまりに違いすぎる性質であるにも関わらず、
その二つの音色がまるで一つの音を奏でるが如く息が合っていることにも。
だがまさかそれが自分が大昔に渡したあの鈴の音色だとは思いもしなかった。
「気付くのが遅いわ、私は呂蒙殿に紹介された時もこれを付けていたのよ?」
シャララ・・・ン
彼女は手元の鈴を軽く弾いてそれを鳴らした。
甘寧にはそれと同時に暗闇に浮かび上がるスカートのスリットから覗く彼女の太腿に彫ってある蝶が、
まるで生きているように妖しく浮かび上がって見えた。
彼の中にある遠い記憶が目を覚ます。
彼女と別れた遠い日の夜の記憶。
甘い吐息と儚い鈴の音色が重なったあの夜の記憶。
突然黙り込んでしまった甘寧に、は不思議そうに彼を見つめ、声を掛ける。
「甘寧?」
「・・・ああ?何でもねぇよ。」
甘寧はそう言って視線を彼女の刺青の蝶から引き剥がした。
「それより、えらく冷え込むじゃねぇか。オメェ大丈夫か?」
彼は鈴から話題を逸らし、そう言って外を見た。
外は相変わらず雨が降り続いている。
彼女は甘寧と同じように外を見つめた。
「・・・平気じゃない・・・って言ったら・・・何かしてくれるの?」
外に視線を固定したまま、は言った。
甘寧がその言葉に彼女の横顔に目を移す。
「んだぁ?どう言う意味だよ?」
「・・・・・・・・・・・・。」
は甘寧の問いにすぐに答えようとはしなかった。
まるで雨音に耳を澄ませているように、黙り込む。
「おい、オメェ・・・。」
「・・・・じゃあ、甘寧が温めてくれるの?」
「!!」
やっと口を開いた彼女のその台詞に、甘寧は一瞬言葉を失った。
彼の方へ視線を移したが、かすかに口元を歪める。
「・・・冗談よ・・・・・。」
・・・だって甘寧、あんたがあんまり酷いから・・・。
だから困らせたくなる・・・・。
は甘寧が故意に鈴の話題から別の話へ逸らそうとした事に気付いていた。
やっと鈴の存在に気付いてくれたのも束の間、甘寧はそれ以上深く話をしてこない所か、
その話をする事自体を避けたのだ。
彼女にとって大切な思い出、だが甘寧にとっては触れられたくない話題。
そう思うと、はやり切れない気持ちで一杯だった。
「・・・万が一寒くても、あんたになんか頼らない・・・。だから安心して・・・。」
いつもなら心から強気で言える言葉も、今はか細い呟きでしかない。
彼女は甘寧から目を逸らし、自分で自分の肩を抱くようにしてうずくまった。
露出の多い彼女の衣服、怪我をしている上に雨が降り気温は下がっている、
寒くないはずはなかった。
「、ちょいそっちに移動しろ。少し身体の向きを変えるだけでいいからよ。」
「・・・・?何・・・?」
「いいからさっさとやりやがれ。」
「・・・判ったわよ・・・!」
甘寧の言い草に思わずムッとしつつも、彼女は彼の指示に従った。
甘寧は急に立ち上がり、彼女の背後に立つ。
は意味が分からずに振り向いて彼を下から見上げた。
「?甘寧・・・?何なの・・・?」
「・・・・・・・・。」
ドカッ
甘寧はの問いに答えぬまま、その場に腰を下ろした。
彼女が今向いている方向は岩穴の入り口とは反対側、
そして甘寧が背中でそこから吹き込む風の壁役になるように彼女のすぐ背後に座り込んだ、
つまりそういうことだ。
「・・・甘寧・・・あんた・・・。」
「ヘッ!ちったぁ黙ってろ、オメェはよ。」
甘寧はそう言って、彼女の背後から左右に腕を伸ばしてきた。
が驚いて声を上げる前に、甘寧は後ろから彼女の背中を抱きしめていた。
「甘寧・・・・・・・・・・・・・・・・・。」
「オメェは少し眠ってろ、。この分じゃ当分外にゃ出られやしねぇぜ。
見張りはこの俺がしてやる。なんたって俺は背中にも目が付いてるからな!」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。」
は正面に向き直り、そしてそのまま俯いた。
甘寧の素肌の熱が、彼女の背中に伝わっていく。
・・・これも・・・『仲間』として・・・なの・・・?
甘寧にとって『仲間』とは、何にも代えがたい守るべき存在。
その1人となることはある意味喜ばしいことだろう。
そして彼女はそのかけがえの無い『仲間』として彼の片腕を務め、
海賊『鈴の甘寧』を支えてきたこともあった。
それ以上望むことは出来ないのだと、それで充分だと自分に言いきかせて。
だが、今の彼女はあの頃とは少し違っていた。
呉軍に迎えられ、彼に再会したあの日、彼女は悟ってしまった。
自分はまだ彼を求めているのだと。
・・・・しつこい女ね・・・私も・・・。
俯いたまま、彼女は1人そう自嘲する。
それでももうどうすることもできない想い。
彼に再会することさえなければ、時と共に消え失せていたかもしれない。
だがもう遅いのだ、彼女は今こうして彼の傍に居るのだから。
彼女はそこでそれについて考える事を止めた。
甘寧の言うとおり、少し身体を休める必要があるのかもしれない。
今、この岩穴の中は静けさと微かに響く雨音だけが支配していた。
は背中から、そして甘寧の腕から伝わる温かさを感じながら、
いつの間にか眠りに落ちたのだった。
やがて雨が上がり、彼らはを探しに来た護衛兵達とともに本陣へ帰還した。
は彼女の自室の椅子に座り、甘寧に礼を述べた。
「甘寧・・・有り難う、悪かったわね。」
「ああ?なぁに礼なんかいってやがんだ!仲間は守るってのは喧嘩の常識だぜ!」
「・・・・・・・・・・・・・そうね。」
彼女は返事をしつつも、複雑な気持ちを隠して微笑んだ。
「俺は凌統のヤローに話があるからこれで行くぜ、大事にしろよ。」
「ええ、そうする。」
甘寧はに背中を向け、手を2,3度ひらつかせるとそのまま部屋を出た。
そして彼女の部屋のドアを閉めた所で、ふと足を止める。
彼女の背中を抱いた両の腕を、何気無く見つめた。
もうあれから結構な時間が経っているにも関わらず、彼の腕には彼女の体温が残っているように感じられる。
彼は目を閉じ、そして両手に拳を握った。
・・・フン、らしくねぇ!
やがて甘寧はその場から立ち去り、彼の鈴の音だけが廊下にこだましていた。
(甘寧編 手負いの蝶-終-)
後書き
微妙に長かったな・・・。
無双は甘寧、凌統、共にレベルMaxに近いです。
ははははは!!
因みに序盤の甘寧登場シーン、意味なかったですが・・・
趣味です。
でわ、今回もここまで読んで下さったお客様、
誠に有り難うございます。これにて失礼で致します。
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