一面の銀世界を前に、は思わず少女の様に目を輝かせた。
昨夜から降り続けた雪は、見事に積もってこの地一帯を純白で覆っている。
珍しく早起きをしたは、部屋の窓からこの風景を目にし、
居ても立っても居られず外へ出たのだった。
「すごいわ!綺麗!!綺麗!!」
彼女はそう口にすると、素手で雪に触れた。
「冷たい・・・。」
「そりゃ良かった、雪が熱けりゃ驚きだからな。天変地異の前触れってことにっちまう。」
「!!凌統!」
彼女の背後から声を掛けてきた凌統は、腕組みをして柱に寄りかかっていた。
そして欠伸をしながら更に続ける。
「ったく、たかだか雪ごときで、よくそんなにはしゃげるもんだ。」
やれやれとでも言いたげに、凌統は言った。
はクスクス笑いながらそれに答える。
「何とでも言って、私は雪がこんなに積もっているのを見るのは初めてなんだから。」
彼女はそう言いながら、掴んだ雪を空へ向かって投げる。
雪がキラキラと光りながら再び彼女の方へ降り注いだ。
「ほら、すごく綺麗だわ!!」
「はいはい、もう勝手にやってくれってね。」
凌統は少女の様にはしゃぐ彼女を苦笑しながら見ていた。
今の彼女は戦場で見る時とはまるで別人だった。
彼女が走り回るたび、彼女の脚の蝶の刺青までが喜んでいるかのように美しく舞う。
純白の雪をヒラヒラと舞う蝶に、凌統は知らぬ間に釘付けになっていた。
「今日は随分と早起きじゃない、凌統。」
「ああ、昨日は早く寝ちまったからかえらく早く目が覚めちまったんだ。」
「そうだったの。」
彼と会話をしながらも、彼女は雪と戯れるのを止めなかった。
彼女の紅い唇から吐き出される息が、フワリと白い空へ溶けていく。
「!」
「え!?」
不意に柱に寄りかかって此方を見ていた凌統が、彼女の名を呼び近づいてきた。
そしていきなり彼女の腕を掴んだ。
「!?どうしたの!?凌統、急に・・・。」
「え?ああ・・・。」
彼はそう曖昧に返事をして、彼女から手を放した。
凌統は自分自身の行動に少し驚きを感じてもいた。
実は、彼にはがあの真っ白い空へ溶けてしまいそうに見えたのだ。
・・・ったく、馬鹿らしい。
何考えてんだか俺は・・・・・・・・・。
思いつつ、凌統は視線を何気無く下へ移す。
彼女の透けるように白い手の指先が、赤くなっているのが見えた。
凌統は彼女のその手に手を伸ばした。
案の定、驚くほど冷たい。
「、あんたこのまんま凍傷にでもなる気かい?雪と同じくらい冷たいぜ。」
「大げさね・・・、でも、言われてみれば指先の感覚がないわ。」
そう言って彼女は苦笑した。
自分でも子供っぽかったと反省しているのだ。
「んじゃ、そろそろ部屋に戻りませんかね?お嬢様。」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・それは・・・・・・・・。」
返事の代わりに彼女は未練たっぷりの瞳を純白の雪へ移す。
凌統は呆れたように左右に小さく首を振った。
「やれやれ、まだ遊び足りないって?そりゃ随分雪が気に入ったと見えますね、人魚姫。」
「そんなにからかわないで!
・・・・ねぇ凌統、この先に滝があったでしょう?あれが凍っているかを確認したら部屋に戻るわ。」
いいでしょう?と彼女はせがむ様な視線を凌統に向ける。
凌統は思わず吹き出した。
「ははっ・・・あんたには参ったね、。仕方ない、お供しますよ。」
「有り難う!」
彼女はそう言って表情を輝かせる。
凌統はそんな彼女を本当に少女の様だと思った。
そして握ったままの彼女の手を放なさず歩き出した。
も黙ってその彼に従う。
「おっと、滝に行くのにさすがにそのままじゃまずいか。
これでも羽織ってりゃ少しはマシだろ。」
凌統は不意に足を止め、
自分が部屋を出てくるときに引っ掛けてきた上着を彼女の肩にかけてやった。
「でも、それじゃあんたが・・・・。」
「俺はあんたの薄着を見てるほうが心臓麻痺起こしかけないんでね。」
凌統は彼女が先を続ける前にそう言い、そして再び彼女の手を取り歩き出した。
「凌統・・・有り難う・・・・。」
彼女は小さな声で礼を言い、そして凌統と並んで滝へと向かった。
やがて冷え切っていた彼女の手が凌統と同じ体温を共有し始めたその頃、
彼らは滝の前に到着した。
はガラス細工のようになった凍りついた滝を目にし、感嘆の声を上げる。
「すごいわ・・・・!!本当に凍ってる・・・!!」
「へぇー、こりゃ確かに凄い。わざわざここまで来た甲斐があったって訳だ。」
凌統も驚いたようにそう言って、滝の傍へ近づく。
近付けば近付くほど、大自然の作り出した氷の芸術の素晴らしさを思い知らされる。
凌統の隣では小さく溜息を吐いた。
「ここまで来て良かったわ・・・、本当に。凌統、有り難う。」
「いや、今回ばっかは礼を言うのは俺の方らしい。貴重なものをどうも。」
「フフ・・・相変わらず変な男ね。」
そう言っては微笑んだ。
そしてその直後に片手で口元を押さえる。
「・・・っクシッ!」
はくしゃみをすると、両手で自分の肩を抱いた。
先程の雪遊びが今頃身体に響いて来た様だ。
いくら上着を凌統から借りているとは言え、
これほど巨大な氷の近くに居れば体が冷えない訳がない。
「さて、と、そろそろ本当に戻った方がよさそうだな。気は済みましたか?様。」
「ええ、もう充分よ。すごく楽しかった・・・。」
「そりゃ結構。んじゃ、行こうか。」
凌統は言いざま、の肩に腕を回し彼女を自分の方へ引き寄せた。
「!?凌統・・・!?」
「これ以上身体冷やされても困るんでね。」
歩き出した凌統が、彼女の肩に回した手に微かに力を込める。
すぐ傍にある彼女の身体からは、何ともいえない甘い香りがした。
は凌統の横顔に目を向け、そして何か言おうと口を開きかけたがすぐに止めた。
それを察したように凌統が口を開く。
「、あんた、俺に触れられんのは、抵抗があんのかい?」
「・・・・え!?・・・・・・・・・・・・・そんなことないわ・・・・。
だいたいもしそうなら、あんたと一緒にこうして並んで歩いたりなんかしてないもの・・・。」
は凌統の問いに答えながら、自分自身の気持ちに戸惑っても居た。
もう踏ん切りがついたと言えど、自分はつい最近まで甘寧に想いを寄せていたはずだ。
にも関わらず、この何を考えているのかも分からない男に抱き寄せられても全く不快感を感じない。
いや、むしろ嬉しい気持ちがないとも言えないのだ。
それは凌統に初めて口付けをされた時にも同じことが言えた。
とは言え、あの時とはあまりに状況が違いすぎるのだが。
「へぇ、ま、どっちにしろ今はこの手を放す気はないけどね。
あんたに風邪なんか引かれたら、一緒に居た俺が殿に怒られちまう。」
凌統は真っ直ぐ前を向いたまま、そう答えた。
は言葉を発する代わりに小さくクスリと笑った。
その後部屋の前まで凌統は彼女を送り届けた。
は笑顔で彼に礼を言いながら、借りていた上着を彼に手渡す。
「今日は本当に有り難う。すごく助かったし、楽しかったわ。」
「・・・・・・・・・・ああ、ま、俺も楽しませてもらったし、お互い様ってヤツですか。」
「そう?だったら良かったわ。」
は嬉しそうに彼を見上げて目を細めた。
「・・・・・。」
「何?凌統。」
「・・・・・・・・・・いや・・・・・・・・・・・・・・。」
凌統は暫く彼女の顔をじっと見つめていたが、
やがて目を逸らし彼女の傍から離れた。
そして彼女を背にして歩き出しながら手をひらひらと振る。
「んじゃ、ま、また後でってとこで、俺は行くよ。」
「?ええ、じゃあね。」
は不思議そうに彼の背中を見送り、手を軽く振り返した。
背中を向けたままの凌統が複雑な表情を浮かべていることなど、彼女が知るはずもない。
・・・まったく・・・どうしたもんだかねぇ・・・・。
あの鈍感な蝶はひらひらと・・・・・・・・・・・。
彼の上着に残るの微かな体温と香り。
凌統は知らず知らずの内にそれをぎゅっと握り締めていた。
(凌統編 募る想い-終-)
後書き
本当は甘寧の『慟哭』の続きから書いた方がいいかな?
と思ったんですが、今まで交互に書いてきたので凌統から。
もう甘寧編とは対照的にほのぼのですね。
無双ドリはシリアスちっくになる私には珍しい事です。
それはさておき、
まだまだ甘寧も凌統もイマイチうまく書けてるのか謎です。
もうこれでもかって位2人の語り聞いてるんですが・・・。
でわでわ、今回もここまでのお付き合い、有り難うございます!!
これにて失礼致します。
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