和やかなムードで始まったその宴も中盤に入ろうかと言う丁度その頃、
上座に座っている君主、孫堅がに向かって口を開いた。
「、お前は歌が得意だと聞いている。
もし良ければその自慢の喉、皆に披露してやってはくれないか?」
孫堅の言葉に、皆が一斉にに視線を集める。
は一瞬戸惑った様な表情を見せた。
君主である孫堅の申し出を無下に断る訳にもいかないが、
孫家の人間がずらりと揃っているこの席で、
自分の歌を披露すると言うのはやはりためらいがある。
「おう!、いっちょ景気付けに俺たちの為に歌ってやってくれ!」
孫堅の傍で黄蓋と酒を酌み交わしていた孫策が立ち上がり、
彼女に言った。
そしての斜め前の席に座っている大橋も笑顔で彼女に促す。
「私もさんの歌、聴きたいです。」
「うん、うん、聴きたい!ねぇ歌ってよ!」
大橋の言葉に小橋が無邪気に相づちを打つ。
ここまで言われてしまっては、も断わるわけにはいかなかった。
「分かりました、でわ・・・。」
言って、彼女はゆっくり立ち上がる。
甘寧が手元の杯の酒を飲み干してから彼女に言った。
「、オメェの歌は久し振りだなぁ、ま、景気のいいヤツ派手に頼むぜ!」
「ええ、任せておいて。」
彼女は甘寧にニッコリ微笑んだ後、思い切り空気を吸い込んで肺に送り込んだ。
やがてその紅い唇から透き通るように高く、澄んだ歌声が発せられる。
『それは昔、昔の物語・・・・・・』
彼女が歌い始めたその時から、その場に居る全員が瞬時に黙り込み、
彼女の歌声に息を飲んだ。
場の空気さえ変えてしまうほどの美しい歌声。
いつまでも聴いていたいと思わせる様な心地よいものだった。
パンパンパンッ・・・・
やがて彼女が歌い終えた後、
最初に彼女に拍手を贈ったのは孫堅だった。
その表情は満足そのものだ。
「うん!見事だ!!」
「・・・有り難うございます、お耳汚しにならなければ良かったのですが。」
「何を言う、見てみろ、皆まだお前の歌声の余韻に浸っているくらいだぞ!」
彼女はその言葉に再び孫堅に頭を下げる。
孫堅の言う通り、皆、まだ夢の中にでも居るような顔つきをしていた。
そこへ陸遜が彼女へ声をかける。
「本当に素晴らしい歌声でした!それで、その歌詞なのですが曲名は何と?」
「ごめんなさい、陸遜。実は曲名は忘れてしまったのよ。」
そこで彼女は言葉を切り、そして孫堅へ視線を移す。
「ですが歌詞の内容は、
大昔に千年もの栄華を誇ったといわれる大国の物語です。
孫堅様に・・・・いえ、この孫呉にふさわしいかと・・・。」
言って、は孫堅に笑顔を向けた。
孫堅が再び満足そうな表情で何度も頷く。
その後も宴は大いに盛り上がり、
そしてある1部の者達を残してお開きとなった。
「よぉ、歌姫さん。」
が宴の会場を後にし、
庭園の木の下で涼んでいる所に現れたのは凌統だった。
彼女は振り返り、そして口元に笑みを浮かべる。
「凌統、あんたもまだ会場に居るのかと思ってたわ。」
「まさか、どっかの誰かみたいに、
酒かっくらいすぎてぶっ倒れたりしたくないんでね。」
凌統はそう言いながら、彼女のすぐ傍まで近づいた。
が凌統の言葉に苦笑する。
「でもすごく珍しいのよ、甘寧が飲み比べで負けるなんて。」
「ああ、ま、相手が黄蓋殿なら仕方ないか。」
は笑ったまま頷いて同意した。
「甘寧から聞いたぜ、、あんた、人魚姫って呼ばれてたらしいな。」
「え?ああ、そうね、よく見張り台で大声で歌って甘寧に怒鳴られてたわ。」
そこでは懐かしそうな瞳で遠くに目をやった。
凌統はまたしてもいつものからかうような皮肉を口にする。
「人魚に蝶ねぇ、そりゃ大したもんだ。
さしずめ、その歌声で海の男をたぶらかす人食い人魚姫ってとこですか。」
「あら、悪いけど凌統、私はどっちの呼び名も気に入っているわ。」
彼女はそう言って、お生憎様と後に付けたした。
「それで、あんたはもう部屋に戻るつもりか?」
「いいえ、今来たばかりだし、もう少しここに居るわ。
何よ凌統、付き合ってくれるの?」
「ああ、つーか、ま、こっちも聞きたいことがあるんでね。」
「訊きたい事?」
は首を軽く傾げて凌統を見た。
凌統は頷いて答える。
「ああ、、あんたのその足首の鈴だけど、
甘寧のヤツの腰の鈴と関係あんのかい?」
凌統のいきなりの質問に、は一瞬面食らった顔をした。
そして凌統の意図を読むように彼をじっと見つめる。
「どうしてそんな事が気になるの?私に興味でもある?」
試すような、挑発するような口調で彼女は言った。
「さぁて、どうだろうね?」
「・・・興味も無いのに聞こうって言うの?ちょっと無粋じゃないかしら。」
言いながら、は少しだけ眉間にしわを寄せた。
それを見た凌統が口の端を薄く上げる。
「はいはいっと・・・、じゃ、白状するけど、興味がない訳じゃない。」
何とも言いがたい曖昧な言い回しで凌統は答えた。
がますます眉間のしわを深める。
そして小さく溜息を吐いた。
「いいわ、どうせここでぼけっとしててもつまんないし。
・・・・・・そうよ、この鈴は甘寧に関係あるわ。と言うよりは貰い物ね。」
「・・・ま、大方そんなこったろうと思った・・・。」
の説明に凌統は少し不機嫌に呟いた。
はそんな彼を見ながら心のうちで更に首を傾げる。
・・・自分で聞いておいて・・・どうして機嫌を悪くする必要があるの?
本当によく分からないヤツだわ・・・・。
「で、それをご丁寧に身に付けてここに来た訳だ。
つまり、あんたはあいつに惚れてんのかい?」
「!!」
この質問には、さすがのも一瞬言葉を失くす。
だが、凌統の口調とは裏腹の真剣な眼差しに心を動かされ、
素直に答えることにした。
「ある意味ではそうだったかもしれないわね・・・、半々ってとこかしら・・・。」
「へぇ、そりゃハッキリしないお答えだねぇ。」
彼は茶化す様にそう口にしたが、実のところ先の答えを知りたい気持ちが大きかった。
だが、そんな自分に戸惑っていたのも事実だ。
・・・甘寧のヤツに片想いしてる女に惚れるなんて、
いくら俺でもそこまで酔狂じゃないっつの・・・。
それこそ笑えやしない・・・。
そう思いつつも、彼女を見つめる視線が熱を帯びてしまう。
「甘寧の事が忘れられなかったのは事実だけど・・・。
だからここに来たときにそれを確かめたかったの。」
「・・・・・・・・・・・・・・・・。」
「それで分かったわ、今の私にとって甘寧は尊敬すべき兄だってことが。」
は少し遠くを見つめ、満足そうにそう口にした。
実際、彼女にとって今の発言は胸のつかえを除く引き金の様なものだった。
賊軍時代からずっと彼のことを想い続け、
そして父親がこの世から去った時に一番に頭に浮かんだのは他でもない甘寧だった。
方々にあたり、彼が呉軍に身を寄せている事を聞き、半ば追いかける形でここに来た。
だが、彼女はそんな自分の気持ちを量りかねていた。
・・・ここで甘寧に再会したその時に・・・私の甘寧への『想い』は・・・
吹っ切れていたんだわ・・・。
「『尊敬すべき兄』ねぇ?あの猪がそんな柄かはかなり怪しいとこだ。」
「猪・・・?フフ・・・そうね、それは言えるわ。」
言って、彼女は足元の鈴に目をやった。
シャラン・・・
彼女の動きと共に鈴が小さく鳴る。
「私にとってこれはお守りの様な物なのよ。
例え甘寧への気持ちの種類が変わってしまった今でもね。」
は視線を鈴から凌統へ移してから言った。
凌統は少し複雑な表情を浮かべ、そして彼女の足首の鈴を見つめる。
「聞きたいことはそれで終わり?じゃあそろそろ戻りませんこと?凌統様。」
「んじゃ、最後に一曲歌ってもらえませんかね?人魚姫。」
「・・・・歌を・・・?いいけど・・・・まったく今日は何だか注文が多いわね。」
彼女は溜息を吐いてから、空を見上げ息を吸い込んだ。
庭園全体に彼女の美しくも切ない澄んだ歌声が響き出す。
・・・お守りね・・・、
んじゃ、あんた自身を守ってくれる奴が現れれば、
んなもん必要なくなるって訳だ・・・。
彼女の歌声を聴きながら、凌統はそんな事を考えていた。
凌統も、そしてそれを選曲した彼女自身も知らなかったが、
彼女がこの時歌った曲は男女が恋に落ちた物語を謳ったものだった。
(凌統編 過ぎ去りし時-終-)
後書き
やっと書き終わった・・・しかも今熱があるのにこれ書いてます。
昨日は39度の熱を出しつつも仕事してたし・・・。
それはさておき、
甘寧編では未練たらたらなヒロインですがこれは凌統編なのでスパッと諦めてます。
でわでわ今回もここまでのお付き合い、本当に有り難うございます。
失礼致します。
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